第3話『依頼』
部長会は無事に終了し、仁戸ちゃん作のモガミが描かれたポスターが貼ってあるSWH管理部掲示板には、少なかれど人だかりが出来ていた。
だがしかし、依頼人が来ない。
理由はうっすらと分かっていた。
同情など誰もしないから、無関心に近い集団の中で10年も生きてきたから、相談して、他人を巻き込むことをしないのだろう。救ってくれはしないと、心の底で密かにうずくまっているのだ。
そんなことを考えながら、鼻を刺すような部室の匂いを堪能していた。
部室に来ねぇのって、これもあるのかな。
北上は本を読み、玉置さんはスマホをいじり、仁戸ちゃんと葉矢海は会話に勤しんでいる。波野はと言うと、彼は体育祭の実行委員で、それが終わるまでは来れないのだそうだ。
そういえば、来週だもんな、体育祭。
「…人、来ねぇな」
匂いの堪能にも限界はある。ポツリと本音を漏らしてしまった。
それが聞こえたのか、北上の我慢していたかのような深いため息が聞こえた。が、それも重いノック音によりかき消され、丸まっていた背筋がピンとのびたような北上の威勢のいい返事が、依頼者を招いた。
◆
左胸に丸と三角で描かれたメーカーマークをキュッと握りしめ、その赤みがかった黒髪は、後ろでまとめられている。俗に言うポニーテールだ。
ユニフォームのデザインからすると、テニス部だろうか。
…なんてな。
彼女は、逢坂彩葉で間違いない。
少女は気まずそうに視線を落とし、時折チラと俺と北上を見比べる。
当たり前だ。逢坂彩葉は俺や北上と同じ中学で、ましてや軟式テニス部だった。男女で別とはいえ、俺と交流があったのは事実。そしてなにより、俺と松雪冬樹の事件の関係者。
動悸が激しくなる。のどの奥にわだかまりができていく。北上に視線だけでヘルプを送ると、北上と目が合った。やさしく、なだめるように目を細めている。
「あの、とりあえず名前と学年、組を所属する部をここに」
ぎこちない説明をしつつ、ペンと用紙を渡すと、その少女は大きく目を見開いて、気まずそうに口を開いた。
当たり前だ、今の俺の言葉は、全部ぶったぎったみたいなものなのだから。
「逢坂彩葉です。……えっと、その、ソフトテニス部の、部長を、やって、ます…」
胸のあたりを握りしめたまま、覚えてないかな、と呟いた。それで、俺はようやく、その違和感の正体を突き止めた。ただその代わりに、えらく黒いものに心を掴まれる。
「あ、逢坂さん…ね、うん…」
わかっていたはずなのに、ついぎこちない返事になってしまった。。
そんな俺を不思議そうに見つめる仁戸ちゃんに、逢坂さんのことを説明すると、ふむと頷いた。
「この人も、あれの関係者なんですか」
「…あ、その、えー」
「そうよ」
その凛とした声のした方を見ると、眼鏡の似合う副部長が、その事件を客観的な事実としてぶつけるような、そんな視線を送ってくる。
どうやら、『逃げるな』と言うことらしい。
苦し紛れに、体の向きを変える。すると、そんな俺の様子をこれまた不思議そうに見つめていた葉矢海と目があった。葉矢海はすっと視線をそらし、何も言ってこない。玉置さんはと言うと、相変わらずスマホをサッサとスクロールしている。
「承りました」
北上の凛々しい声音が部室を包み込む中で、俺はずっと、心を刺されるような感覚のまま、傾いた太陽を眺めていた。
「これは、これは…」
仁戸ちゃんの凍てつきそうなほど冷徹な声が、俺の足をつかんだ。
◆
テニスコートに足を踏み入れるのは、2年ぶりだろうか。中学時代ソフトテニス部に所属していた俺からすれば、懐かしい白線である。同時に、いかんともしがたいものでもある。
しばしそれ踏みしめて感触を味わっていると、コンコンと尻を叩かれた。
振り返ると、茶髪の前髪をヘアピンで止めた少し背の高い細身の少年がニヤッと笑っていた。
「ねぇね、さっさとやってくれないとさぁ。俺達練習出来ねぇんだけど」
よろしく、とまた笑みを浮かべ、コート脇のテントの下の雑踏へと消えた。
そうか、もうすぐ大会だったろうか。
確かこの部はある程度の成績を残していて、近所の中学が強い影響もあってか、確かなレベルの選手が揃っているのだそうだ。
しっかし、そうは見えない。
ざわざわと全員が集結して個別の群れをなす中、確実に壁の外にいるような少女がいる。
逢坂彩葉だ。
「北上、俺は…」
「わかっているわ。けれど、無関係にする訳にはいかない。それは理解して頂戴」
「…悪いな、なんか気を遣わせて」
彼女の澄んだ瞳を見て言ったからか、北上は少し意外そうな顔をしたが、そこからふっと笑って首をゆっくりと横に振り、斜め下に視線を伏せた。
「いえ、ただの…贖罪よ」
「……そうか」
としか、言いようがなかった。
北上はこういうとき、決まってその言葉を口にする。出会って二年目になるが、その意味はまだわからない。だが俺には、その贖罪が、果たして誰のためのものなのかと問うことも、それに対する感謝の念も、反抗もできない。いつも、俺から発することが出来る言葉が錬成されてはくれない。。
小さく息を吐いた。
「あの、その、逢坂さん、そろそろ始めるから」
「あ、うん。わかった」
逢坂さんは、素早く振り向き、右手で応えた。
◆
異妖は、全部で4体。狼型が2体、大きめの猿の容姿の異妖が2体。
…多いなぁ。
「逢坂さん、ちょっと時間がかかるかもしれないって、伝えてくれないか」
「う、うん、わかった、けど…」
腑に落ちないのか、小首を傾げる逢坂さん。顎に手を添えたまま、ゆっくり顔を上げた。
「そんなに…異妖は多いの?」
「…え?」
あまりにも素朴で単純な疑問に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
見ればわかる事だからだ。普段は対弱異妖防護素材の塀で囲まれている学校だし、ちょくちょく出てくる今回のような中型・大型はせいぜい1、2体。して今回は4体。見ればわかる。
「多いよ?ほら、見たらわか」
そこまで言って、俺の脳内で何かが通った。見ればわかるのに、分からないとすれば…それは。
再び視線を彼女の方へ向ける。
「逢坂さん、もしかして」
「な、そ、そんな訳ないじゃん」
大きくかぶりをふる逢坂さん。それにつられ赤みがかったポニーテールがぶんぶんと左右に揺れる。まるで、はたくように。
「じゃあ、お願いするね」
逢坂さんは、素早く距離を取り、そのまま部員の誘導を始めた。
確信に近い違和感は消えない。
ひと通りの書類をバインダーにはさみ、記入していた仁戸ちゃんを手招く。
「仁戸ちゃん、それ後は俺がやるから、悪いけどおしゃべり楽しんでる葉矢海とあれの始末を頼む」
「あ、あれですか。おっけーですっ!わかりました!」
快い承諾と共に、俺にバインダーをぐいと押し付けると、パタパタと葉矢海の肩を叩いた。
隣の北上も、それを見て今だと思ったのか、眼鏡を拭くと、肩にかかった髪払い、すっと俺に先程とはうって変わって柔和な笑みを浮かべた。
「私は行くけれど、貴方はここで見ていて頂戴ね」
「いや、わかってるけど…」
「あらそう。てっきりスキップで突撃でもして呆気なく保険金の無駄遣いをすることにでもなるのかとばかり思っていたわ、ごめんなさいね」
「え、何…何?」
早口すぎて理解出来なかったんだが…いや、内容もよくわかんないんだが?
はぁ、と戸惑いのため息を付いていると、北上は少し微笑んで、ふいっと顔を逸らした。
<次回予告>
「君は考えておかなきゃならないよ。自分の答えを。こうなった以上はもう『知らない』じゃ済まないからね」
逢坂彩葉の秘密、そしてもう一つの違和感。
なぜか消滅しない異妖。
困惑のなか、一本のナイフが彼の頬を掠める。
神無月編第4話「違和感」
それは、すべてのきっかけとなる。




