第36話『兆し』
新年あけましておめでとうございます!
依頼者にそんなことを言ったところで、どうせ向こうは喜ぶどころかわずらわしささえ感じて愛想笑いを浮かべるほかないだろう。
ほら今だってあの仁戸ちゃんがマジ天使なラブリースマイルを向けているのに依頼に来た男子生徒と言ったら疲れたようなあきれたような表情で「あ、あめでとうございます」とかぬかしやがる。
俺だったら、おめでとう仁戸ちゃん今年もかわいいねあい…最推しだ!って言ってるに違いない。そんな仁戸ちゃんの破壊力さえかき消してしまう。挨拶だ。俺が言ったらもうどんな反応になるか。
だからこそこんな挨拶、親しい人以外なら別に
「親しい人以外なら別に言わなくていいってか?部長が何言ってんだよ」
あきれ顔で両手をひらひらと振る太田先生。え、なに声に出てたの?あ、依頼者さん困ってたのそれ?それならごめんなさい。
「そうですよぉ」
にししと仁戸ちゃんが白い歯をのぞかせる。
今日は俺と仁戸ちゃん、準備室に玉置さん、そして教壇におかれた椅子に腰かけて教卓に突っ伏す太田先生。この人部室に来るとき大体本読んでるんだよな。暇なのかな。
「ま、依頼を聞きましょう!」
「そうだな」
そうして俺は彼女の隣に腰掛ける。
「あけましておめでとうございます。部長の基木多です。ではあなたのご依頼をお聞かせ願えますか?」
♦
依頼内容は異妖の撃退。まぁよくある依頼だ。
ただ、その、撃退の理由が…
「え、なに、告白?」
男子生徒はガッチガチに錆び固まったブリキのおもちゃみたいに首を縦にふる。彼はもう耳まで真っ赤だ。
「そ、その、俺、好きな女の子が、いてその、告白したくて…」
「ああ!!?」
轟音とともに実験室の長机が小さく跳ねた。
「なに、君、ここがどこだかわかってる?」
そう言って詰め寄る太田先生の負のオーラに男子生徒はどんどん背中が丸まっていく。え、何この人。
仁戸ちゃんがピクリと引き攣った笑みを浮かべた。
「太田先生?その、なんかいつもとキャラちが…」
「ああ違うね、でも俺がいってることまちがってる?」
いまなんか舌打ち聞こえた気がしたんだけど気のせいだよね仁戸ちゃん?
「はぁ、まったく困るね。ここはなんでも屋じゃないんだ。異妖絡みじゃないなら、友達にでも相談するんだね。そのほうが君のためだよ」
いやその、先生?そろそろ依頼者泣きますってこれ。
だが俺の懸念とは裏腹に、彼は目をかっぴらいて先生に声をあげた。
「ち、違わないけど、違うんです!」
太田先生は腰に手を当てじっと男子生徒を見下ろす。
「…というと?」
「普段誰も立ち入らないこの時間帯の自転車置き場に、新学期始まったあたりから異妖が住み着いてて…」
「あ、ふーん」
いやなにそのわかりやすい恥ずかしがり方。先生、耳まで真っ赤ですよ。あったかそうで何よりです。
「あ、太田先生、耳真っ赤ですね。あったかそうで何よりですっ!」
えぐい!仁戸ちゃんそれなかなかえぐい!
というか仁戸ちゃんも、同じこと、思ってたのか。
「ま、まぁ俺が悪かったよ。すまないね。その依頼ならうちの部は大歓迎だ」
「ありがとう、ございます」
男子生徒は大きく息を吐いてパイプ椅子の背もたれに全身を預けていた。
♦
できるだけ早めがいいという依頼者の希望により、依頼を受けた昨日の今日で早速撃退依頼を遂行することとなった。現場は自転車置き場。この学校は6~7割の生徒が自転車で通学する。つまり自転車が非常に多い。そのわりに学校の敷地が狭いこと加え、旧校舎と新校舎のふたつが存在するため、自転車置き場がとても窮屈になる。旧校舎の裏にトタンの薄い錆びたような屋根がいくつか並んだ自転車置き場が広がっている。自転車置き場は学年ごとに場所が決まっており、校舎裏で2学年ほどはカバーできるが、3年生の一部は中庭に、2年生の自転車置き場の一部は自転車置き場と体育館に挟まれた裏門にも広がっている。そして、校舎裏のトタン屋根ゾーンは見晴らしがいいのに対し、この裏門の駐輪場は少々入り組んでいる。そして裏門は登校時にしか解放されない。
つまり、旧校舎の窓か、裏門に自転車を置いているやつしかそのにはいかないし見えないのだ。そしてこの放課後。時刻は午後5時半ごろ。学校に残っているのは、部活にいそしむ者たちと、受験勉強で自習室にこもっているものぐらいだ。あとは教室でエンジョイしてるやつらぐらい。あいつらほんとまじうるさいんだよ、まじ近所のスーパーの百均で卓球セット買って机並べて遊んでんじゃねぇよ。ちょっと楽しそうだけどさ。
まぁ、そんなわけで、依頼者が選んだ告白の舞台、それが裏門というわけだ。
「あれが男子生徒の恋路を邪魔する最低な輩というわけね。がっつりやりましょう」
ガチャリとエアガンのスライドハンドを引く北上。この依頼を聞いたときからこの調子だ。そしてそれは波野も同じ。
「そうだな鷹乃、人の恋愛を邪魔しようだなんて、許せねぇ!」
なんか仲いいのは別にいいんだけど、ちょっと腹立つのなんなんだろ。もう人前で鷹乃ってよぶことになんの抵抗も感じてないみたいだし…笑顔を向け合うな腹立つ。
「じゃ行きましょうか、おみくん」
おみくん!?
え、唯臣だから?
え、ちょ、ええ!?
いつのまにそんな呼び方してたの!?
なんか、おみかいちょ…いや、これはやめておこう。
ともあれそんなこんなで2人はさっさと異妖へと向かって行ってしまった。俺の1から裏門までは約25mといったところ。まぁ、エアガンで届くには届くが、もう少し寄りたいのだろう。それにしても連携なんてものありゃしない。まぁ2人はそれなりに強いし、なんなら北上だけで撃退ならできちゃいそうだし、俺としてあんまり心配してないんだけどな。
「さぁ、来なさい」
そう言って北上はほんの一瞬目を覆い隠す。波野も腰に下げたナイフに手をかける。
「これ、あたしたちいります?」
「いや、いらないんじゃない?」
仁戸ちゃんと俺は置いてけぼりをくらってしまった。
「裏門の広さだとわたしのほうがむしろいいんじゃ…」
仁戸ちゃんの隣で立ち尽くす葉矢海はそういうものの行こうとはしない。葉矢海自身もわかっているのだろう。あの二人の間には、もう入れない。妹ですらそう感じるのだから、俺と仁戸ちゃんなんてそんなこと口に出すことすらできない。
異妖は見るところ犬型1匹。しかし例によってそこし強い個体らしく、北上の跳ね返す力を一度で学習し、北上の背後を取るような動きをしている。開眼能力は視認していないと意味がない。やはり最近、こういう強力とまではいかないものの、異妖が強く、厄介になっているのは明らかだ。特に、逢坂さんといったショッピングモールでの一件から、明らかに違う。
「チッ」
小さな舌打ちに反応するように、異妖が長い黒髪にとびかかる。しかしすんでで届くというところで異妖のこめかみにナイフが突き刺さり、そのまま北上の横をすべるようにして光の粒となり霧散した。
「ふう、危ないところだったぜ」
「ありがとう、おみくん」
俺たち3人はそろって胸をなでおろした。
「いやぁ、討伐しちゃったわ」
ニシシと笑う波野に、なぜか葉矢海が正拳突きをお見舞いし、彼は妹君の肩に乗せられて現場をあとにするのであった。
♦
「あの、依頼やってくれたんですよね?」
依頼を終えた翌日。俺たちが相談室で卓球をしていると、先日の依頼者がジト目のまま俺たちを見てそう言った。
コツンとピンポン玉が床に転がる。
「はい?」
すると彼は一層目を細めた。
「あの、まだ、いるんですけど」
俺たちは思わず顔を見合わせる。みな不思議そうな表情をしているなか、玉置さんだけがふかくため息をついた。
「きかせてくれ」
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次回更新は8月5日の予定です。
<次回予告>
「どうしたんです?モッキ先輩」
討伐したはずの異妖。なぜかそれが倒しても倒しても現れる。
そんな状況に困惑する基木多たちは、玉置次郎を頼ることに。
不思議な現象が起こる中、基木多は自分の中に違和感を感じ始める。
彼が化け物であること、そして…
次回、睦月編第3話『感情の行先』
それは、罪か。




