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暗黒の蛇

 ユウキに手首をつかまれたアトーレは言った。


「本当にやれるんですか。あなたに。暗黒のチャージなど」


 その声色は強く、怒りが滲んでいるようにさえ感じられる。


「そもそもユウキは嫌ですよね。私にそんなことするなんて。無理しなくてもいいんですよ」


「できるさ。舐めるなよ」


 売り言葉に買い言葉で強い返事をしてしまう。


「だったらやってみてください。本当はできないと思いますけど」


 アトーレは両手を広げて挑発するような表情を見せた。


「…………」


 どうせやるなら全力でやろう。本当に大量の暗黒をアトーレにチャージしてやろう。


 ユウキは自らの中に蓄積されているはずの暗黒を呼び起こそうとした。


 それは一瞬、意識を向けるだけで、眠りを起こされた怪物のようにとめどなくユウキの内側に湧き出した。


 それをぶつけるため、ユウキはアトーレをベッドに押し倒そうとした。


「よっ」


 しかし無理にアトーレを押したことにより、ユウキのバランスが崩れた。


「はっ」そこにアトーレがタイミングよく足をかけてきた。


「うっ」ユウキはベッドに転がされてしまった。


「……柔道か。いきなりうまくなったじゃないか」


「あなたが言ってる意味、よくわかりました。バランスが崩れてる人間はこうも簡単に倒せるんですね」


 アトーレはベッドの脇に立って笑った。


「ユウキ、あなた今、とてもバランスが崩れていますよ」


「なんでかな……」


「無理してるからです。本当はユウキ、したくないんでしょう? 私に暗黒のチャージだなんて」


 確かにスキル『無心』を使ってもなお、こんなことを本当にしていいのかという疑問が胸の内に渦巻いている。


 だが自分の本当の気持ち、相手の感情……そんなことを考えていては日が暮れるし何もなせない。


 だからユウキはその議論に踏み込まなかった。


 ただ自分が今、アトーレに、どんなことをしようとしているのかを、具体的に伝えた。


 それを聞いたアトーレの頬と耳朶がみるみる真っ赤に染まっていった。


「えええ! 凄いです……そんなことをされるだなんて……いままで考えたこともありませんでした」


「オレの地元の世界では、そういうことをするんだ。それをオレはこれからアトーレにしたい」


「確かにそれなら……私の肉体だけでなく心まで、奥まで汚されそうですね。そんなことされたら、すごく暗黒が貯まるかもしれません……」


 アトーレは期待に満ちた瞳をユウキに向けた。


「だろ。だから……やってやるよ」


 ユウキは再度、アトーレをベッドに押し倒そうとした。


「ふんっ」


 しかし……。


「はっ」アトーレに柔道技をかけられ、また逆にベッドに転がされてしまった。


「ユウキ……さっきよりも、もっともっとバランスが崩れていますよ」


「なんでかな……」


 といいつつも理由はわかっていた。


 かつて感じたことのない興奮のため肉体とそれを制御する脳神経がおかしくなっているからだ。


 しかしもはやバランスを取り戻すことはできない。


『深呼吸』を発動してクールダウンする冷静さもない。


 ユウキはアトーレを押し倒そうとし、逆にベッドに転がされるというループを、バグったロボットのように繰り返した。


「はあ……はあ……」


 そのうち息が上がってきた。


「もう……しかたないですね。『暗黒の蛇』を貸してあげましょう」


 そう言うとアトーレは手のひらを開いてユウキに見せた。


「う、うおっ!」


 いきなりアトーレの手のひらから、黒いウネウネとした蛇状のものが現れた。


 それは蛇のように鎌首をもたげて左右を探ったかと思うと、ベッドに仰向けに転がされているユウキの腹部に乗ってきた。


 ひんやりと冷たい。


「蛇……お嫌いですか?」


「いや、びっくりしただけだ」


 そういや迷いの森で『樹木の妖魔』と戦うときにも、この暗黒の蛇とやらをアトーレは出していた。


 おそらく暗黒戦士のスキルなのだろう。


 しかし、あのとき出ていた蛇はもっとどす黒く禍々しい雰囲気のものだったが。


 その疑問に答えるかのようにアトーレが言った。


「私の暗黒が減ってしまったため、暗黒の蛇もこんなに弱々しくなってしまいました」


 今、ユウキの腹に乗っている蛇はなんだか小さくて可愛らしかった。思わずユウキは蛇の頭を指先で撫でた。


 感覚がつながっているのか、アトーレがびくんと体を震わせた。


「あまり可愛がらないでください。可愛く見えても、まだ人を拘束するぐらいには使えますからね」


「拘束だと? 誰を拘束しようってんだ? まさかオレか?」


「違いますよ……今から一時的に、暗黒の蛇をあなたに渡します」


 そしてアトーレは呪文のごとき文句を唱えた。


「暗黒の蛇よ、いまひととき主から離れ、この者、ユウキの命に従うべし……はい、これで暗黒の蛇は、ユウキの命令に従うようになりました。何か命令してみてください」


 ユウキは恐る恐る、小さくて可愛い蛇に声をかけた。


「暗黒の蛇よ……オレの手に乗れ。お、おお、凄い。手に乗って丸まったぞ。可愛いじゃないか」


 いろいろ命令して子供のように遊びたくなった。


 しかしアトーレは言った。


「それで拘束してください」


「だ、誰を……?」


「私を」


「…………」


「そして私にさっきユウキが言ったことを……ユウキが私にしようとしていたことを……動けない私に、無理やりしてください」


「い、いいのか? 本当に」ゴクリと生唾を飲んで聞く。


「許諾など求めないでください。快を私から奪い、苦を私に押し付けてください。私を使ってユウキの苦を吐き出してください。そしてもしこの私から何か欲しいものがあるのなら、それを全部、力づくで奪ってください」


「……わかった」


 ユウキはアトーレを見つめた。


 真剣な表情をしている。


 本気なんだ。


 ユウキはもう一度生唾を飲み込むと命令した。


「……暗黒の蛇よ。アトーレをベッドに縛りつけろ」


「きゃっ」


 蛇はアトーレにまとわりつき、彼女をベッドに引き倒し、きつく拘束した。


 ユウキはこれからすることをスムーズにできるよう、暗黒の蛇に指示を出し、ベッド上でのアトーレの姿勢を適切に調整した。


 どんどんアトーレの頬が赤く染まっていく。


 ユウキの心臓もかつてないほど強く脈打ち、体の各部の血管がどくどくと音を立てているのが感じられる。


 そんな中、ユウキはベッド上に膝をついてアトーレに近寄り、その体に触れた。


 重みを持った肉体の実在感が伝わってくる。緊張のためかその胸は浅く上下を繰り返している。


 この体に何をしてもいいんだ。


 どろりしたコールタールのごとき興奮がユウキを包み込んだ。


 その興奮を……濃くそして量の多い暗黒を……すべてアトーレの心と体にぶつけるため、ユウキはもう一度、彼女に手を伸ばした。


 そして触りたい部位に触れる。


 だが……。


「あれ? 蛇が緩んできたぞ」


 ピンとロープのように張り詰め、アトーレの四肢をベッドの支柱に固定していた暗黒の蛇が、たるんで解けていく。


 さらに、黒かった蛇の色素がどんどん薄くなり、少しずつ灰色に脱色されていく。


「おい……どうしたんだよ」


 蛇はベッドの上に小さくなって丸まってしまった。


「おい……拘束が解けてるぞ」


 ユウキはペチペチとアトーレの肌を軽く叩いた。


「…………」


 暗黒の蛇による拘束が解けたのに、アトーレは動かなかった。


 とろんとした顔で、しばらくそのままベッドに仰向けに横たわっていた。


 やがて彼女は力なく言った。


「私の中の暗黒が……溶けてしまいました」


「な、なんでだ? 暗黒をチャージするところだったのに、なんで逆に暗黒が溶けるんだ?」


「それは……嫌じゃなかったからでしょうね」


「オレはさっき説明したようなことを本当にするつもりなんだぞ」


「むしろ……して欲しいみたいです。私」


「オレの中の暗黒を注ぎ込もうとしてるんだぞ」


「暗黒ではないようです。それは私にとって」


「暗黒じゃなかったらなんだっていうんだ。オレのこの欲望はなんだっていうんだ?」


 とろんとした顔でベッドに仰向けになっていたアトーレは、いきなり下から手を伸ばすと、ユウキの手首を掴み強く引き込んだ。


「…………!」


 気づけばユウキはアトーレに強く抱きしめられていた。


 ぎゅっと抱きしめられ、耳元で囁かれる。


「続きをしてください」


 ユウキは無我夢中で体を動かし、続きをした。


 アトーレは喜びに満ちた声を発した。


 枕元で小さく丸くなっていた暗黒の蛇は、どんどん血色が良くなり、今や黒から灰色へ、そしてピンク色へと変化していった。


 シーツのこすれる音と二人の吐息が、宿屋の二階の奥の部屋に響いた。


 *


 だがしかし、しばらくしてアトーレが叫んだ。


「ああああああああああああ、わかりました!」


「うおっ! なんだなんだ?」


「今、わかったんです!」


 そう叫ぶとアトーレはユウキを突き飛ばした。


 ユウキはベッドの角にぶつけた後頭部をさすりながら聞いた。


「あいった……何がわかったんだ?」


「暗黒を貯める方法です!」


 アトーレは早口で言った。


「さきほどユウキに触れられて、暗黒はチャージされるどころか減りました。そのために暗黒の蛇は力を失いました」


「…………」


「暗黒がチャージされるどころか減る、それは考えてみれば当然のことでした。なぜなら昔、貴族の子弟にされたことや、それ以上のことをユウキにされても、むしろそれは嬉しいことだからです」


「…………」


「嬉しいことを体験すれば、当然、私の心は明るくなり、暗黒は減りますよね。少し考えればわかることでした」


「…………」


「さきほど……私はもう暗黒を貯めることを諦めていました。それほど強い気持ちよさと幸せを味わっていたのです」


「なのに……なんで止めたんだ」


「苦行ですよ」


「はあ?」


「今、私は新たな苦行の種を見つけたのです。ユウキとエッチしたい。でもしません。我慢します。そうすると苦しいです。その苦しさが私に暗黒をチャージしてくれます。ほら、見てください……」


 さきほどまでピンク色につやつやとしていた暗黒の蛇が、今、急激にどす黒さを取り戻し、禍々しさを回復していった。


「私、たいていの苦行には慣れてしまって、もう何をしても効かなかったんです。パンを我慢しても、買い物を我慢しても、その苦しさは普通の日常になっていたんです。だからもう苦行しても暗黒は増えなくなっていたんです」


「でも今……ユウキのおかげで、新鮮な苦行を見つけることができました。この苦行がもたらす我慢はすごく辛いです。こんなに辛い我慢、今までしたことありません。だからほら……暗黒がこんなに貯まる……」


 アトーレは瞳孔の開いた瞳を蛇に向け、その白く細い指先で暗黒の蛇の頭をそっと撫でた。


 蛇はどんどん太く黒くなり、ベッドの上でおぞましくうねりはじめた。


 その蠕動する蛇を手のひらに吸収したアトーレは瞑目して言った。


「この暗黒量なら……私、戦えます」

お読みいただきありがとうございます。

今週の更新はこれで終わりです。

来週もぜひお楽しみください。またよろしければ評価、ブックマーク、レビュー、感想などお願いします。

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[良い点] 最新話まで読んでからきちんと感想を書きたかったのですが、読むのが遅いので、途中で書かせてもらいます。 話の流れがとても分かりやすくて読みやすいです。鈍感系主人公がいろいろな異世界の異性に好…
2020/07/02 20:50 退会済み
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