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鍛錬と遭遇

『集中』を解いたユウキは噴水広場を見回した。


「…………」


 広場に人影はほとんどなかった。


 日が昇った直後に来たからか。


 居酒屋、喫茶店、飲食店、その他諸々の商店はすべて軒を閉めている。


 昨日、噴水の裏側の地面に寝ていたストリート・チルドレンの姿もない。


(これだけ人がいないと、広場であっても全然緊張感がないな。楽勝か……)


 そう油断していつもの定位置の噴水の縁に向かうと、ふいに斜め後ろから声をかけられた。


「おはようございまーす!」


 ユウキはビクッと全身を収縮させるとギクシャクと振り向いた。


 デザイン性の高い制服を着た若い女性がそこにいた。


 若い人間種族の彼女は箒で広場を清めながらユウキに笑顔を向けている。


 しかし……長年におよぶひきこもり生活によってユウキの挨拶能力は退化していた。


「……お、お」


「…………?」


「おはよ……ござ…ます……」


 声がうまく出ない。


 彼女は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。


「もうすぐ開店です。朝メニューがあるのでよかったらどうぞ」


「は、はあ。どうも」


 彼女は一体を掃き清めると『喫茶ファウンテン』と看板がかかった店に姿を消した。


 ところでユウキには『店員恐怖』という状態異常が長年かかっていた。


 これは顔見知りになった店員への恐怖が生じるという、地味かつやっかいな状態異常である。


 この異常のせいで、深夜、コンビニに出かける時も、自宅から数キロ離れた店にわざわざ自転車で遠出せざるを得なかった。


 当然、今回も同様のステータス異常が発現した。


 ユウキは思った。


(喫茶ファウンテンだと? 悪いけど絶対に行けないな)


 本来であれば今の見知らぬ人との瞬時の交流は、ユウキに楽しさを与えてくれたかもしれない。


 それによってユウキは『気力』を得ることができていたかもしれない。


 だが多くの異常ステータスを抱え、心のいろいろな部分が閉じているユウキはいまだ、人生の中に豊かに溢れている喜びと自らを断絶させていた。


 いまだユウキはインターネットから断絶された孤独なスマホのようなものだった。


 その断絶を少しずつ埋め、世界と、そこに暮らす人々と、この自分自身を再接続すること。


 そしてそのつながりを通して楽しさ、気持ち良さをやりとりし、互いの中で増幅させること。


 それがユウキが目指すナンパの真の目的なのかもしれない。


 だがこのかすかな洞察は、すぐに消えた。


 だからユウキはまたすぐにわからなくなった。自分が『ナンパ』で本当は何を求めているのかを。


 だが今は五里霧中でもやみくもにでも前進すべきときである。このナンパの道を。


(そうすれば少なくとも世界は救えるかもしれないしな)


 挨拶失敗による自己嫌悪からなんとか脱したユウキは、今日のナンパワークを開始しようとした。


 噴水の縁に腰を下ろし、うつむきながら深呼吸する。


 そして……


(よし、やるか……)


 ユウキはポケットからスマホを取り出しストップウォッチで時間計測をスタートすると、おもむろに顔を上げた。


「…………」


 顔を上げるといろいろなものがよく見える。


 喫茶ファウンテン、居酒屋、食堂、宿屋、魔法道具屋、小間物屋、服屋、土産物屋、食料品店などが噴水をぐるりと取り囲んでいる。


 そんな朝の広場では人の活動が少しずつ始まりつつある。


 喫茶ファウンテンのドアが開き、先ほどの店員がテーブルと椅子を店の前に並べ始めた。


 宿屋から出てきた旅人が背伸びし深呼吸すると、手にしたカップに噴水の水を汲み、また宿屋の中に戻っていった。


 そして路地から現れた幾人かの人々が、ゆったりと広場を散歩していた。


「…………」


 しかしいまだ噴水広場は静かだ。


 噴水の水音のみが響くこの空間で、ユウキは今日のナンパ活動をひっそりと始めていた。


 ユウキが今、行っているのは、スキル『戦略』によって生み出された、ナンパのワークフロー、『顔上げ』の鍛錬だった。


 五分の連続顔上げ、それが当面の目標だ。


「…………」


 広場で一人、顔を上げて前方を見続ける。


 ひとけが少ないため『広場恐怖』の効きは弱い。


 それでも額に脂汗がにじみはじめる。 


 だが状態異常の影響を低減させるスキル、『順応』が効いている。緊張は昨日よりも弱い。


 ……そうだ。


 今のオレなら、昨日より長く『顔上げ』ができるはずだ。


 ユウキは顔を上げて広場をしっかりと見つめ続けた。


 だが……やがてナビ音声が警告を発した。


「気力残量が五割を切りました」


「はあ、はあ……」


 次第に呼吸が浅くなりはじめる。


 視野が少しずつ狭くなり、歪みはじめる。


 ナビ音声が警告した。


「気力残量が三割を切りました」


 まだだ。


 もう少しだけ……。

 

 果敢に『顔上げ』を続ける。


 しかしナビ音声が最終警告を発した。


「気力残量が二割を切りました……気力残量が一割を切りました」


 ここでユウキはとっさに視線を手元のスマホに落とし、荒い呼吸をしながらストップウォッチを確認した。


「はあ……はあ……マジかよ……」


 そこに表示されている『七十秒』という数字を見てユウキは目を疑った。


「昨日は七秒が限界だったのに、今朝はその十倍も顔上げできるようになっている、だと? たった一日で凄まじい進歩じゃないか……信じられない……」


 だがスマホの数字は嘘をつかない。


 ユウキは確かに異世界ナンパを進展させているのだ。


 その実感がユウキに武者震いを起こさせた。


 自分の努力が自分を成長させ、進化させている。


 かつて感じたことのない充実感によって、今、ユウキにプラスのステータス『高揚』が付与された。


 ナビ音声が説明した。


「感情の高まりによって、あなたの『気力』回復率に一時的なブーストがかかります」


「なるほど、このワクワク感……自分の内側から気力がどんどん湧き出してくるみたいだ。よし、この状態で気力回復のための『想像』を発動するぞ!」


 ユウキは目を閉じてスキル『想像』を発動した。


 まず心の中に実家の玄関を思い浮かべる。


 玄関で靴を履いていると背後から妹に声をかけられる。


『ユウキ。どこに行くんだ?』


『公園に散歩に』


 高校生の妹は目に赤いカラーコンタクトを入れ、髪は銀色に染めている。


 昨日の想像とは違い、今日の妹は学校の制服の上にパーカーを羽織っている。


 妹は心配そうに言った。


『今はまだ朝だぞ。ユウキは朝の公園、苦手なんじゃないのか?』


 確かに。


 こんな時間に公園に向かったら、気力が回復するどころか、逆に減ってしまいそうだ。


 だが……。


『まあ、安心してもいいぞ。私が公園についていってやるからな』


 ユウキは妹に先導され、朝の公園に向かった。


 公園では朝露に濡れた芝生を小鳥が歩きまわり、まばらに犬の散歩が行き来していた。


 案の定、朝の広い空間はユウキを落ち着かなくさせた。


 だが妹はユウキの手をひくと、巨木の近くにあるベンチに並んで座った。


『私が隣で護衛しているから、ユウキは安心して休むがいい』


『わかった』


 ユウキはベンチで力を抜いて休んでみた。


 妹が近くにいてくれるためか、とてもリラックスして休むことができた。


 朝日が体を温めていく。


 妹のぬくもりが伝わってくる。


 そして心の奥から高揚感が噴水のように湧き続けている。


 やがてナビ音声が言った。


「気力は完全回復しました」


 ユウキはスキル『想像』を止めると、目を開けてソーラるの噴水広場に意識を戻した。


 スマホの時刻を確認する。


 すると……なんと今日はわずか五分で気力を完全回復できたとわかった。


 昨日は回復に十分かかっていたというのに。


 回復力も大幅な進歩を遂げているようだった。

 

(よし、この調子で『顔上げ』の第二セットを始めるか……いや、待てよ……スキル『半眼』を使ったら、もっと効率よく『顔上げ』ができるんじゃないか?)


『半眼』は目を半分閉じ、外界と内面世界の双方を同時に認識するスキルである。


 このスキルを使えば、『顔上げ』をしながら、スキル『想像』を使って気力回復できるんじゃないか? 


(よし、試してみるか。スキル『半眼』『想像』、発動……)


 ユウキは半分だけ開けた眼で噴水広場とそこを歩きまわる人々を認識した。


 同時に、実家の近くの公園を、心の中に想像した。


 その居心地のいいイメージによって気力が回復を始めた。


 その効果は完全に目を閉じたフルトランスの『想像』に比べ、半分程度しかない。


 それでも『半眼』と『想像』の併用は『顔上げ』可能時間の大幅な延長をもたらした。


(こ、これは凄いぞ! そうか……スキルはこうやって組み合わせて使うことで、より大きな効果を発揮するのか!)


 この気づきの嬉しさにより『高揚』が再付与された。


 気力回復率にさらなるプラスのボーナスがもたらされ、『顔上げ』による気力低下速度はよりスローダウンした。


(こ、これはもしかしたら、このまま五分の顔上げが達成できてしまうのではないか?)


『連続五分の顔上げ』という短期目標を達成できれば、かなりの量の『魂力』がチャージできそうだ。


 そしたらシオンも救えるかもしれない。


 この世界も救えるかもしれない。


 だが今、それは雑念に過ぎない。


(スキル『集中』、発動……!)


 ユウキはシオンのことを忘れ、『顔上げ』と『想像』に集中した。


 だが三分を超えたあたりから額に汗が浮かび、心拍が早くなってきた。


 ナビ音声が警告を発した。


「気力残量が五割を切りました」


「はあ、はあ……」呼吸が浅くなってきた。


 視野も少しずつ狭くなり、歪んできた。


 周囲の人々のざわめきが一秒ごとに大きくなっていった。


 今、一日が本格的に始まり、広場により多くの人が集い始めているのだ。


 多くの人びとの存在がユウキを恐れさせる。


 気力減少が加速していく。


「状態『高揚』の効果が切れました……気力残量が三割を切りました……気力残量が二割を切りました」


 もう無理か?


 いや……まだだ!

 

 ユウキは決然とした強い意志で顔を上げて広場を見つめつつ、心の内側で安らぎを生み出す想像を維持した。


 そして……。


(スキル『深呼吸』、発動!)


 不安と緊張を息とともに吐き出し、その代わりに新鮮な朝の空気を深く胸に吸い込む。


 このとき……ユウキの内と外と肉体との間に、束の間であるが完全なるバランスが確立された。


 それによって気力減少率はかつてなく低減した。


 そして今……ついにユウキは成し遂げたのである。


『顔上げ』連続五分という目標の達成を!


「はあ……はあ……」


 ちょうどそのとき気力残量が一割を切ったことをナビ音声が告げた。


 しかし顔を下ろして『半眼』と『深呼吸』を解いたユウキの手元で、ストップウォッチは五分二秒を指していた。


「はあ……はあ……や、やった、やったんだオレは! 異世界ナンパを!」


 再度、心の奥底から強い高揚感が湧き上がりそれがユウキを貫いた。


 思わず噴水の縁でユウキは拳を天に突き上げていた。


 *


 だが……そのときだった。


 一人の少女がユウキの視界に映った。


 少女は……美しかった。


 その美しさにユウキの意識は一瞬で惹きつけられた。さきほどユウキが達成した完全なる心身のバランスは完全に崩壊した。

お読みいただきありがとうございます。

今日は少し遅くなりましたが、なんとか公開できました。


ぜひ評価、ブックマーク、感想、レビュー、よろしくお願いいたします。

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[良い点] すごいバトルの緊張感 顔上げだけど [一言] きっと苺クリームパスタとか出てくるんだろうな
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