第51話『再会』
快晴の空模様が皮肉なほどの寒さは、2月も半ばになってさらにその強さを増してきた。マフラーやコートの隙間から入り込む風が体の柔軟さを奪い取っていく。カレンダーの2月はとても短いのに、いつまで経ってもこの寒さだけは消えてくれないのではないか。毎年そう思う。鼻は常に氷をあてられているかのようだし、いくらポケットに手を入れても指先は温まらない。カイロ忘れるんじゃなかった。
校門に立っている先生に挨拶をして、腕時計を見る。手袋も忘れたから、チラと確認してまたすぐコートのポケットに手を突っ込む。
8時10分。
ホームルーム教室に着席しなければならないのは8時半だから、まだ大丈夫。時間に余裕はあるし、まだ誰も来ていないはずだ。
ロッカーで靴を履き替えて、俺は旧校舎の方へと向かった。
昨日の会話を思い出しながら、とあることを確かめるためだ。
◆
昨日、俺たちは準備室で作戦会議を開いていた。
「1番の問題は玉置さんがどこにいるかがわからないことではないのかしら」
北上が準備室の机に置いた拳を握った。
「それはハヤタさんが動いているって言ってたから大丈夫なんじゃないですか?」
仁戸ちゃんの指摘に目を逸らし肩を落とした。北上にしては珍しい。俺もちゃんと話さなければ。いつまでも皆に負担をかけるわけにはいかない。
「問題なのは、玉置さんの能力だ。俺の力をコピーした今、玉置さんは俺の力を消すことだってできる。そうなれば玉置さんを無傷で止めることはかなり難しくなる」
「つまり、道大が作戦もなしに突っ込むのは愚策だってことか」
波野の沈んだ声で、重力が増したかのごとく5人が俯いた。
「じゃあどうすればいいってんですか…」
そんな葉矢海に応えるような気持ちのいい金属バットの打撃音も今日はない。咳払いだけが、やけにうるさくて耳障りだ。
しばらくそんな時間が流れ、咳払いがため息に変わりだした頃、北上が握りしめていた拳を開いた。
「大事なことを聞き忘れていたのだけれど、 基木多君が奪える能力は1つなの?」
「どういう意味だ?」
問うと北上の目つきが鋭くなる。
「まったく、あなたはいつまでも馬鹿なのね。ちょっとは成長したらどうなの?」
「は?」
どうしたこいつ…。
はっとしたように北上が視線を床に落とした。
「ごめんなさい、私…。玉置先輩のような人に対しては、その、どうなのかなって思っただけなの。少し席を外すわ」
そう言うと北上は準備室を出て行ってしまった。残された俺たちは皆同じように苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず、今日はこれで終わるか」
◆
時刻は夜の11時。
ベッドの上で毛布にくるまって枕に顔を埋める。こうしていれば、眠たくなればすぐに寝られるし、寒くないし、なによりこのモフモフ感がたまらない。仰向けになって、そしてまたうつ伏せになった。
北上も焦っている。いや、もしかしたら責任を感じているのかもしれない。その中で、俺の返事がよくなかったのかもしれないと今は思う。
たしかに、試したことはなかった。もしかしたら玉置さんはすでに知っていて、俺よりも使いこなしているのはそういうわけなのかもしれない。だとすれば、より正確に玉置さんの力を抜き出さなければならない。もしも俺が一度に1つしか能力を奪えないならなおさらだった。そして今朝、それがすべてわかった。
相談室のベルを投げてみたのだが、帰ってこない。投げっぱなしで終わってしまう。何度やってもこうなった。つまり、俺から異能力がなくなっていたのだ。玉置さんは、もしかしたら俺の力を消し去ったのではないか。消し去ってみたものの、異妖化能力は奪えなかった。ちなみに異妖化能力がまだあるという証拠は、今、俺の勉強机にとある少年が座っているということだ。
「それにしても、面倒な事になったね」
少年は微笑みながら両手を広げて肩を竦める仕種をした。短い艶やかな茶髪が揺れる。
はぁ、と大きく息を吐いて体を起こす。
「もしかして、ずっと俺が呼びだすのを待っていたのか?」
少年は首を横に振る。
「それは少し違うね。出てこれなかったんだ。次郎が君の力を奪おうとした時に、もう一つの力の方を無理やり引きずり出したせいで、変な負荷がかかったのかもしれない」
「は、はぁ…」
こんな反応しかできない俺に、少年は膨れっ面になる。
「むぅ、せっかく助けてあげたっていうのに。可愛くないなぁ。僕がいたから今こうして君と僕は再会できてるんじゃないか」
それもそうだ。いや、それもどころではない。まったくそうだ。俺は立ち上がって少年の方へ右手を差しだす。彼は一瞬戸惑っていたが、俺の意図を察したのか、貼り付けたような乾いた笑みを浮かべる。俺のよく知る笑みだ。
「また、協力してくれ。坂西」
当たり前じゃないか、と坂西は俺の手を握った。
次回更新は11月18日(木)午前1時です!
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<次回予告>
「もう、決まったことなんでしょう?なら私はついていく。言ったじゃない。これは贖罪なの」
玉置次郎を止めるということは、基木多が異妖化の能力をもう一度使うことを意味する。
坂西と決意を固めた基木多だったが、彼は彼の周囲の人間が理解を示してくれるかが心残りだった。
北上鷹乃、波野兄妹、仁戸優夏。
それぞれの言葉を、基木多は受け止める。
次回2月編第9話「井の中の蛙」
それは、彼が感じてこなかったやさしさ。




