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ビューティフル・サンデー

 ソーラルに通い始めて最初の一週間が終わった。


 月曜から金曜まで、ナンパ、バイト、ブログ更新、戦闘を続けた。


 土曜には迷いの森に遊びに行った。ほとんど会話らしい会話をしなかったが、沼のほとりで妙に落ち着く時間を過ごした。近いうちにまた遊びに行こう。


「…………」


 さて日曜の今日は、何をするか。


 朝食後、散歩でもするかと塔の一階に向かうと、シオンがゾンゲイルの家事用ボディを祭壇兼作業机に載せようとしていた。


 バラバラに分解されている手足を床から拾って祭壇に載せていく。


 だが胴体を持ち上げることに手こずっている。


「おい、大丈夫か?」


「お、重くて持てないんだ! 手伝ってくれるかい?」


「よいしょ」


「はあ、はあ……助かったよ。君のおかげで塔に結構な魔力が溜まってきたから、今日はこのボディを修理しようと思ったんだ」


「そう言えばずっと壊れたままだったもんな」


「この家事用ボディが動くようになれば、塔の修理を進められるよ」


「もう六階の修理は終わってたんじゃなかったか?」


「ううん。あれは木板で壁を塞いだだけだよ」


「道理で隙間風が寒いわけだ」


「ふふっ。そこの腕を取って、胴体に当ててくれるかい?」

 

 シオンは魔力によって熱を発するはんだごて状の工具を手にした。


「こうか?」


「そう。そこにあてて……」


 ユウキはシオンの作業を手伝いながら、この先、塔を待ち受けている運命について訪ねた。


「ところで……あまり考えないようにしてたが……だんだん塔に攻めてくる敵の数が増えてないか?」


「ふふっ。そうだね。昨日の夜は、『生ける死者』が五体、『死してなお動く野犬』が四体、『骸骨兵』が三体、さらに『腐れ牛』が二体、塔を襲撃してきたね」


「『腐れ牛』ってのはなんだったんだ?」


「人間に酷使されて死んだ牛の廃棄パーツが寄り集まって闇の生命を得たものだよ」


「まあ……今のところはなんとか撃退できてるが、このペースで毎晩の襲撃の規模が大きくなっていくと、最終的にはどうなるんだ?」


「ふふっ。それは……それは……」


 シオンは手にしたはんだごて状の工具を祭壇に落とした。


 すぐに拾い上げようとしたが、手が震えてうまく持てないらしい。


 そうこうするうちにシオンの呼吸はどんどん荒くなり、しまいに過呼吸の様相を呈しはじめた。


「お、おい、大丈夫か」


 背中をなでたり安心できそうな言葉をかけていくが、シオンの目は恐怖に大きく見開かれて治らない。


 どうやら状態異常『恐慌』に心を支配されたらしい。


「はあ……はあ……ぼ、僕がしっかりしなきゃいけないのに……こんなに無力で……弱くて……僕は……」


 シオンの目から涙がぽとりとこぼれ落ちる。そこに暴言が放たれた。


「修理するか自分を責めるか、どっちかに集中しろよ。効率が悪いだろ」


「……ゆ、ユウキ君が!」シオンは泣き顔をユウキに向けた。


「なんだよ。なんか文句あるのかよ」


「ユウキ君がソーラルに行って毎日いろいろなことをして遊んでるから! 僕はこの塔でずっと一人で……」


「留守番して恐怖に震えてるってわけか。まあ……確かに、前から思ってたけど、一人でこんなところにいたら気分は落ち込むよな」


「ごめん……ユウキ君は頑張ってくれているのに……それはわかってるのに……」


 怒りをユウキに向けることで過呼吸の症状は落ち着いたようである。しかしまだシオンのメンタルは不安定で『自責』の状態異常が付与されているよう感じられる。


「最近、僕の感情が不安定なんだ。きっと男性性と女性性のバランスが僕の中で崩れてきたのが原因だと思う」


「崩れるとどうなるんだ?」


「どんどん女性的になっていくよ。それ自体は悪いことではないけど、感受性や感情の波が、僕の統御力を超えて大きくなっていくのを感じる……はあ、はあ……最近、戦闘が怖くて仕方がないんだ……」


「確かに……お前、日に日にかわいくなっていくよな」


「そ、そんなこと……」


 シオンはうつむくと頬を赤らめた。ユウキは庇護欲を掻き立てられた。


 だがユウキがシオンを守ってやろうとすると、シオンの女性性はより強まり、彼の精神バランスは完全崩壊するように思われた。その先に待っているのは戦闘能力の完全なる喪失に思われた。


 ユウキは聞いた。


「なんとかして男性性を強めてバランスを取れないのか?」


「そ、そうだね。何か男らしい行動をすれば、男性性を強めることができるかもしれないよ」


「この塔の中でできる何か男らしい行動……」


 考えてみたが何も思い浮かばない。『男らしい行動』をするには塔の外に行く必要があるように思われる。


 と、そこでシオンが言った。


「あ、そう言えば僕、短時間ならソーラルに移動できるようになったよ。ポータルが繋がった影響で、塔のエネルギーがソーラルにまで及んでいるとわかったからね」


「じゃあ……今度、一緒にソーラルに行くか?」


「え、いいのかい?」


「ああ。それで、ソーラルで何か一緒に、男らしいことをしよう」


「う、うん!」


 まもなくゾンゲイル家事用ボディの修復が終わった。


 それはロボットのように立ち上がると、一階広場のガラクタの山の奥からモップを掴みだした。


 *


 午後は皆で塔内外の大掃除をした。


 二体のボディを同時活用するゾンゲイルは風車のような勢いで食堂、各クリスタルチェンバー、各ゲストルームを清めていった。


 ラチネッタはバケツと雑巾を持ってゾンゲイルを追い、掃除の効率をさらに飛躍的に高めていった。


 シオンとユウキはこういった実務的な作業にはほとんど役に立たなかった。


 そこでユウキは前から考えていた計画をシオンに提案した。


「塔の周りに罠を作ったらどうかと思うんだが」


「罠?」


「敵の足止めをしたり、侵攻を遅らせたりの役に立つような……こんな感じの」


 ユウキはスマホに『罠の作り方』というページを表示し、シオンに見せた。


「なるほど! これはいいね。攻撃魔法の節約にもなりそうだね」


 掃除を終えたゾンゲイルに手伝ってもらい、塔の周り、敵が通りそうなルートに各種の罠を作っていく。


 まずは地面の草を束ねて結んで作る罠だ。この草の輪を地面にいくつも作っておけば、敵が足を引っ掛けて転ぶかもしれない。


 これまでの戦いで敵が通りがちなルートがわかってきたので、そこに重点的に草の輪の罠を設置していく。


 次に落とし穴を作る。これも目的としては足止めがメインなので、そんなに深いものは作らず、その代りに量を多く作る。


 一応、ユウキとシオンも体を動かして手伝う。


 ゾンゲイルとラチネッタにすべて任せたほうが作業効率は高そうではあるが……。


 だが肉体を動かして働くことにより、メンタル面の安定効果が見込めるはずだ。


 自分の鬱を防止する観点から、ユウキは額に汗して働いた。


「よいしょ、よいしょ」シオンもなれない肉体労働を彼なりに頑張っていた。


 夕暮れ、シオンがスコップの使い方に慣れてきたころには、十個ほどの落とし穴を塔の周りに作ることができた。


「よし、こんなところか……」ユウキは額の汗を拭った。


「ユウキさん! 自分で落ちないよう場所はしっかり覚えておくといいべ!」


「わかって……うおっ!」


 いきなり落ちた。


 中に尖らせた竹など仕込んでいなかったので、無傷ではあるが。


 恥ずかしい……。


 顔を赤らめながら穴の外に出ると、作業で泥だらけになった皆が夕日の中で笑っていた。


「ははは……」ユウキも思わず笑った。


 敵の数は一日ごとに増えていく。


 だが仲間と創意工夫と運があれば、もしかしたらそれなりに長期間、塔を守り続けることができるかもしれない。


 そう思えた。


 夕食前にはポータルから暗黒戦士が塔に帰ってきた。


「暗黒評議会の命により、闇の塔の守護をしに参った。我を防衛のための武具として存分に使われるがよい」


 ソーラルから北方のハイドラへと早馬で往復してきたらしい。


「各地で戦乱が広がっており、暗黒戦士は皆、出払っているがゆえ、評議会から送られた戦力は今はまだ我一人」


「戦乱? まじかよ……」


 いや、そう言えば確かに、ソーラルも最近、武装して歩いてる奴が増えてきた気がする。


「後日、我が弟子が二人、塔の守護に馳せ参じる予定である。その者たちを戦力に加えてもよろしいか?」


「う、うん。いいよね」


 シオンはユウキを見た。


 最近シオンはどんどん意思決定をユウキに委ねるようになっている。これは良くない傾向に思える。


 早くソーラルに行ってシオンと一緒に何か男らしいことをしなければ。


 それはともかく、戦力が増えるのはありがたいことである。


「助かる。それに、よくハイドラまで旅してくれた。遠いんだろ」


「暗黒戦士の義務ゆえ」


「ていうか……弟子? アトーレに弟子なんていたのか? すごいな」


「そ、そんなことはない。我は『達人』の称号を持つ暗黒戦士である。それゆえ二人の『弟子』を持つのは我の義務である」


「アトーレ、達人だったのか。すごすぎるだろ」


「た、『達人』というのはあくまで称号に過ぎぬゆえ、凄くはないのだ」


「道理で強いわけだ」


「いやあ」


 暗黒鎧の奥から照れた雰囲気を発する戦士とそのまま話し込んでいると、ゾンゲイルが間に割って入ってきた。


「夕ご飯。できたから食べて」


「お、おう」


 夜の敵襲に備え、暗黒戦士は兜のみを外した状態で食卓についた。


 昼間の肉体労働でヘトヘトになり、自我の働きがマイルドになっているためか、今夜、ユウキに会食恐怖は生じなかった。


 食卓では和やかに会話がはずんだ。


 若干の気がかりはあったが……。


「…………」


 先日ユウキは『闇の伴侶の件について、樹木の妖魔との戦いが終わったら対処する』と暗黒戦士に約束した。


 その約束は果たされぬまま有耶無耶になっている。


 どうしたものか……。


 だがアトーレの落ち着いた様子を見るにつけ、『闇の伴侶』の件はしばらくは放置しておいてもいい気がしてきた。


 彼女は上品にナイフとフォークを動かしてゆったりと食事を楽しんでいるように見える。


「…………」


 食後の戦闘も、危なげなくクリアできた。


 暗黒戦士という戦力が増えたことや、昼間に設置した罠が大いに役立ったことで、久しぶりに魔力を温存して戦闘を終えることができた。


「ふう……」


 夜、肉体労働の心地よい疲れに包まれて、ユウキはベッドに潜った。

 

 今週も頑張るぞ。


 そう思いながら目を閉じる。


 すぐに眠りに落ちた。


「…………」


 *



 だが深夜……。


 ふと気配を感じ、目が覚めた。


 全身に寒気を感じる。


 だが、金縛りにあったかのように体がピクリとも動かない。


 かろうじてまぶたを動かすことはできた。


 恐る恐る目を開ける。


 全身に鳥肌が立った。


「…………!」


 真っ暗な部屋の中、枕元に暗黒鎧が立ってユウキを見下ろしていたのだ。


「もう待てぬ……我らはもう一刻も待てぬぞ」


 暗黒鎧はこの世のものと思われぬひび割れた声を発すると、ベッドのユウキに向かって勢いよく倒れ込んできた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

どんどん戦力が増強されていく闇の塔ですが、いろいろな問題もあるようですね。

ぜひこのあともお楽しみください。次回更新は来週月曜です。

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