裏庭にて その2
ユウキは星歌亭の裏庭で、なんとなく感じる流れのままに質問した。
「そういやこの世界は『大浄化』とやらのせいで闇の魔力が減ってるらしいな。赤ローブの魔術師も『大浄化』の影響を受けるのか?」
星歌亭の窓明かりを浴びながら、ラゾナは真剣な顔を見せた。
「ええ、そうよ……赤ローブの魔術師は自分に扱える力であればどんなものでも利用する。だけど結局は闇の魔力こそが個人にとっての最大のパワーソースなのよ」
「…………」
「それが減ってる今、私の魔力も減りっぱなしよ。今では巻紙薬に満足に火も付けられない。笑っちゃうわね」
確かにさきほどの魔法は百円ライター以下の性能だった。
「昨日まで自由に使えていた力が、今日には失われているのよ。そして明日にはもっと多くが失われる。一日ごとに十年も歳をとっていくみたい……そんな恐怖がずっと続いているわ。『大浄化』が始まってから、ずっとね」
黒ローブの魔術師同様、ラゾナも『大浄化』によって生き方を変えざるを得ない局面に立たされているようだった。
その不安、恐れ、無力感がスキル『共感』によって伝わってくる。
ラゾナは失われた魔力をわずかでも補充しようとするかのように、燃え残りの巻紙薬を深く吸った。
ユウキは聞いた。
「そのタバコで魔力はどの程度、増強されるんだ?」
「ほんの短時間、ほんの少しだけ、よ」
思わずスキル『説教』が発動されてしまう。
「だったらあまり吸わないほうがよくないか……吸い過ぎは体に良くないぞ」
「わかってるわよ、そんなことぐらいね!」
「ご、ごめん……」
なんとか励ましてやりたかったが、無理らしい。
そういやシオンも魔力を失って自暴自棄な雰囲気を発していたしな……。
魔術師の凋落は世界的な現象ものであって、オレにはどうすることもできないのだろう。
……と思いつつも、ユウキは再度、『質問』スキルを使っていた。
「タバコ以外に何か他にないのか? 魔力を取り戻す方法」
ラゾナは紙巻薬を地面で揉み消すとトゲトゲした口調で答えた。
「そりゃね、いろいろあるわよ。だけどね、どれも副作用があったり、やりたくないことだったりするの!」
「まあ……オレは素人でよくわからないが、たとえば闇の塔には『生命のクリスタル』というものがあって、それは魂の力を魔力に変換する能力が……」
「な、なんで知ってるの? そうかユウキ、君、魔法に興味があるのね!」
「……ま、まあな」
「魔術師でもない君がそこまで知ってるなんて、そうとう調べたんでしょう。偉いわ!」
「ま、まあとにかくだ。探せばいろいろあるんじゃないのか。欲しいものを得る方法が……魔力を回復する方法が……」
「あるわよ! だけどそんな方法、使いたくないのよ!」
なんでかわからないが、ラゾナは頑なに拒否した。
ユウキは再度『説教』を発動した。
「求めるものを全力で求めない人生は虚しいぞ」
「な、なによ。君に何がわかるっていうのよ」
「魔術師のことはよくわからないが、欲しいものがあるならどんな手を使っても手に入れようとすべきだ。でなければ人生は虚しくなってしまう……それはわかってる」
ユウキは己の子供部屋での十年を思い出した。
心の底で『他人とのびのびコミュニケーションできる自分になりたい』と願いつつ、その願いを叶えるための行動を取ることを恐れ、その願望を見ないようにしてきた自分の虚しい日々を。
生ける屍の日々を……。
そう……人は自分の心の底からの願いに従って生きなければ、生ける屍になってしまう。
そして活き活きと生きている他人を羨むようになってしまう。
このラゾナにはそうなって欲しくはない。
「だから……たとえかっこ悪くても、泥臭くても、それがとてつもなく恥ずかしいことでも……欲しいものがあるなら、それをまっすぐ求めるべきだ。オレはそう思うぞ」
「で、でもね……確かに……魔力を高める方法はあるけどね……でもね……」
「どんな方法なんだ?」
「『古い魔術書』に書かれていた方法……だけどとても私にできるとは思えない」
「なんでだ?」
「自分一人ではできない方法なのよ……協力者がいるの……」
「もしオレに手伝えることなら手伝うぞ。どんな協力者が必要なんだ?」
「できれば異性で……しかも『魂の力』が強い協力者が望ましいわ……」
魂の力が強い協力者……だと?
まさにオレのことじゃないか。
異世界転移してきたオレはこの世界の一般人に比べて魂の力が強い。しかもオレは『無形の魂力』を日々、意識的にチャージしようとしている。
「それならオレ、きっと手伝えるぞ」
「ええ……確かに、わかるわ。君の魂の強い力……私も魔術師だから感じとれるわ。でもね……」
「遠慮するなよ。協力するぞ!」
ユウキはスキル『スキンシップ』を使ってラゾナの二の腕を軽く叩いた。
きっと『生命のクリスタル』みたいなアイテムで、無形の魂力を吸い取られることになのだろう。
だがそんなことは経験済みだ。いくらでも協力してやる。
しかし……。
「ううん。ダメよ……そんなこと……」
ラゾナは顔を赤らめた。
ユウキは壁際のラゾナに詰め寄りながら、スキル『暴言』を使った。
「バカだな。つかめるチャンスは掴まなきゃダメだぞ」
ラゾナは目を伏せつつ聞いた。
「君……ユウキは知ってるの?」
「何を?」
「どうやって他人から魔力を吸い上げるか。その方法」
「ああ、知ってるぞ」
なぜかラゾナはさらに顔を赤らめた。
「どんなことをするか知っていながら、それでも、私に協力してくれるっていうの?」
「ああ……協力したいんだ。ラゾナに……」
そう言いつつユウキはもう一歩、ラゾナに近づこうとした。瞬間、地面の草の根に躓いてバランスを崩した。
このままではラゾナにぶつかってしまう。
だがなんとかラゾナの顔の横の壁に手を伸ばし、体勢を立て直すことができた。
しかし体がほぼほぼ密着している。
すごい至近距離にラゾナの顔がある。
激しい心拍数の増加、めまいを感じながらも、スキル『流れに乗る』を必死で発動し、ユウキは断言した。
「オレはやるぞ」
「でも……怖いわ。私、したことないもの」
「誰だって初めてすることは怖い。安心しろ、オレは経験者だ」
「私、ずっと魔力の研究ばかりで……こんな格好してるけど、本当は怖いの。男の人が」
「まあ細かいことは気にするなよ。とにかく早くやろうぜ」
「まさか……ここで?」
「ああ。善は急げだ。たいして時間のかかることでもないしな」
ラゾナは顔を真っ赤にし、しばらく俯いて何かを迷っているようだった。
伏せられた彼女の目が何度かユウキを見つめる。
拳を握ったり、開いたりしている。
だが……視線を切るとラゾナは言った。
「ダメ……」
「なんで?」
「ごめんなさい。今日はダメなの……」
「そうか……」
残念だったが、なにかオレにはわからない深い理由があるのかもしれない。
「それに、もっとあの魔術書を読み込まなきゃいけないわ。あなたの肉体を介していただく、あなたの魂のエネルギー、私がしっかり受け止めて魔力に変換できるように」
「……わかったよ。今日は諦めるよ。でも後日、絶対やろうぜ」
ラゾナはさらに顔を赤らめると、こくりと頷いた。
ユウキは星歌亭の勝手口を開け、ラゾナと共に店内に戻った。
いまだ店内には太鼓の重低音とゾンゲイルの魔力ある声と冒険者たちの嗚咽がループしていた。
カウンター内に移動したユウキは、ふと気になってラゾナに聞いた。
「あのさ。ラゾナが読んだっていう『古い魔術書』のタイトル、なんて言うんだ?」
「ユウキも知ってるんでしょ。……よ!」
爆音にかき消されて聞こえない。
「なんだって? 聞こえないぞ。もっと大声で言ってくれ」
ラゾナはユウキの耳元に口を近づけると大声で言った。
「『性魔術の奥義』よ!」
「…………」
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今週もなんとか月〜金で更新できました。
昨日の更新はかなりギリギリでヤバかったです汗
土日で作業を進めてゆとりを作りたいところです。
次回更新は来週月曜になります。
次週もよろしくお願いします!




