第1部 エピローグ
樹木の妖魔の黒闇石を掴みとったユウキは遥か下方の地面に向かって落下しながら思った。
(それにしても、よくオレ、あんな炎の上を歩けたな)
普通だったら熱さで反射的に身がすくんでしまい、とてもあんな火の中に飛び込むことなどできないだろう。
まったく、不思議なことである。
いつの間にかオレは肉体的苦痛を超越する強さを身に付けていたということだろうか。
そんなわけはない。しょせん、オレが得てきたスキルはナンパ用のものである。
そんなものをどれだけうまく活用したところで炎に突っ込むような非人間的バトル能力を得られるわけではない。
しかし現にオレは炎の中に突っ込み、見事、樹木の妖魔のコアをつかみとることに成功した。
その成功が今になって不可解である。
(まあいいか……)
どうせオレの体は火傷でボロボロだ。あんな火の中に突っ込んだせいで肺も使用不能レベルに損傷を受けているはずだ。
(…………)
しかし不思議なことに、なんとなく普通に呼吸できてる気がした。
落下中のことでありそんなにしっかり確かめることはできないが、肺は普通に機能しており、手足の火傷もそれほどではないような気がした。
(そんな馬鹿な……あの炎の中に突っ込んで、軽度の火傷で済むだなんて、魔法か何かで保護されてない限りありえない……)
「あ……」
ここでユウキは思い出した。
そういえばオレ、魔法によって保護されてた。
この世界に来て二日目、今から四日前に、闇の塔の最上階で、シオンがオレにあらゆる攻撃を無効化する防御魔法をかけてくれたのだった。
その防御魔法の効果がまだうっすらとだが残っていたのだ。そのために炎のダメージが軽減されたのだ。
(ということはオレ、死なないかもしれないぞ……)
ここに来てやにわにユウキの中に生への執着が溢れ出した。しかし恐るべきことにユウキは今まさにビルの屋上ほどもある高さから自由落下中だった。
こんなことならジャンプなどせずに、ゆっくりとクライミングして黒闇石をつかみとるべきだった。
もしかしたらユウキのスキル『戦略』は、シオンがかけてくれた防御魔法の効果が持続していることを計算に入れて、ユウキの生命と闇の塔の双方が助かる行動を示してくれていたのかもしれない。
だがユウキはつい最後の最後で無駄な勢いにノッてジャンプしてしまった。
(嫌だああああああ! 死にたくない!)
後悔先に立たずだというのか。
「誰かあああああああ! 助けてえええええ!」
「おらが受け止めるだ!」
視界の隅に超高速ダッシュを始めるラチネッタが見えた。
ラチネッタは両手両足を使って獣の如きダッシュをするとユウキの落下地点に到着し手を伸ばした。
瞬間、その手の中にユウキが落ちた。
ラチネッタは衝撃を円運動によって殺すよう、ユウキと共に地面をごろごろと転がっていった。
その衝撃でユウキ、ラチネッタ共に気絶し、塔の前の地面に仰向けになった。そこに活動を停止した樹木の妖魔の燃える巨体が火の粉とともに崩れ落ちていく。
そのとき気絶から目覚めた暗黒戦士が塔の前で立ち上がった。
暗黒戦士は、塔の上方、突き破られた司令室の奥で樹木の妖魔の拳を縫い止めていた暗黒の蛇を引き戻した。
そしてノータイムでユウキとラチネッタに暗黒の蛇を投射し、二人の体を引き寄せた。
気絶した二体は重い。
暗黒量が足りない。
「う、う、うおおおおおおおおおおお!」
暗黒戦士は絶叫すると十二体の怨念の力を借り、気絶した二体が圧死する寸前に引き寄せた。
瞬間、轟音と共に樹木の妖魔の膝が折れ、塔にもたれかかるようにその巨体が崩れ落ちていく。
その体重を浴びて塔は大きく振動し、ぼろぼろと外壁の構造材をまき散らした。
空から降り注ぐ瓦礫の中、暗黒戦士はラチネッタとユウキを担いで塔の裏へと退避した。
ゾンゲイルが夜の中に叫ぶ声をユウキは聞いた。
「ユウキー!」
完全に日が落ちるその瞬間、暗黒戦士の肩の上でユウキの意識も暗転した。
これで異世界ナンパ、第1部が終わります。
ということは当然、次は第2部が始まるということですね。
始まります、第2部!
木曜に更新予定です! ぜひお読みください。
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