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第18話『真実』

 

 カーテンの隙間から差し込む光が、11月の割にとても明るく感じた。ほんの少し汗ばんだシャツにため息が漏れる。

 1階に降りて顔を洗う。冷たい水で目を覚ましても、どうにも体の動きが鈍かった。

 土曜日、結局俺はあいつらとの約束を体調不良を理由にドタキャンした。体調不良なんて嘘だ。

 きっと、あいつらは付き合っている。

 部活でも仲良くしているところを見ることになるだろう。


「道大~?」

「おきてるよ~!」


 リビングには相変わらず母がいて、洗濯物を干していた。


「ねぇ母さん」

「ん?」


 首をこちらに向けず声だけで答える。


「友達とか、いたことある?」


 その手がぴたりと止まる。

 しかし、咳払いが聞こえたと思ったらそれが嘘のように素早くタオルが干されていく。


「いたよ。どうしたの?」

「なんか、友達が自分の手に届かないところに行きそうなとき、どうする?」

「…そうだねぇ」


 母さんはその手を止めて俺のほうに振りかえった。

 そして目を細める。


「きっと、何も言えないよ」


 笑った母さんは、いつも悲しそうだ。


 ◆


 佐戸駅の改札を通過すると、今度はカバンを後ろから引っ張られた。


「あのさぁ、今日はタックル見越して前に構えてたんだけど…」


 逢坂彩葉はポニーテールを揺らして白い歯を見せる。


「ははっ、ついに基木多くんがわたしのちょっかいになれてきたんだね!」

「ちがうわ…痛いんだわ、首が」

「おおぅ、いいラップだねぇ」

「全世界のいいラップ作る人に謝ってくれ」


 こんなバカみたいな会話をしながら教室まで歩くのが、俺の最近の朝である。

 すっかり逢坂さんとは関係が良くなった。そりゃまだ中学時代の一件があるし、この人の性格上完全に信用しきったわけじゃない。だがそれはおそらく向こうも同じ。適度な距離を測りながら、本物を模索する。本当に、なんだか俺に似ている。


「それで、最近妙な噂を耳にしたのですがぁ」


 赤みがかったポニーテールが俺の前に垂れる。

 上目遣いが興味津々であることを表している。


「何やら源先輩から依頼を受けているのだとか」

「そうだよ。で、それなにか妙なのか?」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべる。


「何やら、玉置先輩と源先輩って仲が悪いらしくて、その源先輩がなんで対異部にいったのかが界隈では議論の的になっているみたいなんだよね」

「仲が悪い?」

「そう。幼馴染らしいんだけど、なんだか高校ではあまり口も利かないぐらいなんだってさ」


 幼馴染だったのか。

 それで源先輩が玉置さんのことを次郎って呼んでたわけか。でも、仲が悪いとすれば、確かにこの対異部に来たのはよくわからない。しかも依頼の内容を玉置さんに教えないでくれと言う。一体あの二人に何があったんだろう。


「ま、わたしには何の関係もない話なんだけどね」

「なんていうか、逢坂さんほんと絶妙にいい性格してるよ」

「え、ありがとう付き合う?」

「ごめんそれは別問題」


 思わず即答した。

 なんだこいつ。

 だけどなんだか、居心地がいい。

 そんなことが頭によぎったからか、彼女の顔をちゃんと見ることができた。

 楽しそうに笑って、眉が隠れる前髪が揺れる。


「うん、わたしもごめんだ」


 ほんと、なんだこいつ。


 ◆


 六限目が終わり、教室が一気に空になる。どうせ俺も教室からでるのだから最後まで残る必要があるのかと思うだろうが、これにはきちんとした理由がある。

 単純に、人が多いのが嫌なのだ。

 教室には二つしか出口がないのに、その二つに30人以上が集まる。わざわざそれにイライラして歩くよりは、こうして人がいなくなってから出たほうがいい。誰もイライラしないし、なにより俺の気分がいい。

 鞄に教科書を入れ終えて、俺は教室を後にする。

 廊下に出ると、ちょうど隣の教室からも一人出てきた。


「おっす」

「おう」


 波野唯臣には、そんな短い挨拶がちょうどいい。

 お互いそんなに交友が広いわけじゃない。考えることは同じなのかもしれないな。

 しばらく歩く。

 波野はその間話さなかった。だからかもしれない。

 こんな質問が自然に口から出た。


「土曜、うまくいったのかよ」


 波野は小さく首を縦に振った。


「思ったより楽しめたよ」


 …ん?


「緊張するかもとは思ったんだけどさ、いざ行くと楽しかったよ」


 ……ん?


「なに、どうしたんだよそんな不思議な顔してさ」

「どうしたんだよじゃねえよ!え、なに?遊んだだけ?」

「え?遊んだだけってなに!?」

「は?お、おま、告白するんじゃなかったのかよ」


 波野は目を点にして、やがて吹き出した。


「俺もう、体育祭の日に告白したんだけど」


 …は?

 はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?


 廊下に俺の声がこだまする。


「え、え、じゃなに、先週の時点で付き合ってたってこと?」

「そうだよ」


 亜麻色の髪をいじりながらぶっきらぼうに答える。


「だからやけに真剣な顔して土曜日のこと話すなぁって思ってたよ。来なかったのもそれかぁ…まぁ俺も緊張してたから変に道大の話に乗っちゃったんだけどさ」


 まじかよ。

 もう付き合ってんのかよ。

 そんな、俺はまだ心の準備もできてないのに。

 まだ現実味がない。冗談だよなと言いたくなる。だがそんなこと言うのは違うような気がした。とはいえそんなちっぽけな理性は紅葉のように赤く染まり枯れていく。

 足元に目やった。


「そうか、幸せにやれよ」


 俺はそう言って少し歩幅を大きくする。少しでもこいつと距離を取って、少しでもこいつらが俺の影響を感じずに幸せになれたら、俺はそれでいい。

 だからもっとだ。もっと足を動かせ。

 だからそうだ波野、俺を先に行かせてくれ。

 だからそうだ、もう、お前とは…


 タタンッ、とスポーツシューズが音を鳴らす。


「あのさ」


 波野が、俺の横に、並んだ。

 まるでイチョウの葉がはらりと落ちる様に、それはとても自然に起こった。さも当たり前かのように、さもそれ以外の現象がありえないかのように。妹が好きで好きでたまらないくせに妹じゃなく北上に恋をしたこいつは、俺の隣に並んだ。


「トイレ行きたいなら、荷物持つけど?」

「は?」


 なんでだよ。


「いやなんか足早になってるからさ」

「…」


 ふざけんなよ。


「え、なぁ道大?ほんとにトイレ行きたいのか?荷物持つか?」

「…」


 俺は思わず足を止めていた。

 なんで?

 なんでこいつはそんなこというんだ?

 なんで?

 なんで俺がトイレ行きたいって考えたんだ?

 俺がお前から離れたいって思ってること感じなかったのかよ。

 なんでだよ。なんで、こいつは、そんなにも、俺に対していいやつなんだよ。

 ふざけんなよ。俺は、そんなお前にちゃんと幸せに生きてほしいのに。俺が化け物であるかもしれないから、きっと影響を及ぼすことになるから、北上に頼る可能性が大いにあるから、俺がバカだから、だから、離れたほうがいいだけなのに、なんでだよ。


「ちげぇよ、部室大好き基木多道大なめんなよ」

「なんだよトイレじゃないのかよ…心配して損したわ」

「さすがにやばかったら俺も言うよ!?」


 ずっとこいつと友達でありたいって思わせるんだよ。馬鹿野郎。



<次回予告>

「思ったより、なにも感じないものなんですね」


波野と関係を戻した基木多は、捕獲依頼の準備を進める。

そんななかぽつりとこぼした葉矢海の言葉が、彼に深く突き刺さる。


次回、霜月編第6話「彼女と彼氏」

それは、たしかな隔壁。


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