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ユウキの勇気

 さきほど、塔のバリアを破った一撃の衝撃でユウキは転び、祭壇に後頭部をぶつけて気を失った。


「うげっ!」


「ユウキ! 待ってて、今行く!」


 司令室に遠隔通信で響くゾンゲイルの声によって、ユウキはなんとか目を覚ました。


 だが司令室の壁面ディスプレイ一杯に、再度、凄まじい勢いで近づいてくる樹木の妖魔の拳が映っている。


 ユウキは今度こそ死を覚悟した。


 数秒後、絶対に百パーセント、この司令室は破壊される。


 しかもこの司令室を破壊されたらオレが死ぬだけではなく、塔全体の機能が停止する気がする。


 なんとなくこの司令室にある叡智のクリスタルこそが塔全体の中枢である気がする。


 ここを破壊されることは人間で言えば脳を破壊されることに等しいのではないか。


 なんとかして守れないのか。


(守る? そういえば……)


 壁面ディスプレイに映る迫り来る拳を見ながら、ユウキは思い出した。


 右手の人差し指の塔主の指輪に、シオンによって守りの魔法がチャージされていたことを。


 そう……かつてソーラルの野犬の攻撃を、この指輪で防いだことがある。


 この指輪には低レベルの攻撃なら防ぐことのできる守りの魔法がチャージされているのだ!


 今、塔に迫りくる攻撃はあきらかに超超高レベルのものであり、どれだけこの指輪の魔法が通じるのかはまったく未知数だが……。


 ユウキは祭壇に土足で駆けのぼると、天井付近に浮いている叡智のクリスタルを掴み取り、それを守るように胸に抱えた。


 同時に叫んだ。


「塔主の指輪よ、守れ……!」


 瞬間、指輪にチャージされていた守りの魔法が発動され、ユウキの周囲に透明な防御膜が生じた。


 同時に、轟音と共に樹木の妖魔の拳が塔の壁面を突き破ってきた。


 ダンプカーのごとき巨大な質量が部屋に飛び込んできたのだ。


 司令室は一瞬でめちゃくちゃになり、ユウキは紙人形のようにふっとばされ、部屋の奥の壁に勢いよく叩きつけられた。


 だがまだ生きていたし気も失わなかった。


 守りの魔法によってダメージが軽減されたのだ。


 塔は六階の壁の多くが崩れされている。そのまま塔全体が崩壊してもおかしくない。


 だがどうやら塔に残されているわずかな魔力によって力学的な均衡がギリギリのところで保たれている。その微妙な制御を叡智のクリスタルが行っているよう感じられた。


 もしユウキが叡智のクリスタルを守っていなければ、さきほどの一撃でクリスタルは砕かれ塔は一挙に崩壊していたに違いない。


 塔は守られた。


 だがさらなる一撃に耐えることはもうできない。


 守りの魔法はすでに突破されている。


 樹木の妖魔は再度、拳を引いて振りかぶっている。


 ユウキはその様子を、壁面ディスプレイを通してではなく、夕暮れ空に向かって大きく開口している壁の穴を通して目視した。


 その炎に包まれた拳が今、唸りを上げる轟音とともに再度、半ば崩壊している司令室とその奥のユウキに向かって突進してきた。


 もうダメだ。


 ユウキは目をつむった。


 この一撃によってオレはひき肉状に潰され叡智のクリスタルは砕け、塔は崩壊しこの世界は滅亡する!


 だが……おそるおそる目を開けるとゾンゲイルの背中が見えた。


「間に合った! ユウキ、生きてる!?」


 司令室に駆け込んできたゾンゲイルがユウキの前に立ちはだかり、樹木の妖魔の拳を両手で受け止めていたのだ。


「ゾンゲイル! 大丈夫か!」


「平気! 暗黒の蛇のおかげ」


 見ると司令室に差し込まれた樹木の妖魔の腕に、うねうねとのたくる暗黒の蛇が絡みついていた。


 攻撃射程圏内に入ったアトーレが外から投射してくれたらしい。それによって拳の威力が受け止められるレベルに弱まったようだ。


 だが……樹木の妖魔の拳は炎に包まれ燃えさかっている。


 ゾンゲイルは両手を広げ、樹木の妖魔の燃える拳をしっかりとホールドしている。


 凄まじい圧力がかかっているのか、ゾンゲイルの足元の床板がバキバキと音を立てて割れはじめた。


「離せよ! 熱いだろ!」


「ダメ。離したらまた攻撃される。そうなったら次は耐えられない」


「服が燃えてるぞ!」


「平気。このボディ、耐火性だから」


 ゾンゲイルはさらに強く妖魔の拳をホールドし、自らの手をその樹木の繊維に食い込ませた。


 さらに両足を踏ん張り、樹木の妖魔の拳を固定した。


「髪が燃えてるぞ!」


「いいの。もうすぐ勝てる。でもここは危ないから、ユウキは逃げて」


 そう言うとゾンゲイルは一瞬、微笑みを見せた。


 確かに……このまま時間稼ぎをすれば樹木の妖魔は燃えて崩壊するはずだ。


 それまでオレは大事を取ってこの叡智のクリスタルを抱え、どこか別の場所に逃げていればいい。


 だが……ゾンゲイルは本当に大丈夫なのか?


 服は燃え上がり、髪の先端が焦げはじめている。


 それだけではない。


 大量のエネルギー消費を警告するかのように、背中に埋め込まれたゾンゲイルのコアたる宝玉が眩しく点滅している。


 そのときぐぐぐっと樹木の妖魔の拳が動き、ゾンゲイルを押し潰そうと圧迫する動きを見せた。


「ダメ……ユウキは私が守る」


 押されながらもゾンゲイルは耐えた。


 しかしボディに負荷が生じているのか手足の関節から煙が上がり、ゾンゲイル・コアはさらに点滅速度を早めている。


 そのとき塔の外から暗黒戦士の絶叫が聞こえた。


「う、うわああああああああああああ!」


 司令室のわずかに残る壁面ディスプレイに、塔の根本で暗黒剣を振るい、燃え上がる樹木の妖魔の足首に切りつけている暗黒戦士の姿が映った。


 しかし樹木の妖魔はわずかに体を震わせただけであった。


 今、暗黒の蛇は樹木の妖魔の拳を固定することに全力を費やしている。


 よって戦士の剣戟は通常攻撃であり、樹木の妖魔に大きなダメージを与えられていないのだ。


 第二撃を繰りだそうとしていた暗黒戦士を、樹木の妖魔は片手で払いのけた。その攻撃は直撃し、暗黒戦士は塔の外壁に叩きつけられ動かなくなった。


「…………」


 司令室の瓦礫の中、ゾンゲイルに守られてユウキは左右を見回したが、この状況を助けてくれそうな人物はどこにも見当たらなかった。もうこの自分自身以外には誰も。


 そこでユウキはスキル『深呼吸』を使い、一瞬、自分を落ち着けた。


 その状態でスキル『戦略』を発動し、敵と周囲の状況を観察しながら自分がなすべきことを探った。


 だが『戦略』によって閃いたアイデアはとてもこの自分に実行することができないように思えたし、それはすべきではないことに思えた。


 そのような迷いを振り切るためユウキはスキル『無心』を発動しつつ、人格テンプレートを『愚者』へと切り替えた。


 その上で『集中』『想像』を発動し、この先の行動の成功イメージを心の中にすばやく思い描いた。


 それからユウキはクリスタルを床に置くと、作業着のポケットから作業用グローブを取り出し装備した。


「ユウキ、なに……?」


「ちょっとあいつ倒してくる」


 ユウキは部屋の隅に吹き飛ばされていた祭壇を、樹木の妖魔の拳の脇に置き、踏み台とした。


 その踏み台を駆けのぼると、ユウキは樹木の妖魔の燃える手首に飛び乗った。


「ダメ、やめて! ユウキ!」


 樹木の妖魔の拳をがっちりとホールドし、全身の関節から煙を吹き出しながらゾンゲイルは叫んだ。


「うおっ!」


 足元で燃える炎がユウキの皮膚の露出した部分を熱した。


 一瞬で諦めそうになったがユウキはスキル『順応』『我慢』を発動し、塔に差し込まれた樹木の妖魔の腕の上を駆け出した。


 目標は樹木の妖魔の頭部だ。


 その額の部分に、おそらくコアであると思われる黒闇石が埋め込まれている。表皮が燃えたことで今、黒闇石が外部に露出しているのが見える。


 あの闇の結晶をこの手につかみとるのだ。

 

 安全靴の靴底は分厚い。


 足を熱から保護してくれる。


 これなら走れる。


 ゾンゲイルの悲鳴を背後に、ユウキは樹木の妖魔の燃える前腕の上を駆けていった。


 しかし塔の外に出たところで、二の腕から肩へと続く急勾配に差し掛かった。


 とても駆け抜けることはできない。


 ユウキは両手をついて樹木の妖魔の二の腕をクライミングするかのように登っていった。


 燃え盛る炎の向こう、遥か眼下には雑草に覆われた地面が見える。落ちたらおしまいだ。ぎゅっと樹木の妖魔の腕に掴まりたいが、その表面は燃えさかり赤熱している。


 グローブは熱で溶けユウキの皮膚にへばりついている。


 安全靴の靴底も柔らかくなってきた。


 目が熱でやられたのか視界もおかしい。


 動けなくなる前に早く前に出なければ。


 しかし樹木の妖魔の二の腕を登るほどに炎は熱く濃くなっていく。


 肉体が前に進むことを拒否している。


 ユウキはスキル『ねぎらい』『感謝』を発動し、苦痛を超えて前に進んでくれる自分の体に感謝を伝えた。わずかに前に進む勇気が出てきた気がした。


 さらにユウキはスキル『地道さ』を発動し、手足を堅実かつ着実に動かし、一定のペースで前に進もうとした。


 そして炎に包まれながら思った。


 こうなったら焦って進むより、この一歩一歩を大事にしたい。


 この一歩一歩の前進のプロセスを勝利と達成の連続として楽しみたい。


 ヒロイックな自己犠牲などではなく。


「…………」


 ナンパとは……いや……自分を変えるためのあらゆる行動とは、火で自分を炙るようなものだ。


 とても飛び込めないと思われる恐ろしい熱さの中に自分を投げ入れること。


 その中で何も見えず、わけがわからなくなりながらも、手探りで前進すること。


 それが人生を楽しむということなのだ。


 オレは今、人生を楽しんでいる!


「はははははははははははは!」


 ユウキの中からかつて一度も出したことのない軽やかな笑い声が湧き上がってきた。


 それは轟々とうなりをあげる炎に飲まれ誰にも聞かれることはなかったが、ユウキだけはその笑いの意味するところを理解していた。


 それは勝利の笑いだった。


 何に勝ったのかはわからない。


 だがとにかく勝ったのだ。


 この樹木の妖魔からのタワーディフェンスに勝ったというのか。


 それとも長年、自分で自分を縛りつけてきた心の牢獄に勝ったというのか。


 わからないが、今このときオレは勝った。


「…………」


 ユウキは樹木の妖魔の肩に登るとそこで一度、深呼吸した。


 熱気が肺を焦がしていく。


 日が沈みかけた夕暮れ時、炎の向こう、地平線の向こうにソーラルが見える。


 そして樹木の妖魔の額に、黒闇石が見える。


 ユウキは樹木の妖魔の肩の上をダッシュすると、空中に大きく飛び上がって黒闇石に手を伸ばし、それを力の限りつかみとった。

お読みいただきありがとうございます。

異世界ナンパ、第一部、クライマックスです。

このあとも続きますので引き続きお楽しみください。


またブックマーク、レビュー、感想、評価、よろしくお願いいたします!

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