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第27話『暖房』


 本を開けようとすると、少しかじかんだ手が滑ってページをめくれず腹が立ってくる。


「なぁ北上」


 長い黒髪に、青みがかった黒の眼鏡の少女は、本から目を離さず答える。


「なに?」

「冬だな」


 すると北上は、静かにこちらを向き、ふっと微笑んだ。


「そうね。12月だものね」


 そう。12月だもの。なのに何故?何故未だに暖房がないのか。思えば去年も暖房はきいていなかった。でもなんかあんまり寒くないんだよな。去年よりましだ。まぁ、信頼できる人も出来た。心が今はちょっとあったかいからかもしれない。

 俺は化け物だ。

 それでも確かに最近はほっとする。昔の俺なら一人で抱えていただろう。友人に相談なんて、絶対にしていなかっただろうし。だからまぁこれも北上のおかげか。こいつには死んでも頭が上がらない気がする。ま、死んだら頭は上がらないんだけど。


「ちわーっすキッタミン先輩っ!」


 その声に振り向くと、予想通り、肩までの茶髪を揺らす後輩がドアを閉めて手を挙げているところだった。首にはマフラーがまかれ、手には薄めの手袋がはめられている。

 うんうん、マフラーってやっぱいいよなぁ。いいよなぁ。俺は夏より冬の方が女子は可愛いと思うほどだし、仁戸ちゃんマフラーとかそういう系似合うし。


「キ、キタ、キタミン?」

「いやぁー最近呼んでなかったですからね。久しぶりに、呼んで見ました!」


 嬉しいのか恥ずかしいのか、ビタミン...おっとそれは身体に吸収されない栄養素だったな。ともあれキタミンさんは眼鏡を外し、すごい勢いでレンズを拭いている。おー耳が赤いぞ。さぞかし暖かろう。

 やがて北上は眼鏡をかけ直すと、本を閉じ、仁戸ちゃんの方へ目をやった。


「キタミンなんて、も、基木多くんと同じじゃない」


 ん、なんか今聞き捨てならんことを聞いた気がするぞ。それはどういう意味でしょうか。


「いいじゃないですか〜モッキ先輩と仲良いですし」

「べっ、別に仲が良いわけではないわよ。ただ…」

「ただ?」


 仁戸ちゃんの追求に、北上は珍しく黙り込み、静かにまた本を開く。


「なんでもないわ。それより仁戸さんも座ったらどう?」


 しばらく腑に落ちない様子の仁戸ちゃんだったが、1つうなづくと、パタパタと奥の椅子に着席した。


「はぁ、なんだかすっかり依頼者も減っちゃいましたね」

「まぁ、どこぞの誰かが六崎生徒会長の逆鱗に触れるような真似をしたからでしょうね」


おっとキタミンさん、それは言っちゃいけないお約束だよ?


「俺ちゃんと君たちに確認取ったよね?」

「…何を本気にしているの?冗談に決まっているじゃない」

「ほんとですよぉ、まったくモッキ先輩真面目ですねぇ」


にししとはにかむ仁戸ちゃん。

なんでそんな冗談にならない冗談言うの?基木多の逆鱗に触れるが?


「まぁでも、初期に比べたら少ないだけマシね。あのころは数学の問題教えてとか、失恋したとかそんな話題で依頼に来る輩がいたもの」

「そんな輩いたんですか!?」

「ええ、そのほかにも…」


北上は楽しげに俺たちが入学したころの対異部について語り始めた。

ゆったりと風が揺らし、ほんの少し肌寒い背中と溶けてしまいそうな優しい暖房の暖かさを感じながら、俺は机に突っ伏した。

ああ、こんな空間がずっと続いてくれればいいのに。


  ◆


 空気音をなびかせて開いたドアから、金曜夕方からの核家族コメディの押入れみたいにホームへ投げ出されると、乾いた風に吹かれた。俺はまたずれていたマフラーを直す。

 駅を降りると学校はすぐ目の前だ。駅を出て大通りを横切ると、すぐ見えてくる。

 改札の目の前には小さな本屋がある。1年の頃はよく寄ったものだ。そんなことを思いながら本屋の横を歩いていると、背中のリュックに何かがぶつかり、二歩ほど前に弾かれる。振り返ると、赤みがかった髪を揺らす少女が、とことんまで満ち足りた笑みを浮かべて立っていた。


「久しぶり基木多くん!」

「おう久しぶり。んでなに、逢坂さんはぶつかることからしか会話が始められないわけ?なに、ツンデレ?」

「ふふん、ツンツンデレかもしれないねぇ」

「ツンツンデレって流行ってんの!?」

「基木多くん、君は旧石器人ですか?」

「現代人だよ!」


 現代人だよ。ストレス抱え込んで病む感じ現代人すぎるくらいだよ。

 ともあれだ。


「どうしたの」


 すると逢坂さんはグイッと俺を体を寄せ、誘うように俺の額をトンと押した。

 いや近い近い近い近い近い......ちょっとこの娘やっぱ大きめ...近い。


「理由がなきゃいけないのかな?」

「いや別になくてもいいけどさ」

「まぁあるんだけど」

「あるんだぁ〜」


 スタッと一歩退き、俺の横まで来ると、動かない俺を見て首をかしげた。


「行かないの?」


 乾いた風に押されるように逢坂さんは歩き出した。それに俺も追いつき並んで歩き出す。


「たまにはこうして友人同士仲良く登校も悪くないねぇ」

「まぁ、そだな」

「ほんとに?別に話合わせなくてもいいんだよ?わたしのことは信じてもらわなきゃ」

「あつかましくないか」


 信じてと言われれば、信じるのが難しくなる。ハードルが上がる。向こうも信じてと言えば、信じてもらえていると思ってしまう。これは怠惰ではないのだろうか。

 でもそれじゃあ、本物の心というやつは見つからないのかもしれない。約束したのだ、俺は彼女に。

 その約束は逢坂さんもちゃんと覚えたいたようだ。


「でもまぁ、言わないと始まらないからさ」

「まぁそれもそうだな」


 本物の心になってくれないかと言われ、俺はそれに『きっとなる』と言った。その責任はある。いや、責任じゃない。それは俺がこうして歩くために必要不可欠なものなのではないか。現に俺は、逢坂さんに『化け物』の話をしようとしているのだから。


「逢坂さん」

「ん?」

「逢坂さんは、俺が化け物だってこと、知ってるんだよな」


 横目に見ると、彼女しっかりとこちらを向いていた。その顔に少し陰が映ってもなお、こちらを向いている。すべてを見ろと言わんばかりに。

 俺もそちらに首を向ける。

 すると逢坂さんはニカッと白い歯を見せた。


「知ってるよ。まぁ深くはないけど、暴走してたのは知ってる。わたし見てたもん」

「見てた?」

「うん、なんかねぇ、丹生くんが基木多くんと目が合った瞬間に頭抱えて発狂してたのとか、その後すぐに背の高いスーツの人に銃で撃たれてたのとか」

「...怖かったか」

「まぁ、うん。わたしには異妖ってのも異能力も見えないしわかんないんだけど、わたし以外の人達はすごい勢いで逃げてったよ」


 まぁ、怖いよな。いきなり化け物になった人間がいるというほど怖いものはない。ましてやそれが、元から疎外されていた人間なら尚更だ。それ加え、彼女には見えない。恐らく俺が異妖になってたってことは、あの稲妻も出ていたり、瞳の色も変わっていただろうが、それも見えない。普通の少年が、狂い撃たれる。わけがわからないものほど、怖いものだ。

 しっかりと彼女の目を見て、俺は口を開く。出てくる言葉は至って単純。


「ありがとう逢坂さん」

「え、何が」

「いや、こうやって俺と関わってくれてさ。俺本当はこうやってしてるのが許されるような人間じゃないのかもしれないから」


 言うと、逢坂さんは首を振った。そしてまっすぐ前を見る。その横顔は、心做しか微笑んでいた。


「それは、君が決めることだよ」


 風が吹いている。逢坂さんの足並はまるで、風に流され落ちていく落ち葉のそれのようだ。

 思わず足を止めていた。

 俺が決める。


「なぁ逢坂さん」

「ん?」


 いつの間にか固く握っていた拳を開き、しっかりと逢坂さんを見る。

 冷たい風が頬を叩きつける。


「俺は、悩んだっていいのかな」


 雲が去り晴れが差し込んだ。風はあるにせよ日に当たるとまだ暖かい。きっとこれからの空は、雲ひとつ無い清々しいものだろう。


「うん。むしろ、君は悩むべきだと思うな」

「そうか」

「まぁそれも、君が決めることなんだけどね」


 ふたたび、頬を風が叩いた。目を細めて空を見上げる。

 晴れているのは一部だけ。青を取り囲むように、灰色が押し寄せていた。

 それから目を逸らす様に逢坂さんに顔を戻すと、逢坂さんは何か思いついたか、ニヤニヤと目を細めて俺を見ている。


「ねぇ基木多くん」

「ん?」

「今週末、空いてる?」



こんにちは、蛸中文理です!

読んでいただきありがとうございます!

次回は5月13日更新予定です!


<次回予告>

「どうだろ…正直コーヒーの味はよくわかんないんだよな」


普段から缶コーヒーをよく飲む基木多。

なぜ彼は白と黒の缶コーヒーを気分によって飲み分けるようになったのか。


次回、師走編第2話『コーヒーブレイク』

それは、基木多を作る一つの要因。


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