はじめての作詞
ユウキは物置の中で、謎のスキルの詳細を聞いた。
(半眼……だと? 仏像がやってる半開きの目のことか?)
ナビ音声の声が脳内に響いた。
「そうです。半分開けた目で外界を見つつ、半分閉じた目によって自己の内面を見つめるスキルです」
(そう言われてもよくわからないな)
「つまりこのスキルを使うことで、外界と自分の内面世界を同時に認識することが可能になります」
「…………」
確かに今、ユウキはゾンゲイルの存在を濃厚に感じながら、内省していた。
外と内を同時に感じ、認識することができていた。
それは今までの人生でかつてないことであった。
(でも……これが何の役に立つんだ?)
ナビ音声が答えた。
「ユウキは『内省』するのが好きですね」
(ああ……どうやら一人でグチグチ考え事するのがオレの長年の習性らしい。実家の居間で皆とテレビを見ていても、すぐに自室に篭って一人になりたくなる)
「そう……これまでユウキは『内省』をするために、定期的に一人になれる空間にこもる必要があったのです。それがユウキのひきこもり癖を加速させていたのです」
(そ、そうだったのか……)
「ですがこれからはもう、ひきこもらずとも『内省』できます。この『半眼』というスキルがあれば、人前でも『内省』できるからです」
(ま、マジかよ……)
「しかも、精神的に安定し、プラスのエネルギーを発している他者と繋がりながら『内省』することにより、その加護を得ながら『内省』することができます」
その解説通り、ゾンゲイルの前でやる『内省』は、一人でする『内省』よりも、遥かに建設的な体験だった。
ゾンゲイルが発するプラスの雰囲気を感じながら『内省』するほどに、ユウキの気分が少しずつ明るく軽くなっていく。
「ふう……これはいいな。助かったよ」
暗闇の奥から声が返ってきた。
「ユウキがしたいこと、できたの?」
「ああ。おかげですっきりしたよ……ありがとう」
ユウキはスキル『感謝』を使って感謝を表現した。
だが……なんだかまだ、やりたいことが残っている気がする。
なんだろう?
「…………」
今、健全な『内省』によってクリアになったユウキの心の奥から、何か大きなものが溢れ出そうとしていた。
それはゾンゲイルへの、口頭での、一言の感謝だけではとてもたりない、沢山の強い感謝の気持ちだった。
そうだ……オレはいつもいつもゾンゲイルに助けてもらっている。
今もゾンゲイルのさりげない気遣いによって、自己疑念のスパイラルから救い出してもらった。
いつも、ありがとう。
そう思った。
湧き上がるこの気持ちを、何かの形に残したかった。
何か、形に……。
「……そうだ、スマホだ」
スマホのメモ帳に打ち込んで形にした上で、それをゾンゲイルに伝えたい。
ユウキは急いでポケットからスマホを取り出し電源を入れた。
「わ」
スマホのディスプレイが発する光に照らされ、ゾンゲイルが驚きの声を発した。
正面に体育座りしていた彼女は目を丸くしながらも、スマホをもっとよく見ようとしてか、腰を浮かせてユウキの隣に移動してきた。
太ももと二の腕が密着した。
ユウキは思わず緊張に身を縮めたが、ゾンゲイルは興味深げにスマホを覗きこんだ。
「次はこの道具を使って、何かするのね?」
「あ、ああ……」
「私、見てていい?」
「いいよ」
とは言ったもののユウキの指はそこで止まった。
これからスマホに文章を打ち込もうというのだ。
それは自分の心の奥から湧いてくる文章だ。
そんなものを、こんな魅力的な存在の前で、気を散らさずに打ち込めるのだろうか。
これまでユウキは数限りないブログ記事を書いてきた。
ひとつひとつのアフィリエイト記事が、実はすべて大切な思い入れあるユウキの作品だった。
そんな作品を生み出すとき、ユウキはいつも実家の二階の子供部屋で、窓を閉め切ってパソコンのディスプレイに向き合って精神を研ぎ澄まし、気を散らすあらゆる外界刺激を排除した上で、執筆に向かった。
だが今、ぎゅっと肌が密着したゼロ距離に、ユウキの意識を強く奪うゾンゲイルがいる。
ゾンゲイルが放つ磁力的な魅力とうっとりとする香りに意識をすべて飲み込まれそうになる。
しかし今、心の内から湧き上がる感謝の気持ちを、どうしてもスマホのメモ帳に文字として書き残しておきたい。
この異世界にやってきてから、ゾンゲイルには何度も何度も何度もよくしてもらった。
本当にありがとう。
この気持ちをどうしても形にしておきたい。
そのためにユウキはゾンゲイルの存在を忘れ、スマホのメモ帳アプリに意識を完全集中しようとしたがそれは無理な相談だった。
「くっ……」
(魅力が強すぎる……)
元は木造の人形だったゾンゲイルのボディは、今や謎の力によって完全に肉体化していた。
今、暗闇の中でユウキに密着しているのは、強い肉感性を持ったグラマラスな美女だった。
彼女は自分の肉体がユウキに与える影響を知らないのか、より近くからスマホを見ようとしてユウキにさらに強く密着してきた。
この密室でゾンゲイルとゼロ距離、いや、手足が絡み合うマイナス距離にまで密着しながら、メモ帳に完全集中することなどユウキにできるわけがなかった。
そんなことは全人類、誰にも不可能に思われた。
(も、もうダメだ……)
最終的にユウキはゾンゲイルの魅力に抵抗するのをやめた。
ブラックホールに吸い込まれる宇宙飛行士のように、自分が彼女に強く惹きつけられるに任せた。
すると……強く緊張していたユウキの肉体は、わずかにリラックスした。
それによりユウキの体重がゾンゲイルの肉体に預けられた。
「ふっ……」
体重を預けられて胸が圧迫されたのか、ゾンゲイルの口から吐息が漏れた。
「ご、ごめん……」
ユウキは少し体を遠ざけようとした。
だがゾンゲイルはより間近でスマホ画面を見ようとして、ユウキにさらに深く体を密着させてきた。
それによりユウキの胸からも呼気が漏れた。
同時に、自分のものか相手のものかわからない心臓の鼓動がどくどくと脈打って感じられた。
その状態で……ユウキは瞳をすっと細めた。
そして心の中で宣言する。
(スキル『半眼』発動……)
そうだ、このスキル『半眼』があれば、ゾンゲイルの魅力に意識を奪われながらも、同時に自分の内面世界を感じることができるはずだ。
そして自分の内から湧き上がる気持ちをスマホにキャプチャーできるはずだ!
図らずも、このエクストリームなシチュエーションにおいて、スキル『半眼』は確かに機能した。
ゾンゲイルの肉体から伝わるとろけるような気持ち良さに陶酔しながら、同時に自らの心の内から湧き上がる感謝の言葉を、ユウキはスマホのメモ帳にフリック入力で打ち込んでいった。
いつもありがとう
君のおかげで
僕はこの世界で
いつも健やかに
生きていけるよ
それは君の
おかげだよ
ユウキがフリック入力の指を止めると、脳内にナビ音声が響いた。
「スキル『作詞』を獲得しました」
(作詞……だと?)
「心の力によって歌詞を創造するスキルです」
(ば、馬鹿な。これは歌詞なんかじゃない。そんなつもりじゃ……)
「何かが書けたのね! 読んで、聞かせて!」
「そう……これはゾンゲイルに聞いて欲しい言葉なんだ。照れくさいけど……言うよ」
ユウキはスキル『プレゼント』を発動しつつ、メモ帳の内容を読み上げた。
そう……これは何も持たないユウキが今、ゾンゲイルに送ることのできる精一杯のプレゼントなのだった。
一方ゾンゲイルは瞳を閉じてその言葉を味わっていたようだったが、しだいに体を小刻みに震わせはじめた。
接触面から武者震いのような振動が伝わってくる。
ユウキはゾンゲイルの肩を押して距離を取るとその顔を見た。
「お、おい。どうした、働きすぎて風邪でもひいたのか?」
頬を熱っぽく紅潮させたゾンゲイルは目を開けると、強い表情でユウキを見つめた。
「私、頑張る」
「はあ? 何を?」
「こんな歌詞、私に歌えるかわからない」
「…………」
「でも頑張る! 来て!」
ゾンゲイルはいきなり立ち上がるとユウキの手を引いて物置を脱し、星歌亭のフロアに向った。
客席や厨房はすでにすっかり綺麗に片付いており、夜の営業の準備も整っている。ユウキが物置にこもっていた短時間で、ひとりですべてを超スピードでこなしたらしい。
ゾンゲイルはさっぱりとした客席を抜けて奥のステージに立つと、胸に手を当てて発声練習を始めた。
「あーあーあー」
「…………」
ここでユウキは気づいた。
ナビ音声だけでなくゾンゲイルまで勘違いしている。さっきオレが書いたテキストを、歌の歌詞だと思っている。
だがあんな飾り気のないシンプルな言葉、歌詞としてはひどすぎるだろ。
早く彼女の勘違いを正さなくては……。
だがユウキが何か言う前に、ゾンゲイルはユウキのスマホをビシッと指さした。
「さっきユウキが私のために作ってくれた曲、再生して!」
「え、いや……」
「それに合わせて私、さっきの歌を歌ってみるから!」
「…………」
ゾンゲイルのランチを食べた後、確かにオレはスマホで作曲した。
だがあれは、オレが『愚者』となってバカになっているときに作った曲だ。
今、冷静に聴いてみたら耳が曲がるようなひどい曲に違いない。
恥ずかしいから絶対に再生したくない。
だがゾンゲイルは彼のスマホを奪い取ると、音楽制作アプリを起動した。
「な、なんで使い方、わかるんだ?」
「何度か見たから」
ゾンゲイルは恐るべき勘の良さでスマホ側面の音量調整ボタンを連打し音量を最大にすると、ステージ脇のテーブルにスマホを置いた。
そして恐るべき勘の良さで再生ボタンを押した。
さきほどの昼食後にユウキが作った激烈に素朴な曲がスマホから流れ出す。
ユウキはとても耐えられない気分になった。
オレが作ったひどい曲とテキスト、そんなものがまともな歌になるわけがない。
しかも申し訳ないがゾンゲイルはとてつもない音痴だ。
オレが作ったひどい曲とテキストが音痴なゾンゲイルによって歌われたら、そこに生じるのは地獄だ!
だが……。
ゾンゲイルは目を閉じ、胸に手を当て、口を開いた。
「いつもー、ありがとうー」
その歌声のピッチと雰囲気は、ユウキが作ったメロディと歌詞に完全に合っていた。そこに生じたのは地獄ではなく、なんだかよくわからない至福のひとときだった。
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