第21話『餌』
校門につくと、先輩が壁にもたれていた。
正門とグラウンドの間の細い道路にはセダンとワンボックスが止まっている。
「お待たせしました」
源先輩がさわやかな笑顔で首を横に振る。
「いいよ。こちらもようやく準備が整ったところだから」
「準備?」
「ああ、言ってなかったかな」
そう言われて気付いた。先輩の背後に止まっていたセダンに、ハヤタさんに乗っていたことに。
ハヤタさんは俺を見るとこれまた笑顔で手を振る。
「今回は原異形との協働作戦になるよ」
「協働作戦?」
ええ、と北上が答える。
「今回は原異形との協力で行うわ。だから捕獲した異妖は原異形に引き渡すことになったの」
「ほう…ほう」
「正直私も急な話で戸惑っているのだけれど、まぁ依頼だしやりましょう。ほかのみんなはあのワンボックスに乗っているわ」
そう言って小さくため息を漏らした。心なしか肩があがっている気がする。
「北上さん、説明ありがとう。じゃあ乗ってくれるかな?」
あまりの急展開に釈然としない俺を置いて、先輩はえんじ色のセダンの助手席に乗り込む。
「まぁ、のるか」
「そうね」
◆
「今回の捕獲は、原異形の大事な研究に必要なんだ。あまり公表できるじゃないから言えなかった。急な話で本当にごめんよ」
源先輩が助手席から顔をこちらに向けてそう言った。
隣でかちゃりと小さく眼鏡が音をたてる。
「いえ、依頼者に事情があるのは少ない話ではありませんので問題ありません。私達がやることは捕獲のみで間違いありませんよね?」
「ああ、それであってるよ」
ありがとうございます、と北上が返事したのを最後に会話が切れる。低いエンジン音と振動が細かく車内を揺らす。
車に乗ってかた今までの約5分間、ハヤタさんは一言も言葉を発しなていない。俺に絡むときも太田先生に話しかけるときもあんなに饒舌な雰囲気なのに、体育祭の時も今回もそうだが、なにか玉置さんのような排他的なオーラを感じる。なにか他人に厳しいような、そうでないような。本当に、この人何者なんだろう。
そうこう考えてる間に、車がゆっくりと速度を落とした。助手席に座る源先輩が窓を小突いた。
「ここは知っている人もいると思うけど、通称駅前公園。そのまんまだろ?」
到着したのは佐戸駅近くの公園。いや公園というよりは広場か。
野球グラウンドほどの広さの外周は木に囲まれており、中央にポツンと四角いジャングルジムがそびえたっている。
先日六崎さんと話した広場とは線路を挟んで反対側に位置する。俺は線路のこっち側にあまり来ないから、こんな大きな公園があるなんて知らなかった。
車が停止する。
次いでワゴンが俺の乗るセダンの後ろに停車した。
「じゃあ、僕は用事があるからここで失礼する。基木多君、今回も頼りにしてるよ?」
そう言ってハヤタさんは車の窓を閉める。
相変わらずよくわからない人だ。原異形がいるなら俺はもう何もすることないに等しいのに。
ぞろぞろとワゴンから人が降りてくる中、波野と仁戸ちゃんと葉矢海がため息を着きながらこちらに向かってきた。このメンツ、いまのいままで考えもしなかったけど、さぞ波野は肩身が狭かったであろう。
公園には5,6体の異妖がバラバラに巣くっていた。
しかしすべて小型。これなら俺たちは必要ないのでは?
「大丈夫、異妖はこれだけじゃない。この公園周辺の異妖を今回はターゲットにしてるから。周辺は原異形の人に頼めばいいよ」
先輩が俺を見透かしたかのように白い歯を見せる。
その手にはエアガンが握られていた。
「先輩も、参加されるんですか?」
先輩は自身が握る大きなハンドガンを見て目を細める。
「うん。大丈夫、君たちの足を引っ張るようなことはしないから」
バンからスーツを着た人たちがアタッシュケース片手に公園の外周へと散らばる。
そうしてようやく、仁戸ちゃん、葉矢海、波野の三人が集合した。
よし、始めるか。
「基木多、波野はジャングルジム周辺の二体を担当します。北上、源先輩は右の二体、仁戸と波野葉矢海は左の二体を担当してください」
はい!と公園に声が響く。
それを察知したのか、異妖がネコ科動物のような耳を引くつかせた。
「俺は距離を詰める。波野は遠距離から能力で正確に狙ってくれ」
マガジンを装填しながら波野はうなずく。
「了解」
ジャングルジム周辺のネコ科型異妖は二体。一体はジャングルジムの向こう側、もう一体はジャングルジムの右隣に生える大きな木の下に寝転んでいる。
できるだけ足音を立てずにジャングルジムに左側から近づく。俺の能力を使えば、直線状にジャングルジムの裏側にいるやつからならどうにか仕留められる。木の下のは波野の仕事だ。
弱く吹いていた風がぴたりと止み、木々が静かになる。
モーター音とスライドのアルミがぶつかり合う音が二回。
ジャングルジムの異妖が体を起こし、BB弾を避ける。
小さく舌打ちが聞こえた。
ジャングルジムの異妖も同様に体を起こし、周囲を確認する。そして、俺を見てぴたりと首がとまった。
刹那、脳が引っ掻き回されるような方向が公園に響く。
「く…」
抱えたくなる頭を押さえながら、なんとか目を開ける。
吠えたジャングルジムの異妖が、口を閉じて俺に背を向け走り出す。
グリップについたセーフティーボタンを握り、トリガーに手をかける。
照準をあえて少し上に合わせる。しかし、異妖の足が思ったより速い。狙いが合わねぇ。
こっち向け、止まれ、足を止めろ、止まれ、行くな、止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!!
パチンと指先に静電気が走った気がした。
瞬間、ぴたり、と名前を呼ばれたかのように異妖が足を止めこちらに振りかえる。
「よし来た!!」
なんかわからんが好都合だ。
スライドが五回ほど音をたてる。
カツン、と聞こえた直後、異妖がゆっくりと伏せていき、やがて動かくなった。
「波野、こっちはOKだ!」
マガジンを取り換える。
木の下では異妖が横たわっていた。
「ふう、いきなりうるさいのは頭に悪いな」
波野はエアガンをホルスターにしまいながらそうつぶやく。
少し指先を気にしている。
「お疲れ様。銃を使うと手に来るのか?」
「そうみたいだな。まぁ、今回は投げるほどしっかり力を使ったわけじゃないから特に問題はないよ」
「そうか。ほかのみんなは?」
「あのとおりだよ」
波野が顎で俺の後ろを指す。
振り返ると、ハイタッチする後輩二人と、目薬を差す北上、そしてこちらに親指を立てて微笑む源先輩。
異妖はそれぞれ横たわっている。
「よし、じゃあ集合で!」
ぞろぞろとみなが集合する。
「じゃあ公園内はいいですね。ひとまずお疲れ様です。これで大丈夫ですか?先輩」
「うん、回収や公園の外は全部原異形が担当するから、君たちの仕事はこれで終わりだよ。ありがとう。とても助かった」
そう言って第一ボタンを閉めるさわやかイケメンは、それ以外なぜかまったく服装が乱れていない。
「では、お先に失礼します」
「うん、後日改めて礼をしに行くよ」
部員が一様に軽く頭を下げる。ホルスターに銃を仕舞い、俺たちは五人集まって公園をでる。
「みんなお疲れさま」
公園の入り口を出て先頭をあるく俺が軽く振りかえると、かたくなっていた雰囲気が一気に弛緩した。
「うい、お疲れ」
「お疲れ様っす」
「お疲れ様で~す」
「本当になんだか疲れたわね」
北上がまた目を抑える。
そしてため息を漏らした刹那、薄く黄色に光る目を見開いて叫んだ。
「動かないで!!」
「ちょ、どうした…」
耳元で風が吹き抜けた。
いや、違う。風じゃない。
ナイフだ。しかも3本。
ナイフが、飛んでいく。すごい速さで、かつ正確に、横たわる3体の異妖に向かって。
まるでガラスでも割れたかのような轟音がして、異妖が次々に光の粒と化していく。
「は?」
えらく速い足音が背後に近づいてくる。俺が首をそちらにむけようとした瞬間、その足音の主は俺の隣を過ぎていく。
背の高い、すらっと伸びた足。俺と同じ学校の制服。
そして、俺の横を過ぎた瞬間見えた、黄緑色に光る瞳。
彼は走りながらレッグホルスターに無理やり仕舞いこんだようなナイフを三本引き抜き、手首をひねる。
またしても異妖が光の粒と化した。
勢いのまま公園の塀を飛び越え、ブレザーのポケットからもう一本ナイフを取り出し、指先ではじくように投げる。
夕日に染まる公園が光の粒を、まるでテレビで見たダイヤモンドダストのような、いやそれよりももっときれいで儚い幻想的な異世界に仕立て上げる。
夕日を反射する薄い砂埃のなかで立ち上がるその男は、源先輩を睨みつける。
「なぁ薫、俺が黙ってるとでも思ったのか?」
源先輩の口角がゆっくり上がっていく。
「はは、まさかそんなわけないじゃないか」
背筋に悪寒が走った。
いつもはさわやかに微笑む顔が、恐怖と喜びと感動とがまじったような、とても硬く歪んだものになっていたから。
「むしろ来てくれるって思ってたよ、次郎」
その目に黄緑色を灯した玉置次郎が、ピクリと眉を動かし、舌打ちした。
<次回予告>
「で、お前がしたことは俺に喧嘩を売るようなものだと思うんだけど?」
公園に乱入してきた玉置次郎。
彼の目的とは。
決して明かされることのなかった彼の願いのほんの一部が明かされる。
次回、霜月編第9話『幼馴染』
それは、2人だけの世界。




