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第8話『黒の缶コーヒー』

 

 体育祭前日。

 グラウンドの設営は完全に終わっており、あとは生徒たちが教室から各々の椅子を持って行くだけ。それは明日の朝だから、放課後を迎えると学校全体がほんの少しだけ浮かんだような感覚を覚える。きっとこれが青春ってやつで、俺は今、高校生なのだと実感する。

 そんな青くてほんのりオレンジに染った暖かい風が漂う校舎の一角で、俺たち対異部は生徒会の面々と机を囲んでいた。


 「では明日の動きを確認しましょうか」


 先がカールしたツインテールが特徴の小柄な六崎生徒会長は、生徒会と対異部の全員に目配せしながら会議の開始を宣言する。


 「では、ハヤタさん、お願いします」

 「ん?」


 会議室の端でパイプ椅子に座っていたハヤタさんが眉を顰める。


 「なんだい?」


 こっちのセリフだよ。なんでこの人いるの?

 と、言ってやりたいが、これにはちゃんとした理由がある。


 「はい、異妖の出現と対異部の方々の配置について意見をいただきたいのです」


 六崎生徒会長が片眉を上げて答える。

 そう、原異形の佐戸高校担当官として今回はこの会議と当日に参加するらしい。有識者だから仕方ないし、居てもらった方がいいんだけど、そもそも『佐戸高校担当官として』って、ちょっと前までそれ別の人だった気がするんだけど……

 何回か会ったことあるけど、奥さんの事大好きだって口癖のように言ってたような気がする。それに少なくとも、真っ黒なスーツを着た胡散臭い男ではなかった。

 名前は忘れたけど。


 「えっと……先日から校内への侵入が相次いでいるってことで、この学校の敷地を囲む対異妖防護壁の劣化箇所をまとめておいた。この付近に均等に配置してもらえれば、あとは原異形に任せてくれればいい」


 座ったままそれだけ言うと、ハヤタさんは生徒会書記担当に目だけでメモを促す。

 それを見て六崎生徒会長はまたしても眉を顰めた。


 「わかりました……」


 浅くため息を吐くと、包容力のある笑顔を見せる。


 「担当箇所についてはそれで行きましょう。シーバーを渡しますので、緊急事態はそちらで連絡をとってください。質問などありますか?」


 ひとりとして手を挙げる様子はない。

 ツインテールがピクリと揺れた。


 「急で申し訳ないのですが……当日の活動表は明日の朝お渡しします。……すみません」


 自嘲気味に口角を上げ、解散を告げる。

 ハヤタさんは何食わぬ顔で会議室をあとにし、それを六崎生徒会長はじっと見つめていた。


 ◆


 会議室を出て、しばらく暗い廊下を歩く。

 いよいよ明日だ。

 今までやってきたのはせいぜい弱い異妖の撃退や討伐。だが今回は何がくるかわからない怖さがある。それこそ先週のような異妖化動物がきたって文句は言えない。

 また、あの時みたいに気を失ってしまいはしないだろうか。

 自然と俺の足は、食堂へと向かっていた。

 120円を投入しようとして、俺は手を止めた。

 2日続けて缶コーヒーか。まぁいいや、今日は黒を買おう。

 ゴトッと音がして、俺は膝を折る。

 コーヒーを掴もうとしたとき、食堂の扉がギイギイと開かれた。

 スタイルのいい、短髪のイケメン。

 そして俺の先輩。

 そして、偶然出会いたくない人。

 玉置次郎だ。


 「明日、参加しないつもりですか?」


 目を見開いた玉置さんは、「やれやれ」と後ろ首を掻く。俺がコーヒーを取ったのを見て、彼は俺と同じく120円を投入した。

 落としたのは、黒いコーヒー。


 「知ってるだろ?俺は異妖絡みの依頼には参加しない」

 「そうですね……」


 会議には出てたくせに。


 「基木多」

 「はい?」


 カチャリと缶が開けられる。


 「ちょっといいか?」


 昨日の北上のように、その目は飲み口に向けられている。

 「なんです?」と言いかけて俺は口を噤む。また、あのことか。先週の事とはいえ、あまり思い出したい話ではない。

 何も考えずに過ごせたら俺はそれで……いいのか?いや、だけど、それは、今じゃなくてもいいはずだ。きっとこの先、ゆっくり考えられることで、今じゃない未来で俺が考えるべきことだ。


 「先週のことなんだけどさ」

 「……待ってください」


 玉置さんは俺を見て眉を顰める。わざと音を立てるように振られていた缶も、その動きを止めている。


 「なに?」


 だからせめて、明日の次の日からにしよう。


 「体育祭、終わってからにしませんか」

 「は?」

 「今は、ほら、先約が入ってます。俺がどうしたって話ですよね?なら、この依頼を終えてからの方が安心して考えられるじゃないですか。だから、体育祭が終わってから、その話をしませんか?」


 玉置さんは口元につけていた缶コーヒーをゆっくりと離していく。その目はまるで獲物を狩る獣のように鋭く、逆光の中で微かな光を宿していた。

 固く結ばれた唇が綻ぶ。


 「そうか、お前は、そういうやつだったな」


 持っていたコーヒーを一気に飲み干して、乱雑に缶をゴミ箱に投げ入れる。

 そして玉置さんは、軽い足取りで食堂を後にした。

 どいつもこいつも、俺のことわかったつもりにでもなってんのかよ。そんなに浅いもんじゃねぇよ。

 缶を放り投げるも、玉置さんのように綺麗に入ることはなく、ゴミ箱の端に当たって地面に落ちた。不快な音を響かせて転がるそれを拾おうと腰を落とす。

 すると、缶が斜陽を反射する綺麗なローファーの爪先で止まった。

 その缶を拾い上げ、少女は挨拶代わりにこう口にした。


 「空き缶を投げ入れるのは、生徒会長の身としては黙っていられませんね」


 先がカールしたツインテールが揺れていた。


<次回予告>

「そ、その、す、すいません……明日、頑張りましょう。配置表は教室まで渡しに行きますので」


食堂でたまたま出会った六崎遥と話ながら帰ることになった基木多。

しかし、彼女はなにか抱えているようで…


次回、体育祭編第4話「醜悪な感謝」

それは、彼の性質。

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