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第50話『異なる者(2)』


 玉置創治郎は、異妖化して悲しみと能力奪うという基木多君と類似した能力を持っていた。特異妖者と呼ばれていたよ。

 この街の悲しみを取り戻すための安全装置みたいな存在として作られたこの能力は、ある条件を満たすことで発動される。強大なストレスか、もしくは引き金を引くか。まあ彼は感情さえコントロールして異妖化を我が物にしていたけどね。

 引き金を引くというのは、自分で能力のリミッターを外すという意味じゃなくて、この場合、ある異妖に外してもらうことを指す。その異妖は少年のような見た目をしていてね。特異妖者にしかほとんど見ることはできない。だが、その異妖は厄介なことに意思を持っている。彼は彼で玉置創治郎の異妖化を早く発動させようとしていた。

 玉置創治郎は、そうして異妖化という特殊開眼を発動させた。元々創治郎は悲しみのない街に違和感を持っていてね。ずっとこの街は間違ってるってよく言ってたんだ。でも、結果はこうだ。創治郎は死んだし、次郎も実の兄を殺してしまった。そして流零君も、創治郎という親友を異妖のせいで失った。そして何より、街は戻らなかった。

 でも、基木多君、君が来た。

 2度目のチャンスが来たんだ。玉置次郎の両親はウエスタンヒルの研究員でね。そして何より特殊効果を生む件の薬の開発メンバーでもあった。どうして許可したのかはよくわからないが、彼らは自分の子に投薬した。玉置創治郎の事件があってから次郎は以前より増して僕達に協力的になった。その時期に、チラと特異妖者は3人しかいないと言っていたから、彼は両親から話を聞いたのかもしれない。

 次郎は、異妖や人から次々と力を集め始めた。

 異妖探知の能力を探していたんだ。これは本人が言っていた。

 これでわかったかな。ずっと、次郎は基木多君を探していたんだよ。

 その頃から僕は異妖だけを消し去る方法を考えていたんだが、どこで考えが変わったのか、悲しみもいらないって次郎は言ってた。だからここからは推測でしかないが、君を見つけたことで、その方法を得たんだと思う。

 次郎は創治郎の願いと彼自身の願いを動機としてこんなことをしているんだと僕は考えている。


 ◆


 ハヤタさんは腕時計を確認して、席を立った。


「おっとこんな時間になってしまった。長引かせてすまないね。それで、基木多君はどうする。次郎を止めるか?」

「はい、止めます」


 ほう、とハヤタさんは感嘆を漏らす。そうして、口を歪ませた。久しぶりに見る性格悪そうな笑顔に俺は安堵した。


「して、それはなぜだろう。それ相応のリスクが伴うだけじゃない。元から僕は君に依頼しているわけじゃないんだよ?」

「そうよ、何もあなたが無理して…」


 北上もハヤタさんに便乗して言うが、その言葉は尻すぼみになってしまう。俺の頑固さをよく知っているからだろう。


「うん。でもこれは俺がやらなくちゃならないことだから」


 思わぬ回答だったのか、ハヤタさんはドアに手を掛けたままこちらを向いた。


「ずいぶんと、強気になったもんだ。そういうことなら僕としても精一杯手伝わせてもらう。度々君に連絡を取るだろうから用意はしておいてくれるかな」


 ハヤタが部室を出ていって少し経ってから、俺は席を立った。


「ちょっと、道大先輩、どこ行くんすか?」

「葉矢海、心配すんなって。トイレに行くだけさ」


 何か腑に落ちない表情だが、押し通すしかない。俺は言葉を使うことなんてできない。

 部室のドアを開けて、決して振り返らずに閉めた。やけに中が静かだったせいで俺の目はそちらに糸で繋がれたように引っ張られたが、このドアが断ち切ってくれた。

 閉められた冷蔵庫の中のようなコンクリート造が目立つ廊下を、足音がならない程度に小走りで駆ける。階段を降りた二階の端の唯一灯りが漏れる部屋。DNFS対策部だ。

 灯りに向かって足を進めた時、ドアが開く。

 黒いスーツの男はシャツにダウンジャケットを羽織った男と気さくに話している。

 ハヤタさんと太田先生だ。

 おそらく、ハヤタさんも太田先生も、最終的には同じ向きの願いを持っている。それはきっと俺と同じ向きでもあるし、または玉置さんの向きでもある。ならば、このスカラーをベクトルに変え得る何かを持った人の最終目的は同じなのではないか。問題はゴールまでのプロセス。それが人それぞれ違う。そりゃそうだ、スタート地点が違うのだから。そして、そんな差異が生まれれば自然、行動に伴う犠牲の量や質も変わってくる。

 だから対立する。

 ハヤタさんが挨拶を交わしこちらに歩いてくる。お互いの顔がはっきりわかるほどの距離で、彼は「おやおや」と後ろ髪を掻く。


「僕を、恨まないんですか」

「恨む?」


 ハヤタさんは目を丸くして肩をすくめる。


「だって僕はハヤタさんの計画をぶち壊したんですよ?」


 するとハヤタさんは、くすりと笑った。


「ははっ、君そんなこと考えてたんだ」

「いや、普通でしょ…」


 そんな俺のぼやきなど届くはずもなく、ハヤタさんはニヤリと口角を上げる。楽しそうでなによりです。


「君はまったく、疑り深いのか単純なのか。僕の計画をぶち壊したことについてはたしかに割り切れない気持ちもある。だけど僕はもういい歳したおじさんだからね。30後半だよ?」

「ですね、プロ野球ならベテランの域です」


 軽く合わせたつもりだったのだが、ハヤタさんは目を丸くする。そして少しの沈黙。え、なにこの間。

 プッ、と吹き出したのはハヤタさん。いい歳したおじさんが吹き出すとは思わなかったぜ。その自称いい歳したおじさんは腹を抱えて笑っている。


「いやぁ、久しぶりにこんなに笑ったよ。基木多君、君のお母さんにも同じようなことを言われたよ。あの時は30手前だったから中堅だって言われたけどね」


 母さんが俺と同じことを?喜びとも不信感ともなんとも言えないものが胸の中にミルククラウンを作り出して溶け込んでいく。どうして、母さんのことを知っているのだろう。ハヤタさんの真意を探るべくじっと目を見たが、それが閑話休題を促していると取られたのか「おっと、話が逸れてしまったね」と、一旦間を置いて、わざとらしい咳払いをしてから真剣な表情を見せる。


「次郎や流零君、そしてこの街のみんなが、苦しまずに済む街を作り上げる。それが僕のゴールだ」

「そう、ですか」


 ほんの少しの寒気とともに鳥肌がたった。

 あまりにも、俺と同じだったから。推測が当たると言うのも、ある意味怖い。


「だから、次郎を止めてくれ」


 はい、と短く返事をした。


次回更新は11月11日(木)午前1時の予定です!

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<次回更新>

「それにしても、面倒な事になったね」


玉置次郎との最終決戦を行うことを決意した基木多。

唯一の勝ち筋は、基木多自身の異妖化能力による、玉置次郎のすべての異能の消滅。

しかしそれは基木多自身にも、作戦自体も、難しく危険なものであった。


次回、2月編第8話『再会』

それは、引き金との再契約。


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