第19話『彼女と彼氏』
部室に入ると、北上鷹乃が教卓に肘をついてため息を漏らしていた。
きっといつもの俺なら「どうしたんだ?」くらいは聞いていたかもしれない。だが今はそんな気は起らなかった。先ほどの波野のようにはいかない。あれはこいつがいいやつだったというだけ。北上と俺は、そもそも友達なのかさえ怪しい。
「入口で立ち止まっちゃってどうしたんです?」
受付でシャーベットオレンジの髪が揺れる。
俺の後ろにいた波野は俺の急停車に玉突き事故を起こしていた。
「ほんとだよ…ん?たk…北上さんどしたの?」
え、今、鷹乃って言おうとしたよね?言おうとしたよねぇ!!?
何食わぬ顔で波野は教卓の北上と話し始める。
ようやく鞄を下ろし、いつもの相談席に座る。俺のいつもの席の隣に座っている葉矢海と目が合った。
「どうかしたんっすか?」
「え?」
一度教卓を一瞥してから、俺に椅子ごと体を寄せる。
上目遣いで俺を見ながら、小さく手招きする。
「あんまり大きい声では言いませんけど、いや、なんか、北上先輩見て立ち止まってたから…」
「いや、その、なんというか…」
自分の立場が分からない、なんて葉矢海に行ったってえ仕方ない。心配してくれているのだろうが、これはあまりよくない類の悩みだ。
亜麻色のおさげが小柄な胸元で上下すると、かからないぎりぎりのような吐息が俺の耳元をかすめた。
「いや、言いたくない感じのことなら聞かないっすよ」
「悪いな、なんか…」
すっと身を起こして、元の位置に戻る。
この兄妹は、ほんとにいいやつすぎる。
「でも、道大先輩」
「ん?」
葉矢海の右目の泣きぼくろが、かすかに俺のほうを向いた。ガチャリとやけに大きく時計の秒針が音を立てた気がした。
「思ったより、なにも感じないものなんですね」
金属バットが合図になったかのように、時計がやけに速く秒針を動かしている。さっきまで少しうるさいぐらいだった波野と北上の話し声も、風に揺れる外の木々も、全部くぐもって聞こえる。景色の中央に位置する亜麻色のおさげの少女以外が、真っ暗に見え、少女さえも遠ざかっていく。
「まって、今、なんて…」
「いや、思ったより、なにも感じないんだなって」
少女はあっけらかんとそう告げる。
お前、心配してたじゃん。波野が北上に気があること、心配してたじゃん。付き合っても、ちゃんと波野にむきあってくれるのかなって、心配してただろ?
それが…なにも、感じない?
寂しいとか、なんだか…おい、やめろよ。
これ全部、こいつらは持ってない感情だってのか?
そんな、悲しいことあるかよ…
「あの、道大先輩?なんすかそんなつらそうな顔して、わたしみてそうなってんならぶっ飛ばすっすよ?」
「…あ、いや、おなか痛くて」
葉矢海は心配そうに俺の目を見る。
「トイレいったほうがいいんじゃないっすか?」
「いや、治った」
「え、はや」
「今のかわいいダジャレお兄ちゃんにも一回聞かせてぶぁっ!?」
葉矢海のこぶしが俺の耳元をかすめた。
直後、俺の背後でドサッとなにかが崩れ落ちる音がした。
「ほんと兄貴うっさい。しばらく静かにしてて」
「は…はい…」
北上と仁戸ちゃんが顔を見合わせて笑う。
まぁ、感情のことなんて、いまさら気にしたってどうしようもないのだ。どうせ、変わらないものだ。
いつもの風景を、楽しんだほうがいいよな。
「シスコンのおかげで俺の耳から血の気引いたんだけど」
波野が苦し紛れに笑った。
◆
波野が腹を抱えながらなんとか席に着く。なにも笑っているのではない。鳩尾くらったから痛いんだね☆
幸い準備室含めここには玉置さんがいない。ここで一気に話を進めてしまったほうがいいだろう。
「最初に先週仁戸ちゃんから連絡があったかとは思うけど、源先輩の依頼は玉置さんには秘密にする」
「ええ、わかっているわ」
北上の言葉に太田先生含め全員が首を縦に振る。
…太田先生?
「え、先生いつからいました?」
「え、ひどくない?俺波野殴られたときにはすでに準備室にいたんだけど」
なにそれずっとじゃん!
「顧問のこともっと大切にしない?なんか切ないんだけ」
「そっすね」
葉矢海が先生の言葉を遮った。新卒3年目にしてこの扱いである。ほんと先生そろそろ高校教師やめちゃいそうで怖い。
「まぁなにはともあれ次郎に隠すなら俺は重要人物になると思うんだが?」
太田先生がネクタイをいじりながら教卓の椅子に腰を下ろした。
実のところ、この話が終わった後に太田先生のところに行こうと考えていた。玉置さんと太田先生は古くからの友人で、この部でも玉置さんは太田先生がいるといないとでは態度や雰囲気が全く異なる。
「そうですね、では先生もお願いします」
「了解」
俺は源先輩の依頼書をファイルから抜き出して机に広げる。
「聞いての通り、今回は俺たちにとって前例のない捕獲だ。うーん、太田先生?」
「お、早速だな」
「先生はたしかこの学校の対異部出身なんですよね?」
先生はわずかに目を細める。
「そうだ」
「捕獲はやったことありますか?」
「あるよ。昔は今より異妖の数がおおかったから大変だったけど、今は数も少ないし、そんなに難しいことじゃない」
確かに、依頼は異妖数十体の捕獲。それもリストアップされているのはすべて小型だ。俺だけならきついかもしれないが、波野や北上、1年女子2人は戦闘において決して弱くはない異能の持ち主。
あとはどう捕獲するか、だが…
「なにで捕獲したんですかぁ?」
俺の思考を読んだようなタイミングで仁戸ちゃんが問う。先生は顎に手をやり少し考えた後、ポンと手をたたいた。
「そうだ!麻酔薬をナイフに塗って近距離用に、遠距離はちょうどそのころ流行ってたスポンジの弾を発射するおもちゃの銃を対異妖用に改造したものを使ったんだ!」
なんだそのユニークな作戦。
ともあれそれなら麻酔薬を使うことでどうにかなりそうだな。でもおもちゃの銃なんて…いや、待てよ?
「ここの部室にたしかエアガン、あったよな」
「あ、知ってるぞそれ!年末の大掃除で出てきたよな!」
「たしかに、そんなこともあったわね」
俺たち二年生の会話に1年女子2人が首をかしげる。
「そんなもんこの部室にあるんですか?」
「ああ、そうね、あなたたちは知らないわね。去年大掃除をしたのだけれど、そしたらいくつかエアガンがでてきたの。それも、結構古いものよ」
「へぇ~……え?大掃除あるんっすか?」
「あるわよ?」
そんな会話をよそに俺は教卓に体を向ける。
「そのエアガンで今回やってもいいですか?」
聞いたとき、うつむいていた先生の顔が見えた。
とても、苦しそうな表情。眉が微かに震えている。
「先生?」
ハッと顔を上げる。悲痛な表情が嘘のように笑顔を見せた。
「エアガンだよな、構わないよ。弾はこちらで用意しておくから安心して探してくれ」
「はい…」
ほれ、と顎で俺の背後を指す先生は、教卓の引き出しから本を取り出してページをめくり始めた。
「じゃあ、そんな感じで、とりあえずエアガン探そうか」
机に広げた書類を片し、準備室と相談室にそれぞれ学年で分かれて探索を開始した。
依頼の当日は来週。
経験のないタイプの依頼だけど、順調にいきそうだな。
<次回予告>
「相変わらず、副部長に連れられて出勤なんて、演出だけは重役なのね」
贖罪にために活動する北上と、贖罪そのものの基木多。
捕獲任務当日、彼は根本的な過ちを自覚する。
次回、霜月編第7話「協力関係」
それは、なにも変わらない。




