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第57話『その名は悲しい化け物』


 泣く人、笑う人、無表情の人。皆それぞれの感情で今日を迎えているらしい。3月にしては強い日差しがブレザーの肩に照りつける。パッドを通して熱が伝わってくる。

 在校生と卒業生でごった返しているその中に、ふと逢坂さんを見つけた。逢坂さんは数枚の色紙を抱えて3年生のもとへと駆け寄る。笑顔で挨拶し、色紙を渡すその姿に魅入っていると、ポンと肩を叩かれた。


 「あなた、仁戸さんはもういいのかしら?」


 北上がとぼけるように首を傾げる。


 「なんかSっぷり増してないですかね...」

 「私の最近のトレンドはあなたに少し強く当たることよ」

 「何故に!」


 肩にかかった髪を払い、自慢気に胸を張る。


 「自分で考える事ね」

 「ははぁ...」


 ほんと北上さんそういうところありますよね。

 ジト目を向けていると、スイッチを押されたように北上が真剣な顔で眼鏡を押し上げた。


 「ほんとに、大丈夫なの?」

 「え?あぁ...大丈夫だよ」


 笑顔を作って答えるが、どうしようもなく下手だったらしい。北上が訝し気に俺の顔を覗き込む。一瞬目があって逃げられなくなった。


 「話、聞いてくれるか」


 つぶやくように言った俺の言葉に、彼女はそっと瞼を下ろして頷いた。かと思いきや、キラリと眼鏡のレンズを光らせて、腰に手をやる。


 「ふん、ノーと言うと思う?」


 その嬉しそうな表情を確認して、首を横に振った。


 「では終わったら、カフェにでも行きましょうか」

 「えらくオシャレだな」

 「私の最近のトレンドよ」


 お前の最近のトレンドはその口癖だろ。


 ◆


 その後は、中庭に降りてきた玉置さんを出迎えて部員一同で取り囲み、進路だとかそういうたわいもない話をした。玉置さんとの絶妙な壁を感じながらもそれを誤魔化し、玉置さんと共に中庭に来た太田先生には「元気?」などと笑いながら問われ「僕はいつでも元気です」などと冗談で答える。びっくりするくらい、いつもの、以前の光景だった。中庭の人の数が少なくなってきたころに、いかにも不機嫌そうな源先輩が近寄ってきて「なぁ次郎、行くんだろ?」と玉置さんを打ち上げに誘ったのをきっかけに、俺たちも今日は解散することとなった。

 そんなこんなで俺は今、以前逢坂さんと立ち寄ったことのある大型ショッピングモール1階のカフェにいる。こうしていると、世間一般の高校生をやっている感があってなんとも落ち着かない。タピオカを持って歩いている女子たちを眺めていると、机をトントンとノックされた。


 「タピオカのあの黒いのはカエルの卵ではないわよ?」

 「んな事知ってるよ!」

 「声が大きい...」


 そう言って北上は深いため息をつく。


 「それで、話ってなに?」


 まるで体調不良を訴えた子どもに話しかけるような、そんな包容力を感じながら俺は少しも減っていないエスプレッソに視線を落とした。

 異妖を討伐したことにより悲しみを取り戻せていない人達がいること、波野にはこの先ずっと能力が残ること、それらを全て話すと、北上はまたしてもため息をついて呆れ混じりで微笑んだ。


 「全く、自意識過剰なのよあなたは」


 でも壊して押し付けたのは俺だろ。

 喉まで出かかってなんとか飲み込んだ。とてもじゃないがそんなこと言えない。それは北上への、いや、部のみんなや先生やハヤタさんへの裏切りにほかならない。

 返事が遅い俺に痺れを切らしたのか、北上は子どもが駄々をこねたのをみた親のように息を吐いた。


 「私があなたと関わることを贖罪と言っているのは知っているわよね?」

 「え?あ、あぁ知ってる」


 突然なんだろう。

 コーヒーで口内を湿らせておく。

 俺と同じように北上はカップに残っていたコーヒーを飲み干して、慎重に置く。カチンと陶器のカップが音を立てた。


 「本当は、あなたの力は私に宿るはずだったのよ」

 「......ちょっ、ちょっと待てよそれどういうこと!」


 そのままの意味よ、と北上は頬杖をつく。


 「私の母もウエスタンヒルの研究員をやってたの。だからあなたのお母さんの千歳さんのことも知ってるわ。もっと言えば玉置さんのお母さんのことも名前だけなら知ってる」


 そう言えば母さんが同じようなことを以前言っていた。玉置さんのことは初耳だけど。


 「3年前、あなたが異妖化した時、原異形が動員されて対異妖処置と同じようなことがされていたから不審に思ってSWHについて調べたの。母のPCフォルダの隅の隅にあった論文を見て異妖化を知った。この学校だってそう。異妖について調べる中でこの部があるって知ったの。それで、研究のことを母に聞いたら、渋々答えてくれた」


 思い出すように、絞り出すように、大切なものを衆人環視の前で披露するように、慎重に彼女は語る。適切な返事をしなければとこっちが緊張してくる。


 「そ、それで...?」


 北上は通路を見ていたその目を1度こちらに向けて、背筋をぴんと伸ばし座り直した。


 「異妖の放出という形で悲しみをなくしてしまう薬の開発を進めていたウエスタンヒルは、同時にその悲しみを、つまり異妖を人の心に返すシステムを開発していた。それがあなたや玉置さん、玉置さんのお兄さんのような特異妖者よ。そしてその特異妖者の候補は玉置兄弟と私だった。私があの日体調不良にさえならなければ、私が化け物だったの。だから贖罪だって言い訳してきた。全部知ってたの。異妖を消すと感情が消えるのは知らなかったけれどそれ以外は知ってた。ある意味で私は化け物だったのね」


 どこか呆れるように言った彼女は、空になったコーヒーカップをほんの少し浮かせて、雑に置いた。


 「そっか、そういうこと、だったんだな」



 そんな、返事とも言えないような言葉しか言えない俺が情けない。もっとなにか無いのか。

 大丈夫だ。なにが?

 心配するな。誰が言ってんだ。

 気付けば俺も軽くなったコーヒーカップを唇に付けていた。静かにそれを置くと、意図せずため息が漏れた。だがそれが幸をなしたのだろう。頭の中に絡まっていた同情と薄汚い言葉の塗り薬は消え去り、突然笑えてきた。

 北上は鋭い視線を向ける。相変わらず、錐のように鋭利で、それでいて温かい人間味のあるそれに、ほんの少し鳥肌がたった気がした。


 「さんざん俺の事馬鹿にしておいてさ、北上も相当だぜ?ある意味で化け物ってそんなの皆が皆そうなんだからさ。ほんと、そういうとこ生真面目だよな。まぁ、そんな北上のこと俺は友人として好きだよ。尊敬してる。だからまぁ、これから楽しもうな」


 開き直ってまくし立てると、北上がその透明感のあるその頬を朱に染める。誤魔化すように眼鏡を押し上げると、顔を背ける。


 「これは波野くんに報告ね」


 言いながらスマホをロックを解除する。


 「え、ちょっと俺ちゃんと友達としてって言いましたよね...」


 そんな俺の訴えなどなんのその、今度はなにか嗜虐的笑みを浮かべる。え、なにそれめっちゃ怖いんですけど。


 「仁戸さんにも報告しようかしら」

 「なんでだよ!」


 北上は小さく首を傾げる。


 「え、あなた達って付き合って...あ、ごめんなさい振られたのねよね」

 「おい最後の棒読みに悪意しか感じないんだが?」


 ふふふ、と上品に笑い肩にかかった黒髪を払うと、右手を眼鏡に添えて純粋な笑顔を見せた。不覚にもドキッとした。あはれなりって多分こういうこと言うんだと思う。


 「言ったでしょう?私の最近のトレンドなの」


 だから、あなたのトレンドはその決め文句じゃないんですかね。


 ◆


 俺は、この街を変えた。

 約10年前、1人目が出来なかった変革を、俺は成し遂げたのかもしれない。だが結果はどうだ。誰かの中の悲しみを殺しただけではないか。だから俺達は責任を負わなくちゃならない。俺達以外の誰かと共有できず、かと言って俺だけで抱え込むことはできない責任を。

 きっと、その責任の名は、悲しい化け物。

 そう、俺達は、その化け物の名を、一生纏っていかなければならない。化け物として過ごし、化け物であることに尽力しなければならない。決して触れないという誓いの下で見届けなければならないのだ。俺達は、この世の常識の道案内を狂わせてしまったのだから。

 でももし、玉置さんの言葉通り人間が皆化け物なら、俺たちの責任はありふれた日常の一部なのかもしれない。皆何かしらの化け物で、何かしら特異な力を持っているのかもしれない。ひょっとすると、それが普通で、特別なんてものはないのかもしれない。

 それでも、俺は1人の特異な化け物なのだと信じている。俺達は、特別な化け物であることが義務なのだ。例え現実はそうでなくとも。

 今一度繰り返そう。

 俺達は、悲しい化け物だ。

 悲しいこの街の行く末に原則として干渉せず、時により守護者として存在しなければならない。

 それが俺の、俺達の責任なのだ。

 だから、俺達は化け物なのだ。

 誰にも、凡人だなんて呼ばせはしない。


<次回予告>

化け物として自覚し、基木多は願いを得た。

坂西はそんな基木多に最後の接触を図る。

彼の能力を受け取り、全てを無に帰すために。


次回第58話『エピローグ1 引き金として』

これはとてもシンプルな、彼にとっての始まりの物語。


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