第12話『閉会式』
何も言えなかった。
別に友人に嫉妬していたわけじゃない。
ただ、なんだろう。
裏切られたような気がした。
すでにわかりきっていたことのはずだったのに。
波野が北上に好意を寄せていることを知ったのは、俺たちが2年に進級したころだった。一言でいうといいやつな波野だが、どうやら恋愛においてはそのいいやつが裏目に出るらしかった。なかなか一歩が踏み出せない波野は、ときどき俺に相談してくることもあった。
だから、応援していた。
応援していたはずなんだ。
あいつの恋が実ればいいな、と。
とはいえ別に、北上のことが好きなわけじゃない。
だからこれは波野に対する嫉妬でも、北上に対する嫉妬でもない。
俺はあいつの恋を応援していた。
そしてそれは、両想いという形で実ろうとしている。
いいことじゃないか。
あとは付き合うだけ。
達成度99%のハッピーエンドじゃないか。
なにも悪いことはない。
葉矢海だって、北上と話せばきっと納得する。
本当に、みんなが幸せじゃないか。
みんな?
ふざけるなよ。
贖罪じゃなかったのかよ。
俺にかかわることが、あいつの高校生活の全てみたいなものなんじゃかったのかよ。
俺と、俺の罪の正体を確かめるんじゃなかったのかよ。
…ふざけるなよ。
何様だ俺は。
全部俺が勝手に勘違いしてただけじゃないか。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
こんな小さなことで、勝手に舞い上がってイライラしてる俺は最高に気持ち悪い。
あ、そうか。
勘違いか。そうか。
俺は、あいつの恋が実るはずないって思ってたのか。
応援したふりをして、失敗を望んですらいたのか。
ああ、まったく。
気持ち悪い。
◆
六崎遥が、マイクスタンドに手をかけた。
「これにて、佐戸高校体育祭を終了します」
終わりは、そんな一言だった。
何かが起こったわけではなく、それでいて何かが起こった体育祭が、終わった。
グラウンドの端では、クラスの写真や友人・カップルでの思い出残しが行われている。
この後教室に戻ってホームルームがあるというのに。楽しそうで何よりだよバカヤロー共が。
教室では担任がまたもや写真撮影。もういいだろ早く帰らせてくれよ。
感謝の言葉だか何だかを告げた実行委員に拍手が送られ、そしてクラスメイト達は颯爽と教室を後にする。教室に残った数人がトランプや人狼を始めたのを見て、俺は教室を後にした。
歩いている感触なんてなく、気が付けば俺は旧校舎3階旧化学室のドアに手をかけていた。
もう、無意識で来るようになったんだな。
ドアを開ける。
「おお、なにしてたんだよ基木多。待ったぞ~」
あきれ顔で太田先生が言う。
「いや、なんでもないですよ」
そう言って先生から目を逸らして、はじめて俺は今の部室の状態を把握した。
六崎さんが、相談者席に座っていた。
その向かいには北上と仁戸ちゃん。そして教卓の太田先生のとなりには、パイプ椅子に座るハヤタさん。玉置さんは相変わらず窓際の端に座り、実験机をひとつ占領している。
俺の考えを察したか否か、北上が控えめに咳払いした。
「波野君なら、実行委員会の仕事でまだ来ていないわ」
ほんの少し心臓に痛みが走るのを感じながら俺はそれに答える。
「そうか。葉矢海は?」
「え、なんすか身長低いのバカにしてるんっすか?」
入り口に置かれえた長机、つまり受付の椅子に座っていた葉矢海がふくれっ面を見せた。
「波野には内緒で」
「な、なんでわたしが兄貴にチクるんですか!!」
「え、あ、ごめん」
「謝られると腹立つんっすよね…まあとりあえず座ってください」
俺は葉矢海の横の椅子を引いて腰を下ろす。
じっと俺を睨むように見ていた六崎さんは、深呼吸してもういちど俺を見る。
「改めてみなさん、今日はありがとうございました。おかげで何もなく無事終えることができました」
俺たち全員に目をやってから起立して深く頭を下げる。
部室のみんなの目が、ほんの少し凍り付いたような気がした。
だれも、口を開くことができない。
何もなく無事に、などと言われては。
六崎さんが頭をあげ、ようやく俺たちの不自然さに気がついた。愛想笑いを浮かべ明らかに困惑している。
そんな気まずい沈黙がひとことで破られる。
「君は、優しい生徒会長だね」
ハヤタさんのその言葉に、六崎さんが目を丸くした。
「…へ?」
少し汚れた真っ黒なスーツの襟を直し、真剣な表情で彼女の瞳を見つめる。
「君は、突然この部に大きな相談を持ち掛けたことに引け目を感じていたのではないかい?ま、脅しだからね。だけど、きっとその選択はまちがっていない。名前もあまり知られていないこの部活に依頼をして、行事を終えた。そうしてここに礼を言いに来ている。君は、優しい心の持ち主だ。いいリーダーになると信じている」
そしていつものように後ろ首を欠きながら笑う。
「原異形内外問わず色んなリーダーを見てきた僕が言うんだから間違いないよ」
六崎さんのツインテールが、揺れた。
その頬に、雫が伝う。
俺は、本当にこれでよかったのか。
嘘をついて、ごまかして、虚構の成果を彼女に与えた。
もう、わかんねぇや。
六崎さんがすすり泣くその声に、俺は意味もなくスマホを開いた。
◆
正直にいうと、俺はやさしさでこんなことしたわけじゃない。
ただ、彼女にとっての最善が、この体育祭の成功だと思った。
そしてそれを、俺は完成させた。
俺が、完成させた。
なら、いいじゃないか。
多少なり自分をほめてもいいじゃないか。
だから俺は、誰もいない食堂で白の缶コーヒーを一気に飲み干した。
◆
「先輩、どうかしたんですか?」
少年が俺の耳元で囁く。
「目を離すと君たちはいつもこうだ。なにかに押しつぶされて、最後には自分でそのつっかえを外してつぶされる」
少年が俺の耳元で囁く。
「別に時間がないわけじゃない。ただ、君にはもっと見るべきものがあるんだ。これは僕だけの問題じゃない。君は、君が思っているよりもずっと誰かに必要とされているんだよ」
少年が、俺の耳元で囁く。
「だから、顔をあげてくれ、基木多道大君」
少年―坂西が、俺の耳元で囁く。
「今の僕にできるのは、鼓舞することぐらいですから」
茶髪の少年坂西が、俺に微笑みかけた。
缶コーヒーを片手に食堂の机に突っ伏していると、時間があっという間に過ぎていた。時刻は午後7時。学校がそろそろ閉まる。
「おつかれさまです、先輩」
顔を上げるとそこには、白い歯をのぞかせる茶髪の少年がいた。
「お前なぁ、さっき俺になんかいってたよな」
「え、囁きASMRは嫌いですか?」
「いや別に嫌いじゃないし、というより好きだけどさ」
「じゃあいいじゃないですか」
そう言って坂西は渇いた笑みを浮かべる。
「とはいえ、すごい活躍でしたねぇ」
「は?俺が?」
「ええそうです。先輩の活躍は、きっと今後の彼女に影響を及ぼすでしょうね」
「だろうな。いつかほんとのことを知って、そんで俺たちにたのんだことを、悔やむんだ」
「そうですね。きっと、怒るでしょうね」
「否定しろよ…」
こういうところ坂西は変にド直球を投げ込んでくるのだから困る。下級生が本来苦手なのはこういうやつがいるからだ。坂西はなんだかそれでも節度をわきまえてる感じがあって、俺に突っかかってくる後輩という程度で済んでいる。だからこうして、普通に話せる。
でも、ときどき、仁戸ちゃんの復讐心を見せるときのような、大人びた闇を感じるときがある。
「でも」
そう、今のように。
「彼女に悲しみはありません。怒っても、悲しいわけじゃない。いかんともしがたいですよね。悲しむ先輩?」
そして決まってこいつは笑う。それも、とても渇いた寒い笑み。目が笑っていても、俺にはそう見える。楽しんでいるのだ。悲しみの有無による彼ら彼女らの感情の動きを。そして悲しまないことそのものに対しても。
化け物。
その言葉が一番似合う笑みを、こいつは浮かべるのだ。
<次回予告>
「私は、そんなことの為にやっているわけじゃないです!!!!」
少女は叫ぶ。
閉会式の後には、かならず片づけがある。
体育祭は閉幕し、非日常のすべてはいつかまた。
ただ、青くて痛い記憶と事実だけを残して。
次回、体育祭編最終話「あと片づけ」
それは、まぎれもない彼女の言葉。




