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第17話『焦り』

 

 明日、波野は北上に告白する。

 そして、きっとあいつらは付き合うことになる。

 そうして、あいつらは幸せになる。

 とても、とても、とてもそれはいい事だ。

 だから、俺は協力する。

 あいつの心に、俺の友人に、彩を与えてやりたい。

 ただ、それだけで十分だ。

 それだけで、俺たちはうまくやっていける。


 きっと、俺がいなくても。


 ◆


 部室は閑散としていた。

 俺と仁戸ちゃんが、会話もなくスマホに目を落とすだけの空間だ。

 それがあまりにも静かだったから、俺は耐えられなくなってスマホから顔を上げた。


「なあ、仁戸ちゃん」

「なんですか?」


 仁戸ちゃんはスマホに目を向けたまま答える。


「最近さ、北上と波野、仲良くない?」


 言うと、ピタッとスマホをいじる手が止まった。

 そして俺の座る実験机までやってきて、俺の向かいの席に腰を落とす。


「やっぱりそう思います?」


 顎の前で指を組んだ姿はさながら刑事ドラマのようで、俺の頬と舌は少しずつ緩んでしまう。あとこの人かわいい。


「うん、仁戸ちゃんも感じてたんだ?」

「ええ、あたし、人の恋愛事情は適度に把握したいので」


 なにその渋い声かわいい。


「やっぱその、なに、付き合ってんのかな」


 仁戸ちゃんが顔を上げた。そして空を見つめる。


「あたしは、そうですねぇ。付き合ってんじゃないですか?」


 あっけらかんと、そう言った。

 あ、と俺を見て僅かに口元を緩ませる。


「モッキ先輩、あの人らが付き合ったら友達いなくなりません?」


 なにかが俺を突き抜けた。

 俺の脳天に雷が落ちたような、はたまた針が鉛直に差し込まれたかのような衝撃が走った。

 あいつらが、付き合ったら、俺は、どこにいればいいんだ?

 逢坂さんのところ?

 いや、まだ彼女のことは信用しきったわけじゃない。

 なら、なら?

 一般的に、3人組の二人が付き合えばどうなる?


「うっせ!友達ぐらいいる、よ?」


 冗談交じりに語尾を弱める。

 3人組の2人が付き合ったら。


 そんなの決まってるじゃないか。


 冗談の飛ばしあいを終え、俺は一人席を立った。


「どこかいくんですか?」

「のど渇いたから、自販機行ってくるよ」

「あんまり遅くならないようにしてくださいねぇ~」

「わかってるよ」


 かわいい顔してとんでもない爆弾を落としてくれたものだ、まったく。


 ◆


 甘いコーヒーを、時間をかけて体に流し込んでいく。

 良くない考えは、こうやって払しょくするのが俺の定石なのだが、最近これが通用しないことばかりだ。

 学校にある一番甘い紙パックのコーヒーでも、甘ったるいだけで脳の思考のロックは解除されない。

 もうすこし、頭を冷やすか。

 食堂のドアを押し、俺は中庭に向かう。

 緑色の桜並木を歩き、中庭のベンチに腰掛けた。

 あんまり寒くない。

 むしろ少し暑いくらいだ。

 毛虫が落ちてこなければいいななんて的はずれな事を考えながら面影のない桜の葉を眺めていると、隣に男子生徒が腰掛けた。

 俺は身を引いて横目でその顔を確認する。

 すると、彼もこちらを向いていたようで、目が合った。


「やぁ、昨日ぶりだね」


 その優しい声と白い歯だけで十分だった。

 源先輩以外に、そんなさわやか善人イケメンオーラを出せる人なんていないのだから。


「あ、どうも」

「うん、どうも」


 俺の反応が面白かったのか、目を線にして微笑む。


「どうしたの?こんなところでひとり桜の木なんて眺めてさ」

「それを言っちゃ、なんで先輩は一人で白い缶コーヒー持って中庭にいるんです?考え事でもしてたんですか?」

「白い缶コーヒー?あぁ、そういう事か……僕だって、考え事ぐらいするよ」


 少し棘のある言い方をしても、源先輩はその笑顔を崩さない。

 そしてしばらく、野球部の金属バットの甲高い音に耳を傾けるだけの時間が流れる。

 そんな実質的な静寂を割いたのは、源先輩のこんな言葉だった。


「君は、友人が遠くへ行ってしまうとしたら、どうする?」

「…え?」


 源先輩のほうへ首を向けると、笑顔の奥の真剣な瞳を視線が重なった。


「何ですか急に」


 笑顔はいまだその顔面に張り付いている。


「言葉のままだよ」

「…そう、ですね…」


 俺は戸惑いながらも脳を動かす。


「俺は、俺は…」


 俺は、どうするのだろう。

 まだあまりにも、その答えを出すには情報が浅すぎる。


「どこに、行くんですか?」

「遠くさ」

「なら、なぜ?」

「なぜ、なんだろうね。二度と同じ過ちを犯さないため、なのかも知れないね」


 そう言って、少しずつ濁ってきた空を見上げる。

 赤く染まった雲の端は、もう暗くなっている。

 一体、誰のことを言っているのだろう。

 わからないのなら、俺は何だって言える。


「わかんないですよ。ついて行くかもしれないし、いっそ拒絶するかもしれないですし。わかんないですよ。でも、もし、その遠くへ行きたい友人がそれを許すのなら、僕はその人について行きたいなと思います。その人が安心して幸せになれるように、客観的な視点で、その人の行動に茶々を入れたいなとも思います。。全部、僕の勝手な考えですけど」


 まったく、しょうもないことをグダグダ話すのが得意なのは損しかない。

 友人がどこか遠くへ。

 それは、あまりにも今の俺には敏感すぎるトピックだ。

 あいつはきっと、俺なんかからは届かないほど遠くへ行ってしまうかもしれない。


「そっか……そういえば、白い缶コーヒーがどうのこうのって、君は創治郎さんみたいなことを言うんだね」

「創治郎?どなたですか?」


 いかにも意外といった様子で俺を見る。


「次郎のお兄さんだよ。なんだ、知らなかったんだ」

「はぁ」


 兄弟いたんだあの人。てかそもそもなんでこの人俺がその玉置さんのお兄さんのこと知ってるって思ってたの?俺別に部員の家族構成把握してないんだけど。

 俺の想いはもちろん届くはずもなく、相変わらず源先輩はさわやかな笑顔を崩さない。


「…うーん、君は次郎と仲がいいのかな?」

「玉置さんですか?いや、そこまで仲がいいってわけじゃないです」

「そっか」


 缶を持つ手がほんの少し緩んだ。


「まぁいいや。君は部長さんだろう?もう言った後なら問題ないんだけどさ。あいつには絶対、この依頼のことを言わないでほしいんだ」


 玉置さんにはまだ伝えていない。そもそも玉置さんは基本依頼に参加しないから依頼の内容を伝える理由がない。だから今回も依頼があったことすら伝えていない。

 この部は異妖関係の相談が来る部だが、その内容は非常に幅が広い。結構な私情で来ることもそこそこあるから、今回のように「誰かに言わないで」という追加注文も少なくない。まぁ対異部の誰かに言わないでというのは初めてだけど。


「はぁ、わかりました」


 ざわざわと揺れる木々のように前髪が風になびいた。


「君は、理由を聞かないんだね」

「…」


 どうしてだろう。


「…いや、依頼者には依頼者の事情がありますからね」


 少し、腹が立った。


 何も考えてないんだろ?


 そう言われている気がした。

 でも、源薫という先輩はきっとそんなことを言わない。

 あって数日の俺でもそれだけはわかる。

 この人は、さわやかに漂う匂いのようにつかめない。俺を見て笑う瞳の奥にあるものに、一ミリも黒さを感じないのが、逆に恐ろしい。彼は純粋に、真剣に、言葉を発しているのだろう。


「いい部長さんだね。まぁとにかくそれだけはお願いするよ」


 そうして、細身の背中は食堂へと消えていく。

 暗くなってしまった空は重く校舎の上にのしかかり、それに抵抗するように木々はうるさく揺れている。


 友人が遠くへ行ってしまうとしたら、どうする?


 源先輩は、どうするんだろう。

 俺は、あんなこと言って、あんなこと言っただけで、あんなこと微塵も考えてない。

 …ん?


 ああ、バカだ俺は。


 また誰かに答えを求めて、どうせ失敗して責任を押し付けるんだ。


 もういいダメだ。こんな暗い空の下にいるからそんなことしか考えられないんだ。

 部室、帰るか。

 仁戸ちゃんが待ってるだろうしな。



<次回予告>

「緊張するかもとは思ったんだけどさ…」


彼の行動は、決して言葉という形ではなくとも、確かに彼にとっては言葉に等しい確たる理由があった。

そこに伝える意志がなくとも、それが通じてほしいと願う。

人はそれを、独りよがりというのだろう。


次回、霜月編第5話「真実」

それは、変えられない事実のなかで。


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