七英雄の円卓会議 その3
この異世界の各地にて邪神が蘇りつつある。その勢力の侵入を防ぐには武器をとって戦うしかない。
だが闇と戦えば戦うほど、いずれ防衛軍自体が闇落ちし、人類の敵となってしまう。
そんな詰みの状態を打破する秘策を、ソーラルの市長代理のユズティは、ついに見つけたという。
ソーラル旧市庁舎の秘められた空間に人知れず存在する円卓で、ユズティは再度、ユウキに告げた。
「ユウキ……あなたの力が私達を助けてくれます」
「オレの力?」
「ええ……ユウキさんの力を使えば、問題は解決できます」
「何を言ってるのかよくわからないな……状況を整理するぞ」
どこか見落としがあるのかもしれないと思い、ユウキはかなり基本的な部分にまで遡って状況を整理した。
「今、悪魔が地獄から溢れてくるのを防ぐために冒険者は迷宮の底で戦っている。また邪神の軍勢が平原に侵入してくるのを防ぐため、騎士とオークの連合軍が北方の『絆の砦』で戦っている」
「そうです」
「だが戦えば戦うほど、各組織のメンタルヘルスが悪化し、いずれは悪魔や邪神の親玉である闇の女神に心を操られて闇落ちしてしまう」
「ええ」
「そうなれば今日の味方は敵となり、俺たちは互いに潰し合って全滅する。これこそが俺たちの抱える問題だったよな」
「そのとおりです」
「そしてこの問題の解決に『オレの力』が役立つ、と?」
「はい」
ユズティはまっすぐユウキを見つめた。円卓に集う関係者一同も期待に満ちた目をユウキに向けている。
「…………」
ユウキは深呼吸した。
先入観を捨ててあらゆる方向から、『オレの力』なるものが問題解決の役に立つ可能性を探った。
だが何を考えても『オレの力』は微々たるものであり、それが戦局全体に大きな変化を生み出すものとは思えなかった。
ユウキはそのことを正直にユズティに伝えた。
「無理だ。オレにはそんな力はない」
「いいえ、これを見てください」
ユズティはホログラムディスプレイに、この円卓という場の雰囲気の遷移を折れ線グラフで可視化した。
「ユウキさんが皆と会話するごとに、この場の雰囲気が上向きになっていくことがグラフに明瞭に示されています」
「確かに……それはそうだな。楽しい会話は互いの気持ちを上向きにする。また実際、オレは楽しい会話を生み出すために、自分のスキルセットを組み上げている。少なくともこの円卓というミクロなエリアの雰囲気を良くする力はオレにある。それは認めよう」
シオンがまるで自らの力を誇示するかのごとく得意げに言った。
「ふふっ。僕の右腕、ユウキ君は珍しい力を持っているだろう? 闇の塔は彼によって守られているんだよ」
ゾンゲイルもニコニコと嬉しげである。
「ユウキ、とても凄い!」
「いやあ……それほどでも……」
照れながら頭をかいたユウキは、ゾンゲイルだけでなく、円卓の多くの者の暖かな視線が自らに注がれていることに気づいた。
(こ、こんなにも多くの人が俺を認めてくれているのか……)
ユウキは思わず目頭が熱くなった。
オレの異世界での活動は人々との信頼関係という美しい果実に実ったのだ。
しかもこの人らは市長代理だったり、大きな組織の代表者だったりと、一角の地位を持った奴らだ。
こんな奴らが信頼するオレは紛れもなく信頼できる男だ。つまりオレに頼れば何もかもうまくいくってことだ。
「そういうことなら、安心してオレに任せろ。オレに任せれば何もかも大丈夫……って違うだろ! 危ない危ない、オレに頼ったら負けるぞ! オレはナンパのことしか考えてないんだからな!」
しかしゾンゲイルが間髪入れず言い返す。
「ユウキはとても凄い! 闇の塔はユウキがずっと支えてくれてる」
「いや、それはその……オレには皆の助けとスキルがあったから……昔、シオンが、オレにスキルを……」
するとシオンは昔を懐かしむような遠い目をした。
「ユウキ君のスキルは百パーセント、君の心の中から生まれたものさ。僕には想像もつかなかったな。基本会話、感謝、深呼吸……そんな地味なスキルが僕たちをこうも力強く支えてくれるだなんて」
塔主に言われたのでは否定することはできない。ユウキはしぶしぶ自分の存在が闇の塔を支えていることを認めた。
「ああ、わかったよ。オレは確かに闇の塔を、オレの力で維持している。だけどな、ソーラル、ハイドラ、大オーク帝国、冒険者ギルド……その他諸々の組織にまで、オレの力を波及させることなんでできるわけがない」
「秘策が私にはあるのです」
「……秘策?」
「ええ。ユウキさんから頂いた闇の塔のデータによれば、塔のメンタルヘルスの数値は毎夜の激戦にも関わらず良好に保たれていますね」
「いつもギリギリだぞ。関係者がいつメンタルブレイクを起こさないとも限らない」
ユウキはこの円卓にもいるメンタルブレイクを起こしそうな関係者、シオン、アトーレ、ラチネッタを刺激しないよう目をそらしながらそう言った。
「だとしても、ユウキさんが手を尽くしていることで、軟らかく朗らかでのどかな空気が創造されているんですよ。それは光と闇という二極化されたエネルギーとはまるで違う、もっとのどかで柔軟なエネルギーです」
「仮にそんなものを闇の塔が生み出しているとして、それで何がどうなるっていうんだ?」
「闇の塔とソーラルはポータルを介して繋がっていますよね?」
ユズティがそう言うと、シオンがうなずいた。
「うん。ユウキ君によって再起動されたポータルが、闇の塔とソーラルのエネルギーをつなげている。だから本来であれば闇の塔を離れては生きられない僕が、このソーラルでこうして活動できているんだ」
ユズティは闇の塔とソーラルの模式的な図をディスプレイに投影した。
「ご覧ください。そもそも闇の塔と、この光の街、ソーラルはエグゼドスによって対となる存在として創造されているのです。互いが光の中の闇、闇の中の光となるようにと」
太極図に酷似したその図を指差しながらユズティは言った。
「今こそ闇の塔とソーラルを一つに統合しましょう。そうすれば、ユウキさんが闇の塔で日々生み出している軟らかなエネルギーは、このソーラルにまで届きます。さらにそのエネルギーは冒険者ギルドを賦活し、ミスリルの送魔力線によってアーケロン平原の隅々に届き、北方の『絆の砦』にまで届きます。このようにして私達はこの戦いがもたらす精神の荒廃に立ち向かうのです!」
「ちょ、ちょっと待て。そんなこと言われても、どうやって闇の塔とソーラルを統合するっていうんだ?」
ユウキの質問に対しシオンが答えた。
「権限を持つ者の意図によって、それは成し遂げられるだろうね。あらゆるエネルギーは意図に従うのだから」
「権限を持つ者って、誰だ?」
「今、闇の塔の全権を持っているのは君だよ、ユウキ君」
シオンがそう言うと、ユウキの右手にはめられた塔主の指輪が怪しい輝きを発した。
「い、いいだろう。確かにオレは今も闇の塔の全権代理人だ。しかしソーラルに関しては何の権限もないぞ」
するとユズティが真剣な目でユウキを見つめた。
「市長の座は空いており、その任命権は私にあります」
「ま、まさか……」
ふいにユズティはユウキに背中を向け、円卓の間の壁際に向かうと、初代市長エグゼドスのタペストリーをめくった。
タペストリーの裏には壁のくぼみがあり、そこには古びた木製の櫃が収められていた。
ユズティは櫃をうやうやしく取り出すと、円卓に置いて蓋を開けた。
櫃の中には両刃の刀剣が収められていた。
円卓会議の参加者から驚きの声が上がる。特にエクシーラが目を丸くして食い入るように刀剣を見つめている。
「まさか、これはエグゼドスの……形代は市庁舎に飾られているはずだけど、本体はこんなところに隠されていたっていうの?」
ユズティはうなずいた。
「ええ、そのとおりです。これは初代市長の愛刀、邪星剣の本体です。ユウキさん、これを手に取ってください」
「取るとどうなるんだ?」
「邪星剣は使い手を選びます。この剣に認められなければユウキさんは命を失うでしょう。そしてその魂は永遠に星と星の狭間をさまようでしょう」
「…………」
「ですがユウキさんはこの剣に認められるでしょう。なぜなら、私にはわかっているからです。ユウキさん、あなたこそが私達をまとめていくにふさわしい人だと」
「まさかあんた……オレにソーラルの市長になれって言ってるのか?」
「ええ。お願いします、ユウキさん」
ドワーフのゴライオンは腕を組んでうなずいた。
「ユウキは信頼できる若者じゃ。儂をアル中から救ってくれたんじゃ」
「…………」
ハイドラの姫騎士も同意した。
「ユウキは自分を投げ打って私を助けてくれた。そんなユウキなら市長にふさわしいと思う」
オーク防衛部隊の隊長はユウキの背を厚い手の平で叩いた。
「あんたなら、どんな大変なことでも全力で受け止めて、乗り越えていける。なんでかわからないが、そんな気がするんだ」
「…………」
さらに冒険者ギルドの最高顧問までもがユウキに剣を取るよう勧めた。
「いいと思うわ。やりなさいよ、ユウキ。邪聖剣、ひ弱なあなたでも身につけられるほど軽い剣よ。その力は星よりも重いけれどね」
ラチネッタ、アトーレといった闇の塔のインサイダーは、いつも通りの信頼の籠もった視線を目をユウキに向けている。
シオンもうなずいた。
「そうだね……突飛な案に思えて、僕にもこれしか方法は思いつかないよ。ユウキ君がソーラルの市長になれば、僕たちは闇に飲まれずに戦い続けていける。そう思うよ」
「しかし……」
市長だと?
ナンパしたいだけのオレにそんな大役が務まるわけがない。そもそも市長になってもナンパの時間は取れるのか?
ユウキは自分を止めてくれそうな者を円卓内に探した。だがいまや誰もが期待に満ちた目をユウキに向けていた。
(そ、そうか……この円卓は光の魔力で満たされている。そんな空間では、たやすく人の心と心は同調するんだ。このままではオレまで『オレを市長にする』という意見に同調してしまいそうだ)
その同調を断ち切るため、ユウキは心の中に闇を呼び出し、強固なエゴを固めて市長になることを回避しようとした。
だが強固なエゴもまた自らが市長になることに賛成していた。なぜならばエゴは強さを求め、世に名を残すことを求めるからである。
いまやユウキの中の光と闇のすべてが市長になることを望みつつあった。
そんな中、ふいにゾンゲイルがユウキの前に立ち、円卓の皆からユウキをかばうようにした。
「ユウキはすごい人。だけど嫌なことならやらなくていい。私が守るから」
「いや……いいんだ。ありがとう、ゾンゲイル」
ユウキの気持ちは決まった。
だが念の為、大切なことを確認しておく。
「オレがこの剣に認められ、市長になったとしても、一日に二時間ほど、自由な時間を持つことはできるか?」
「ええ。実務は私達、行政官が全力でサポートします」
「いいだろう。それじゃ……邪星剣よ、オレのものになれ!」
櫃に近づいたユウキが刀身に手を伸ばすと邪聖剣から強力な霊気が放射され、それはユウキのエネルギーシステムすべてを貫いた。
(う、うおおっ)
視界が真っ白に染まる中、ユウキの中の多くのスキルと人格テンプレートが強制起動され走査されていく。
失われていく意識の中、ユウキは何者かの声を聞いた。それはかつて大穴の迷宮、第二層の転送室で聞いた声だ。
「ふむ。いまだ満たされぬ人格の欠損部から多くのエネルギーが流出している。『完全なる人』にはほど程遠いな。だがお前のその珍妙なスキルセットで、よくこの高みにまで手を伸ばした。そのことに敬意を払い、我が剣と市を託そう」
「まじかよ……」
白く埋め尽くされた視界の中に、虹色を超えた万色の光の渦が流れ込んでくる。初代市長にして闇の塔のマスター・エグゼドスの記憶とスキルが、エネルギーとしてユウキの中に流れ込んでくる。
処理能力を遥かに超えた大量のエネルギーの流入によりオーバーヒートに至ったユウキは、ゾンゲイルの腕の中に倒れ込みそのまま気を失った。だがその手には固く邪星剣が握り込まれている。
お読みいただきありがとうございます。
次回は2月11日ごろ更新の予定です。
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