第28話『コーヒーブレイク』
汗と一緒になって液体になってしまいそうな夏にはキンキンに冷えた缶コーヒーを。
凍えてコンクリートになってしまいそうな冬には、あったかい缶コーヒーを。
すなわち缶コーヒーは一年中飽きることがなく、また一年中旬みたいなものなのだ。温度だけで一年乗り切ることができる缶コーヒーの、圧倒的勝者たる所以はそれだけではない。
そう、味だ。
缶コーヒーには様々な味がある。
それでも大きく分けると、ブラックコーヒーかカフェオレ的なミルク入ってますってやつだろう。お互いが最強。高校生でも簡単にボタンを押せてしまう手頃な値段。
100円を握りしめて、今こうして自販機の前に立ってはいるが、黒か白かでいつも迷う。
いろんなことがあって、どうしようもなくいろんなことが頭をよぎる、今みたいな時は特に迷う。
「モッキ先輩っていつも缶コーヒー飲んでますけど、結局どっち派なんですか?」
隣の自販機からフルーツオレを拾い上げる仁戸ちゃんからの問いに、俺はしばし考える。
「どうだろ…正直コーヒーの味はよくわかんないんだよな」
「はぇ?」
クリっとした大きな目を数度瞬きさせて首をかしげる。そしてなにか思いついたのかハッと胸元の前で拳を握る。
「つまり、かっこつけてるってことですね!」
「あの、中二病扱いしないでくれない?」
でも、やっていることは中二病となんら変わらない。
「ん、なんか、昔、公園で遊んでたんだよ、友達と」
「え、モッキ先輩友達いたんですか?」
「はいそこ、俺を見くびらないでもらえるかな?」
「いやですねぇ、見くびってないですよぉ」
「じゃなにさ」
「馬鹿にしてます」
「一番ひでぇよ!!」
♦
昔。たぶん、10年近く前の話。
うっすらと覚えている話。
たしか公園で友達とサッカーか何かをしていた。
当時から、俺の感情と周囲の感情に相違があることはなんとなく察していた。子どもの観察眼や感受性というものは、案外馬鹿にできない。
たのしく遊んでいたものの、なんとも言えない違和感が付きまとう。それでも、楽しいことに変わりはなかった。
友人が蹴ったボールが大きくそれて、俺の後ろへとんでいった。それを追いかけていくと、公園の端にあるベンチの前まで来た。
それがきっかけだった。
ベンチには、男の人が座っていた。それなりに若い彼は、つらそうな顔をして黒い缶を握っていた。
どうしたんですか?
きっと、苦しい表情を見つけた俺はうれしかったんだと思う。
だから、こんなことを聞いた。
それおいしいんですか?
そうすると彼は目を見開いてほんの少し口元をほころばせた。
苦いよ。でも、そのおかげで頑張れる。
なんだか、その一言が煌めいて聞こえた。
まぁ、中学生ぐらいになったら飲んでみるといい。
彼はそう言ってどこかへ行ってしまった。
後日、同じようなシチュエーションで彼と再会した。
今度は、以前よりつらそうな顔をして白い缶を握っていた。
今日は黒いのじゃないんですか?
彼はタブに目を向けたまま答えた。
たまには甘いもの飲んで、自分に優しくしたっていいだろ?
当時は、この言葉の意味がわからなかった。
きっと、理解したのは中学生の時に俺が起こした事件のあとからだ。
♦
「はぁ、結局かっこつけてるんじゃないですか…」
「いやそうだけど…ルーティンとか言ってくれない?」
なんだか期待外れだとでも言いたげな仁戸ちゃんだったが、突然その目を細める。
「その人、無能力なんですかね」
「へ?あ、あぁ、どうだろ。わかんない」
「どうして、先輩が悲しみを感じるってわかったんですかね」
俺が首をかしげていると、シャーベットオレンジの髪がかすかに揺れた。
「中学生になればわかるよって、それ、先輩が自分と同じだって前提で話進んでるんですよ」
言われて少し考える。
たしかに、そう言えなくもない。でも、もしそうだとしたら、いや、結局意味がわからない。この話は母さんにもしたけど、母さんはなにも言ってなかった。能力の異常は原異形のハヤタさんや太田先生、母さん、北上、仁戸ちゃんぐらいしか知らないと思うんだけど…
まぁ、そんな深く考えなくてもいいだろう。
「はぁ?そんなわけあるかよ。俺、あの人とは完全初対面だったんだぜ?向こうだってしらないだろ」
仁戸ちゃんが腕を組みじっと俺を見る。そしてにかっと笑った。
「まっ、そうっちゃそうですね。部室に戻りましょうか、モッキ先輩っ」
今日も仁戸ちゃんの笑顔はかわいい。
めんどくさいこと考えるより、この事実だけでいきていたいものですね、はい。
<次回予告>
「なぁ、お前たちはこの色に名前をつけられるか?」
逢坂彩葉と休日のショッピングモールに繰り出した基木多。
だがそこには現在の彼らにとってよくない人物がいて…
基木多の選択、覚悟のかけら。
彼はすべての引き金となる。
次回、師走編第3話『痛み』
それは、望まぬ覚醒。




