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第10話『午前の部』

 

 体育祭と聞いて、何を想像するだろうか。


 パン食い競争?

 騎馬戦?

 棒倒し?


 ところがどっこい、我が佐戸高校の体育祭競技にはそんなものは存在しない。

 朝から走り、走り、大繩飛んで、走って、飛んで、走って、棒引きして、3人4脚で走って、そして走る。円広志より飛んでるし、サンプラザ中野くんより走る。少なくとも俺は何一つ楽しくない。

 騎馬戦や棒倒しなんてものがあれば、少しは見栄えするのだろうが、とにかく走る。みな走る。

 だからこうして、グラウンドが全く見えない南校舎裏の配置についたところで、俺としては何の損もないのだ。むしろ、のんびり影に入れて心地いい。


「暇っすね」


 そんな安らぎの時間も、葉矢海には退屈らしい。


「まぁ暇ではあるな」

「なんすかその微妙に反発匂わせてくる感じ。くさいっすよ」

「いや臭くはないだろうよ」

「え、臭いっすよ。中二臭いです。あ、それイタイっていうんでしたっけ」


 え、なんか今日の葉矢海なんかあたり強くない?


「あの、葉矢海さん」

「なんすか?」


 兄と同じ亜麻色の髪のおさげをいじりながら、横目で俺を見る。

 その瞬間、俺はすべてを察した。

 この波野葉矢海が自分のおさげをいじるとき、それはつまり、兄のことが心配であることの証。そう、波野が言っていた。


「安心しろ、波野は北上と組んでるからまぁ大丈夫だよ」


 おさげをいじっていた手がぴたりと止まる。

 ギギギと首がこちらを向き、そして真っ赤に染まった頬を隠すことなくまっすぐ俺を見た。


「道大先輩は、どうなんです?」

「は?」

「ゆうかのこと、心配じゃないんですか?」

「え?え、え?仁戸ちゃん?」

「はい、その仁戸ちゃんのことっすけど」


 仁戸ちゃんか、今何してんだろう。


「い、いや、心配だよ」


 心配だ。でも、別に他意はない。後輩が少し危険のある仕事をしているのだから仕方ない。仕方がないから心配しているのだ。それに、そもそも俺は仁戸ちゃんの容疑者。そうゆう感情を抱くのは、よくない。きっとよくない。

 なのになんで俺はこんなにも焦ってんだろう。

 バカ野郎だ。


「その、先輩として、ね?」

「はい?知ってますけど。別にそれ以上のこと言ってないっすけど」

「なっ…!」


 眠たげないつもの葉矢海とは違い、上がった口角を隠せないような意地悪な笑みを浮かべている。

 え、なにそのキャラ!私聞いてない!

 こいつ、もしや…怒ってる?


「あの、葉矢海さん?」

「いえ、別に道大先輩が兄貴のことでいじってきたから怒ったとかそんなことじゃないっすから。決して、ええ」


 そんな感情のないジト目で言われても困るんです。

 困るけど、ひとつ改めてわかった。

 こいつなんやかんや波野のことちゃんと考えてるんだな。


「でも…」


 俺から顔を背けて、僅かに唇を尖らせる。


「北上先輩だからこそ、心配。あの人きっと兄貴のことわかってないふりしてるから」


 そうか。

 そりゃまぁ、なんとなくわかるか。

 自分の兄貴の好きな人ぐらい、こいつらなら。


 ◆


 時刻は11時を迎え、俺と葉矢海は弱い異妖を5体ほど討伐・撃退し終え、葉矢海が競技のため席を外した。よって今は俺一人。グラウンドから聞こえる歓声に耳を寄せ、後者にもたれてのんびり時間が過ぎるのを待つ。そんな休憩時間も長くは続かないようだ。ゆっくりとした足音と金属音がこちらに近づいてくる。


「お、基木多君もさぼりかい?」

「休憩です。ここ僕の担当ですし」


 そうか、と空返事を返してハヤタさんは俺に横に立つ。黒のスーツは少し砂で汚れている。こちらより強い異妖と対峙していたのだろう。インカムにその手の情報があったことを思い出す。


「原異形の偉いさんがサボっていいんですか?」


 ハヤタさんは苦笑いを浮かべた。


「いやあ、流零くんを怒らせちゃったみたいなんだよね。だから避難してきた」

「なにしたんですか…よっぽどのことしないとあの人怒らないですよ?」

「おっと、それは勘違いだ。彼の沸点は結構低いよ?基木多君たちはそれにすら達していないってだけでね」


 そう言って、ニヤリと俺に笑いかける。

 会って数日しか経ってないし、こうしてしっかり話すのは今日が初めてだが、俺はこの男がどうにも信用できない。話し方もそうだが、さっきのような笑みだ。冷徹な表情をするときもあれば、こうして気さくな大人の顔をする。かと思えば、悪寒が走るような笑みで俺を見る。

 なにを考えているのかがわからない。


「それで、君のなかで答えの途中経過ぐらいは出せそうかい?」

「え?」


 ハヤタさんは、俺のほうへ体を向ける。その目は、昨日の玉置さんのようで、かつもっと冷たいもの。口元だけが、ずっと笑っている。


「言ったろ?自分が何者か考えなくちゃならないよって。せかしてるわけじゃないんだ。ただ僕は、君の解答次第では良いように動くことだってできるってことを、知っておいてほしい」


 良いように、動く?

 俺が何者なのか。どうやってその答えを見つけて、実証するのか。この男は、それを知りたがっている。この男なら間違いなくその答えをくれるだろう。でもこの男自身がそれを許してくれない。

 あくまでお前が考えろと、そう言っている。

 でも、俺は…


「俺は」


 その言葉が遮られる。インカムがノイズを鳴らす。


「緊急連絡です!!裏庭に小型大量出現!ただちに向かってください!!」


 原異形の人の声。

 裏庭…ここの近くだ。


「行きましょうハヤタさん」

「そうだね。また話は今度にしようか」


 できればもう二度とごめんだ、なんて思いながら俺は愛想笑いを返した。


 ◆


 裏庭には、すでに波野が到着し、原異形職員が戦闘を開始していた。


「波野、状況は?」

「ああ、見てのとおり、大型1体と小型だ。防護壁の損傷箇所からどんどん来てる。生徒会長にも報告したほうがいいんじゃないのか?」

「そう…いや、言わない」


 生徒会長は運営側のインカムしかしていない。

 各種報告は俺の仕事だ。

 波野はじっと俺を見て、ため息をつく。


「はあ、わかったわかった。なら、とりあえずハヤタさんに聞くしかねぇ」


 俺の後から歩いてきたハヤタさんは、俺たちを見ると遅刻をごまかすように駆け寄ってきた。


「悪い悪い。基木多君が速くてさ」

「ハヤタさんが歩いてるからですよね…」

「それで、僕らはそうすれば」


 ハヤタさんは現場を一瞥する。そして俺の背後に視線を送る。


「君たちは見ていてくれればいい。決してここを動くな」


 そう言った刹那、大型異妖の頭部に黄緑の稲妻を帯びたナイフが轟音を上げて突き刺さる。

 異妖は光の粒となって霧散した。


「ありがとうございます。あとは私が引き受けます。原異形の皆様は防護壁の修復に入ってください!」


 その声の主は、ベルトから短いナイフを引き抜く。

 それらを左手の指に挟み、右手で左手首のブレスレットに触れる。


「頼むぜソウジロウ。今回はちょっと長いが許してくれ」


 するとブレスレットから黄緑色の稲妻が発せられる。それがナイフを包み込んでいく。

 ほんの少し手首がひねられた。


「ぐぎゃああああああああああ」


 目が追い付かなかった。

 彼が手首をひねった瞬間、持っていたナイフは瞬間移動でもしたかと思うほどの速さで2体目の大型と小型に1本ずつ刺さっていたのだ。

 このあいだと同じ能力…太田先生、あんた受け流す能力じゃなったのかよ。いったいそれはなんだ。

 ベルトからさらに3本のナイフと取り出した太田先生は、血相を変えて俺たちに叫ぶ。


「お前らは引け、元の持ち場で続けて監視だ。報告は基木多に任せる」

「「はいっ!」」


 活きのいい返事をして、駆け出す瞬間ちらりとハヤタさんの顔が見えた。


「君のおかげで体育祭は成功するね」


 ひどくゆがんだ微笑みが見えた気がした。


<次回予告>

「大きなお世話って言うんですよ?」


異妖騒ぎを生徒会側に報告しない基木多の決断。

仁戸優夏の復讐者としての眼光。

北上鷹乃の涙。

この体育祭は、晴天の下の嵐。


次回、体育祭編第6話「昼休憩と午後の部」

それは、彼をむしばむ。


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