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第56話『卒業式』


 薄くも確かな暖かさをもつ太陽が中庭を照らす。まだ朝だから冷えるが、昼になればマフラーはいらなくなるだろう。

 3月1日。まだ、桜は咲いていない。それでも卒業式というのは当たり前のことながら挙行されるわけで、今日散るのは花びらよりも告白に失敗した勇者なのかもしれない。まぁうちの高校学ランじゃなくてブレザーだから第二ボタンは鳩尾なんだけど。

 蕾が点在する木々を眺めていると、誰かが俺の隣に立った。見ると、俺よりも10センチは低いであろう身長の、桃色の髪の少女。仁戸優夏だ。


 「なんというか、1年なんてあっという間なんですね」

 「そうだな」


 そう言ってまた木に視線を戻そうとすると、仁戸ちゃんに袖を引っ張られる。その袖口が中心となり、雑音から取り残されたような空間に引き込まれていく。


 「後悔、してるんですか」


 大きな瞳が真っ直ぐに俺を見つめている。体が一点に吸い込まれるのを止めようと俺の胸が必死に自分を縛り付けてくる。


 「後悔は...ないよ」


 否。本当はある。俺が始めたこの街の改造のせいで、この街の形は明らかにおかしくなった。実際に、あの日の玉置さんの言葉と俺の推測通り悲しみを取り戻せていない人達がいた。「君のせいじゃないよ」などとハヤタさんは言うが、俺のせいでなければ、誰のせいだというのだろう。坂西智幸だとでも?いや違う。彼はシステムを作っただけで、それを使ったのは俺にほかならない。無論、俺の意思で。

 はぁ、と隣では仁戸ちゃんがわざとらしいため息をついている。


 「全く、責任だの化け物だの、そんなのみんなにあるに決まってんじゃないですか。ほんとモッキ先輩めんどくさい」


 そしてぐっと俺の顔を覗き込む。キュッと閉められた口とは反対に頬を膨らまして「むぅ」と俺を睨む。


 「いいですかぁ?あたしたちは、モッキ先輩の、その、な、仲間なんですからねっ。はい、返事っ!」


 励ますように強く俺の背中を叩く。めっちゃ痛くてむせそうになったけど、腹の底から力がこみあげてくるようで、何だか鼻の奥に暖かいものが滲む。


 「...はいっ」

 「え、なんですかぁ?泣いてるんですかぁ?ふふ、先輩、ハグしてあげましょうか」


 いたずらっぽく笑って両腕を広げ首を傾ける。突然真夏の日差しに照らされたように暑くなり、喉の奥から声とも取れない息が漏れる。


 「お、俺はこ、孤高な基木多なのさっ」


 なんとか腰に手を当て虚勢を張ってみる。残念ながらこれが限界。仁戸ちゃんはそんな俺を見て、腹を抱えて笑っている。


 「えぇ、そんなに笑う?」

 「なんですか!孤高の基木多って...ははっ...それただのぼっちじゃないですかっ!」


 ひとしきり笑ったのか、「ふぅ」と1度深呼吸。今度は少し切ない表情して、一言。


 「あたしは嫌じゃなかったのになぁ」


 なんて呟くからあやうく海老反りになって仰向けにノックダウン寸前だった。なんとか堪えて俺も1度深呼吸。


 「まぁなんだ、ありがとうな」


 すると、その大きな目を弓形にして、照れたようにはにかむ。


 「どういたしましてっ!改めて、よろしくお願いしますねっ!」


 ほんの一瞬、桜が満開になったような、そんな喜びにも感動にも似たものが芽生えた。

 思わず頬が緩む。


 「さぁ、皆さんはもう食堂にいます。行きましょう!」


 今日は玉置さんら3年生の卒業式。うちの学校の講堂は狭いから生徒全員は入れない。俺達は外で出待ちだ。

 差し出された手を握り返した。


 ◆


 あの日、気絶して倒れた俺は異妖化。引き返してきたハヤタさんと能力を返していた波野によってひとまず捕縛され沈静化。2日後に目が覚めた。どうやら玉置さんの力を吸収したせいで俺の能力のキャパシティが限界に達し、異妖化してエネルギーを放出しようとしていたらしい。ハヤタさんによれば、あと少し遅れていたら「化け物」は自らのエネルギーが枯渇するまで動き続けていただろうとのことだった。本当に、死ぬところだった。けが人がいなかったことが、唯一の救いだ。

 俺から溢れ出た力はハヤタさんのナイフに流れ込み、今は厳重に保管されているという。

 だが放出された分の力を抑えることでいっぱいいっぱいだったそうで、俺の中に「化け物」はまだ生きている。いいや、この表現はおかしい。まだ俺は化け物だ。


 ◆


 「ほんっと、俺あの後しばらく肩上がらなかったんだぜ?」


 波野がブレスレットを付けた右腕を上げたり下げたりして言った。それを見て控えめに笑った葉矢海が、いじわるな笑みで俺の正面に座る北上をのぞき込む。


 「高乃先輩なんて、隔離室の窓にくっついて離れなかったっすもんねぇ」


 すかさず北上を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。その肩を微かに震えている。

 まじ?


 「え、そうなの?」


 葉矢海に問うと、「ええそりゃもう」と北上の肩を叩く。


 「基木多先輩が隔離室で目を覚ました時なんてもう泣いて泣いて、そんでなんて言ったんでしたァァァァァイ!!!!」


 葉矢海が大きく飛び跳ねる。さっきまで茹でられたエビのようだった北上がニッコリと絶対零度の微笑みを葉矢海に投げかける。


 「私が、何か言ったのかしら」

 「いぇ...なにも...なにも...すいません...」

 「あら聞こえないわ。もう一度言ってくれる?」

 「すいません...だから先輩足つねらないで...」


 思わず波野と顔を見合わせる。愛でるような目をする波野に呆れ笑いが出た。なんというか、北上のこういうドSっぷりを久しぶりに見た気がする。

 北上の目に凍える葉矢海と、その様子を懐かしむように眺める仁戸ちゃん。見ているだけで、こたつに入っているみたいに暖かくて安心する。

 そういえば、と波野のブレスレットに目をやった。

 そうそれは確か、太田先生が付けていたブレスレットだ。


 「ん?これか?」


 波野が右腕のブレスレットを指さす。


 「太田先生からさ、貰ったんだよ。もう力がないからってさ。そしたらどうよ、投げたナイフがすんげぇ速さで飛んでくんだぜ?」


 すごい速さ...以前、異妖化した狼に襲われかけた時に太田先生が投げたナイフがすごい速さで異妖に突き刺さったのを覚えている。その時に、「ソウジロウ」と言うつぶやきが聞こえたことも。

 今の俺がもう一度力を使うと、制御はできないとハヤタさんは言っていた。だから波野の力を消すことは、できない。

 薄く笑うしかできず、紛らわすように外を見た。生徒達がざわつき始めている。腕時計を見て振り返った。


 「そろそろ3年生が降りてくるみたいだ」



<次回予告>

「ほんとに、大丈夫なの?」


卒業式は行われる。

笑う人、泣く人、そして、それらを持たぬ人。

喧騒に飲まれ、基木多は複雑な感情を払しょくできずにいた。

協力者である北上はその変化に気づき…


次回3月編最終話「その名は悲しい化け物」

少年はその特別になにを見出すのか。

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