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第15話『異能力』

 

 4時間目が終われば、次は昼休み。

 本日も後2時間で授業が終わる。ともあれ残り二つは数学の2連続。週に一回の試練である。そしてそれが毎週月曜日なのだ。

 よし、さっさと飯を食って読みかけのラノベでも読んで英気を養っておこう。

 机に置いた教科書ノートを鞄にしまい、引き換えに弁当を取り出す。隣の席には女子が五人ほどで固まってひとつの机を使いランチタイム。そこの机の人だけ弁当を膝の上に置いているというのは如何なものだと思うのは俺だけだろうか。

 とはいえそんな状況なのはこの女子グループだけではない。クラスはざわついている。見れば、弁当を頬張りながらスマホゲームをしている者や、楽しそうに勉強という名の談話をしている者、食堂に出かけようとしている者共で、クラスはお昼時特有の騒々しさを演出していた。

 弁当を開き、白米を口に入れる。

 相変わらず上手いぜ母さん!

 いや白米なんだけど。

 ざわついていると言っても俺はその群れの中にはいない。集団は平均でいなければならない。波に乗らなければならない。異なる者は自然、無いものにされる。陸に打ち上げられる。そして俺も、いつしかそれを望んだ。

 結果がこれだ。

 まぁ、この状態が嫌いではないし、むしろ捻じ曲がった普通を唄うこの市の中で俺や逢坂さん、いわゆる異なる者が溶け込めるはずなんかないのだろうけど。

 白米だけでなく相変わらずおかずのクオリティも高い母の息子溺愛弁当を完食し、読みかけの本を取り出す。

 数行ほど読んだところで、後ろから背中を突かれた。

 そちらに首を向けると、先程膝の上に弁当を乗せていた女子が、怪訝そうに指を引っ込めた。


「あ、あの、呼んでるけど」


 その女子が言って指差した方を見ると、一般に男前と言われる少し凛々しいような顔立ちの男がドアから顔を出して教室中を眺め回している。と、その顔が止まった。

 そして手招きする。


「まぁ、もう無理だよな」


 机に置いてあった栞を元あったページに挟み直し、鞄に入れ何も持たずに教室を出る。

 出るまでに睨まれたような気がするが、まぁ仕方がない事だ。


「俺だって暇じゃないんだからさ…」


 そう言ってため息をついたこの男―玉置次郎は、校内でも割と有名で、その理由は様々であるが、主にそのルックスが理由なのだという。

 廃れた廊下を歩いていても、女子達がチラと前を行く玉置さんを見ていたのはもはや言うまでもない。

 旧校舎まで来ると、流石に人はおらず、三階階段横にあるSWH管理部がひっそりと面構えているだけだ。古いコンクリート製の建物は冷える。

 前の玉置さんのスピードが少し上がった気がした。

 そしていつもの廃れたドアの前。

 ドアの鍵は空いており、ガタガタと音を立てて、ほのかに香る薬品の匂いが俺の足を踏み出させる。

 そして玉置さんは、ドアの表札を『close』にひっくり返した。俺が入るのを確認してから、ゆっくりとドアを閉めた。

 そこでようやく彼は口を開いた。


「基木多、お前が倒れたあの日、俺は三種類の反応を感じたんだよ」


 ◆


 SWH患者には、『開眼』と呼ばれる能力を持った者がいる。近くにいる人間を例にとると、北上や太田先生、そして玉置さんがそうだ。

『開眼』の主な能力は、ものがスローに見えること。だが、側から見た速度も、実際の速度も、自分が動く速度も、何も変化は起きない。だがそれは、言ってしまえば未来予知に近しいものがあると言えるだろう。つまり、通常よりもワンテンポ早いタイミングで対処することが出来る。

 先日北上が猿に対して自身の能力を発動した時も、開眼を発動させていた。

 そして、主に受動的な能力を持つ者に『開眼』を兼ね備えているケースが多い。北上の『跳ね返す』能力、太田先生の『受け流す』能力、そして玉置さんが持つ『受け止める』能力。これらは全て相手がいなければ成立しない。よって俺の身近な人の中ではこの3人(実を言うと葉矢海も弱いものを持っているらしい)が開眼を備えているのである。

 ただ、例外がある。玉置次郎だ。

 用語を使えば、太田先生や北上の『開眼』を『通常開眼』と言うらしい。つまりものがスローに見える能力を、『通常開眼』と呼ぶわけだ。では、それでは無い、通常ではない『開眼』とはなにか。

 それは、主に異妖を察知することが出来る『特殊開眼』と呼ばれるものだ。玉置さん本人の話によると『特殊開眼』を持った人間は、玉置次郎ただひとりなのだそう。恐らく、この間パッと見えたあの玉置さんの黄緑色の瞳はそれだったのだろう。見た目にも少し違うものがある。『通常開眼』は澄んだ黄色の光なのに対し、『特殊開眼』は黄緑色が混じったような、少し濁った光を放つ。

 そして、その『特殊開眼』で察知した異常な3種類の反応の1つ目はあの異妖化した狼。

 ちなみに異妖化とは、ハヤタさんの話によると、SWHに何らかの形で感染した動物が、ストレスを溜め込みすぎてSWHの力を暴走させてしまったものを指すという。

 そして二つ目が、モガミ。

 拾ってきた当初から、なにか変な反応を察知していたのだそうで、今回はそれがより一層強いものとなっていたのだという。

 ただ、異妖化ではないらしい。

 最後の三つ目。

 一瞬だが頭に刺さるような異妖化の反応を察知し、途端に太田先生を呼んでコートまで降りてきたのだそうだ。


「んで、流零くんの後に遅れて降りてみれば基木多が倒れてたってわけだ」


 言って玉置さんは、後頭部に右手を添えた。


「ほんと、危ないんだから逃げろよな。そう簡単に死なれちゃ困る」

「わ、わかってますって…。でもあんな馬鹿みたいに速いのが来たら、避けられるわけないでしょ。なんなんです?あのバチバチっとしてたやつはぁ」


 俺の問いに、玉置さんは視線を合わせてくる。そのままじっと俺を見て優しく微笑んだ。


「まだ言えない」


 そこからまた視線を外し、玉置さんは時計を見た。そして、あっと小さく声を漏らした。

 俺もつられて時計を見ると、昼休みは後五分ほど。

 玉置さんは慌ただしく席を立つ。


「次移動教室か。あ、鍵は閉めてからSWH管理部に。あとモガミには迂闊に近づくなよ。それと…」


 ちゃんと自分で考えろ、と言い残してさっさと行ってしまった。

 てか、俺部長だから鍵返すとこぐらいわかってるんだけどね。

 鍵を手に取り、ドアを閉める。

 ガチャリとドアが音を立てたと同時に、取り繕っていた表情と思考が、一気に崩れ去った。

 腕時計を見れば、後3分。

 足が動かない。

 ハヤタさんがあの日言ったあの言葉は、事実。自分で考え続けなきゃいけない。

 でもそう簡単に足が動くわけないじゃないか。

 だって。


 その三つ目の反応が、俺から発せられたものだったんだから。


 ◆


 ずっと足が動かなかった。

 頭が動かなかった。

 数学の式さえ頭に入ってこなかった。

 終礼が終わり、クラスが昼休み以来の騒々しさを見せる。部活に行く者、さっさと帰ってしまう者も、皆が流れるように教室をあとにしていく。残るのは、ここで勉強をする者、もしくは談話をするものだけだ。

 そんな波に乗り、とりあえず外へ出た。無論、波に乗るしか足の動かしようがなかったのだが。

 部室のドアに手をかけると、思っていた手応えはなく、すんなりと開いた。見れば中では葉矢海が1人で受付に座り携帯をいじっている。

 ドアの音に気づいたなか、葉矢海はパッと顔を上げ、それから少し物足りないような顔をした。


「何ですか道大先輩ですか。こんにちは」

「おう、こんにちは…て、おい。露骨にガッカリするのやめてくれない?」

「わー、すっごい道大パイセンだっ!うっれすぃー!」

「いや、ごめんさっきの方がマシ…」

「そうですか」


 葉矢海がスマホに視線を落としたのを見て、俺も隣の準備室のドアノブに手をかける。この受付がある部屋と準備室は、受付の横にあるこれまた廃れたようなドアで内通しており、俺達対異妖生徒相談部は、この旧化学準備室を言わば楽屋のような形で使っている。異妖に関する書物や、俺達の荷物が置いてあるのが、この準備室なのだ。そして俺の目当てはその書物。近頃、異妖の知識をちょっとくらい持っておかなければと気づき、本を読み始めた。わーいわーい基木多賢い。

 相変わらずの錆びた音に顔を顰めていると、軽々しい金属音が受付でなった。

 視界の端で、その亜麻色の髪がさっと揺れた。


「ずっと聞きたかったんですけど…」

「ん?」


 俺もそちらを向く。だが、前髪から覗くその瞳は少し寂しそうに伏せられている。


「あの日はナイフがかすっただけで倒れるし、なにより3年前がどうとかって…なんか、その、わたしや兄貴だけは何も知らないじゃないっすか。だから……」

「…だから、何だよ」


 迂闊だ。聞いてしまった。聞きたくなくて、自分で終わらせようとしていて、なお深く刺さって抜けないものの正体を、聞いてしまった。

 だから、俺は黙る。


「道大先輩は…」


 再度そこまで葉矢海が言った時、チンと受付のベルが鳴った。

 そちらに視線をやると、背の高い、整った顔立ちの男がベルを机に置くところだった。

 男は一通りこの相談室を舐め回すように眺めると、腰に手を当て、低く唸った。やがて俺達の視線に気付くと、はっと照れたようにはにかんだ。


「次郎は、いないのかな?」


 玉置さん?この人は玉置さんの知り合いなのか。知り合いいたんだあの人。

 俺もつられ部室を眺めるが特に掃除用具入れから出ていそうな気配もしない。まだここには来ていないはずだ。


「えっと、玉置先輩の事っすよね?でしたら、まだ来てないっすよ」


 そう返事した葉矢海は、早速以来の内容確認や生徒情報の確認などをしている。

 ひと通りそれらを書き終えた長身の男は、葉矢海の誘導で俺が座る相談用の長机に用意された、俺の真向かいの椅子に着席した。

 それを見て葉矢海も俺の隣に座る。


「えー、3年2組の源薫(みなもと かおる)さん。部活には入ってないっすね。えっと依頼の内容は…ん?」


 葉矢海が差し出した紙に目を通そうとこちらに寄せる。

 それを見て思わず目を剥いた。


「えっと…これは…」


 俺の言いたいことを察したのか、爽やかな笑顔で、まるで当然のことを言うかのように彼は言った。


「異妖の捕獲及び引き渡しだよ。撃退でも、討伐でもない。ただ、捕まえてほしいんだ」



<次回予告>

「それは、機密事項さ」


かつて彼らに前例のない捕獲任務を持ち込んできた源薫。

その準備が始まるなか、北上、波野、基木多の三人は休日に遊びに行くことに。

基木多の2人に対する暗い感情は、いまだ消えていないというのに。


霜月編第3話「源薫」

それは、言葉の過信。


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