9話 雷竜・雲竜
「サキ!左!」
「クッ!しつこい!」
「私ももうっ、腕が限界、に」
この草原、魔窟と言っていいほど魔物が存在している。
俺達は草原を歩いて一時間、そんな短い時間でガンロプスの猛攻を受けている。
この魔物は細長く伸びた首の先に一つの大きな眼と口しかない頭が付いているようは化け物で、体表は石のように硬い為この名前が付いたようだ。
「もう少し!アイは守りに専念してくれれ」
「サキ一人じゃ」
「刻め!シュヴェーラ!」
俺は剣の全てに武器エンチャント[炎]魔法を纏って舞わせ、まとわりついているガンロプスを斬り伏せる。
「まだキメラが」
「チッ!持つか!?」
ガンロプスの他にもキメラが、俺はソイツ目掛けて2本の剣を飛ばすが交わされてしまう。
「アイツ!」
交わした勢いで牙を見せながら俺に突進をしてくる。
魔力を無くした剣の切れ味は普通に戻るが正面の敵一体なら余裕で受けられる。
一本のクレイモアを手に呼び戻して キ メラの頭部から胴体にかけて切り裂いた。
「もういないよな…」
「多分…」
ようやく魔物共を片付けた俺達は息を切らせ座り込む。
「こんな青々とした草原にあんな化け物が勢揃いとは」
「ロプスタイプは兼並み見た目悪いよね」
「アイツ等、キメラは餌じゃねーのかよな」
「あれじゃどっちも食べたくないでしょ」
「確かにな。これ以上の群れに遭遇したらマズイな」
「ノワかジル喚ぶ?」
「いや、スタミナがない。いざと言うとき対応出来なくなる」
このまま寝れるだろうというとこまで体力も魔力も消耗していた為、ここでしばらく休むことにしようと提案。
程なくして魔力はともかく体力は戻ってきたので先へ進もう。
「そろそろ行くか」
「行きますかぁ」
歩き始めてそんなに時間が経たないうちにまたガンロプスが襲ってくる。数が少なく対処も何とか出来るが、襲われる回数が多く、たまにキメラやバジリスクが混じっている。
「キリがねぇ」
「明日筋肉痛だこれは」
ガンロプス三体とバジリスクの襲撃を最後に一段落出来た。
魔力は魔力吸収剤で回復出来るがスタミナはそうはいかないのでまたしばらく休むことにしたのだが、遠くで山が動いている気がしたが気のせいだと思いながら空を眺めてた。
「ねぇ、あれってサイクロプスよね?なんで暴れてんの?」
「ん?なんかいるんだろ」
アイが気付いてしまった…流石に気付くかと思いつつ、遠くで暴れている二体のドデカいサイクロプスに目をやる。気のせいにしたかったんだが。
「見て!人がいる!」
アイが何か居ることを発見し、俺もよく目を凝らして見てみるとヤツの周囲を跳ね回る人らしき姿が確認できる。
「あれマズイだろ!行くしかないな」
「ほら!早く立って!」
俺達は慌てて駆け寄っていく。
「試してみるか」
「なにを?」
「この前教わった転移魔法さ。コツさえ掴めれば出来るって話だ」
「魔力は足りるの?」
「俺の魔力なら2回くらいは。転移魔法は燃費が悪いからな」
近付くとハッキリと人が交戦状態なのが分かった。
その人は身軽な動きでサイクロプスの周りを跳ね、攻撃を避けに振りの短剣を振りかざす。
「やるぞ!先に行く」
俺は転移魔法を試み、集中し行きたい所を直視して唱える。
「アゲート」
成功だ、俺はサイクロプスの眼の前に飛ぶことが出来た。
突如現れた俺に驚き身を引くサイクロプスに目掛け、喚び出したクレイモアでその眼を突き刺す。
倒れる一つ眼に身を委ね、突き刺したまま一緒に地面を目指す。
大きな音が地を這うと、無力化された一体にもう一体が眼に光を溜めて光線を射ってきた。
「あぶねぇな!仲間が焼け焦げたぞ!」
アゲートでその光線をかわしたが、これでもう転移出来る魔力は残ってないのでもう一体はアイに任そうとしたのだが。
「眼を狙うのね」
フードを被った女?先に戦っていた一人がそう言うとサイクロプスの身体を使い、顔の目前まで飛んでいく。
「とんでもない飛脚力だ」
「あれって人なの?」
「人だろ」
その手に持つ短刀に光りが生じ、それを眼に刺し込んだ。
そのまま崩れ行く巨人、どうやら終わったようだ。
「ありがとう。助かったわ」
その人はフードを取ると、長い耳が生えた女性であった。
「エルフとは珍しい」
「ほんとだ!何年か振りに見たよ」
「フフ、私達エルフは人里に行くことが稀だからね」
淡い青のコートを羽織った女性は耳の尖ったエルフ種、亜人と呼ばれる種にはエルフ、ドワーフ、獣人がいるのだが彼等にとっては人間も亜人である。
そしてエルフは人の街に滅多に来ない。たまに見掛けるが王都や栄えた大きな街でしか見たことがない。
人嫌いって訳じゃなく行く必要がないらしく、街で見掛けるのは冒険や興味を抱いて行く好奇心旺盛なエルフだそうだ。
Sランクにも一人いるが話す議会なんて滅多にないから色々と聞きたいことがある。
彼女の名前はハイレーン、俺達が向かう街[クレバス]の北西に位置する森に住んでいるのだという、どちらかと言うと山寄りだそうだ。
「村長の話だと人でも魔物でもない魔力がここ何年かで増大していると。最近その気配が少しばかり減少したので私達が調査に出たの」
「私達?他にもいるのか」
「里の精鋭よ。各方面に一人ずつね」
「ハイレーンは一人でこんな草原を歩いてたの?」
「と言っても私達は皆テイマーなので、獣魔を連れてるの 」
テイマーとは、召喚士とは違って常に従魔と共に行動し、戦闘においては主に従魔に指示を出し戦わせるが、人によっては共に戦う。ライダーがその例だ。
「その従魔はどうしたんだ?」
「あそこ」
ハイレーンが指差す方向に、こちらを睨み付けるように遠くの物陰から頭を半分だしている真っ白い虎がいる。
「あの子、凄い怖がりで魔物が近付いてくると逃げちゃうの」
「えぇ…それはどうなの?」
「森ではそんなことなかったのに」
「そうなんだ…」
ハイレーンは真っ白い虎を宥めるように呼び、虎もそれに応えゆっくりのそのそと歩いてくる。
虎の風格が一切感じられない。
「その魔力や気配のことなんだが悪魔なのか?」
「ええ、多分」
「それなら此処から更に西と南側に上級悪魔が居た。一体は倒せたが、一体には逃げられたんだよ。それとなく関係してるんじゃないか?」
「多分…ごめん、あんまり詳しくなくて」
「いいさ、それよりこの辺にもその気配はあるのか?」
「この草原や山からは感じないって言ってた。一番近いのは渓谷」
「そっちにも誰か向かってるの?」
「人間と関わりがあった者が渓谷に向かったわ」
やはり白竜の言うことは間違いないみたいで無駄足にならなくて良かったが、もしかしたら先に倒されてある意味無駄足になるかもしれない。
「俺達はその渓谷に向かってんだ。そこに悪魔がいると聞いたんでな」
「だからこんな草原にいたんだ」
「ああ。そこで相談なんだが、ハイレーンも一緒に行かないか?」
「私も?」
「悪魔とやり合うなら仲間は多いほうがいいしもう一人のエルフと仲を取り持ってくれると嬉しいんだけど。なぁアイ」
「うん、私も話し相手が欲しいなぁ」
「じゃあ、私で良ければ」
「よし決まりだな。宜しくな!えーっとあの子は…」
「ミィ」
「宜しくなミィ」
「ニャゥ」
!?…鳴き声が完全に猫じゃん…アイが笑いを必死に堪えている。
「ミィちゃん宜しくね」
「ニャァ」
アイが吹き出すと、ハイレーンが不思議そうに見ているがこの辺の虎はニャアと鳴くのかもしれない。
少しの間休むことが出来た俺達三人と一匹は、目的地である渓谷を目指す。
どうやら魔物の群れは山側に固まっていたのか襲われる回数が格段に減り、一人増えたことで戦闘もかなり楽になったが、やはりミィちゃんこと白虎は近くにいない。
「なんか雲行き怪しいよ」
「先にテント張るか?」
先程まで快晴だったのに、一気に真っ黒な雲が広がってくる。
「これ」
「どうしたのハイレーン」
「雷神様と風神様じゃない?」
「え?神様なの?」
「見たことないけど、話には聞いてた」
「ヘソ取られるぞ」
「!?」
ハイレーンが物凄い顔で睨んでくる。
「いや、冗談だから」
「子供の頃、イタズラしてると雷神様と風神様が拐いに来るって言われてた」
「へぇ、エルフの里じゃそんな言い伝えがあるんだ」
俺達は手頃な物陰を探すが人の背丈もない岩ばかりで良さげな所が見つからず、そうこうしてる間に雷が鳴ってきた。
「ちょっとー!近付いてきてるよ!早く休めるとこ探そうよ」
「こんな平原で雷はヤバいな」
「雨が降ってないだけマシ」
「ハイレーン、アナタなんでそんな悠長なの?」
「ミィがテンション上がってるの」
「ほんとだ。雷魔法使うから平気なんだろうね」
「雷がどんどん近付いてくるな。ってか速すぎる」
雷の音と光りが共に凄まじい速度で近付いてくる。
「ほんとに雷神様ってやつか?」
「なにバカな事言ってるのよ!そこ!おへそ隠さない!」
ついに俺達の頭上で雷が鳴り始めると、黒い雷雲から二体の竜が姿を現し語りかけてきた。
『探したぞ』『ようやく見つけたなイカヅチの』
「雷竜!」
「それとクラウドドラゴンも」
「あれが雷神様と風神様?」
『儂等を神扱いか耳長よ。悪くないのコクウンの』『その前に儂をついで扱いしたな。人間の女よ』
「めめ滅相もございません!」
『まぁ良いではないかコクウンの』『ふん、まぁ良い。してなんで探してたんだったかのイカヅチの』『覚えておらんのコクウンの』
…見た目も中身もお爺ちゃんな竜二体が腕を組み、頭を傾げて悩んでいる。
思い出せないのか悩んだポーズで動かない二体の竜。ごちゃごちゃ念話は来るけど。
「あのぉ」
『待て。もう少しで何かが』
『思い出したぞイカヅチの』『なんだと?』
『そこの人間よ。お主、銀竜と共におるな?』
「召喚契約を行っている」
『おおそうであったそうであった』『イカヅチのうるさいぞ。儂等はお主に手を貸すよう言われて来たのだ』
『白竜にじゃな』『お主達は悪魔とやりおっとるそうだな』
「ああ。だが害をなす竜も討伐している」
『わかっておる』『あやつの導きでこの先の渓谷に行くのだな?』『彼処におるものはちいとばかし手強い』『よって、我等の力を使うが良い』『儂等の力があれば苦にはならんだろ』
目の前に掌大の黄色に黒の線が美しい珠が現れる。
「これは?」
『はいからじゃろ』『それで儂等を喚ぶとよい』『1度切りだからな』
「感謝するぞ雷竜、雲竜」
『ふん、礼なら白竜に言うてやれ』『では去らばだ』『必ず喚ぶのだぞ』
二体の竜が雲の中に消え、空を被っていた雲も消えていった。
「味方だったのね」
「そうらしいな」
「それで喚べるの?」
「なにそれ?雷神様の珠?」
「投げつけんのかこれ?」
「知らないわよ」
「使い方聞いとけばよかったな」
ただ珠を渡されただけで説明など一切言わずに去ってしまった…その時になれば分かるのかも知れない。
これは召喚術の1種なのだろうがこんな方法聞いたことがなく、少し不安だが本人達から直接渡されたのだから心配はないだろう。
「白竜と知り合いなの?」
「あそこの山に居たんだよ。サキが契約してるシルバードラゴンの事心配してたんだって」
「やっぱり竜と契約してるんだ」
「ちなみに私もブラックドラゴンと契約してるんだよ」
「うそ!?スゴい!」
「アイはおこぼれを貰ったようなもんだぞ」
「ちょっと!その言い方酷くない?」
「冗談だって、怒るなよぉ」
穏やかになった空は太陽が傾き真っ赤な色へと変わり、辺りは段々と暗くなっていく。
街まではまだ歩く。その間に悪魔がどう動くか、またハイレーンの仲間の動向も気になる。
雷竜達の話だとその悪魔はすでに力をつけ終わっているような感じで、いつ街が襲われてもおかしくないと思われる。
間に合えばいいがこればかりは運に任せるしかなく、此処からジルコートに乗って飛んでいけばいいが着いてすぐ戦闘だとスタミナの問題もあるので実行出来ない。
「なぁハイレーン」
「ん?」
「ハイレーンはクレバスの街の大きさってわかるか?」
「それなりにデカいって聞いたけど」
「行ったことはないんだよな?」
「私はないよ」
「渓谷は?」
「遠目で見ただけなら」
「よし!」
見ているのなら計画が立てやすい。
俺達は一晩を明かす間にあーでもないこーでもないと言い合いながら作戦を練っていく。
(作戦っていつも突っ込んで行くだけじゃん…)アイは心の中で囁く。
[サイクロプス]
一つ眼の巨人。
ロプスタイプの中で力だけなら最強種に位置する。灰色の皮で被われ、顔には巨大な眼が一つあるだけで口も鼻もない。
鈍感らしく部位を切り落としても何ら変わらず攻めてくる。
[白虎]
タイガータイプ。人語は話せないが理解出来る知能を有する。
雷魔法に優れ、それを活かした多彩な攻撃を仕掛け高い素早さも合間って強力な一撃をかましてくる。
[雷竜・雲竜]
サンダードラゴン、クラウドドラゴン。上級種の二体で、単体では殆ど見かけず二体ワンセットとなっている。
竜種の中では温厚だが怒らすと辺り一面に雷の雨を降らす。
二体とも白い髭を顎の回りに生やしているため、見た目も中身もお爺ちゃん。全身もそれほど大きくはない。