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寝床のふたり

 ゾンゲイルとユウキはゴライオンの店に帰り、店舗の奥にある寝床で寝た。


 ゴライオンが寝床を彼なりに最善なスタイルにセッティングしてくれていたが、ゴミが溢れ、アルコールの臭気漂うそこは、心と体に良い場所とは言えそうになかった。


 だとしても所持金は少ない。節約せねばならない。


『あんたらは塔の主の使いじゃ。塔の主は儂の恩人じゃ。街で用をこなす間、儂の家に泊まるとええぞ』というゴライオンの言葉に甘えざるを得ない。


 とりあえずこの湿った寝床に横になり、今日はもう何も考えず寝てしまおう。


 明日もやることはたくさんあるのだ。


 ユウキはナンパをして魂力を貯めなければならない。


 一方、ゾンゲイルは星唄亭でランチ営業と給仕をしてお金を稼ぎつつ、夜には歌を歌わねばならない。


 ここでユウキは心配事に心を支配され眠れなくなった。


 歌。


 そうだ、歌が必要なんだ。


 ゾンゲイルのための新たな歌……。


 そんなもの、どこで手に入れられるというのか。


 わからない。


 非常にヤバい。


 歌が無ければゾンゲイルは解雇され、ミスリルは手に入らない。


 ミスリルが手に入らねば、塔の回りの草刈りのための鎌を修理することができない。


 結果、雑草に飲まれて闇の塔は崩壊し、闇の眷属が蘇り、世界は破滅する。


 それはユウキおよび、彼がこの世界で出会った人物全員の死滅を意味している。


「…………」


 人間の情に薄いユウキであったが、さすがにそろそろ、この世界の人々に情が移りつつあった。


 特にゾンゲイルに対しては常時、愛情スキルが発動している。


 できることなら守りたい。


 だがそれを思えば思うほどプレッシャーが高まってくる。こんなプレッシャーを感じたのは大学入試以来か。


 寝床で目を閉じながらユウキはもんもんと悩み続けた。


 だがそのときだった。


「……眠れないの?」


 目を開けると、隣に横になっているゾンゲイルがユウキを覗きこんでいた。


 ユウキはうなずいた。


 ゾンゲイルはユウキの前髪を撫でた。


「ユウキは私が守る。必ず」


「…………」


 そんなこと言われても、どうしたらいいかわからなかった。


 ユウキはどうしたらいいかわからず、ただ自分の中に高まった急激に高まった愛情を送り返そうとして、ゾンゲイルの手を取った。


「あ……」

 

 ゾンゲイルはびくんと手を震わせた。


 急に触れられて驚いたのかもしれない。


 ユウキは手を離して寝床に置いた。


 しばらくするとその手の上にゾンゲイルが自分の手を重ねた。


 かつて感じたことのないレベルで愛情が高まっていくのを感じた。それは寝床の暗闇の中で一秒ごとに倍々に高まっていった。


 だがそのときだった。


 部屋の反対側から地響きのごとき恐るべき唸り声が響いてきた。


「ぐおおおおおあああああああああああああ!」


「うおっ、なんだ?」


 心臓が止まるかと思った。


 ゾンゲイルは寝床の下から短剣を取り出すと一挙動で立ち上がり、ユウキを背後にかばいながら鋭い切っ先を唸り声に向けた。


 唸り声はその後、三回繰り返されたのちに収束した。


 ユウキが半身を起こして見ると、ゾンゲイルの短剣の切っ先の向こう、部屋の反対側に、ゴライオンの寝床があった。


「なんだ。ドワーフのイビキか」


 しばらくするとイビキはぴたりと止まった。


 睡眠時無呼吸症候群でなければいいが。


 多少の心配をしながらユウキはまた横になった。


 ゾンゲイルも短剣を元の場所にしまうと横になった。


「…………」


 *


 静かだ。


 しかし、さまざまな理由から、ユウキはどうしても眠ることができなかった。


 早く眠らなければ明日に響くというのに。


 どうすればいいんだ……?


「そうだ、こうなったら元の世界の力に頼るしかない……」


 ユウキは口の中でそう呟くと、ポケットから太陽光発電機能付きケースに守られたスマホと白いイヤホンを取り出した。


 そしてイヤホンを耳にはめ、実家のベッドで眠れない夜によく聴いていた音楽アルバム、『聴く睡眠薬~優しいオルゴールの調べ~』を再生しようとした。


 このアルバムを聴けば、いつも十分もしないうちに気持ちよく寝付けるのだ。


 無職ひきこもりである自身への大いなる不安があろうとも、このアルバムさえ聴けば、意識は桃源郷のごとき安らかなインナーワールドに導かれ、そこであらゆる現世的不安を忘れて眠ることができるのだ。


 だが……なんということだろう。


 ユウキは絶句した。


 というのも、ユウキのスマホは記憶容量が少ない。いつも家にいる無職ひきこもりの自分には、保存領域など無用の長物であろうという判断である。


 事実、実家では記憶容量が少なくとも何の不自由もなかった。


 音楽は、サブスクリプション・サービスからストリーミングで聴いていた。Wi-Fiの電波が届く限り、そのスマホ運用スタイルで何の問題もなかった。


 しかしここは異世界である。


 異世界にはWi-Fiもインターネットも無いのだ。よって音楽をストリーミング再生することはできない。


「うっ……なんてことだ……」


 こんなことならいつも聴くアルバムぐらいはダウンロードして保存しておくんだった。


 だが後悔先に立たず。


 異世界でストリーミング音楽は聴けず。


 しかし……この非情な事実がユウキをかえって音楽に執着させた。


 何をどうしても今夜、素敵なオルゴールの調べが聴きたい。


 なんとしても、絶対に。


 その執着がユウキにひとつのアイデアを閃かせた。


「そ、そうだ、アレを使えばなんとかなるかも……」


 ユウキはスマホ画面をスワイプし、かつてアフィリエイトの商材とするためにインストールした音楽制作アプリを探し、見つけ、それを起動した。


 そして、かつてアフィリエイト記事を書くためにひと通り学んだ音楽制作理論を思い出しながら、ポチポチとスマホを操作し、作り始めた。


 自分を寝かしつけるための音楽を。


 さて……今夜これから作るのは『素敵なオルゴールの調べ』である。


 よって、音色はオルゴールっぽいものをプリセットから選択する。


 さらにアプリに組み込まれているアルペジオ機能とコード機能を使って、ダイアトニックコードのみの、素朴なコード進行のループを作る。


 そこに即興でメロディを重ねていく。


「……おっ。これはなかなかよくないか」


 十五分ほどうつ伏せになってスマホをいじり続けると、一分程度の長さのオルゴール曲が完成した。


 ユウキはそれを音声ファイルとして書き出し、ループ再生されるようセットして、仰向けになって目を閉じた。


「うん、いい感じだ」


 キラキラしたオルゴールの音色が沁みる……。


「そうそう、こういうオルゴール曲が聴きたかったんだ。あぁ、異世界疲れが取れていく。これで寝れそうだぞ……ん? うおっ!」


 ゾンゲイルが近距離からユウキのスマホを覗きこんでいた。


「それ、何?」


「こ、これは……スマホと言って」


 ユウキは説明した。


「そう……それで、さっき、何をしてたの?」


「お、音楽、作ってたんだ」


「すごい……そんなスキルがあるのね」


「いや、このアプリがほとんどやってくれただけだから」


「ユウキの曲、聴いてみたい。いい?」


 音楽素人であるオレが作った曲など人様に聴かせていいのだろうか?


 そんな謎の羞恥心がユウキを襲った。


 だがゾンゲイルは闇の中で好奇心一杯の瞳をキラキラと輝かせている。


 結局、ユウキは恥ずかしさで真っ赤になりながらも、イヤホンをゾンゲイルに渡した。


 ゾンゲイルはイヤホンを手に取り、小首をかしげた。


「そうか。わからないよな、使い方」


 ユウキはゾンゲイルの髪をかきあげると、その形の良い耳にイヤホンをそっと差し込んだ。


 くすぐったかったのか、ゾンゲイルはぶるぶると身を震わせた。その震えが落ち着くのを待ってから、ユウキは再生ボタンを押した。


「わ……」


 ゾンゲイルの瞳は驚きに大きく見開かれた。


 かと思うと、やがてゆっくりと細められ、閉じられた。


 さらにゾンゲイルは糸の切れた操り人形のように全身の力を抜くと、そのまま重力に任せてころんと寝床に横たわった。


 彼女の口元には穏やかな微笑みが浮かんでいる。 


 完全にリスニング体勢に入っている。 


 しばらくすると健やかな寝息が聞こえてきた。


 ゾンゲイルは寝落ちした。


「……す、すごい効果だな」


 そしてなんていう美しい寝顔だろう。スリーピングビューティーとはこのことか。いつまでも眺めていたい。


 だがそんなわけにもいかない。


 自分も早くあとを追って眠らなくては。


 ユウキはゾンゲイルの耳からそっとイヤホンを引き抜き、自分の耳に挿入した。


 そして自分も素朴なオルゴール曲に包まれて夢の国に旅立とうとした。


 だがそのときだった。


 バチッと音を立ててゾンゲイルが瞳を開けた。


 かと思うと、彼女は半身を起こし、ユウキの手とスマホをぎゅっと握った。


「作って!」


「え……何を?」


「歌。私のために!」


「…………」


 寝ぼけているのか。


 歌なんて作詞家でも作曲家でもないオレに作れるわけないだろ。


 だが寝ぼけている者相手に理を諭すのも面倒なので、ユウキは適当に返事した。


「わかったわかった。作るよ」


「お願い! きっと私、ユウキの歌なら歌える」


「はいはい。わかったわかった。それじゃ、おやすみ」


 ユウキはゾンゲイルに背を向けて目を閉じた。素朴な調べのオルゴール曲が、今度こそユウキを夢の国へと誘っていった。

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