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第24話『拳銃と引き金』

 

「別に僕は君にちょっかいをかけたいわけじゃないし、基木多君になにか言いに来たわけでもないんだ」


 坂西が両手を広げて肩をすぼめる。普段の飄々とした少年の面持ちは微塵も存在せず、そこにあるのは化け物じみた微笑みだけ。誘うような上目遣いが、かえって畏怖を心臓にねじ込む。


「言いたいことはそれだけか?」


 パシュンッ


 坂西の足元で火花が散った。


「まったく…よくもまぁそんなに人の事を邪険にできるもんだ」


 小柄な体躯の輪郭が揺れる。

 ふわりと茶色い髪が視界の端に舞う。


 刹那、

 ゴトッという重い音とともにハヤタさんが静電気にあたったような小さな悲鳴を漏らした。


「貴様…」


 振り向くとそこには膝を付き歯を食いしばるハヤタさん。その気迫に思わず足を引いてしまう。

 風は止んだのになお揺らめく坂西の制服が、その異常な光景から現実感をより剥奪していく。


「僕に抵抗しようとするからさ。それに…」


 坂西はワイヤーアクションのように俺の頭上を飛び越え、元いた位置に戻る。


「そうか、君も、悲しみを捨てたんだね」


 舌打ちが夜の暗がりにしみわたっていく。


「誰のせいだと、思っていやがる」

「そうだね、僕のせいだ」


 後ろ姿ではその表情はうかがえない。だから、その取りこぼすように、はかなげにつぶやかれた言葉の真意をつかむことは出来ない。


「じゃあね、先輩」


 半身で振り返りそういうと、坂西の輪郭が揺れ、次の瞬間には視界のどこにも坂西の姿はなかった。

 闇の中でじりじりとなる電灯の灯だけが、俺たちを照らす。

 悔しそうにかたく握られた拳が、ふっとほどかれた。

 あげられた顔は、すっかりいつもの胡散臭い微笑みをたたえている。


「いやいやごめんね、なんだが取り乱しちゃったよ。さぁ、帰ろうか。基木多君の最寄りの駅まで送るよ」


 わからない。

 たぶん今、初めてそれが恐怖につながるものだと実感した。


 ♦


 なにかの小説だったかライトノベルだったかは思い出せないが、夏は明確な始まりと終わりがありが、春や秋、冬にはそんな感覚がないということを話す回があった。まさしく今、肌寒さや地面に敷き詰められている紅葉がその秋の実感をもたらしている。だが、時はすでに12月の手前。11月の下旬に差し掛かったという実感が湧いた頃には、既にあと数日で11月が終わるという悲報を耳にするようになった。つまりはもう、暦の上での秋は終わりを迎えるということである。

 こうして廊下を歩いていても、やはり何かそわそわした雰囲気が流れている。それは俺がそうした心持ちでいるからなのかもしれないってだけの話なのしれないのだけれど。なにはともあれ、これはなんというか、師走という名にふさわしいものなのではないだろうか。まだ師走ではないとはいえ、いわば師匠がアップしている状態なわけだ。

 もうすぐ1年が、終わる。

 普段見慣れた校舎も、そう思うと少し輝かしいものに見えてきた。隅々まで目を惹かれていると、盲目になるのか、目の前に突然何かが迫った。

 足を止め顔を上げると、そこには3年生の玉置次郎があきれ顔でため息をついていた。

 軽い挨拶をして先を行こうとすると、頭が通過したあたりで俺の動きが止まった。

 いぃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


「玉置さん肩、肩、か、肩外れるってぇ!」

「お前なぁ…薫はあれでも先輩なんだぞ…話があるから来い。このあいだの話だ」


 ほんの少し俺の腕をキめる力を弱める。その口調はいつかの食堂での時よりも幾分穏やかで、俺はすんなりと首を縦に振った。


「基木多」

「はい?」


 すると玉置さんは、久しぶりに見るような楽しそうな顔で、俺を見つめる。


「痛いか?」


 当たり前だろうがッ!!


 ◆


 ゴトンと落ちたコーヒーを拾い上げ、お金と引き換えに玉置さんにもそれを渡す。カシュッとふたつの音が重なる。


「昨日お前、薫と話したんだってな」

「…まぁ、僕はなにも言いませんでしたけどね」


 はぁ、と玉置さんはわかりやすいため息をつく。


「さっきも言ったけど、薫は先輩だ。三年生だよ。あいつはそれに加えてハヤタさんの研究の手伝いもやってる。暇じゃないんだ」

「知ってたんですね、ハヤタさんの研究に手伝ってるってこと」

「ああ」


 そう言ってコーヒーのタブを見つめる。

 横顔ではその表情はうかがえない。


「幼馴染、だからな」


 俺の中の何かが、音を立てて凍てついた。

 そしてそれは喉の奥から下を動かしていく。


「それで、なにが言いたいんですか」


 鋭い目つきでこちらを見る。


「お前…まぁいい、言いたいことはひとつ。いい加減、大人になりやがれガキがってことだ」


 玉置さんは椅子に腰を下ろしたまま俺にコーヒーを突き付けるような仕草でそう言う。

 悪口ではない。そうは聞こえない。心臓の表面を撫でるようにして、そして注射器のようにほそい針で内側へと浸食する。そして一番中心にあるものを突き刺した。

 玉置さんと源先輩。その中は幼馴染と呼ばれるもの。でもそこには確実に大きな壁があった。源先輩が破ろうとしても無理だった障壁。隔絶。それが確かにそこにあった。なのに、玉置さんは俺を叱る。

 なんだよ、ほんと意味わかんねぇよ。

 喉で冷え固まり吐き出しそうになる言葉を痛みとともに飲み込み、そのかわりに玉置さんの黒い瞳を睨みつける。

 玉置さんはけっして俺から目を逸らさない。


「まぁ話したいことはそれじゃない」


 そう言いつつコーヒーに口をつける。耳元で残りを核にすると、咳払いした。


「俺の能力、知ってるよな」


 なんだ急に。


「え、あ、はい。異妖探知ですよね」


 ほんとなんだ突然。というか知らないはずがない。相当お世話になっている能力なのだから。


「それだけじゃないんだよ」

「ん?」

「ちょっと俺に空き缶投げてくれる?全力で能力は使わずに」

「この距離で?」


 俺と玉置さんとな距離は、大股3歩ほど。俺は決して投げるものの速さに自信がないわけではない。俺とて投げる能力。投げるのは専門と言っても過言では...過言か。

 まぁどうでもいいけど。

 コーヒーを飲み干し、左手に持ち投げやすいように握り直す。


「行きますよ」


 コクリと玉置さんが頷いた。

 足を踏み込み、振りかぶって腕を玉置さんを切るように振る。

 空き缶が指から離れ、真っ直ぐ玉置さんの方へ向かいやがて甲高い音をー。

 立てなかった。

 見れば玉置さんは黄色い光を放つ虹彩をじっと真正面に向け、右手を自分の鼻の先に伸ばしている。そしてその右手には、形の歪んだ空き缶がそっと握られている。

 あの時たしかに、玉置さんは腕を下げていたはずだ。見間違いだとしても、この距離から的確に空き缶をキャッチできるとは思えない。

 開眼を解除し深いため息をつく玉置さんをじっと見つめた。

 玉置さんは再度大きく息を吐くと、首を横に振った。


「頭いてぇ...軽々しくやるんじゃなかったよ...」

「え、えっと…」

「まぁまだまて。話はまだ終わってない」


 すると、玉置さんは俺から受け取った空き缶を放り投げた。それはまるで吸い込まれるようにゴミ箱の『PET・カン』と書かれたシールの真下にある穴に音も立てず入っていく。鳴ったのは、ゴミ箱の中の空き缶と接触した音だけ。


「思ったより痛い...」


 言って肩をさする。


 首をかしげていると、玉置さんはフッと頬を緩めた。


「今のが俺の能力。言うなれば100%のコントロールだな」

「はい?それは波野の能力ですよね?」


 この街の能力は個人の特有であり、唯一無二のものだ。波野の100%コントロールは波野の固有スキルみたいなもの。


「波野と似たような能力ってことですか?」


 玉置さんはかぶりを振った。


「いや、これは波野の能力そのものだよ」


 …は?

 思わず「ん?」と声が漏れる。黒い瞳がちらと俺を捉えて、自身の肩に戻る。


「まぁつまり、俺の能力は異妖探知なんかじゃないってわけ。今のがそゆこと」

「今の?」

「だから、今の波野の能力」

「はい?じゃあ、異妖探知はなんなんです?」

「俺が今波野の能力を使っていたのと同じ仕組みだ。なんというか、そうだな、レプリカって言えばわかりやすいか」

「レプリカ?」


 小さくため息をついて、不意にこちらを向いた。

 そしてすっとピースサインを顔の前に出す。


「まぁつまり俺の能力は2つ。『受け止める』能力と、『転写する』能力だってこと」



<次回予告>

「君に、来て欲しい場所があるんだ」


玉置次郎の能力に戸惑う基木多。

その告白が意味することを考えあぐねていた。

そんな中、源薫が基木多を訪ねる。

基木多が連れられたのは…


基木多道大とは何者か。

基木多がずっと避けてきた謎のひとつが今明かされる。


次回、霜月編第12話『共存』

それは、結論たりうる選択肢。


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