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異世界軽作業 その3

 小部屋の中から現れたモンスターは不定形のドロドロしたものだった。


 ドロドロしたものは木戸の隙間からドロドロの飛沫を飛ばした。


 ハーフエルフの冒険者はバックステップして飛沫を交わすと、一気に前に踏み込んで短剣をつきだし、ぐいっとねじった。


「よし。コアを破壊した」


 冒険者は淡々とそう呟いた。同時にドロドロは跡形もなく霧散した。


 その後、冒険者は小部屋の中に入り、奥に置かれていた大きな箱の前に屈みこむと、鍵開け道具を使ってしばらくカチャカチャと音を立てていた。


「よし。罠を外した。入ってきてくれ」


 ラチネッタを先頭に、作業員がぞろぞろと小部屋に入っていく。


 作業員は宝箱を覗きこむと、中に入っていた物品を各々の鞄に詰め始めた。


 ユウキも見よう見まねで宝箱の中身を、支給された鞄に詰めていく。


 だが錆びた短剣、青銅のコイン、片方だけの革靴など、ガラクタがほとんどである。


「こんなもの回収してどうするんだ?」


「実際、ほとんどはゴミだべ。んだども、たまにミスリル製のアイテムが低確率で湧くんだべ」


「なるほどね」


 ユウキの班は次なる小部屋に向かって出発した。


 長い廊下を前進し、小部屋を見つけてはモンスターを倒し、宝箱からガラクタを回収するという作業を続けた。


 小部屋を五つほどクリアすると作業員の鞄はあらかた満杯になった。


「そいでは、そろそろ戻んべ」


 班長の指示に従い、冒険者、作業員、ユウキはぞろぞろと廊下を逆進した。


 まもなく大穴入り口前の広場に帰ってきた。


 広場では監督とそのチームが待機して作業員たちの帰りを待っていた。


「十班ですねー。おつかれさまです」


 現場監督からラチネッタに声がかかった。


 ラチネッタは鞄を下ろすと、キラキラした雰囲気を発している現場監督に近づいていった。


「今日は不作な感じがするべ」


「わかりませんよー。鑑定してみるまでは」


 監督は猫人間から鞄を受け取ると、広間の床に敷かれていたゴザに中身を広げた。


 ユウキも鞄を監督に渡した。


 監督はその鞄の中身も床のゴザに広げた。


 作業員、五人分の鞄の中身がゴザに広げられると、監督はその前でしばし瞑目し、口の中で何か呪文らしきものを唱えた。


「真実を明かす光よ。迷宮が生み出す幻を除去せよ」


 瞬間、迷宮の天井を貫いて上方から透明な光が降り注いだかと思うと、それがゴザの上のガラクタ群に広がっていった。


 錆びた短剣、青銅のコイン、汚れた靴、ネックレス、その他もろもろのガラクタはその光を浴びて蒸発するように消えていった。


「なんだこりゃ。魔法かよ」そのままの感想をつい口に出してしまう。ラチネッタ頷いた。


「光の魔法だべ」


 監督の光の魔法によって、無意味なものが除去され、意味のあるものだけがあとに残されるとのことだ。


 今回の作業であとに残ったのは小さな指輪ひとつだけである。


「確かに不作みたいですねー、今日は」


 監督は苦笑いしてその指輪を拾い上げると、背後に置かれていた鍵付きのトランクにしまった。


「あの指輪、ミスリル三グラムってところだべ」


 ラチネッタは一介の作業員を超えた知見を見せた。


 昨日の彼女は、自分の性と種族に関するコンプレックスを披露し、ユウキを大いに呆れさせたものだった。


 だがラチネッタは、仕事という領域の中では有能な存在のようだ。監督とも何か社会的なことを話し合っている。


「こんなんで、ミスリル足りるんだか? 市庁舎、年内に改築終えたいんだべ?」


「このペースでは間に合いませんねー。初代市長エグゼドスの予言書に書かれたスケジュールに従ってるんですが、第一層から出るわずかなミスリルでは、まったく量が足りませんねー」


「第二層……解放したらいいべ」


「そうしたいのは山々ですけどねー。下層へと繋がる通路はどれもエグゼドスによって封印されているんです。市の力でも解放できないんですよー」


「そんだら仕方がないけども……そもそもなんで市庁舎の改築が必要なんだべ?」


「光の魔力のチャージ効率を高める必要があるみたいですね。予言書によれば」


「市の魔力は足りてるはずではねえですか?」


「今の百倍は欲しいようですねー。何かの『目覚め』に対応できるように」


「何かってなんだべ」


「それはまだわからないんですよー。状況が進展するまで初代市長の予言書は白紙ですからね」


 以上の会話はほぼストレートにユウキの意識を素通りした。元の世界でも政治経済の話題にはまったく興味が持てなかったものである。それは異世界においても同様だった。


 その後、監督の新たな指示に従って、十班はまた小部屋のクリアリングと宝箱の中身の回収という地味な作業に戻った。


 *


 ユウキの乏しい経験によれば、仕事というものは常にわけのわからないものであり、その全貌を推し量ることは難しい。


 しかも今日はバイト初日である。


 この仕事の全貌を理解しようとするのは、巨大なパズルのごく一部のピースから全体像を推理するに等しい無理な試みである。


 ユウキは考えることをやめ、無心に作業を続けた。


 廊下を往復し、小部屋の宝箱の中身を回収しては、迷宮入り口広場まで運んでいく。


 それにしてもこの作業の難易度と肉体への負荷は、スグクルでの軽作業に比べて遥かに軽かった。


 今思い返せば、スグクルでの軽作業は、まったく軽いものではなかった。あんなのは重作業だ。


 真の軽作業がこの異世界にあった。


 ハーフエルフの冒険者や他の労働者と雑談しながら廊下を往復し、宝を鞄に入れて持ち帰る。

 

 自分の物にはならないが、宝箱からどんなアイテムが出たかを確かめるのは射幸心がくすぐられてワクワクした。


 アイテムがかさばって鞄に入りきらないときは、ラチネッタが収容に手を貸してくれた。


「こういう順番で入れればちゃんと入るべ」


「すごいな。収納名人か」


「整理整頓は仕事の基本だべ。仕事を通じて、我々は自分の中のだらしない動物的な気持ちを躾けていくんだべ」


「ふーん」


 猫人間の仕事哲学を聞き流しながらユウキは廊下を往復した。


 やがて何事も無く午前の仕事が終わった。


 *


「ふあー。これで帰れるぞー」


 ユウキは大きく背伸びした。


「こっちに来て鞄を監督に渡すべ」


 ラチネッタに促され、ユウキは迷宮入り口の広場で監督チームに鞄を返した。


 その代わりにずしりと重みのある給料袋を手渡される。

 

「はい、おつかれさま。よかったら明日も来てくださいねー」


 スグクルでの三時間分の給料も銀行口座に振り込まれているはずだが、いまだ未確認のため実感が持てない。そのため実質的に、この給料袋の中身こそが、ユウキが初めて時間労働で得た賃金ということになる。


 ちらりと中を覗いてみる。


 屋台の焼肉串を大量に買えそうな貨幣が詰まっていた。


「こ、これは嬉しいな……」


 ユウキの全身を労働の喜びが貫いた。

 

「また明日も来よう……」


 給料袋の重みを楽しみながら、大穴の外に向かう労働者の流れに乗る。


 その途中、ラチネッタが隣に現れ、ユウキの裾を引っ張った。


「ん? 班長じゃないか。どうしたんだ?」


「こっちに来るべ。あの門を超えたら明日の朝まで『大穴』には戻って来られねえだぞ」 


「それがどうした? もう仕事は終わりだろ。早く帰って羽根を伸ばそうぜ」


 ラチネッタは眉をひそめた。


「あんた、おらと一緒に潜ってくれるって約束したでねえが。第二層に」


「あっ……」


「忘れてたんだべか? ひどすぎるべ」


「お、覚えてるに決まってるだろ、もちろん」


 そうは言ったものの、人生二度目の労働を無事に乗り越えられたことでユウキは感無量となり、実は一瞬すべてを忘れていた。


 この猫人間との約束のことや、闇の塔へ帰還するためのポータルを探していたことや、世界の危機のことなどなど。


「…………」


 ラチネッタは疑わしげな目でユウキを見ている。


 耐えられなくなりユウキは白状した。


「わ、忘れてた。ごめん」


「まあいいべ。素直さは美徳だべ。その分、仕事に一生懸命だったってことだべ。おら、仕事に真面目な人間は好きだべ」


「仕事に真面目? オレが?」


「んだ。おらは軽作業の仕事をして長いべ。んだから他の人の仕事ぶりがよく見えるべ。あんたは真面目でいい労働者だべ」


「そんな、ははは……照れるな」想像外の褒め言葉を受け、ユウキは頭をかいた。


 ラチネッタは地表へと向かう労働者の流れからユウキを引っ張りだしながら言った。


「おらもできることなら、あんたみたいな真面目な労働者になりたいべ」


「真面目だろ。今日も素晴らしい班長ぶりだったじゃないか」


 通路の端に避けたユウキと猫人間の脇を、大勢の労働者が通り過ぎてゆく。


 ラチネッタはうつむいた。


「おらの真面目さ……それは見かけだけの話だべ。労働によってどれだけ真面目さを養っても、おらの血統がそれを邪魔するべ」


「血統?」


 ラチネッタは強くユウキの裾を引っ張ると、通路の端に一瞬しゃがみこんだ。


 そのユウキとラチネッタの目の前を、地表に向かう人たちの足が横切っていく。


 そしてラチネッタはユウキの作業着の裾を握りしめながら、小声でささやいた。


「おらが家に代々伝わる『不可視の指輪』よ。今、その力を発動してけろ」


 ヘルメットとスカーフで髭と耳を隠し続けるラチネッタの人差し指で、金色の指輪が輝いていた。


 瞬間、その指輪はきらめきを増し、ユウキと猫人間を眩しさによって包み込んだ。


「ま、魔法か?」


「わかりが早くて助かるべ。これでもう、おらとあんたは、誰の目からも見えないべ」


 猫人間は自ずからヘルメットとスカーフを外し、さらに革ズボンの尻尾穴から尻尾を外に引き出した。


 体重バランスが変わったのか、猫人間はかかとを浮かせて中腰になった。


 外気にさらされたラチネッタの猫耳と髭と尻尾がヒクヒクと震えている。


 尻尾を覆うフサフサの毛が、いまだ通路の壁際でしゃがみこんでいるユウキの頬をくすぐった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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[良い点] タイトルと違ってなかなか真面目で思慮深く主人公なのが面白い ナンパいいつつ心の交流の話だね [気になる点] こういうチャラいけど陰鬱、チープだけと重みばかりみたいなのってなんてジャンルなん…
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