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第38話『変化』

 

「君が好きなんだ!!!」


 仁戸ちゃんと道端で泣き合ったなんとも恥ずかしくも暖かい思い出に浸りつつ登校すると、中庭に突然その言葉が轟いた。

 見ると、すっかり葉がおちて寂しい様子の桜の木の下で消えない異妖の依頼者が、女子生徒の腕をつかんでいた。

 目を見開いて逃げ腰になる女子生徒。男子はじっとその目を見る。

 そうして少しの間お互いの間合いを図るような、状況の進展の糸口を図るような時間が流れる。その緊迫した雰囲気に足を止めていたのは俺だけではないようで、正門にはほんの少しの人だかりができていた。

 不意に、背中の鞄がなにかにあたる。

 振り返るより先に、赤みがかった黒髪がひょいと揺れる。


「お、なんだか青春って感じだねぇ」


 逢坂彩葉は顎に手を当てて目を細める。


「そうだな」


 告白が実行されている、それもこんな時間に。

 人がいない時間を選んでいた彼がこんな人が集まる時間帯に…


「私は、君が知ってるような人じゃないかもしれないよ?」

「わかってる、幼馴染なんて関係ない。俺は君のこと全然しらないんだ。でも、俺が知らない君を、俺は好きになる自信がある」


 俺が知らない君を、俺が好きになる。

 なぜだかその言葉が小さく俺の胸に突き刺さった。


「行こう逢坂さん、野次馬の趣味はないからさ」

「そうだね、わたしもゴシップネタは嫌いだよ」


 俺たちが教室に入るころ、中庭からはポツポツと拍手が聞こえていた。


 ♦


「ああ、解決したぞ」


 カードを繰る音が鳴り続けるpcに目を落としたまま玉置さんはそう告げた。


「え、昨日の今日ですよね?」


 思わず問う。


「昨日の今日だな」


 間髪入れずにそう返ってきた。

 野球部の金属バットの打球音と、管楽器の重厚な音なんて耳に入ってこないぐらい、この部室は静寂としている。


「なにをしたのでしょうか」


 いぶかし気な視線を送る北上。葉矢海と波野は顔を見合わせている。仁戸ちゃんはじっと顎に手をあて玉置さんを睨む。


「別にどうってことない。異妖はあの時間帯にあらわれる。告白を邪魔しに。異妖ってのはそもそも大衆にさらされるのを得意としない。ならできることは、公衆の面前で告白を実行させることだ。あいつの依頼内容は異妖の撃退だが、その根本的な理由は告白を邪魔されたくないというところにある。簡単な事だろ?」


 玉置さんは一度たりとも俺たちを見ないですらすらとそう言ってみた。その黒い瞳は、じっと画面に向けられている。


「あれは、玉置先輩が仕組んだことだったってわけですか」

「なんだ、仁戸。俺は別に間違ったこと言ってないと思うけど?」


 まるで俺に向けるような鋭い視線。俺以外にそれを向ける仁戸ちゃんは初めて見る。


「いえ」


 …いやまてよ?


「それじゃ、あそこにいた異妖は消えなかった理由もわかんないし、そもそも異妖はまだあそこにいるってことになるんじゃ…」

「それは大丈夫だよ基木多。大丈夫だ」


 やけに含みのあるその言葉は、この話題の終了のサインのように思えた。


「そう、ですか…」


 ♦


 それからは特に本当になにもなかった。

 異妖の目撃情報も、被害も、あの二人のことも、すべてが解決していた。

 冬の鋭く喉を付くような冷気は、疑問と違和感さえ凍らせてしまった。

 ただ、消えない違和感がある。


 最近、変だ。

 何が変かというと、わからない。

 わからないが、何かおかしい。

 放課後まであと10分。以前なら先生がだらだらと話すことに耳を傾けながらひそかにツッコミを入れる。そうしてあきたら本を開いて、文を眺める。そうしていた。

 なのに、何だろう。はやく終われと思う。


 はやく、あの部室に。

 はやく、あの人に。

 はやく、あの声を、笑顔を、罪を、怒りを。


「では今日はこれで終わりです。はーい解散!」


 先生はそうしてにかっと笑う。

 まるでそれが合図のようにクラスメイトは立ち上がる。

 普段なら、ほかのやつらが出るまで待っていた。そもそも俺はあの部室に心から行きたいってわけじゃなかった。そう、なかったのだ。

 でもなんでだ、俺はなんで走ってんだ。なんで誰よりも教室を速く出てんだ。なんでだ。


 そうして徐々に廊下の人口密度は小さくなる。

 最後に廊下にいるのは俺ひとり。

 俺はそのドアの前に立つ。

 中から聞こえる声に、心臓が締め付けられる。


「あ、モッキ先輩!ちわっす」


 薄いオレンジの髪がふわりと揺れる。

 揺れて、大きな目を細め、大きな口でにかっと笑う。


 ぐらりと、脳が揺らいだ。

 心臓が何かに掴まれる。


 なんだ、これ。

 なんで、こんなことになってんだ。

 いつもかわいいだけだったじゃねえか。

 いつもかわいかったじゃねぇか。

 なんでだよ。


「おう、仁戸ちゃんちわっす」


 こんなの、まるで…

 いや馬鹿野郎。それは俺が彼女にもっとも抱いてはいけない感情なんじゃないのか。

 彼女が俺の前で見せた涙は、彼女が復讐者だからこそのもの。俺が容疑者、いや復讐対象だから抱いた想いだ。


「モッキ先輩?どうしました?」

「いや、なんでもないよ」


 だからこれは、ある種の裏切りだ。

 本来俺は人とかかわっていい人間じゃない。

 俺は、罪によって人とつながるしかないのだ。

 容疑者と復讐者。

 だから、これはきっとよくないものなんだ。


<次回予告>

「なんだかなつかしい表情をしているわね」


仁戸優夏との放課後の一件以来、どうにも仁戸優夏のことがあたまから離れない基木多。その思いを抱えたまま、彼は宣言した覚悟を体現しようと試みる。


次回、睦月編第5話『覚悟の行方』

それは、彼にとっての願いの始まり。


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