第40話『能力の乱用』
1月も半ば。
廊下を歩く3年生の顔はなんとも硬い表情になり、寒さはより一層増してきた。できれば早く電車の暖房に包まれたい。今日は珍しく昼休みに太田先生から活動なしとの連絡を受けていたので、他の部員は皆それぞれに帰っていった。さて、俺は何をしているのか。
ピーコートを羽織りマフラーに顔をうずめる女子達がせっせと校舎の各地へと散らばる中、俺は太田先生に部室に呼び出され、一対一で先生と向かい合って座っている。
そして、先生が放った言葉に耳を疑っていた。
「先生、いま、なんて…」
太田先生は、じっと俺をみながら重そうな唇を動かした。
「次の活動から対異妖活動に限定して、依頼への参加は認めない」
そう言って背筋をピンと伸ばす先生は、どこか俺から離れようとしているように思えて、思わず身を乗り出した。
「いや、ちょっと待ってください。どういうことですか」
「そのままだが?」
「なんで、ですか」
太田先生は長く息を吐いた。
「前回、基木多は何をした?」
「え?」
前回。前回の依頼で俺がしたこと。
…まさか俺が能力を使ったからなのか。
「能力、ですか」
太田先生はコクリと頷く。
「あれは見方を変えれば乱用だよ」
「いやでも悪いことに使ったわけじゃ…」
すると、キッと鋭い眼を俺に向ける。
「コントロールもできないくせに何が悪いことに使った、だ。目的から逸脱した活用をすればそれは乱用さ」
「でも俺は部長で…」
「部長だから、依頼に参加しないといけない、と?」
「ええ。部長ですから。僕にはそういう義務があるんじゃないですか?」
先生が重い息を漏らす。
「言いたいことはわかる」
それからキッと俺を見つめる。
「だが基木多。君はこの部の顔に過ぎない。君は自分を1つの脳であり心臓だと思っているんじゃないのか。ならばそれは違うな。君はあくまで顔だ。1つの脳であり心臓なのは僕と君を含めた部員全員だよ」
話を戻そう、と先生は言った。
彼の右手は、左手首に嵌めたブレスレットを弄っている。
「誓約書にもあっただろう?活動を許可されるのは、『身体的及び精神的に健康』の時のみだ」
俺は、なにも言えないでいた。なにも言えない代わりに、先生の眼を見た。
じっとこちらを見つめる瞳の奥がブラックホールみたいに俺を吸い寄せる。意識さえ持っていかれそうなほどの黒。澄んだ黒だ。
「今の君は暴走状態なんだ。少なくとも健康とは言えない。わかったな基木多」
なにを言う。俺は至って健康だ。俺はこの身を捧げるために使ったわけではない。これしか俺にはできないから使ったんだ。それを乱用だと言われれば、俺はなにを駆使して彼らと共に闘えばいい。元来た道を帰ってくる力は弱い。100%コントロールだとか、跳ね返す力だとか、転写だとか、そんな力がない俺にできることは、せいぜい囮くらいだというのに。
なんて、言えない。
「…はい」
俯いて辺りを見回すしかなかった。
他の部やら生徒やらが持って行ったのだろうか、また一つ、椅子が減ったような気がした。
◆
近頃、以前よりさらに異妖が増えているように思う。見かける異妖が増えたのもそうだが、何より、原異形の黒いバンが複数台スピードを上げて走っていることが、何よりの証拠なのではないだろうか。普段は一台で事足りるという話を太田先生から聞いたことがある。
その影響かは知らないが、1月中盤にさしかかった今日の依頼の数は今年度一番ともいえよう。
今日中にできそうなものは今日中に片付けようということになり、皆それぞれに支度を始めた。
俺は受け付けにて背後で行われる慌ただしさを音として聞くだけ。顔なんて見せられない。
「あれ、モッキ先輩行かないんですか?」
一通りの支度を終えたのか仁戸ちゃんが俺の隣のパイプイスに腰掛けた。
「しばらく依頼には出られないんだよ。まぁなんだ、ドクターストップってやつかな」
そうですか、仁戸ちゃんは笑う。そうしてローファーを鳴らしながら出て行ってしまった。彼女につられ、他の部員もあっという間に相談室を後にする。
一番後ろを歩いている葉矢海の左手に複数枚の書類があるのを確認して、俺は彼女を呼び止めた。
「すまん、葉矢海」
彼女は普段通り、ドライだ。
「なんですか?兄貴ですか?」
「いやごめん違う」
「そうっすか。で、なんです?」
俺は書類を指差すと、彼女は納得した様子で微笑んだ。
「なるほど、見たいってことっすか」
「おう、そういうことだ」
「じゃあ、すいませんけど早めにお願いします」
ひとつ頷いて相談内容の書かれた書類を受け取る。一年半これを読み続けてきた分、これを読むスピードにはそれなりの自負がある。
依頼は3つ。
中庭の小型異妖の撃退、新校舎三階の小型異妖の撃退、学校から徒歩5分の広めの公園の中型異妖の撃退。
確かにこれは忙しそうだ。
一通り読み終えて葉矢海に返すと、「じゃあ私行きますので」と駆け足で去っていった。玉置さんもそれに続く。流石の彼も記録ぐらいには出るらしい。
やはり、校外には中型が現れ始めている。以前は、小型だけといっても過言ではなかったのに。
そのとき、ピリッと脳に電撃が走ったような感覚が俺を貫いた。
思わず頬杖をしていた体を起こす。
するとまたしても後頭部を突かれるような感覚。振り返ると、長机の1つに茶色い毛並みが綺麗なカワウソが一匹。それがひょいとその場でジャンプすると、空中で宙返りし、やがて着地すると茶髪の少年へと姿を変えていた。
「やぁ、先輩」
「久しぶりだな、坂西」
驚くほど、驚かなかった。おおよそ予想がついていたからであろうが、それでも、この冷静さには少し驚いている。
「全く、ちゃんと知識を身につけてからって言ったじゃないですか」
「うん、そりゃそうだけどさ、なんというか、感覚がわかってきたんだよ。あぁこのくらいの感じでやれば引きつけられるんだなって」
坂西は重く息を漏らしながら髪をガシガシ掻いている。
「そりゃ乱用って言われますよね…まぁでもいいです。感覚がつかめてきたなら。あとは知識を得るだけです」
そう言ってにっこり笑う姿には、やはり引き金の面影は感じない。坂西は俺を異妖化させるための引き金で、彼の詳しいことも、何者なのかもよくは知らない。
以前、俺が一度異妖化した時に、俺の体から鍵を引き抜いて俺の中にあるドアを開けたことをよく覚えている。
もう一度手元のベルに目を落とした。
「なあ坂西」
「なんです?」
ベルを触る手には汗が滲んでいる。
「俺はこれでいいのかな」
「とは?」
「部長として、またひとりの異なるものとして、俺は何もできていないんじゃないのか。そりゃ顔だっていい。心臓になれなくても。でも、何もしていないのと顔は違うとは思わないか」
じっと彼を見つめる。
しかし、彼は「さぁね」と言って目を伏せた。
「ただそれは、君がみんなを信じていないからじゃないかな」
◆
凍りついてしまいそうな寒さが一層厳しくなってきた頃、外も暗くなってきた。
旧校舎の廊下も、ほとんどお化け屋敷のような趣を醸し出している。
そんな校舎の片隅に俺はひとり座っている。受付のベルを眺めては、ストーブの火が照らす床や、窓の外に目をやる。そんな時間が流れていった。
俺は部長だ。下校時刻までここにいる必要がある。あのあと坂西はどこかへ行ってしまったし、未だ他の皆も帰ってこない。退屈な時間を過ごすことに、顔として何の意義があるのだろうか。
俺が皆を信じていない。
以前逢坂さんにも似たようなことを言われた記憶がある。
ふと、姿勢を正した。
誰かを信じることもできず、誰の言葉も受け止めず、たった1人に盲目になる人間なんぞに、顔が務まるのだろうか。
いや、こうは言えないか。
彼らに尽くせば、いや、彼らを後ろから押せば、きっと顔として成り立つ人材にはなれるのではないか。
頭の中で何かの筋が通った。もう一度姿勢を正す。
俺のすべきことは、皆をサポートすることなんだ。
読んでいただきありがとうございます!
次回更新は9月2日午前1時の予定です。
<次回予告>
「基木多、頭痛はないか」
対異妖活動に参加できない時間が続くなか、彼の願いは形になろうとしていた。
みんなの力になる。
そんな彼に、異妖化が起こった知らせが舞い込み…
次回、睦月編第7話『なくてはならない者』
それは、彼の引き金。




