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かわいいシオン

 闇の塔塔最上階の『転送室』に駆け込んできたシオンは、ユウキの作業着に顔をうずめた。


 ポータルから出てきたばかりのゾンゲイル、アトーレ、ラチネッタは驚いた顔でシオンとユウキを見つめている。


 ユウキはシオンを哀れんだ。


(こいつ……人前でこんな弱々しい姿を見せるなんて、ストレスでもうボロボロのようだな。使い物になるのか)


 だが彼を慰めている時間はない。急いでいろいろやらなければ。


(ええと……まず何をすればいいんだっけ?)


 そうだ、塔へのエネルギーのチャージをしなければ。


「二階に行くぞシオン」


「そ、そうだね」


 シオンはバツが悪そうにユウキから離れると、ローブの袖でそそくさと目元を拭った。


「おらたちは……」


「ユウキが連れてきてくれた助っ人だね。ここのすぐ下の階、第六クリスタルチェンバーで待機していてほしい」


「わかっただ」


「承知した」


「来て。こっち」


 勝手を知っているゾンゲイルが、ラチネッタとアトーレを連れて第七クリスタルチェンバー『転移室』を出ていった。


 ユウキもシオンと彼女たちのあとに続き、その脇を追い越して二階へと走った。


 *


 階段を駆け下りながらユウキはふと思った。


 シオンがやけに可愛い。


 さっきの飛びついてくるときの仕草や泣き顔など、庇護欲を強くくすぐるものがあった。


 もちろん、世界的に多様性が重視されている昨今である。


 オレが同性にときめいたところで問題ないだろう。


 だがオレの性的嗜好は完全にストレートであったはずだが……。

 

 おかしい。


 石版で通話しまくったり、何度もこいつの命を心配するあまり、無駄に情が移ってしまったのだろうか。


 危機を一緒に経験することで恋が芽生えるという『吊り橋効果』がオレたちの間に発生してしまったとでもいうのか?


 そういうのはよくないな。


 シオンとオレはあくまで職場の同僚みたいなものである。


 無駄な情のやりとりはつつしみたい。


 しかし……。


「はあ、はあ……おいシオン」


「はあ、はあ……なんだい?」


 階段のすぐ隣を駆けおりながらこちらを見上げるシオンの顔が、やっぱりやけにかわいい。


「よく今までひとりで頑張ったな」


 ついユウキはスキル『ねぎらい』を発動してしまった。

 

 シオンはまた泣き出しそうな顔をした。


 かと思うと恥じらっているのか、すぐに顔をそむけた。


(かわいいな……なんだこいつ)


 だが今はそんなことを考えているときではない。


 急がなければ!


 ユウキは強引に意識を切り替えた。


 *


 やがて二人は第二クリスタルチェンバーに到着した。


 シオンは急いでエネルギー・チャージの準備を整えた。


 まず壁の暗幕を外して『魔力備蓄のツタ』を露わにした。


 ツタは前回よりもひび割れて乾燥しており、ほとんど枯死しているように見える。


 それからシオンは祭壇の小道具をあれこれいじった。


 そしてユウキを祭壇脇の椅子に座らせると、その手に『生命のクリスタル』を握らせてくると言った。


「さあ目を閉じて……」


「おう」


「ではユウキ……君がソーラルでのナンパ活動で蓄えてきた魂のエネルギーを、今、『生命のクリスタル』にぜんぶ流し込んで」


「オレも何かしなきゃいけないのか?」


「今回は扱うエネルギーの量が多いから、君の協力が必要なんだ。君の魂のエネルギーがクリスタルに流れこむことを想像して……」


 ユウキはクリスタルを強く握り、言われた通りのイメージを想像しようとした。


 しかし『魂のエネルギー』なるものがさっぱり想像できない。


 スキル『想像』を使っても想像できない。


 それよりもむしろ旅の思い出がユウキの脳裏に鮮やかに浮かび始めた。


 ゾンゲイルと闇の塔を旅立ち、迷いの森で暗黒戦士と出会った。


 ソーラル到着後はドワーフやエルフと出会い、変なストリートチルドレンに食料を供給し、赤ローブの魔術師と連絡先を交換した。


 そして青い髪の少女とあわや初体験しかけたかと思えば、猫人間と迷宮に潜り、その果てに伝説の魔術師の残留思念と邂逅した。


 さらにそのあと妙な夢を見て、誰かと懐かしい再会を果たした気がするが、それはよく思い出せない。


(とにかく、なんにせよ、ずいぶん密度の高い冒険だったな……)


 口元に笑みが浮んだ。


 ふとユウキの胸に温かさが生じた。


 その透明な温かさが今、『生命のクリスタル』に勢いよく流れ込んでいった。


「す、凄いよユウキ! ものすごい量のエネルギーだよ!」


 シオンは感嘆の声を上げた。


 今、生命のクリスタルがユウキの手の中で眩しい輝きを発していた。


 その輝きは四方へと飛び散り、壁を覆う魔力備蓄のツタへと強く照射された。


 干からびていた魔力備蓄のツタは、その強烈な光を浴びてみずみずしさを取り戻し、見る見る間に新芽を芽吹かせていった。


 そのとき祭壇上の小道具を操作していたシオンは体をのけぞらせると吐息を発した。


「あ……」


「どうした。何か気持ち悪い虫でも見つけたか?」


「う……」


 生命のクリスタルが何度も光を発し、魔力が魔力備蓄のツタへと送り込まれるたびに、シオンは体を震わせ吐息を発した。


「ぼっ、僕は塔と魔力を共有しているからね。久しぶりの魔力が……僕の体にみなぎってくる……な、なんて気持ちいいんだ……」


 体を震わせるシオンの前で、生命のクリスタルは魔力備蓄のツタへの魔力送信を終えた。


 シオンは頬を上気させ、潤んだ瞳で自らの手のひらを見つめていた。


 彼の手のひらで、バチバチと青白い火花がスパークしている。


「き、きたよ……これだよ……これが魔力だよ……ふふふっ」


 なんだか放火魔が炎に興奮するような、危なっかしい笑みを浮かべている。


 ユウキはとっさに『暴言』を吐いた。


「おいお前……調子に乗るなよ」


「ふふっ、なんだい? よく聴こえなかったよ。もう一度いってごらんよ」


 シオンは火花をバチバチさせながらユウキを見た。


 ユウキはスキル『討論』を発動した。


「ださいやつだな。魔力が入ったぐらいで気持ちをアップダウンさせるなよ」


「ふ、ふふっ。君が何を言っているのかまったく理解できないね。この力こそが僕の力であり、今の僕こそが本来の僕なんだ」


「…………」


「だから発言には気をつけてほしいね。今、僕には強い力があるんだから」


「強い力だと?」


「そうさ……たとえば君をこの部屋に残し、僕ひとりで第六クリスタルチェンバーに短距離転移するような力がね。ふふっ……」


「お前それ、ずるくないか? 魔力は節約しろよ」


「あるいは……口うるさい君を、指先ひとつで消し炭にするような力がね……ほら、ここに……」


 シオンは手のひらでさらに火花をスパークさせ、それをうっとりと眺めていた。


 ユウキは顔をしかめた。


 ダメだこいつ。


 完全に力に溺れている。


 しょせん闇の魔術師とはこの程度のものか。


 もともと人間的にたいした奴ではないと思っていたが、こんなにもあからさまな精神的弱さを見せてくるとは。


 心底見損なった。


 こんな力に溺れた奴は、いざというときに自分一人の力を頼って大きなミスを犯しそうな気がする。


 こんな奴とこれから一緒に戦うのは不安である。


 だがここでさらなる『暴言』を吐くわけにはいかない。


 消し炭にされる可能性がある。


 ユウキは消し炭にされないよう、やんわりと言った。


「まあ魔力に頼るのはいいがな。オレたちもいるんだからな。忘れるなよ」


「ふふっ。ただの弱い人間風情が僕へアドバイスなどと……笑ってしまいますね」


 シオンは手のひらをバチバチさせながらユウキに憐れみの目を向けた。


 ユウキは思わず全力で『暴言』を発動させそうになったがグッと飲み込んだ。


 とりあえず、まずは深呼吸でもして自分を落ち着けよう。


「すー。はー」


「ふふっ、どうしたんだい? 急に深呼吸して」


「気持ちを落ち着けてるんだ」


「ふふっ、わかるよ、僕の強大さに恐れをなしたんだね。恥じることはないよ、卑小な人間には当然のことさ。ただしこれからは口の聞き方に気をつけることだね」


 強いムカムカが湧いてきたが『深呼吸』に『我慢』を併用して、とにかく気持ちを落ち着かせる。


「すー。はー」


 何度か深呼吸していると気分がすっきりしてきた。


 そしてシオンという人間がよく見えてきた。


 この人間的に弱い、力に溺れる愚かな姿こそが本来のシオンである。


 それ自体を、そのままありのままに受け入れようと思った。


 すると意外なことに、だんだんシオンへの親近感が感じられてきた。


 その親近感を表現しようとして、ユウキはさらなるスキルを発動した。


『プレゼント』だ。


「はいこれ」


 作業着のポケットから、いつかシオンに渡そうと思っていたアイテムを取り出す。


「お前にやるよ」


「えっ、ええっ……なんだい、これは?」


 シオンは手のひらをスパークさせるのをやめて、目を丸くしてアイテムを受け取った。


「それはな。ハンドメイドの『魔力増強の紙巻薬』だ。ソーラル土産だよ」


 シオンはきょとんとした顔で手渡された数本のタバコを見ていた。


「どうした?」


「う、受け取っていいのかい?」


「ああ」


「どうして僕に?」


「ずっと渡そうと思ってたからな」


 瞬間、シオンはさきほど塔の最上階で見せたような、今にも泣き出しそうな顔を見せた。


 シオンは背を向けると言った。


「僕なんか……僕なんか忘れられてると思っていたよ」


 瞬間、スキル『共感』の効果によって、シオンが抱えていた心細さがどっと伝わってきた。


 いつ崩れるともわからない塔でひとりで留守番。


 ……そりゃ心細いか。


 さっきは『心底見損なった』なんて思って、悪かったな。


 ユウキは心の中で謝りながら、スキル『スキンシップ』を発動し、軽くシオンの背を叩いた。


 男同士であまり感情的にウェットな雰囲気を作りたくはない。


 だが、なんにせよ、こいつはこの今にも崩壊しそうな塔で、ひとりで死の恐怖に震えていたのだ。


 安心させてやりたい。


 人を安心させるには、まず自分自身が安心することが必要だ。


「…………」


 ユウキは再度、さりげなく『深呼吸』を発動した。


 そして自分を安心させながら、その安心感を『スキンシップ』によってシオンに送り込んでいった。


 やがてシオンの呼吸もゆったりと深く落ち着いていったのを感じた。


 彼の心細さが、安心感によって上書きされたのを感じた。


「よし……それじゃあ上に戻るか。戦闘員たちが待ってる」


 シオンは素直にうなずいた。


「そうだね、行こうか」


 ユウキとシオンは第二クリスタルチェンバーを出ると塔を駆け上がった。


「はあ、はあ……」


 さきほどと違い、昇りである。かなり苦しい。


 すぐに息が上がった。


 隣を走るシオンも顎を上げて必死で走っている。


「はあ、はあ……」


 だが彼はユウキを置いて短距離転移しようとはしなかった。もう無駄に手のひらをバチバチさせることもなかった。


 これなら協力して戦えそうだ。そう思った。


 しかし……。


 なんなんだこれは……。


 ユウキは一瞬、足を止めると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 シオンも足を止めてユウキを見上げた。


「はあ、はあ、どうしたんだい? 僕のことをそんな顔で見て」

 

「い、いや、別に……」


 ユウキは顔をそむけた。


 シオンのかわいさを無視しようと努めつつ、ユウキは螺旋階段を全力で駆け昇った。

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