第37話『感情の行方』
玉置さんに男子生徒が話した内容のなかには、俺たちがいままで知らない内容があった。
一番大きいのは、相手の女子がずっとなかのよかった人であるということ。今回とは別に一度アタックしたそうだが、その時彼女はなんとも言えない表情で去ってしまったそうだ。
「なるほどな…」
玉置さんは顎に手を当て頷く。
「そうだな、こいつがその女子に避けられてるってことだな」
「ぐふっ…」
そんなに真顔で言うなよ…ほら依頼者さん息絶え絶えじゃん。
「それだけ、ですか?」
仁戸ちゃんが眉を顰める。
たしかにそうだ。それだけならなんとなく俺にもわかってた。この男子の様子を見るに、そんなに希望がある感じじゃない。
だけどそんな情報で死なない異妖のなにがわかるんだ?
俺たちの心配なんてまったく問題ないといった風に玉置さんは表情ひとつ変えずにPCを鞄に仕舞い、依頼書を書き始める。
「それだけわかれば十分だ。北上」
「はい?」
「依頼者が告白しようとしてる女子生徒の名前とクラスを聞いておいてくれ。対応はあとで連絡する」
「は、あ、はい」
かの北上も戸惑っている。
一体どうしたって言うのだろう。
♦
「玉置先輩がああして活動に参加してるの、ひさしぶりに見ましたよ。普段からあのぐらいの気合だしてもらいたいものです」
頬を膨らませながらそう愚痴を漏らす仁戸ちゃんに俺は笑いながら相槌をうつ。波野たち三人は準備室で依頼者に聞き取りをしている。俺たちはなにもすることがないからと玉置さんに帰らされた。だからこうして仁戸ちゃんと駅まで歩いている。
夕日が佐戸のメインストリートを照らし、この街の褪せた部分を際立たせる。鼻が凍るような冷たい風はきっと仁戸ちゃんの両手の、もふもふした手袋の効果を無に近いものにしているに違いない。
そっとオレンジ色の手袋から目を離し、道路越しにそびえるウエスタンヒルのメインビルに目をやる。思わず首が冷えてマフラーに顔をうずめる。
「えっと、モッキ先輩?」
まるで彼女の手袋に耳を撫でられたような心地よさが心臓から滲みだす。
「なに?」
薄いオレンジの髪は、首もとでマフラーにしまい込まれていて、なびくことはない。それでもその鼻の先はほのかに赤く染まっていて、それがなんとも愛らしい。
仁戸ちゃんはちらと俺を見てまた自身の手袋に目を落とした。
「いや、なんというか、その、モッキ先輩は、私が怖くないんですか?その、こうしてふたりであるいてるわけじゃないですか…」
ほんの少し自転車のタイヤがならすカチカチという音がゆっくりになる。
「怖い?そうだな…」
怖い、と言われればたしかにそんな気もある。いやあった。
出会ったころは完全に冬樹を壊した犯人として俺を見ていたし、なにより俺も完全に立ち直ったわけじゃなかった。心が戻りかけてる最中だったってところだ。だから、春は怖かった。でも、今は怖くない。なんでかはわからない。というよりむしろ…むしろ、なんだ?
「怖い、わけじゃないんだ。俺は仁戸ちゃんの復讐の的だから、で、それに対して覚悟ができたのかもしれない。クリスマスの日にあああやってみんなに言って、そうして自分も自覚した。だから、俺は仁戸ちゃんにならたとえどうされたってかまわない。だから、怖くはないよ」
「……」
ぴたりと彼女の足が止まる。
カラカラと音を立てていた自転車はその鳴りを潜め、大通りを通る車の音だけが時間の流れを教えてくれる。
「そこに、先輩の意志は、あるんですか?」
「え?」
そのシャーベットオレンジが彼女の顔を隠してしまって見えない。
「それは、先輩の選択なんですか?」
「そうだよ。こうして俺が化け物だってわかって、それで俺ができることは限られてる。まだ決めきれないけど、俺が化け物だって事実があるんだ。俺はその状況からどうしたらいいかを選ばなくちゃならない」
そのもふもふの手袋が小さくハンドルをたたく。
「先輩、あなたは…」
「だから、俺は大丈夫だ」
ガシャン
カラカラとタイヤが回る。横になった自転車を飛び越えて、やわらかくて心地いいはずの手袋の感触が顎に伝わる。
「先輩」
「…俺は」
「言わなくていいです」
ぎゅっとマフラーが閉まる。
触れていないはずなのに、彼女が掴むマフラーから泣いてしまいそうな暖かさが伝わってくる。
やめてくれ。
「あなたは、いつから自分を捨てたんですか」
やめてくれ
「先輩のしたいことをしましょうよ」
やめてくれ
「もう、いいじゃないですか」
頼む、やめて、くれ
「先輩の責任と罪は、あたしがちゃんと償わせてあげますから。だから…だから」
今日、初めてその瞳を見た。涙にぬれた、すんだ瞳。茶色っぽくて、じっと俺を見ている。じっとかみしめられた唇は、小さく震えている。そっと首を撫でる髪と吐息。
俺は…
「自分の感情を殺さないでください」
それが、引き金だった。
はっきり見えていた仁戸ちゃんの顔が一瞬で滲み揺らめいた。
♦
「先輩ってぇ、泣くときあんな顔するんですね」
彼女はそう言っていじわるな笑みを浮かべる。
なんだかやけに顔だけ暑い。
「あ、顔真っ赤ですよ」
「やめて火が出そう」
ふたりで顔を見合って笑う。
駅裏の小さな公園。ブランコに座りながら、俺たちはコンビニで買ったコロッケをほおばる。
「でも、ありがとう」
言うと、仁戸ちゃんの頬が少し朱に染まり、俺から視線を逸らした。
「いえ…でも、あたしが復讐者だってことは変わりませんから」
本当に、仁戸ちゃんには、感謝だな。
「おかげでちゃんと、俺の選択をすることができそうだよ」
「そう、ですか。なら、あたしと…」
先輩がしたいことをしましょう。
ごめん、仁戸ちゃん。
俺は確かに、自分の感情を殺していたのかもしれない。この街で少なくなってしまった感情を俺は持っていて、だけど、それよりたくさんの感情を、いや、この街がなくした感情を、無くしてしまっていたのだ。
この子と、出会ってよかった。
この子が、俺の復讐者でよかった。
そう気づいただけで、十分だ。
俺には、やらなくちゃならないことがある。
できることが、きっとあるはずだ。
俺のしたいことは、多分、俺ができることなのだ。
「ありがとう、でも、余計に覚悟が決まったんだ。俺は、仁戸ちゃん、俺は、俺のできることを、やってみるよ。ちゃんと、俺が選んだ方法で」
彼女はその大きな目を見開いて、やがて顔を伏せた。
そして、
「応援してますよっ、モッキ先輩っ!」
ビシッと敬礼のポーズをとって白い歯をのぞかせた。
こんにちは、蛸中文理です!
読んでいただきありがとうございます!
次回更新は8月12日の予定です。
<次回予告>
「昔もこんなことあったよ。三角関係みたいなやつだったけどさ」
玉置次郎は、1人裏門でため息を付く。
次回睦月編第3.5話『本質』
そこは、彼がいない場所。




