第47話『終結者』
初めて、あんな言葉を口にした。
口元を這うような違和感と、なにかの重みから完全に脱出できたかもしれないという危うい虚脱感。一夜明けた今でも、それはずっと続いている。
こうして机に突っ伏して始業を待っていても、なにかすっきりしている。いつものように体は重だるいが、頭が重くない。
一言で言えば、救われた気分だ。
昨日俺は仁戸ちゃんに告白を実行した。
彼女も薄々感づいてはいたみたいだが、それでも言ってくるとは思わなかったらしく、すこし顔を赤らめながら俺の言葉をじっと聞いてくれていた。
まぁ、振られたんだけど。
チャイムが鳴り我に帰る。
長針が6を回ってもまだ誰も座っていない椅子が点在している教室は、なんとも虚しい。
近頃はクラスの雰囲気もたるんできたもんだ。いくら担任がありがたい受験生としての心得を説いても、生徒たちは皆それぞれ単語帳を眺めたり周辺の奴らと何かを語り合ったり、平気で大きな笑い声をあげたり。こうしていれば、本当は言葉に力なんてないんじゃないのかと思えてくる。担任の言っていることはとても正論だし、経験則から語られることには相当の危機感を煽られる。この一年が速かったように、今からの一年もきっと速いに決まってる。ここまで考えさせられるほど俺レベルの人間が話を聞いているのに、カースト上位のやつも下位のやつも、カーストに当てはまる者たちにはなにも届いていないように見受けられる。この先生はたしかにすこし頑固なところがあり、生徒たちと意見がぶつかるところもあった。しかし、俺からしてみれば先生の言っていることにはなんの違和感も感じない。それは過言かもしれないが、生徒たちがキーキー叫ぶ方が俺には子どもに見えた。バカにはありがたい言葉なんぞ通じない。馬の耳に念仏とはよく言ったものだ。
ならば、本当は言葉に力なんてなくて、言葉を紡ぐ人間が相手にどう思われているか、言葉を受け取る人間がその言葉にいかに意味を持たせるかにかかっているのではないのか。要するに、主体的に発した言葉には、観測者がなければ自己満足以外の何の意味も持たず、誰かを動かす力もないといえる。
ではもし、言葉がそんな通貨なら、俺が仁戸ちゃんに紡ぎ発した言葉は意味を持ち、力を持っていたのだろうか。ここでいう力を付き合うということに仮定するなら、俺の言葉には何の意味もなく、ただの自己満足でしかない。
担任が朝のSHRを終え、教室を後にする。時計の長針は8と9の間にある。頭にしがみついた邪魔者を振り落とす気分で小さく首を振った。
大丈夫、これは俺のエゴだ。
◆
チーンとベルが鳴った。
受付の仁戸ちゃんの透き通るような声が聞こえる。まだ、彼女への感覚は完全には消えきっていない。むしろほとんど変わらず、心臓を蝕む頻度だけがほんの心持ち減っただけで、まるで昨日のことが夢のようにさえ思える。
「依頼でーす!」
準備室のドア越しに仁戸ちゃんが言う。
はいよ、と適当な返事をしてドアを開けた。
椅子に座り、依頼者に着席を促すと、早速話を始めた。
「それで、どういったご依頼ですか?」
依頼者は男子生徒。服装からして、サッカー部だろうか。依頼書によると彼は二年でクラスは…ん?俺と同じクラスじゃん。え、いた?こんなやついた?いたか。俺がいなかっただけか。そういえば俺クラスのやつほとんど知らねぇや。
彼はうつむきながらその目にかかるぐらいの前髪で表情を隠している。はぁ、小さく息を吐くと、恐る恐る顔を上げた。
◆
まとめると、練習試合でフリーキックを外してしまったその日の帰り道、男が話しかけてきたと言う。
「悲しいかい?」
そう男が言ったので、男子生徒は頷くと、男は深くかぶっていた黒いコートのフードを取り、黄色く光る瞳でまっすぐと自分を見た、といったもの。
男子生徒は続けてこうも言った。
「あの後から、頭の中のリミッターみたいなものをまた感じるんです。何かが止められているような、そんな感覚です。え?能力ですか?いや、ありません。悲しみっていうものを感じないだけなんです」
だから悲しみを取り戻してほしい、と。
何者かが、悲しみを奪った。それも、開眼状態で。
なぜだ、なんでそんなこと、いやわけがわからない。どういうことだ。
俺は悲しみを与え、能力を奪ったはず。それなのにそいつはまだ能力を持っている。悲しみだけを封じ込める力。そんなもの一体どこから得たというのか。
いや、考えたって仕方ない。その本人をあぶり出すしかない。
「わかりました、案はこちらで考えます。まずはその犯人を特定するところから入るつもりです。少し大きな話になるかもしれませんが」
はい、と男子生徒は頷く。
これはかなりややこしい話かもしれない。
とりあえず先生に連絡して、それから原異形に連絡するか。
読んでいただきありがとうございます!
次回更新は10月21日(木)午前1時の予定です。
<次回予告>
「これだと、筋が通るってだけの話さ」
男子生徒からの依頼。
悲しみを奪ったものがいる。
それはつまり、基木多と同じ能力を使う者がまだ残っているということ。
基木多から連絡を受けたハヤタは部員があつまる部室で、ひとつの仮説を口にする。
次回2月編第5話「仮説」
それは、つながる確証。




