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悲しまない街

 

  悲しみという感情が無くなったら。一体どうなってしまうのか。

  ある男が答えた。世界は平和になる、と。

  始まったのは、十年前。

  ある市で、製薬会社ウエスタンヒルによって作られた予防接種用ワクチンに、異物が混入していたことが発覚した。しかし、もう遅かった。

  SWHウイルスは、市民の約八十パーセントに脳機能障害をもたらした。

  脳機能障害とは、負の感情が薄れたこと。

『悲しい』という感情が薄くなってしまったのだ。ウエスタンヒル社長坂西智幸はこれについて「これは薬であり、感情が薄れたのはこの薬が作用した結果だ」と言った。

  しかし、SWHウイルスの効果はこれだけではなかった。SWH感染者には、それぞれの異能力が宿った。

  人々はそれに驚愕し、歓喜し、憤怒し、嫉妬を燃やした。

  そして、もう一つ作用があった。

  異なる者共の妖言『異妖』と呼ばれるものだ。異妖は、SWH感染者にしか見えない、彼らの悲しみなどの負の感情を視覚化したものだと言われる。異妖は能力を奪い、人に強い悲しみを与え、精神疾患を患わせたり、場合によってはその悲しみのストレスで被害者が死んでしまうこともあった。そんな異妖に対処すべく、一件の責任を負い、管理していたウエスタンヒルは、異妖及び原因不明異能力形成調査本部(原異形)を設立。原異形は、各中学・高等学校に、対異妖活動及び研究部(対異研)を設け、資料を集めた。

  悲しまなくなったことが効果ならば、異妖は副作用なのかもしれない。

  そして事件は、感情抜粋剤混入の約2年後に起こった。

  異妖の撃退任務中に、少年が異妖と化した。異妖化した少年は暴走し、部員や原異形の隊員数名が被害を被った。

  物損を起こすようになった彼への対処として、担当の原異形役員、同部特殊機動少隊、少年が所属していた高校の対異研が特殊対策チームを結成。そのチームにより異妖化した少年は討伐された。その事件以降、物損を引き起こす様な異妖や、事件以降人は異妖化せず、動物の異妖化の数が随分と減った。

 

 ◆


 少年はキャッチボールをしていた。

 投げたボールが相手の頭上を通過していく。

 何やら言い合う姿をみて、僕は四本の足を動かす。

 そう、これから僕と彼の願いの実現が始まる。



次回「神無月」

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