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第29話『痛み』


 暦の上ではディセンバーになると、思っていた通り喧騒は激しくなる。

 ほんとなんで12月になった瞬間ざわめきだすんだろうね。11月から準備しとけばいいのに。思えば師匠もさ、走る前に前もって準備しとけば落ち着いて年越せるのにね。

 師走に喧嘩を売るのはさておき、逆さに落ちるジェットコースターのあるテーマパークは早くもクリスマスモードになっているとCMで言っていた。

 そう、並木がわざとらしくきらめき、スーパーマーケットでは雨が夜更けすぎになんとかなる歌が流れる、そんな月がきたのだ。

 この街のそういうところで言えば、まぁ学校近くの大きな病院とかDNFS関係の建物や場所が光を放つ。街の事情が事情だ。俺には『希望の光』みたいなものにしか見えない。

 悲しまなくなって、ユートピア(仮)になって、それで、悲しみたくなった。

 異妖がいるとかいないとかそんな話以前に、皮肉で悲しい街なのだ。

 こうして街を歩いていると、自然と俺はそういう観点で見てしまう。悲しませてくれと言った波野も、復讐に燃えていた仁戸ちゃんも、熱を冷やす落し物をした北上も、誰も本物じゃないと言った逢坂さんも、みんな、悲しくて虚しい。

 首を振って頭からそれをふるい落とした。落ちるわけないけど。

 時は、土曜日。電車はすいていた。

 俺はいつもの駅を降り、大通りをいつもとは逆の方へと歩いている。

 電車が走っているため、この大通りも線路を潜るように掘り下げられた感じになっている。橋の下だけ、道路が大きく溝のようになっているのだ。言わばスノボハーフパイプ。

 そんな橋の下を進みしばらく道沿いに歩くと、少し古びたコンクリート造の図書館が見えてきた。

 今週末空いてる?に対し、俺は空いていると答えた。だって空いてるんだもの。暇だもの。勉強は明日日曜だしそれでいいよね!

 その待ち合わせが、この図書館なのだ。

 これまでの道のりで異妖を見なかったのは、対異妖の結界のようなものが張られているためである。駅の入口、店の入口、この図書館の入口、学校の入口。全て原異形が張っている。まぁそんな結界を破ったやつが俺たちや原異形のお世話になるわけだけど。坂西は、例外のような、そうでないような。ちょっとだけあの後話を聞いたけど、結局あいつがなんなのかはあんまりピンと来なかった。

 では、結界のない場所ではなぜ見ないか。それはもちろん、原異形が結界の無いところに追い込んでいるからに過ぎない。

 自動ドアを抜け、入ってすぐ右手にあるカウンターの前を通過。本が置いてあるのは左手だけで、カウンターより向こう側は倉庫となっているらしい。ボランティアでここに来たことがあるやつに聞いたことがある。

 この図書館はさして広くない。小学生がちらほら垣間見えるが、おそらくそんなに品ぞろえがいい訳でもない。ないものはお取り寄せできるという便利さはあるが、所詮小さな市の小さな図書館なのである。ドアから見て行き止まりにこじんまりとした子供スペースみたいなものがあるのも、そういうことなのだろうか。

 とまぁそんな図書館について考えているほど時間に余裕はない。約束の11時は2分ほど前にすぎている。本来なら5分前にはついておきたいものなのに。

 少し歩幅を広くする。そして、彼女がいそうな小説コーナーに向かった。

 果たして、彼女はそこにいた。

 赤みがかった髪をいつものようにポニーテールにし、ネルシャツにジーンズ、腕にはキラリと光る腕時計、コート片手に静かに本を伸ばすその姿は、木のように安定した雰囲気を醸し出していた。

 そのせいか、声をかけるのを躊躇い、じっと魅入ってしまった。ハットした時には遅かった。逢坂さんは伸ばしていた手を引っ込め、「誰だ」と睨むように鋭い目を俺に向ける。が、俺だとわかり、今度は目を細めニヤリと口角をあげる。そしてビシッと人差し指を向ける。


「ほほう、ズバリわたしに惚れたと見た」

「惚れませんっ!」

「なんだそれは残念、あと静かにね」

「...」


 なんだ、この敗北感は。

 怒鳴らせたのば誰だっちゅーの。お前だっちゅーの。

 以前から知ってはいたが、逢坂さんは本当に小説が好きみたいで、今も手にはカタカナのタイトルにカタカナの作者名の本を2冊ほど持っている。何冊か借りる気らしい。


「ごめん、借りてくるね」

「あぁ、じゃあ外で待ってる」

「ありがとう」


 軽く手を挙げて応え、俺は外に出る。

 突然だが、俺は悩んでいる。直感から来るひとつ答えの出ない問題が出た。これは直接聞くしかないが、それでも、それが本当だと、嫌な筋の通り方をしそうで怖い。

 モガミが、坂西なのではないか。

 目の前を手を繋いだ親子が通り過ぎていく。男の子は彼の母を見つめ、病院を指差して何かを問うていた。

 目を逸らした。

 俺には、できないよ。


 ◆


 この街はさして大きくない。かと言ってすごく田舎というわけではない。何かと揃っていると言えば揃っていて、揃ってないと言えば揃ってないといった感じ。中途半端な位置づけなのだ。

 よって遊ぶところは、自然北上らと行ったアミューズメントパーク的なところか、ショッピングモールになる。もしくは雑談のために喫茶店。

 俺としてはこの時期のショッピングモールは避けておきたかった。人が多いからだ。いや、なんでって、そりゃまぁクリスマスの準備...かっ!貴様らはクリスマスで何を祝うんだよ!あ?付き合って何年記念か!?そんなのは美味しくサラダを食べられた日くらいでいいんだろうよ!

 ...おっと思わず燃えてしまったぜ。申し訳ない。

 と、そんな俺の願いは儚く散った。


「最近来てなかったんだよね~」

「あぁ俺もだよ...」


 そんな会話をして自動ドアをぬける。

 優しいな、俺がいるからってドア開けてくれるなんてさ。でもさ、ここは開かなくたっていいんだぜ、自動ドア。

 君がドアを開けるから、横のテニス部部長は「ほら、行こうよ、ね?」とか言って袖引っ張ってくるし。ちょっと反応困るし。

 まぁでも昼もここで食べればいいし、1日暇だし、行こうかな。

 まだ開いているドアから冷たい風が背中を押す。一歩足を踏み出すと、今度は乾いた暖気が全身を撫でた。

 思わずマフラーを取り、ダウンの上着を脱いだ。

 見れば逢坂さんもコートを片手に白い歯をみせる。


「いやぁ、暖房だねぇ」

「そうだな」


 辺りを眺め、あるもので俺の視線は止まった。

 そこには、ディッセンバーがあった。

 緑の三角錐に巻き付けられた透明の紐の斑点が薄い光を放っている。思い出したかのように館内にはベルの音が流れている。そしてそれに群がるように、人々が流れていた。

 呆気にとられていると、シャツの袖が引っ張られる。

 首を向けると、逢坂さんが悪戯に笑んでいた。


「ふふん、ペアルックだね」

「友達の証ってか」

「そうだね、まさにWe're BFF」

「やかましいわ」


 そう言って俺たちは笑った。

 ふと、思う。

 俺は逢坂さんの前だと、俺が何かを忘れられる。俺が1人の俺として、1人の逢坂彩葉という人物と関われる。一言で言えば、居心地がいい。仁戸ちゃんといる時のように胸を縛られることもなければ、波野や北上のように軽蔑が芽生えることもない。俺の中の第三者は眠っていて、1体1で話すことができる。とても、安らかだ。

 もしや、これを本物の心と呼ぶのか。

 首を横に振った。

 いや違う。

 それはもっと遠くて掴めないはずなのだから。追いかけるから、綺麗に見えるものなのだから。


「で、どこに行くの?」

「え?」

「ん?」


 逢坂さんは顎に指を起き天を仰いだ。


「ま、まずは、昼ご飯でも食べようかな」


 いやノープランなのかよ。


 ◆


 以前暇な時に調べたことがある。

 ショッピングモールには何故かは知らんがたこ焼き店が入っていることが多い。らしい。あくまでネット情報だから伝聞調にしておくことにします。

 そしていつも人気。シンプルに美味しい。

 というわけで、俺はたこ焼きの列に並んでいた。逢坂さんはうどんかどっかに行ったそうだけど、席はとっているから大丈夫だ。ちゃんと二人席にしてるし。

 お金を払ってたこ焼きを受け取り、席に戻ると、逢坂さんが割り箸を割ったところだった。

 

「あっ、先に食べてるよ」

「いいよ別に」


 席につき食べ始めると、逢坂さんがトンと箸を置いた。


「これからどこ行く?」

「うーん、そうだね。あ、映画でもみるか」

「じゃ、そうしよっか」

「いいのがあるかは知らないよ。突然だし」


 ◆


 特に区切りがあるわけでもないのに、足を踏み入れた瞬間からなにか雰囲気が他とは異なっている。それがショッピングモールにある映画館というものだ。まぁ暗いというのもあるのかもしれないが。

 上映予定を見ると、5分後にスタートするハリウッド映画がある。シリーズ物で、たしかこれの次でラストだったはずだ。以前から少し気になってはいた。用事もあったし観れてなかったんだよな。


「逢坂さん、あれにする?」

「うんそだね。あれにしよっか」


 自動券売機で券を買って早速入場。

 6番シアターは、思っていた通り人が少なかった。いや、もっと言えば、多分ここに来ている人自体が少ない。それでもこの街にある唯一の映画館なのである。俺はわりと重宝している。

 指定された場所に腰を下ろすと、ちょうどシアター内が暗くなってきた。

 携帯の電源を切ったところで、新たに入ってくる2つの影がこちらを見ているのに気付いた。

 俺を見てるのか。それとも逢坂さん?

 うーん俺には対異部ぐらいしか知り合いがいないし、逢坂さんもテニス部しかいないと思うし、じゃああいつらはテニス......いや、違う。

 奴らは、奴らだ。

 暗がりでも不思議と分かった。その横顔、仕草、そして、その侮蔑の笑み。


「う、ぅぅ...」


 思わず、呻いた。声は殺した。

 2年前まで同じ校舎に通っていた女子二人が、不倫報道を見るような目でこちらを見ていた。

 まだ、逢坂さんは気づいていない。


 ◆


 案の定、集中の欠けらも無い状態が2時間続いた。あいつらが話しかけてくるんじゃないのか。俺たちを軽蔑しているのではないか。逢坂さんが、いらぬ誤解のもと奴らの餌食になるのではないか。そんなことが脳内を駆け巡っていた。そうこうしているうちにスタッフロールに入り、あっという間に館内は明るくなった。


「いやぁ、良かったねぇ。次が気になるよ。ね、基木多君?」


 逢坂さんは伸びをしてこちら向いた。すると、俺の異変に気づいたか、すっと目の色を変えた。


「どうしたの」


 極力小さな声で答えた。


「右斜め前、向こう側の通路の辺り」


 逢坂さんは目を細めてその首をゆっくり横に向けていく。そして、一点でそれが止まった。刹那、目を見開き、すぐさま射殺すような鋭い眸を送った。


「とりあえず、でよっか」


 なるべく音を立てないように、そっと6番シアターを後にした。

 とりあえずパンフレットだけ買って映画館を出る。出るとすぐに、楽器店兼CDショップ、そして大きめの本屋がある。俺たちは本屋に身を隠した。


「覚悟はしていたけど、まさか映画館に来るなんて...」

「とりあえずはここまで来ればまぁいいだろ。あいつらもまさか追いかけて―」

「来ちゃった☆」


 頬を糸で引っ張られるように、俺と逢坂さんは振り向いた。

 長い髪を金に染めた少女は、先ほどと同じ目でこちらを見つめている。が、決して俺とは目を合わさない。彼女の背後にいるもうひとりの女子もそうだ。

 そうか。やっぱ俺は化け物なんだ。

 だがそんなこと考えたって何も起こらない。逢坂さんは、俺と再開した時のような、偽りの弱者を演じ始めている。


「な、何しに来た」


 そんなこと聞いたって答えはひとつしかないのはわかっている。何とかして口開きたかったのだ。

 クリスマスの歌は皮肉にもベルを鳴らし天から俺たちに幸せを撒き散らしている。

 金髪少女は両手を腰に置くと、自慢げに話し始めた。


「いやぁ誰だってさ、そんな組み合わせ見たら気になるじゃん?」

「どういう意味だ」


 どういう意味かは、よく知ってる。


「え?わかんない?化け物と、無能力ってことに決まってるでしょ」


 逢坂さんの肩が跳ねた。

 それを見て女は嗜虐的に顔を歪める。


「え、なんなの、付き合ってんの?いやぁお似合いだよ、ねぇ?」

「うん、ほら、写真撮ってあげようか」


 女二人は携帯を取り出しカメラを起動させ、こちらに照準を定めた。

 光る。目の前が、眩しい。

 そして、痛い。


「やめろよ」

「ええ?なんて?」


 言って彼女たちは笑う。高らかと笑う。心底楽しんでいることだろう。

 なんだ、聞こえなかったのか。俺の言葉は伝わらないのか。だよな。

 じゃあ、何をすれば伝わるんだよ。

 お前らの頭にかかったリミッターのせいで、俺たちは。俺たちは...。

 ずっと伝わらないままなのかよ。


「やめめてくれって、言ってんだよ...」

「基木多くん?」


 なんだよ、その目は。こいつらは敵じゃないのかよ。

 なに、逢坂さん、君も敵なわけ?


「だめだよ、今までの償いが...」


 知らねぇよ、そんなもの。

 なんだよ、償いって。俺が悪いのかよ。違うだろ。

 通じないお前らが悪いんだよ。

 だから、教えてやる。

 ......何を。ちょっとまて俺は何をしようと。

 落ち着こう。1度瞑目する。

 しばらく待って目を開ける。

 見れば、見えるもの全てがシンプルな混沌。


「......は?」


 俺は、たった4色の四角い箱の中にいた。壁は一色ずつ塗られているが、天井と床だけが、4色が入り交じった醜い色をしていた。


「はぁ、結局ですか」


 振り向くと、そこには見知った少年。


「まだ何も知らないのに、いいんですか?まぁ、どうせすぐ戻るけど」

「なにがだよ」

「ほら、そういうとこですって」

「黙れ...」

「ん?」

「俺は、伝えなきゃいけない」


 何を?


「だから協力しろ」


 俺が何をしようとしていたかって?

 ...いや、なんだっていいだろ。俺は言わなきゃならない。それが俺の成すべきことなんだろ。

 さぁ、引き金を引け。

 喉は勝手に震えていた。


「黙って俺に力を貸せっ!!」

「はぁ、いいんですね、自己責任ですよ」


 少年が指を鳴らすと、俺の胸部が黄緑色に光り始める。稲妻を、発しながら。


「はいちょぉっと痛いですよぉ」


 彼は俺の光るそこに手刀を中指から入れていく。稲妻がこの醜い部屋を染め上げていく。なにか冷たいものが入り込んでくる。胸の中をまさぐられているかのような気分の悪さ。そして、あるものだけが掴まれる。それはきっと、この4色のひとつ。カチャリと音がした。そしてそれが胸から引きずり出されていく。


「がぁぁっ!」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 なにかが引きずり出されていく。

 今までずっと使ってこなかったもの。

 久しぶりに使うもの。

 この街で見なかった、俺が伝えなきゃいけないもの。

 この痛みは、それだ。

 見ればこの部屋は1色に染まっていた。

 少年は俺の胸から半分まで取り出した鍵を、右に捻り、戻した。

 そして鍵を、引き抜いた。

 刹那、俺の中から壁と同じ1色がにじみ出る。


「が、が...は...痛い...だ...はぁ...はぁ...がぁ......」

「さぁ、君の選択だ、僕は引き金を引いた。君が行け」


 少年がまた指を鳴らす。

 また1度瞑目する。

 目を開けた。

 少女2人と友人1人が、俺を見ていた。その目は微かに潤んでいる。確かここは、本屋だったか。

 そんなこと何だっていい。どこだっていい。

 金髪が尻餅をついた。見れば俺に稲妻がまとわりついている。

 金髪のもう1人は、既に俺に背中を向けていた。

 はぁ、逃げられるとでも思ってんのかなぁこいつは。さぁ、こっち向けよ。

 彼女に目を向ける。すると、彼女の動きがとまり、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

 そうだよそうだよ、こっちに顔を向けなよ。

 金髪をこちらに向き直った金髪のもうひとりの方へ彼女の首を掴んで放った。金髪は腰を強く打ち、立ち上がれないでいる。

 その目はとても怯えている。

 そうそう、その顔が見たかったんだ。

 もっと、痛くしてやるよ。

 指先に静電気のようなものを感じた。

 またしても、喉は勝手に震えていた。


「なぁ、お前たちはこの色に名前をつけられるか?」


 遠くで、どこかの愚か者の名を呼ぶ声がした。



こんにちは、蛸中文理です。

読んでいただきありがとうございました。

次回更新は5月27日の予定です。


<次回予告>

「ほらやっぱり。言わんこっちゃない」


暴走した基木多が目を覚ますと、そこは暴走前に見た4色の壁の部屋だった。

そこで坂西はあきれた表情で基木多を諭す。


次回、師走編第4話『謝罪』

それは、彼の過ち。


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