第22話『幼馴染』
「来てくれると思ってたよ、次郎」
源先輩が笑う。
しかしその声は震えていて、頬もかすかに引き攣っている。彼の眼前に立つ玉置さんにおびえているのだろうか。
「なるほどな、全部俺を呼び寄せるための餌だったってわけか」
玉置さんが腰に手を当ててため息を漏らす。
その言葉を聞いてハッとした。
そうだ。明らかにおかしかったんだ。
玉置さんに秘密にしてくれというタイミング、原異形がらみの問題には珍しい噂の流出、校門に原異形の車をよこすこと。全部、玉置さんが知らないはずがないのだ。
これは、玉置さんの言う通り、まさしく餌だったんだ。
原異形の大人たちは各々武器を構える。重心は常に前。きっと源先輩が合図を飛ばせば、プロの攻撃が玉置さんを襲うことになる。
しかし、それは起きなかった。
「いい、僕と彼の話だ。邪魔しないでくれ」
首を動かさずそういうと、原異形隊員たちは武器を仕舞い、バンに戻る。そしてバンは発進しこの公園を後にした。
黒い瞳の玉置さんがため息をつく。
「人には邪魔するなって言っておいて、相変わらずお前は俺の邪魔をするんだな」
「邪魔なんてそんな。僕は次郎の助けになりたいんだ。こうでもしないと君は僕と話したがらないだろ?」
玉置さんが再び舌打ちした。すでに砂埃は消え、光の粒も消滅していた。
そこにあるのは、およそ2人にしか意味のわからない幼馴染の会話だった。公園までは大した距離じゃない。きっと二人の会話の意味を問うことは物理的距離としては容易い。しかしそれはあくまで物理的距離の話だ。
ここにあるのは、幼馴染の会話なのだ。
公園を囲む木々が彼らをベールに包むように揺れている。
ちらと玉置さんが俺を見て源先輩に視線を戻した。
「で、お前がしたことは俺に喧嘩を売るようなものだと思うんだけど?」
玉置さんを風上にして冷たい風が吹いた気がした。
それに弾かれるように俺の脳が再び動き出す。
部員がみな玉置さんに視線を注いでいる。それは恐怖と興味が入り混じった、野次馬のような視線。途端に心臓のあたりを黒い雲が覆い始める。
だめだ、これはよくない。
おそらくここから始まる彼らの会話は俺や俺たちにとって全く関係のない話だろう。俺たちの生活にはなんの影響もなく、彼らの、幼馴染の、2人の関係の中でのみ行われる2人の関係の話。それをのうのうと聞くのは、きっとよくないことだ。
だけど、
脚が動かない。彼らにロックされた視線は外すことを許さない。
源先輩がブレザーの襟を正す。
「それを言うなら次郎こそ、これはこれで原異形に喧嘩売ってるみたいなものじゃないのかな?」
「ばか野郎、売られた喧嘩に付き合ったまでだ」
そんなお互いをけん制し合う会話が続く。
玉置さんがじっと源先輩の言葉を待ち、源先輩がなにか言うたびに目を伏せる。そして一言で反撃する。
しかし、何か言うたびに源先輩の声に熱がこもっていく。声の震えが消え、硬い表情が豊かに動くようになり、心なしか、幼馴染との会話を楽しんでいるような、なんとも複雑な会話になっていく。
やっぱり、仲がいいんだ。
そう、思った瞬間だった。
「なぁ、お前さ、今、楽しいんだろ」
柔和な表情になりかけていた源先輩が石化したように硬直した。
「な…なんで?」
黒い瞳は源先輩をとらえ続ける。
「知ってたか?お前、昔からそうだよ。俺にちょっかいだして反応返してもらって、それがうれしいんだ」
公園の砂が重力に反して、源先輩の周囲に舞い始める。
夕焼けがダイヤモンドダストのようにそれを反射している。
「は?僕は別に…そ、そもそも君が先になにも言わず原異形になんか行くからこうなったんだ。理由ぐらい教えてくれたっていいだろ?僕と君は幼馴染だろ?僕は君のことはよく知ってる。だから君の力になれたかもしれないじゃないか!」
玉置さんが、目を伏せた。
「お前さ」
斜陽が彼の瞳に影を落とし、かすかに黄緑色の光が揺れはじめる。
硬く結ばれた唇のしたで、喉がひくりと動く。
「俺の何を、知ってるのさ」
「は?」
真っ黒な瞳が徐々に黄緑色に染まり、じっと彼の幼馴染を睨みつける。
「ハヤタさんと組んでるんだろ?なら俺のことなんて簡単に調べが付いたはずだ。なのに俺に直接聞くのは、お前がなにも知らないからだろ」
「なに、決めつけてるんだよ…」
「実際そうだろ?」
バチンと公園の砂埃に小さな稲妻が走る。
「全部お前のエゴでしかないんだよ」
源先輩の周囲の砂が、弾丸のような形状に渦を巻いて固まる。先輩から半径2メートル、ドーム状に砂の弾丸が浮遊した。
「次郎…君が、それを言うのか?」
玉置さんが足を肩幅に広げる。
「…勝手に俺の全部をわかった気になってんじゃねぇよ」
歯を食いしばった源先輩の目元が一瞬キラリと光る。
刹那、先輩の周囲に浮かんでいた無数の砂の弾丸が玉置さんめがけて飛んでいく。
ほとんどが玉置さんに届く前に空気抵抗でただの砂塵変わり、届いても体に触れる瞬間に壁にあたったように崩れて落ちる。
「相変わらずお前は…あ?」
余裕の表情を浮かべていた玉置さんの眉間にしわが寄る。
砂塵が視界を遮ったのだ。
天然のスモークの中を生き残った弾丸が通過し、玉置さんの眼前に迫る。
その時、玉置さんが微笑んだ。
バチンッ
俺の視界の一部に火花が走る。そしてその痛みは脳の後ろのほうへと移動し、内側からひっかく。思わず膝をつく。
なんだ。これ。何が起こったんだ。
…立てない。
目を開けるので精いっぱいの痛みに何とか耐えながら俺は二人へ目を向ける。
「ばか野郎、危うく死ぬところだったじゃねぇか」
弾丸が、玉置さんの鼻の先に触れる手前で停止し崩れ去った。
「バーカ、これごときで僕に負けるほど弱いとは思っちゃいないよ」
そう言って砂埃に汚れた好青年が膝を折る。
バチバチと電灯が音を立てて、薄暗くなった2人の間に光を灯した。
「次郎」
「なんだよしつけぇな」
「君は、どうしても、引き金を、引くのかい?」
ざわざわとノイズのように木々が揺れ、それに相応するように電車が過ぎた。玉置さんはなにかいったように見えたけど、暗くて、何より電車の騒音がうるさくて聞き取れなかった。
まったく何の話かはわからないけれど、それが二人にとって決別を意味する言葉なのは容易に想像できた。源先輩が微笑んだような気がした。
その決別が、俺たちの言う決別とは違う意味を持つことだってわかる。
だから玉置さんが踵を返したと同時に、俺たちはみな同じように公園に背中を向けた。
<次回予告>
「でも、それがなんだっていうんですか。俺たちは必死に頑張ってそんで成功させたんです。それで、それで俺たちは…」
源薫の依頼から一週間が経ち、いつもどおりの日々を過ごす基木多たち。しかしそこには確かに、対異部を玉置次郎と会うための餌にした源薫への怒りが存在していた。
そこで基木多は源薫に直接問いただすため席を立つ。
次回、霜月編第10話『曇天』
それは、彼の心の雲行き。




