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第16話『源薫』


 見れば隣の葉矢海もうーんと首をひねっていた。

 異妖の捕獲。

 討伐でも撃退でもなく、捕獲。

 確かにそう言った。

 異妖は、その性質上ある程度恐れられているため、依頼の殆どが討伐あるいは撃退又はその両方である。要するに、捕獲するメリットが無さすぎるのだ。捕獲したところでかなりの覚悟がないと飼育できるわけでもなく、ただ危険だけが付きまとう。ましてや咆哮のあの音を聞きたい人間なんていないだろう。

 だから聞き返した。


「いやぁ、なんというかね。まぁ捕獲だよ」


 爽やか満点のその笑顔はとても眩しい。

見たことの顔だけれど、その笑顔と嫌みのない話し方というか接し方に、俺も自然と言葉が紡がれていく。


「飼育でもするんですか?」

「それは、機密事項さ」


そう言って白い歯をのぞかせる。不思議と嫌な気はしない。

 な、なんなんだこのイケメンはぁぁ!さぞモテるだろうな…え、いや、別に嫉妬とかそんな大罪犯してないですよ。ただ、なんだぁ、えー…はい、嫉妬だね。

 閑話休題。

 嫌みがないとは言え、捕獲という依頼はいまいちまだ理解ができない。はぁ、と空返事を返し、唸るしかない沈黙の相談室に、よく聞きなれたちゅるちゅるという金属音と、こちらも聞きなれた心を癒すハッピーボイス(天使)とが同時にオブラートを掛けた。


「ちわっすっ!」


 いつもの通り右手で敬礼のように額に手を当て元気に挨拶をした仁戸優夏(ニトユウカ)は、相談者に気付くと、すこし驚いたような顔をして、俺の隣、葉矢海とは反対の右隣の席に座った。そして俺の手元の依頼用紙をじっと眺める。


「捕獲なんてまた珍しい依頼ですねぇ」


 シャーベットオレンジの髪が揺れ、なにかの香りがふわりと鼻をくすぐる。覗き込んでくるような前傾姿勢を取っているので、自然、距離が縮まる。思わず体を逸らした。

 それに気づいた仁戸ちゃんが不思議そうな上目遣いでこちらを見つめる。不覚にもその目から離れられなかった。ハッと気付いて目をそらす。彼女も同時にそれをしていた。仁戸ちゃんは体の向きを直しスカートの裾をキュッと握り締めている。

 見れば、依頼者もにやついており、隣の葉矢海の引いた瞳が俺を突き刺す。

 僅かに見える朱を帯びた耳がカーテンのように髪に隠れ、そのかわりため息が一つ俺の耳を刺激した。


「…み、み源薫さんですか。分かりました!依頼、受け付けましたっ!」


 いいですよね、とばかりにちらと俺を見てウインク。


「うん、いいですよ」


 何故か自信たっぷりな返事になってしまった。そしてその仁戸ちゃんの表情は、何かいつものふわふわ感だけではなかった気がした。


 ◆


 源薫。

 3年2組の男子生徒で、仁戸ちゃん曰く、校内では有名な生徒だそうだ。容姿端麗、成績優秀、文武両道という完璧さ。玉置次郎とならんで、太陽と月という例えで比較されることもあるらしい。ともあれ仁戸ちゃんはあまり興味がないそうなのでひとまず安心。…あらやだ私ったら何安心しちゃってるのかしら。

 まぁ、そんな源先輩の依頼を承った俺たちは、書類だけ書いてもらってひとまず源先輩を帰し、太田先生への報告など様々な準備に向かい動き出していた。

 依頼を受けとってからもう2時間。たった2時間である。それでも空に布かなにかで覆いかぶされたかのような闇がずっと広がっている。

 11月とは、こんなものだったろうかなんて窓を眺めながら、黒板の前の教卓に丸くなるモガミにも気を遣い、何とも息苦しいような心持ちで、じっと北上が帰ってくるのを待っている。

 場所の下見や、先生への報告の補助など北上には色々と仕事を負担してもらっている。何なら俺の方が仕事は少ないかもしれない。どこかで聞いた話によれば、校長よりも教頭のほうが仕事は多いらしい。言わば、そんなものだろう。

 ほかの部員達には帰ってもらった。そこにいる、波野唯臣(ナミノタダオミ)を除いて。

 流石に沈黙に飽きたのか、はぁと波野の口からため息が漏れた。


「道大、どうしたんだよ。最近元気ないじゃないか。まるで初対面の時みたいだよ」

「そうか。まぁあれだ、寒暖差にやられてんだよ。特にどうってことないさ」

「道大」


 やけに語気が強かったので、思わず顔を上げ友人の目を見た。それはじっとこちらを捉える。


「何かあるなら言ってくれ。道大はともかく、俺は道大の友人でいるつもりなんだからさ」

「そうか。ありがとう」


 波野は少し顔をしかめたが、それは仕方のないことだ。あのことを、まだこいつには言うわけにはいかない。

 波野はいつだって優しい。何よりも友人というものの形を持っている。ずかずかと他人の心の敷居を踏みにじってくるこの街で、波野は割とノータッチだ。敷居どころではない。もはや塀の外にいるような場所で俺と関わっている。

 事実、楽しい。ちゃんと友人していると思う。だが、それが果たして俺の求めていたものかと聞かれれば、多分違う。第一悲しまないのだから、マイナスを共有できるはずなんてないのだ。

 ちょっとやそっとのマイナスを共有しただけのものは、彼女の言う本物の心では無い。

 まぁ、そんなものなどないのではないかと気づいた時には、もうぬるま湯に浸かっていたわけなのだけれども。

 また相談室は沈黙に飲まれ、空の暗いのを眺めるだけの時が流れる。

 ふと、あることが頭に浮かんだ。


「波野」

「ん?」

「今度遊びにでも行かないか?」


 すると波野は一息置いて、満足そうに笑みを浮かべる。


「あぁ、行こうぜ」

「どこに行くのかしら?」


 トントンと黒ずんだドアを叩き、肩にかかった髪を払うと、北上高乃(キタカミタカノ)は少し不機嫌そうに目を細めたと思いきや、恥ずかしそうにチラとこちらを伺うように俯いた。


「その…それって2人だけで行くつもりなの?」


 言ってまたチラと俺を見る。

…ちょうどいいじゃないか。

俺にしてはなかなか気が利いたことを思いついた。

本物だとかそんなこと以前に、波野には、今は別のもっと幸せなことがある。


「ん、分かった三人で行くか」

「にへへへ」

「おい、なんかやめろその笑い方」


 言うと波野が笑みを浮かべる。ラッキーとでも言わんばかりの笑顔の中に、ふと一瞬、陰が見えた。


 ◆


 外は、窓を通して見るよりもさらにどんよりと重い闇にのしかかられていた。校門前では、まだ吹奏楽部のマーチングかなにかの練習が、メトロノームの無機質な音を主体に行われている。


「じゃあ、また明日」

「おう、じゃあな」

「また明日な」


 門を出て北上と別れると、俺と波野だけになった。冷たい空気に抱かれながらも、波野が控えめに俺の方を叩いた。


「道大、俺さ」

「なに、告るの?」

「え、いや、あの…」


 言うと、波野は目線を泳がし、しどろもどろの返事を返した。

 図星か。

 初めて聞いたのは数ヶ月前。まだ一学期だったろうか。

 ―俺さ、北上が好きだよ。

 それからはずっと俺がそういう話の受け身となっていたのである。下校時に話したり、北上がいない間に話したり。今回俺が北上を入れたのは、シンプルになんか可哀想だったからというのもあるが、それだけでなく、こいつの件があるからだ。

体育祭で、北上が独白に近い形で俺に感情を漏らした。今となっては、それは俺だから漏れたものだ。贖罪と現実のはざまで、彼女はあふれ出てしまった。

だから、俺にはそれを実現させる手助けをする義務がある。


「お前の覚悟が決まってるんなら、いいとは思うぜ」


本当はもう、両想いなんだから杞憂なんていらないんだけど。


「おう、やってみるよ」

「今度の土曜にか」

「あぁ、早速だけど」

「そうか」


 北上の予定もあり、今週の土曜に日程は決まり、俺たちはその日に1日中スポーツやらゲームやらを堪能出来るボーリングのピンで有名なあの施設に遊びに行くことになった。

 横断歩道を渡り、自転車に跨る。波野も同じように自転車に跨った。

 波野は、優しい。

 こうして共にいる間も、あえて喋らない。こいつの過去は知らないので、厳密にいってしまえばこいつのことを何も知らないのと同じことだが、それでも、今目の前の少年が優しいことはわかる。それが本物かはさておいて。

 だからこそ、応援してやりたいと思う。彼の望む彩りを、付け加えてやりたい。

 そしてそれは波野のためだけではない。北上のためでもある。

 俺に死なない理由をくれた、北上のためでもある。

 自転車置き場まで来ると、何人か生徒がいた。見れば3、4人の集団の中で赤みがかったポニーテールは、空の笑顔を見せている。下校時間まで勉強か。

 自転車を置き、波野と共に駅の改札を通る。波野とは同じ電車だ。俺の方が一駅遠い。

 ぷしゅーっと息を吐き出した車両に飲まれた中は席が埋まっており、仕方なくふたり並んでドアにもたれる。


「なぁ、道大」


 車両の中だからか、少し抑えたその声がやけに鮮明に聞こえる。待っていたのだろうか。

 だが次の言葉がなかなか来ず、2駅過ぎてしまった。次で波野は降りる。と、そこでようやく彼が続けた。


「週末はいいんだけど、また今度は2人で行かないか?」


 慣性の法則に従って揺られ、ぷしゅーっとまた車両がため息をついた。そして波野は1歩踏み出す。


「じゃあな」

「おっす、じゃあな」


 軽く手を挙げ挨拶をし、波野は改札を出て人の波に飲まれていく。俺の友人であったって、所詮は人。この街の人間なのだ。

 だからこそ。

 俺は、悲しまないことによって生じるモノクロを染めるほどの彩りを、君に見せてあげなきゃならないのだろう。



<次回予告>

「白い缶コーヒー?あぁ、そういう事か……僕だって、考え事ぐらいするよ」


仁戸ちゃんのふとした一言で自分の置かれている立場に改めて焦燥感を抱いた基木多は、白の缶コーヒーとともに中庭のベンチに腰を落とす。

そこに、ひとりの男子生徒が現れる。


次回、霜月編第4話「焦り」

それは、白の内に潜む黒の香り。


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