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第5話『理解者』


 廊下は走るなと言われたのは小学生の頃だったか。先生に見つかるや否や早歩きに変えてたっけ。

 でも、そんなこと今は関係ない。

 コンクリートに囲まれた冷たい廊下を走り抜け、真っ暗になったグラウンドに戻ると、テニス部はほとんどいなくなっていた。

 ただ、力なく月を見上げる彼女を除いては。


「逢坂さん!」


 呼びかけると、少女はまるで待っていたかのようにゆっくりと振り返る。月に照らされた赤みがかった黒髪は、美しくも儚く風に揺れている。


「あぁ、基木多くんか」


 その目から注がれるのは、ただ向けられた力のない視線だけ。それ以外は、もう特に何も感じない。

 それからすっと首を前に戻した。

 逢坂さんはそれっきり何も言ってこない。俺も、言うための言葉が出てこない。

 お互いに待つだけの時間が過ぎていくのが、肌寒い風でよくわかった。

 逢坂さんは三年前の事件の関係者。俺からすれば、消してしまいたい記憶の一部。でも、あの時俺は、彼女のことを知らなかった。彼女の本質を知らなかった。

 だから、何とかしなくちゃならない。

 その一心で、やっと1歩踏み出した。

 と同時、ポツリと小さく逢坂さんが声を発した。


「誰か来るかなって思ってはいたよ。まぁ、幸いそれが基木多くんだった訳だけどね」

「幸い?」

「うん。幸い。普通の人だと、面倒だから」


 そう言って、自嘲気味にほくそ笑んだ。だが、その目は笑ってなどいない。

 逢坂さんの言う『普通の人』というのはおそらく、この市の住民の80%のこと。つまり、能力を持ち、なおかつ異妖が見える、悲しまない者達のことだろう。

 では、何故普通の人だと面倒なのか。

 今日という短い時間の中で分かったこと。それは…


「逢坂さん、異妖、見えてないよね」


 我ながら確信をついたとは思う。

 逢坂さんは、その目を少し見開いたが、また、それを読んでいたかのように先ほどの目つきに戻った。


「うん、そだよ。気づくよね、流石に」

「あぁ、まぁな」


 気づかないはずがない。だって、全部逢坂さんが教えてくれたようなものなのだから。

 あの侮蔑に似た暗い瞳も、素朴な問いも、全てそれは自分にとって理解不能なモノに対する者のものだった。

 暗闇に微かに照らされる少女を眺めながら、改めて自分の推論を組み立てる。だが、それが正しいかは、本人から言われなければ分からない。

 ふと、少女が口を開いた。


「わたしね、SWT被害者じゃないんだよ」


 ふわっと風が吹いた。

 木々が揺れ、落ち掛けの葉が米とぎのように接し合う。

 その告白は、俺のことなんかじゃないのに、やけにストレートに俺に突き刺さった。

 わかっていたのに、鳥肌が立ったような気がする。

 そんな、漠然としているであろう俺をチラと見て、なおも少女は続ける。


「基木多くんの言った通りだよ。異妖は見えないし、負の感情に対するリミッターみたいなのもない。なんせ注射受けてないんだもんね」


 彼女の顔は暗くてよく見えないが、ただ暗くしている要因は柔い月明かりだけでないことは何故か理解できた。


「だからさ…ここまで言ったら、流石に分かるよね。基木多くんなら」

「…あぁ」


 この市は、ひっくり返っているのだ。

 悲しまない人間達の街は、悲しむ者をよそ者であると、異なっていると、そう認識する。

 だから、逢坂さんは偽ることを覚え、身につけた。

 俺が、拒んで目をそらすことを覚えたように。

 だから、分かる。わかってしまう。


「今のままで、いいのか」

「今のまま以外にもう道なんてないよ」


 そう言われてしまえば、こちらからはなにも言えなくなってくる。だが、それは、俺が嫌だ。

 孤独は辛く、酷く、とても悲しいものなのだ。

 つい最近まで孤独だった俺の、今もほんの少し孤独な俺のこの感情はきっと彼女にも届く。

 やがて少女は静かに、足を前に出した。


「それに、それはきれいごとだよ」


 確かにそうだ。だけど、それは、だから、悲しいじゃないか。

 言わなきゃならない言葉は、形にならないが、叫ぶことはできる。語彙力なんてすっ飛ばして俺は思考をさらけ出す。


「綺麗ごとで何が悪いんだよ。そうでもしなきゃ、やってられないんだよ」

「…そんなこと知ってるよ」


 少女がゆっくりと俯いていく。


「逢坂さん、あんた俺と同じだ」


 とたん、パッと黒髪がなびき、こちらを見たその瞳に相変わらず死んだような俺の目が映る。そして、それが少し滲んでいる。


「逢坂さんが覚えたのは、諦めじゃないよ。偽りだ。自分を欺いて周りを欺いて、それでも関係を保とうとするなんてそんなこと言ってしまえば愚かなんだよ」


 よく言ったものだと思う。

 それを今、俺が出来ているのかといえばそうではない。


「でも、基木多くんはいつでも往生際が悪くて…」

「だからそれが同じなんだよ。自分だけは違うって思ってる。同じだって言いたくて、それでも見下してるんだよ」


 こちらが目を逸らしたくなるのに、向こうは一向にこちらをじっと見つめる。ずっと捉えて離さない。いや、俺を離してくれない。

 もう俺の心が限界だ。そろそろ言わなきゃならない。3年前のあの時、俺が逢坂さんに言えなかった言葉を。


「だからさ。俺と同じなんだったらさ。俺が、君の理解者になれる」


 愛の告白にしか聞こえないようなセリフだが、逢坂さんははぁっとため息をつき、今度は蔑むような目でこちらを見た。まるで、期待はずれにもほどがあるとでも言いたげに。


「あーあ。違うんだよ基木多くん。やっぱり基木多くんは基木多くんだね。確かにわたしは君と一緒なのかもしれないでもね?そんなんじゃ、何も変わらないよ」


 言い捨てるように口を閉じて、彼女は俺の横を通り過ぎていく。


「でも、それじゃ、愚かなまんまじゃねぇか」


 思わず俺も反論した。どうしても、それだけは認めたくはなかった。認めたら、俺が何者なのか考えることの意味がなくなってしまうような気がしたから。

 俺の声が聞こえたのか、半身で振り返り、彼女は肩にかかった髪を払った。


「愚かで何が悪いの?人なんて愚かなものでしょ」


 ニッと笑った。

 酷く、悲そうに笑った。

 全て諦めたような、それでいて何かを待っているような、愚かしくて、言ってしまえば最も、人間らしい笑みだ。

 ギィィと錆び付いた門が開かれる。

 コンクリート塀に囲まれたグラウンドに、残された俺の影だけが、夜の闇に溶かされていく。

 俺は、間違っていたのか?

 理解者として協力していくことは、間違っていたのか?

 それが見下すことになると、彼女は言った。

 嗚呼その通りだ。俺はどこかでまだ、今の彼女と同じなのかもしれない。

 ならば、俺は彼女さえも、見下していたというのか。

 なら、ならば俺は。

 結局、誰の理解者にもなれず、理解もされないのか?

 そんな問いを、あえて大型トラックの通る道に投げ捨ててやりたい。


 ◆


 洗濯してすぐのベッドへ飛び込む時ほど、優しいモフモフ感に包まれる幸福感に満たされる瞬間はないのではないだろうか。


「ぐぁぁ〜」


 我ながらおっさんのようなため息だ。まぁでもおっさんみたいなもんだし、仕方ないね。17歳はおっさんですよ、ええ。

 このまま寝てもいいな。

 そう思った時、扉が鳴った。


「道大!ご飯できたからねぇ!」

「あいよ〜」


 ぐったりと重くなった体を何とか立て直し、閉じかけのまぶたをこすって無理やり目を覚まさせた。

 ドアを開け、すぐ目の前に存在する少し急な階段を降りると、スパイシーな匂いが俺の眠気を揉み消す。


「母さん、今日ってまさか…」


 問うと、母さんは台所で鍋の中身をかき混ぜながら、空いている方の手をこちらに突き出し、親指を立てた。


「おうよ!カレーだぜぃ!」

「いぇい!」


 えらくテンポのいい返しだが、これはいつもの事だ。毎日のようにやっている。

 俺たち親子は仲が良いのだ。

 買い物だってよく一緒に行くし、学校の出来事なんかを笑い話的に話すし、風呂は…流石に無いけど、一般的に見ても、俺から見ても、仲が良いのは確実であると思う。父さんがいない分、こういう関わりは多いのかもしれない。

 ボコボコと音を立てるカレーを確認して、母さんは勢いよくガスコンロの火を消した。そして、自分の分を取ると、俺に器を差し出した。


「自分の分は入れてね。量がわかんないから」

「あいよ」


 器を受け取り、炊飯器から白米を入れ、カレーをおたまいっぱいにすくい器に流し込んだ。

 うむ、いいとろとろ具合だな。流石うちの母さんだぜ!

 テレビをつけるといつものバラエティ番組が放送されていた。


「母さん、変えていい?」

「いいよー」


 チャンネルを押す。だが、こちらで同じようなバラエティ番組が放送されていた。勢いでもう一つのチャンネルへと切り替えるが、今度はニュース番組のようなものだった。

 が、どれも決して面白いとはいえない。


「母さん、インターネットの方見てもいいかな」

「母さんは全然良いけど。道大が大丈夫なら」


 俺はリモコンを操作し、ネット回線の方へと繋いだ。


 ◆


 この市には、特別広大な面積を持っているわけでもなく、人口が多い理由でもなく、視聴率が高いわけでもないのに、テレビ局が存在する。つまり、この県には、県庁所在地にあるものを合わせると、複数の地方局があることになる。

 一般に地方と呼ばれる都道府県ではテレビなんて3つか4つ映ればいいところだ。そう考えると、地方局がかなりの比重を置いていることがわかるだろう。

 こんなこと他にはない。

 だが、それが普通になってしまうのがこの市だ。

 人口の80%がSWT被害者のこの市では、あまり悲恋ものや、犯人が嘆くようなサスペンスが売れない。そりゃそうだ。誰も悲しいと思って共感してくれないのだから。

 だから、地方局が発達した。大手のチャンネルからの派生や単独などと様々なシステムだが、やっていることと言えば、バラエティとニュース、通販ぐらいだったりする。

 勿論、そんなもの面白くない。見飽きた。そこで登場するのが、ネット回線から接続する、CS放送だ。

 あれは日本映画や、アニメなど、見ていて差し支えないものばかりだ。

 なので俺は、ニュース以外はこちらを見ている。

 テレビ画面を見ながら、母特製のカレーを口に運ぶ。

 いつもおいしいカレーだけれど、なんだか今日はいまいち味わう気にはなれない。

 俺が何者なのかを考えておけと言った人物を。たしか、ハヤタと言ったか。無論、あれが本名な訳はないだろう。それに、あの細く締まった長身の腰につけられていたもの。

 それは、冷徹な光を放つ黒いもの。

 そう、拳銃だった。

 そんな、拳銃を持った彼の言葉に、数時間たって再び殴られているようだ。


「母さん、今日で10年だね」


 ふと、テレビを見ていて思った。口に出しては見たが、母さんから返事はない。スプーンを口に運びながら、目の前の母さんを見ると、母さんはスプーンに乗ったカレーをじっと眺めていた。

 毎年こうだ。

 父さんと母さんは、元々ウエスタンヒルで働いていたらしく、父さんはあの10年前の事件の数年前に亡くなっている。たしか俺が小学校に入る前のことだ。

 そんな母さんがここにいるのは、会社には行かなくて良いかららしい。


「道大……ごめんね」


 ポツリ呟いて、残っていた一口を口に入れた母さんは、そのまま台所へと向かった。


「母さん、俺って一体」

「道大!」


 それとなく問うたが、それを容赦なく切り裂いた母さんを見ると、暗い顔で俯いた。

 

「道大は変わってなんてないから。ね?」

「う、うん…」


 曖昧な返事だが、これしか無かった。


 ◆


 飯を食い終え、風呂に入ると、俺はいつもよりも数分早く布団に入った。

 母さんの濁した言葉も、彼女の悲しい瞳も、あの男の宣言も。

 全てが俺に絡みついて取れてくれない。

 いっそ窓の外に広がる秋空のように、全部綺麗に見えたらたらいいのに。


 あぁ、こうやって時間は過ぎてくんだな。


 来週には、体育祭が控えているってのに、そんな実感がまったくわかない。


<次回予告>

「その通り!体育祭です!そこで、皆さんには、体育祭を安全に終わらせる為に協力していただきたいのです」


年に一度の大イベント、体育祭。しかし基木多たち対異部員たちはなんとも浮かない表情。

それは佐戸高校の生徒会長である六崎遥の依頼が理由だった。

感情うごめく体育祭編、開幕。


体育祭編第1話「開会式」

それは、波乱の予感。

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