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第23話『曇天』

 

 源先輩の依頼が失敗に終わったあの日から一週間が経つ。

 玉置さんは相変わらず孤高に廊下を歩き、源先輩は友人たちと談笑し、そしてその光景をみるために校舎のまどから顔を出す何人かの人達。

 先週までのあったかさが嘘のように風は冷たく、ほのかに乾燥した大気が鼻を刺激する。

 部室も、いつもとなにも変わらない時間が流れていた。

 なにかのピークが過ぎたのか、依頼者もいない。

 ぼうっと部室で各自のことをする。


「あの、モッキ先輩」


 仁戸ちゃんが眉間にしわを寄せて俺の顔を覗き込む。


「え、なにどしたの?」


 一度俺から視線を外し、咳払いしてまた俺を見る。


「いえ、なんだかいつも死んでる表情してますけど、最近それに怒りみたいなのがまじってなんか金剛力士像みたいになってるなって…」

「え、まじ?」

「まじです」


 そう言っておそるおそる親指を立てる。

 心配そうな上目遣いからのぎこちないグッドサイン。みなさん、わかりますか?このポイントの高さ。話しかけるもちょっと言いにくいから一度目を外してるんですよね。で、なんとか元気づけようとぎこちないながらも親指を立てる。精一杯の頑張りが不意に垣間見える。でもその中に突然現れる金剛力士像というパワーワード。コメディ性も忘れない。わかりますか。これが仁戸ちゃんの可愛さです。なんか序盤ちょっとディスられたとか表情作ってる作ってないはこの際関係ない。俺は推すぞ。

 おっと仁戸ちゃんの可愛さに思わず早口限界オタク口調になってしまった。

 とはいえ実際のところ、言わんとしがたいモヤっとした感情があるのは確かだ。


「うん…まだ先週の事が効いてるのかもな」


 窓を開けてないのに、冷たい風と熱風が同時に部室に吹いた気がした。


「あぁ、源先輩の依頼か」

「わたしたちがなんか踏み台みたいになったやつっすか…」

「まったく私たちも決して暇ではないのというのにね。かっこいいのは顔だけだったというわけね」

「え、鷹乃いまなんて」

「唯臣先輩今なにか耳にしましたか?」

「え?」

「そうよ、波野君。私なにか言ったかしら」

「あ、え?」

「兄貴、耳おかしくなったんじゃないの?病院いったら?ひとりで」


 なんだこれ女子こっわ。完全に隠蔽されてんじゃねぇか。

 ともあれ…


「まぁ、葉矢海さんの言う通り、私たちは完全に源先輩が玉置先輩に会うための言い訳みたいなものに過ぎなかったってことね。まったく本当に腹が立つわ」


 北上はかなりご立腹の様子。さっきから執拗に眼鏡を拭いているが、北上はあらぶってると眼鏡を執拗に拭く癖がある。

 仁戸ちゃんも首ちぎれるんじゃないのってぐらい激しく頷いているから、これみんな結構怒ってるんだな。あとぶんぶんしてる仁戸ちゃんかわいくね?なにがどうかわいいかというと、首を縦に振ることによってふわっと前髪が揺れ、きれいな額が現れ、もしかして仁戸ちゃん前髪あげてもかわいいいのでは?という答えがyesに決まっている問いが生まれる。それと同時に、首をふるたびにその華奢な体が少しはね、なんというか小動物的な様子に庇護欲を掻き立てられ…おっと危ない。

 仁戸ちゃんがかわいいのは当たり前なのでひとまず置いておくとして、先週の依頼。源先輩が、玉置先輩をおびき寄せるためだけの依頼。その意味は俺にはよくわからない。たぶんここにいるみんながよくわかっていない状況だろう。あまりよく聞いてなかったけど、なんか引き金とかよくわかんないこと言ってたし。あそこにあったのは確実に二人の世界で、確実に俺たちは蚊帳の外だった。

 本当に、腹が立つ。

 俺たちは一生懸命考えて、やったことのない捕獲の依頼をやろうとした。実際、上手くいったと思う。波野と北上とも関係をなんとか戻せたし、部としても活動の幅を広げる可能性が見えたいいものだった。

 なのに、あの見た目さわやか好青年は、俺たちをだましていたのだ。

 俺たちに落ち度がないのかと言われば、それは否めない。

 玉置さんに伝えないでくれという追加依頼は依頼にきて数日後のことだったし、逢坂さんがキャッチするほどの大きな噂として校内に流れていたし、原異形の車両で校門に乗り付けたりと、思い返せばおかしな点はかなりあった。でも信じていた。

 信じていたからこそ、玉置さんが言った「餌」という言葉が心臓を握りしめ、脳を揺さぶった。その後の話はほとんど音としか耳に入っていない。

 だが俺にはそれともう一つ。違和感があった。


 玉置さんの能力だ。


 俺の横を通過したナイフ。あの速度は尋常じゃない。以前テニスコートや校庭で太田先生がナイフを投げたときのような速さがある。あれは、一体なんなのだろう。玉置さんの能力は自分にかかる力を受け止めることと異妖探知のはず。太田先生だって受け流す能力だ。


 …だめだほんとにわからない。


 こんな思考がずっと渦巻いて、苛立ちが不快感とともにさらなるいらだちへと肥大していく。

 きっと、だから俺の顔は金剛力士像みたく険しいものになっていたんだろう。

 依頼のことについて一度、本人に問いただしてみるか。


 ♦


 「怒ってる?」


 蛍光灯さえついていない薄暗い誰もいない食堂で、ミルクティーのペットボトルのフタを開ける源先輩が目を細めてそう言った。

 俺は何も言ってやらない。

 じっとその横顔に視線を送る。


 「まぁ怒るよね……ごめんよ」


 何も言ってやらないが、謝られるとそれはそれで腹が立つ。もうこの人が何をやっても腹が立つところまで来てしまった。

 先輩がペットボトルをコトっと机の上に置いた。


 「でも、この話は君に完全に関係ないってわけじゃないよ?」


 何言ってんだこいつ。

 完全に二人の世界を作っておいて。


 「はぁ、君は僕を呼んでおいて何も言わないんだな……それが君なりの意思表示なんだろ?じゃいいけどさ……」


 なにも、よくない。

 そう言おうとした刹那、突然脳の温度が急降下した気がした。


 なにも良くないと言って、それで?


 ふとそんなことが過ぎってしまった。

 わかっている。俺は怒っているのだ。みんなが頑張って考えて実行に移した計画が失敗に終わること前提に進められていたことに怒っているのだ。

 でも、それをぶつけてどうなる。

 どうせ俺とこの街の人とは感情が異なる。

 なら、何を言っても……


 「じゃあ、僕は行くよ」

 「……はい」

 「悪かったとは、思ってるんだ」


 情けない。

 本当に何も言わなかった。いや、言えなかった。

 嫌な音を立てて食堂の扉が閉まる。


「くそっ」


 100円を入れて缶コーヒーのボタンを握った拳で殴る。

 自販機は何でもないように陽気にガチャリと音をたてる。


「…いてぇ」


 左手をさすりながらコーヒーを掴む。

 一気にそれを飲み干してゴミ箱に投げ入れた。

 なんだか前にもこんなことあったな。今回はちゃんと入ったけど。

 外ももうすぐ暗くなる。部のみんなにはなにもいってない。体調不良とでもいっておこう。

 食堂を出ようとしたその時、視界の端に黒い影が見えた。


「やぁ基木多君、ずる休みの時間を延長することはできるかな?」


 真っ黒なスーツ、腰に巻いたホルスター、軽く浮かべた笑み。

 ハヤタさんはストラップがなにもついていない鍵を揺らした。


 ♦


 正門の外に止めてあった黒いセダンに乗り到着したのは、源先輩の依頼で来た駅近くの公園。

 日はすでに陰り、街灯がバチバチと明かりを灯し始める。


「どうしたんです?わざわざこんなところまに場所を移して」


 先を歩いていたハヤタさんが公園の中心部にそびえたつジャングルジムにもたれかかる。


「うん、薫のことでね」

「まさか、僕に許してやってくれなんて言うつもりじゃありませんよね」


 ハヤタさんは首を横に振る。


「別にそんなことは言わないさ。ただ、次郎と薫の関係ぐらいはわかってほしいと思ってね」


 黒いスーツが暗闇に徐々に溶け込み、時折通る電車から漏れる光によってできる影がその輪郭を映し出す。本当に俺の目の前に存在しているのかわからなくなるような、そんな不思議な存在感を放っている。


「幼馴染じゃ、ないんですか?」


 抵抗できないしする必要もないが、言葉の端に棘が出てしまう。

 黒いスーツの腕が彼の後頭部にすらりと回る。


「いやぁ、なんというか、たしかにほんと、ただの幼馴染なんだよ」



 ♦


 幼馴染。

 俺には、幼馴染がいない。

 小学校までは仲のいい友人はいた。でもそれは仲のいい友人なのであって、幼馴染なんてものじゃない。思えば母さんがその手の深い人間関係をシャットアウトしていたのだと思う。なぜかはわからない。でも俺にとってそれは別に不便なものじゃなかったし、友人がいればそれなりに楽しく過ごせた。

 だから俺には、幼馴染というものがわからない。

 源薫と玉置次郎は、まさしく俺にとっての幼馴染という概念そのもののような組み合わせ。

 きっとそこには俺がみたことのない美しいなにかがある。きっと俺はそんなことを感じていたのだ。


「僕は異妖についてのある研究をしていてね。次郎は昔、僕の助手というか手伝いというか、そんな感じだったんだよ」

「昔?それって」


 ハヤタさんは首を縦に振った。


「うん、そうだね、小学3年生ぐらいかな」


 小学3年が異妖がらみの研究の手伝い?

 だがハヤタさんはそんなことはどうでもいいといわんばかりに言葉を続けた。


「僕の研究につき合っていく間に、彼が自身の願いを見つけた。そして原異形を抜けたんだ」

「はぁ、で、それがどう幼馴染の話になるんです?」


 ハヤタさんは後ろ髪をガシガシかく。


「こらこら人の話は最後まで聞いておくれよ…とまぁ、ここで薫が出てくる。小学3年生にして僕の研究仲間になっていた次郎は、もちろんのことながら一般の小学生と若干生き方が異なる。小学6年生になるころには、放課後は友達と遊ぶことなく僕の研究室に来ていたからね。そこで、彼の幼馴染である源薫は思ったわけだ。『次郎はなにかおかしい』ってね。次郎の変化に気づいた薫は、なんとか僕と次郎とのつながりにたどり着いた。それが彼が中学3年の時だ」


 先輩が中学3年の時、つまり3年前か。ああ、俺が事件を起こした年だ。

 心臓の周囲が黒い濁流に浸食されるのを感じながら、飲み込まれないように拳を握る。


「それからは、薫が僕の助手みたいな立場でね。先日の依頼も僕の研究に関するものだったんだよ」

「そうだったん、ですか」


 言いたいことはなんとなくわかった。

 つまりは、源先輩は玉置さんの異変について知りたいのだ。幼馴染として、一番玉置さんを知るものとして、彼の異変の原因を探りたい。それが、幼馴染ってやつなのだろうか。


「でも、それがなんだっていうんですか。俺たちは必死に頑張ってそんで成功させたんです。それで、それで俺たちは…」

「いいかい?」


 ざわざわと風が木々を揺らす。まるでそれが止むかをまつかのように黒いスーツはその動きを止めている。

 夜の公園の電灯が輪郭を映し、じっと足元を見つめている。

 ぴたりと風がやむ。

 刹那、鋭い眼光が俺を刺した。


「君が言っていることはたしかにまちがっちゃいない。薫もよくないことをした。だけどね、それを僕にいってどうするつもりなのかな?僕は彼の保護者じゃない」

「そ、それは、そうですけど…」


 暗闇に揺らめくような言葉が一つずつ俺の脳を乱していく。

 握った拳をまだ緩められずにいる。

 またふわりと風は吹いた。冷たい風。思わず俺とハヤタさんは肩をすぼめる。


「うぅ、寒いな。まぁ、研究内容もどうせ基木多君には知ってもらうつもりだったんだ。今度君を僕の研究室に呼ぶよ。そこで、君には決めてもらう」

「決める?」

「うん。君が何をすべきかを、決めてもらう」


 ひゅうっと風が俺の首元を撫でた。

 背筋に寒い何かがうごめいたのは、きっとその風のせいだけじゃない。


「わかり、ました…」

「うん、詳しい日時はまた言うから。君にはそろそろ玉置創治郎のことについて…」


 そこまで言ったハヤタさんが目を見開いた。


「基木多君そこをうごかないで」


 カチャリと金属音が鳴る。ハヤタさんの黒いホルスターには金属光沢のあるそれがなくなっていた。


 パシュン


 ハヤタさんに目を向けた瞬間、耳元を風が通り抜ける。

 衝撃に動かないからだとは裏腹に目はよく動いている。ハヤタさんへ目を向けると、そこにあったのは光沢のない黒の筒。その先からはわずかに煙が漂っている。


「…え?」


 銃口の向こう側に見えるハヤタさんの瞳は、いままでに見たことがないほどに感情に揺れている。

 背後から、俺たちと同じ人間だとは思えないような歪んだ笑い声が公園に響き渡る。


「クヒヒヒヒ…なにもいきなり撃つことないじゃないか、ハヤタくん」


 振り向くと、そこには見知った茶髪の少年が制服のズボンのポケットに手を突っ込んで笑っていた。


「何しに来た、引き(トリガー)

「いやぁ、君が面白い話をしていたから。僕も聞かせてもらおうって思ったわけさ。なにか変なこと言ってるかい?」


 ハヤタさんは銃を下ろさない。

 ガタゴトと轟音を立てる電車からフラッシュのように漏れる光が坂西の姿に輪郭をつける。照らされるたびに見える彼の口角は、寒気のするほど狂気的に吊り上がっていた。



<次回予告>

「そうか、君も、悲しみを捨てたんだね」


夜の公園で対峙するハヤタと坂西。

対異部と基木多の物語は、次なる展開へ。


次回、霜月編第11話『拳銃と引き金』

それは、必然の対立か。


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