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鬱の始まり

 塔は明後日に崩壊するらしい。


「…………」


 とりあえずその日は寝た。


 翌日、暗黒戦士はまだ回復しなかった。ゲストルームのベッドで静かに痙攣を続けていた。


 ゾンゲイルは二つのボディをフル稼働させて塔の修復にあたっていた。


 それによって司令室に空いた穴は急速に塞がりつつあった。


 しかし魔力の枯渇が深刻なようで塔全体の強度が弱まっているよう感じられる。


 風が吹くたび塔は大きく揺れ、部屋の天井からはパラパラと建材の欠片が降り注いだ。


 さらに各部屋のドアの立て付けが悪くなり、蝶番がきしみ、うまく閉まらなくなった。


 早急になんとかしなくては。


 ユウキはゾンゲイルに松葉杖を作ってもらうと、脂汗をにじませながらポータルのある七階に向かった。


 ラチネッタとゾンゲイルに支えられながら、半ば崩れた螺旋階段をなんとか昇って転移室にたどり着く。


「オレ、ソーラル行ってくるわ」


「私も!」


 だがユウキはゾンゲイルをやんわりと押し返した。


 魔力が枯渇しつつある今、物理的な修復を続けなければ、塔は今日中にでも崩壊すると思われたからだ。


「頼む、ゾンゲイル。司令室の壁を塞いで、崩れそうなところも急いで補強してくれ」


「……わかった。ユウキ、気をつけて」


「安心するだ、ゾンさん。ユウキはおらが安全に送り届けるだ」


「…………」


 釈然としない様子のゾンゲイルに見送られながら、ラチネッタの肩を借りてポータルをくぐる。


 ポータルをくぐるとそこは例の電車だった。


 網棚の下に居心地良さそうな長椅子が並んでいる。


 窓の外は真っ暗だ。


「いてて」


 ユウキは痛む脚を庇いながら長椅子に座った。


 ユウキの隣に座ったラチネッタはふいに言った。


「おら、決めただよ」


「何を?」


「おら、闇の塔のために働くだ」


「それは助かるが……なんでまた」


「昨日、ユウキさんの姿を見て感動しただ……命を顧みず勝利を掴み取ろうとする姿勢、背筋が震えただ」


「いや……まあ……」


 ユウキはむしろ自分の愚かな行動を恥じた。あのとき冷静に状況判断していれば、もっと安全に勝利できたはずなのだ。


 その自責の念がユウキのメンタル状態を下げていく。


「それにシオンさんからこの世界の状況についてもありがたいお話を伺っただ! おら、目が開いただ!」


「…………」


「おら、自分が恥ずかしいだよ。猫人間である引け目に気を取られて、世界のことや社会情勢を何も考えていなかっただ! これからはおら、塔のために、ひいては世界平和のために尽くすだ!」


 メンタル状態が下がっていたユウキは、ついラチネッタに冷たい言葉を投げかけてしまった。


「急にそんな大きなことを考えると頭がおかしくなるぞ」


 実際、社会や政治のことを考えすぎて頭がおかしくなってしまった人間を、これまでユウキは各種SNS上で腐るほど見てきた。


 大きなことを考えるのは大事だが、自分自身の問題を無視して天下国家を論じるのは危険である。


 そんなことをすれば社会情勢に対して、自分の問題を投影するだけに終わるだろう。


 社会や世界をよく変えるには、まず自分自身をよく変えなければならない。


 そして、自分自身をよく変えるための第一歩は、自分が一番やりたいことを実行に移すことである。


 今、ユウキはそう信じていた。


 そのような観点から見て、急に世界情勢を心配しはじめたラチネッタには一抹の危うさを感じざるを得ない。


 しかしラチネッタは抗議した。


「おらの頭は何もおかしくなんかなってないだ! 広い意識に目覚めただけだべ!」


 ユウキは『議論』を発動した。


「……本当か? 昨日まで大穴深層に潜ることがラチネッタの夢だったろ。それをいきなり捨てて塔のために尽くすだなんて、頭がおかしくなったとしか思えないぞ」


「うぐ……でも誰だって、あんな凄い戦いを見て、世界存亡の危機を知れば、おらの卑小な願望なんかよりそっちの方が大事だとわかるべ!」


 ユウキは『暴言』を吐いた。


「やれやれ。しょせん猫頭にはわからないよな。本当に大事なことがなんなのかを」


「ね、ね、猫頭ってなんだべ! それは明らかな差別的な発言だべ! 謝罪を要求するべ!」


「ははは、すまんすまん。猫頭は悪かったな。ただ、ちょっと派手な戦いを体験したぐらいで自分の夢を捨てる奴は動物以下だって言いたかっただけ……」


 ラチネッタはユウキを両手で突き飛ばした。


「あいった!」


「ユウキさんなんかもう知らないべ! 憎しみの対象だべ!」


 ラチネッタは強い怒りの形相をユウキに向けた。


 本能的恐怖を感じたユウキはとっさにスキル『深呼吸』を発動し、その視線を受け止めた。


 ラチネッタの怒りをスキル『共感』によって受け止めつつ、『深呼吸』によって溶かしていく。


 なんだか今日はスキルの効きが悪いが……。


 それでもなんとか二人の間に高まっていたギスギスした感情を消化できた。


 しばらくするとラチネッタはため息をついた。


「はあ……おら、自分が何したいかわからないべ」


「そうか」


「そうか、ってなんだべ! ひとごとだと思って適当すぎるべ!」


 ラチネッタはユウキを両手で突き飛ばした。


「あいった!」


 そのとき電車のスピーカーからアナウンスが流れた。


「本電車はソーラル大穴迷宮、第二フロア、『レリーフ室』に到着しました。またのご利用をお待ちしています」


「ふん……おらにつかまるだよ」


 ラチネッタはユウキに手を伸ばした。


 その手につかまってユウキは立ち上がると、ラチネッタの肩を借りてポータルの外に出た。


「…………」


 巨大な浮き彫りに刻まれた六人の英雄に睥睨されながらレリーフ室を横切り、険悪な雰囲気のままエレベータに乗る。


 エレベータの箱の壁に浮かびあがる操作卓を触ると、エレベータが上昇を始めた。


 一瞬、ラチネッタは物珍しそうにエレベータの内部や操作卓を見回したが、喧嘩中だったことを思い出したのか、むすっとした顔で壁によりかかった。


「…………」


 モップの転がるエレベータの箱の中に沈黙が続いた。


 ふいにラチネッタは言った。


「おら……ユウキさんがなんと言おうと塔のために働くだよ」


「そうか」


「それにおら……迷宮の探求も続けるだ。迷宮の探索はおらの小さい頃からの夢だべ」


「そうか」


「だから……手伝ってもらいたいだ、ユウキさんに。おらの迷宮探索を……」


 ユウキはうなずいた。


「足が治ったらな」


 ぱっとラチネッタの表情が明るくなった。


 同時にエレベータが到着した。


 箱の外に出るとそこは星歌亭の厨房だった。


 ラチネッタに肩を借りながら星歌亭の店外に出ると、眩しい朝日の下、若旦那が花壇に水をあげていた。


 若旦那に簡単に事情を説明し、星歌亭を離れ、噴水広場に向かう。


 そしてとりあえず噴水広場のカフェで、ラチネッタと朝食を摂る。


 その後、噴水の縁に移動してナンパを始める。


「ほんとにここに置いていっていいんだか?」


「ああ。昼になったら迎えに来てくれ」


「わかっただ。おらは大穴の現場でひと働きしてくるだ。何をするにもお金は大事だべ」


 ラチネッタは走り去っていった。


「…………」


 噴水広場にひとり残されたユウキはナンパを始めることにした。


 しかし……。


 足が痛くてなかなかスキルが発動できない。


 昨日の戦いの疲れが体に重くのしかかっている。


 気力もぜんぜん回復していない。


「…………」


 ユウキはスマホに顔を落としたまま脂汗を流し続けた。


 そうこうするうちに気力はどんどん低下しゼロに近づいていった。


 そこに状態異常『広場恐怖』が強力に重なり、ユウキの全身は石化したかのように重くなっていった。


 なんとか気分を変えようと屋台で焼き肉の串を買い、怪しいストリートチルドレン、ルフローンに与えようとした。


 彼女は今日も宿屋とカフェの隙間にゴザを敷いて寝ていた。


 その隙間に近寄ると、例によって時空の歪みと状態異常『コズミックホラー』を感じたが、無視して冷や汗を流しつつ、ゴザに横たわる少女に近づいていく。


 しかし今日は惰眠をむさぼる日だとでも言うかのように、ルフローンは揺すっても声をかけても目を覚まさなかった。


 たまに寝言を発したり、揺さぶられると笑顔を見せたりする。


 死んでいるわけではないようだが……。


「…………」


 どうやら起こすのは無理そうである。


 また、なんとなくルフローンを無理に起こすのは大きな危険を伴う行為であるようにも感じられた。


「諦めるか……」


 寝ているルフローンの手に焼き肉の串を握らせると、ユウキは足を引きずって噴水の縁に戻った。


 そして結局……その後、一度も顔を上げることすらできぬまま時間が流れ、昼になった。


 ラチネッタが迎えに来た。


「ユウキさん! 顔が真っ青だべ! 何かあったんだべか?」


「…………」


 基本会話スキルすらうまく働かなくなってきた。


 ラチネッタに心配されながら、ユウキは塔に帰還するとゲストルームのベッドに倒れ込んだ。

いつもお読みいただきありがとうございます。

気分が盛り上がるときがあれば、盛り下がるときもあるということで、鬱っぽい展開になってきました。

作者的には鬱っぽい気分を書くのが好きなので書いていて楽しいです。


レビュー、ブックマーク、評価、感想、お待ちしております〜〜

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