第2話『仁戸優夏』
異妖が邪魔で部活がはかどらない?
異妖がちょこまかしてるせいで勉強に集中できない?
部活に精が入らない?
なーんて思ってるそこのあ☆な☆た。
僕らにお任せ下さい!あなたの異妖についてのお悩み、解決いたします!
相談や依頼があれば、SWH管理部太田流零先生まで!
「基木多、お前はいつの人間なんだよ」
SWH管理部のカウンターに、先生はバサッと雑にポスター原稿を手から離した。
まぁ、ダメだよね。
『あ☆な☆た』は不味かったか…。しかも部活に対する悩みが重複してやがる。
「さ、さぁいつなんでしょうね」
俺の曖昧な言葉に浅くため息をつく。
先生は自分の席に戻ると、閉じてあったノートパソコンを開き、コーヒーを啜った。
「誰か…波野にでも協力を頼めないのか?」
「いや、僕は協力は要請しない主義ですから」
「まぁたしかにお前はあいつらとは違って…」
そこまで言われた時、俺は反射的にそれを止めていた。
「違いますよ。僕はただちょっと悲しんでしまうだけです。SWHの効きが悪いだけですよ。だから…違ってなんか、ないんですよ」
俺は、異なってなどいないのだ。
「…すまんな。そういうつもりじゃ無かったんだが」
コーヒーカップを音を立てて置いて弁明する先生。
「まぁいいよ。とにかく、明後日だからな」
「…はい」
失礼しました、とカウンターから一礼して、旧校舎特有の少し廃れたドアを開けた。
ふと腕時計を見る。
やべぇ。
昼休みはあと二分だった。
◆
午後の授業を終え、まだエアコンのせいか凍りついた程の肌寒さの教室を出ると、一気に乾いた熱を全身に受け、少し後ずさりしてしまう。
何とか暑さに耐えながら、廊下に出ると、蝉の声が弱々しくもまだ世を包んでいた。
「もう秋だよな…」
数分歩き、旧校舎への渡り廊下を進むと、一気に乾いた熱は影に和まされ、部室につく頃には、俺の足は少し楽になっていた。
部室のドアを開ける。
珍しく部室には女子が全員揃っていた。
「お、早ぇな」
艶やかな長い黒髪がさらりと揺れる。
「えぇ、相談者はいつでも来るから」
「そうか」
なんとない返事を返しつつ、ふと彼女の手元に目がやる。先日の依頼の時に確保したカワウソ型異妖のモガミだ。命名は北上鷹乃。まぁ、センスいいよね(汗)。この異妖、なんだかやけに人懐っこい。
その白く細めの小さな手は、モガミを一定の範囲と速度で撫でている。モガミに視線を戻した北上はときどき柔和な笑みを浮かべている。
あぁ、撫でたかっただけね。
「あ、こんにちは!」
「こんちわっす」
葉矢海と仁戸ちゃんも俺と北上のやり取りで、俺に気づいたようで、二人して仲良く軽く頭を下げる。と、顔を上げた仁戸ちゃんがなにかに気づいた。
「モッキ先輩、それ何です?」
「あ?これか。こりゃあれだ、ポスターだよ」
「ポスター?」
「部活紹介のやつ」
「あぁー、ちょっとみせてくださいっ!」
言って薄い茶髪を激しく揺らし、素早く俺の右手に持つ画用紙を奪い取ろうとする。
「ちょっと待ちなさい」
それを仁戸ちゃんが画用紙に手をかける前に、北上がそれにセーブをかけた。
「彼の書くものよ、どうせロクなものではないわ。だから私がど、毒味を…」
「おい見たいんだな?見たいんだろ」
後半顔赤かったしな。この副部長はそういうところブレない。
「な、何言ってるの!毒味よ?毒味。毒なのよ?毒を味見するのよ?」
「落ち着け、わかったから。俺の書いたのが毒なのはよく分かったから。だから一旦落ち着け」
「なっ…」
悔しそうな北上を横目に俺は輪ゴムを外す。
北上の言い分は見たいとしか聞こえないし、まず毒を味見したら美味かろうが不味かろうが死ぬっての。
まぁ、見たいのなら見ればいい。わざわざ隠すようなもんじゃない。むしろ部員だから見てもらった方がいい。
「ん。すぐ返してくれよ。期限が明後日なんだよ。だからあんまり余裕がない」
受け取った仁戸ちゃんは、広げて2・3度頷くと、パッと顔を上げた。
「あたし達も手伝いましょうか?」
「おお、ありがとう…てかおいそれは書き直し確定ってことじゃねぇか」
「え?違うんですか?」
「あ、いえ、違わないです」
◆
というわけで、一旦全て消し去り、仁戸ちゃんにはイラストを担当してもらうことにした。ちなみに北上と葉矢海には、部活としての本業、つまり受付を頼んでいる。
仁戸ちゃんは先ほどから、シャーペンを顎に当てては、サササッと繊細に線を繋げていく。そっか、仁戸ちゃんの選択科目は美術だったか。
ならば暫く任せておいて大丈夫だろう。
「よしっ!」
威勢のいい声と共に、仁戸ちゃんはその画用紙を上へ掲げた。
そこには、芸術作品だと言われても、おかしくないほどのものが描かれていた。いや、たしかに上手いんだけどさ。
「仁戸ちゃん、ちょいと、気持ち悪い」
「………ですよね」
ポツリと呟いた。
見れば、目がわなってる。わなわなして、わなってる。
視線を逸らすと、「はははははははははは」と小さくつぶやく後輩と俺を交互に見比べ冷徹な笑みを向ける北上がいた。
それからも急いで目をそらす。結果俺は俯くしかなくなり、完全アウェイとなってしまった。
「ご、ごめん…そ、その、なんだろうね、なんというか、中世ヨーロッパの絵画みたいだね」
「ほほう、それを気持ち悪いってですか」
思わず息を呑んだ。だって仁戸ちゃん、真顔で早口でしゃべるんだもん。
「ご、ごめ、ごめごめんなさい」
「むふふん、いいんですよ〜」
先程から一転、今度は楽しそうだ。ニヤついた顔で、右手で口元を隠し、左手を胸の前でパタパタしている。
きゃー可愛い。と口角を上げてい場合ではない。どうしようか、これで完成としようか。でも、これ、可愛くない……。いや道大よ!よく見るんだ!よし、これはかわいいんだ!ちょーかわいい!よしっ!
「分かったこれで行こう。これで、行こう」
仁戸ちゃんはふうっと満足そうに息を吐き、本日ダントツトップの破壊力を誇る笑顔を見せた。
◆
ひと通り仕事を終えると、時刻は5時。
下校時刻だ。
北上はさっさと帰り、葉矢海も仁戸ちゃんを心配しつつも、ドアを閉めて行ってしまった。
教室には、俺と仁戸ちゃんだけ。
なんだこの状況マジハッピー神様愛してる、とはならない。
完全に廊下から足音が消える頃、俺の後ろで、先程とは全く異なる大人びた声が俺を呼んだ。
「モッキ先輩。最近馴れ馴れしくありませんか?」
「…え?あ、いや、その…そう思わせてしまったなら謝るよ…」
仁戸ちゃんは、うちから滲む黒いものを隠そうともせず、ただ俺をじっと見つめている。それに、とても目を合わすことなんて出来なかった。いや、恐らく彼女がそうさせないのだろう。
「あんまり勘違いしないでくださいよ?基木多先輩は、私にとって容疑者なんですよ。忘れたとは言わせません。ねぇ?あの事件のこと…」
「分かってる。わかってるから…お、俺が、全部悪いから」
突発的に席を立ったからか、椅子が音を立てて倒れたが、戻す気力なんてない。
斜陽は残酷にも明るく仁戸ちゃんと俺を照らす。まるで、現実を突きつけるように。
視界の片隅で後輩がふっと笑んだ。
「なーんてっ!」
「…え?」
「まぁ、別にもう恨んでなんかないですよ。まったくぅ。モッキ先輩可愛いなぁ」
「な、なんだよ…」
ふっと体から力が抜けた。
そのまま椅子がなだれ込むように座ると、ため息が漏れた。
じっとこちらを見つめる仁戸ちゃんの目は、まっすぐ俺を射抜いてくる。もはや北上のそれよりも、痛い。
少し肌寒い秋の夕刻も、斜陽も、彼女の瞳も、ちっとも温かみを感じない。
「じゃあ、あたしお先に失礼しますねっ」
温かい雰囲気を戻した後輩はにかっと可愛らしい笑みを見せ、「では」と右手で敬礼の仕草をした。
俺もそれに、ひらひらと手を振って応える。
やがて優しく、かつ元気よく扉は締まり、部室は換気扇の雑音しか聞こえなくなった。
黒板消しで黒板を綺麗にしてから、鍵を取り、電気を消した。
2年前のことだ。中学二年生の頃のこと。
ある事件が起こった。
だがそれは、とても曖昧な記憶でしかなくて、同時に、とても悲しい記憶でしかない。
加害者は、俺。
被害者は、松雪冬樹という男子生徒。
冬樹は俺の友人だった。小学校から仲が良かった。でもそれを、俺が壊してしまった。
我を忘れ、あいつを殴ったことまでは覚えている。気が付けば、冬樹は額から血を流して倒れていた。
そしてその松雪冬樹は、仁戸ちゃんの幼馴染。それもかなり親交が深かったらしい。
だから仁戸ちゃんは事件のことを知っている。もちろん、同じ中学出身である、北上もそうだ。
仁戸ちゃんとは、誰にもそれを言わないこと、などを約束している。いわば、黙って貰っている。だが、今となっては仁戸ちゃんもそんなに俺のことを恨んではいないらしい。でなければ、俺もそこまで推してはいない。今のも、ほんの冗談だろう。そう思ったほうが、一番気が楽だ。
ドアを閉めて、SWH管理部に鍵を返し、校門を出る。
いつしか夕焼けの見える山からは真っ赤な雲しか見えなくなっていた。
なんだか、トラックや色とりどりの車が通るこの国道さえも、鮮やかに見えない。
<次回予告>
「逢坂彩葉です。……えっと、その、ソフトテニス部の、部長を、やって、ます…」
異妖退治の依頼主は、なんと基木多の事件の関係者!
そしてなにか彼女には秘密があるようで…
神無月編第3話「依頼」
それは、忘れてはならない記憶。




