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第9話『醜悪な感謝』

 

 珍しい組み合わせとは、多分俺と葉矢海が2人でいる状態なんかを指すのだろうが、なら今の俺たちはどんな組み合わせと言うのだろう。

 俺は今、自転車を押す六崎生徒会長と帰路についている。

 近くに立つと改めて生徒会長は小柄なのだと気付かされる。身長も、葉矢海と同じぐらいかもしれない。たしか前に153cmって言ってたなあいつ。そのためか、自転車が少し大きく見えて、なんだか不思議な感じがする。

 同学年、なんだよな。


「こうして話すのは初めてですね、基木多君」


 心做しか六崎生徒会長はたどたどしい。


「そう、ですね」


 チリチリチリと車輪の回る音が沈黙を埋める。

 そんな、初対面の男女らしい会話をいくつか重ねた俺たちは、駅のそばにある公園に立ち寄った。六崎生徒会長が食堂で声をかけたのは、話があるからなのだそう。だからこそ、俺の提案でこの公園に立ち寄った。ここは、学校の最寄りの駅の近くなのに生徒がなかなか来ないという穴場スポットなのだ。伊達になんちゃってぼっちをやっている訳では無い。


「玉置先輩は、いつも先ほどのような感じですか?」

「そうですね。異妖嫌いのせいで、この手の依頼には参加しないんですよ。俺部長ですし、ちょっとかみ合わないことが多いんです」

「そうでしたか…」


 きまずそうに目を伏せる。そうしてまた、沈黙が流れようとしていた。


「それで、話って?」

「えぇ、その、対異部の皆さんに、迷惑がられていないかと思いまして……」

「あぁ、それで俺に」


 六崎生徒会長は首を縦に振った。


「玉置先輩に何も考えず接してしまったのそうですし、半ば強引にこの依頼を引き受けていただきましたから」


 小さな指が、絡まっては解かれ絡まっては解かれしている。


 そんなこと、ないんじゃない?


 と、言えばいいのだろうか。

 だが、本心で言うとそれは全くの嘘だ。せっかくのんびり1日過ごすことができると思っていた体育祭なのに、それを労働に全振りさせられる羽目になるとは思いもしなかった。

 でも、別にこの依頼が嫌ってわけじゃない。

 だから、ほんのちょっとずらして。


「俺たちは、依頼を受けるのが好きだからあの部をやってるわけじゃないんだよ」


 頭を使える六崎さんだからこその返答をする。わざわざ俺だけにこの話をしてきたのだから、あまり他人に聞かれたくないのだろう。だから俺も、同じぐらいの話で答える。

 六崎さんは神妙な顔つきでこちらを見つめていた。


「みんなそれぞれに、たぶん目的みたいなのがある。それを実現するための手段として、この部の活動に参加しているだけ。ボランティア精神があるわけじゃない」

「そう、ですか」

「だから、迷惑だとかそんなことはそもそも関係ない」


 六崎さんの口を塞ぐかのごとくまくし立てると、彼女は明らかな不快感を示した。

 眉をひそめ、毛先をいじっている。


「そうじゃ、ないんです」

「え?」


 ベンチに座っていた彼女が、勢いよく立ち上がった。


「そういうことじゃ、なくて」


 その顔は伏せられたままで、表情が分からない。だから俺は、余計に動揺してしまう。


「え、いや、でも」

「私は、実際にどう感じたかを聞いてるんです!勝手に話、広げないでくれませんか?」


 そしてようやく、六崎さんは顔を上げた。俺を睨み、口元がひくついている。ほんの一瞬だけ目が合った。この間の逢坂さんの時のような、いやあの時よりもずっと暗い、失望に染まった瞳が揺れていた。


 俺は、なにをした?


 六崎さんはベンチに置いていた鞄を、自転車の前カゴに入れる。だが綺麗にカゴには収まらず、その口が薄く開かれる。


「そ、その、す、すいません……明日、頑張りましょう。配置表は教室まで渡しに行きますので」


 決して俺に目を向けることはなく、それだけ言ってスカートを翻した。

 細かく刻まれる足音が、電車にかき消されていく。

 そんな轟音さえ、まるで勉強の時に聞くのBGMのように、俺とは関係の無いものとしてしか頭に入ってこない。


 ◆


 その夜、明日の用意をしていた俺をスマホの着信音が呼んだ。わざわざこんな時間に誰が電話をするものかと画面を見ると、表示されていたのは『北上鷹乃』だった。


「電話なんて珍しいな」

『えぇそうね。少し話しておきたいことがあったから』


 学校で聞く声よりも少し沈んでいる。

 あの、事件の話だろうか。


『私、今日逢坂さんと話したわ』

「逢坂さんと?」

『えぇ』


 思い出すのは、昨日の北上の表情。

 わからない人ね、とこいつは言った。それは怒りとも取れるし、呆れとも取れる。でもそれに悲しみは含まれない。だからこそ、俺にはわからない。

 北上のことが、わからない。


『あなたの事を話してきたの』

「俺の、こと?」

『えぇ、あなた、あと一歩で身を引くんだもの』

「……うっせぇ」


 くすりと笑う声がした。

 こういう返事の返し方は、上手くなったかもしれない。

 悲しいものだ。


「それで、逢坂さんは何か言ってたか?」

『付き合ってるのかと聞かれたわ』

「はは、なんだよそれ」

『ほんとよ』


 それからしばらく、俺たちはくだらない会話をして、笑って、そして沈黙が到来した。

 北上の少し眠たそうな声が終わりを告げる予感がした。


「なぁ北上」

『どうしたの?』

「聞いてくれるか?」

『あなた、今夜私を寝かさないつもりね』


 語弊があるのでそういう言い方はやめていただきたい。

 俺はベッドの上で仰向けになる。


『なんてね。大丈夫、ずっと起きておくわよ。あなたが抱えているものは、私も抱えるから』


 それはもう、いつもの北上鷹乃だった。


「今日、六崎生徒会長と話をしたんだけど……」


 こうして俺はまた、彼女の贖罪を言い訳にして彼女を頼った。

 ただただ俺は北上に吐き続け、北上はそれに相槌をうつ。時には意見を言ってくれる。これが八つ当たりにも近いおぞましいものなのはわかっているが、俺にも北上にも、それは確かに必要な事なのだ。

 それでも俺は、こいつに頼りすぎている。自覚はある。

 でも、だから離れなきゃならないと彼女に言ったなら、必ずこう言って目を伏せるだろう。


 これは私の贖罪だから。


 ふと目を開けると、窓の外は明るくなっていた。

 いつの間に寝てしまったのだろう。時間の確認のためスマホの画面を見ると、通話が繋ぎっぱなしになっていた。

 どうやら、俺が寝落ちしてしまったらしい。

 背中の下敷きになっていたイヤホンを耳に入れるが、声は聞こえてこない。

 きっと北上も眠ってしまったのだろう。


「ありがとうな」


 それだけ言った通話を切った。


<次回予告>

「君のおかげで体育祭は成功するね」


体育祭当日。

配置について任務にあたる基木多たち。

体育祭から離れた、非日常と日常のはざまで過ごす時間が流れる。

そしてインカムに、緊急事態の声が響く。


体育祭編第5話「午前の部」

それは、誰にとっての成功か。


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