七英雄の円卓会議 その1
会議の司会進行を務めるユズティが言った。
「では会議を始めましょう。まずは『市長の予言のコーデックス』を御覧ください」
「予言のコーデックス? なんなんだ、それは」
円卓についたユウキは小さく挙手して質問した。
「実物は皆さんの目の前にありますのでどうぞ御覧ください」
ユズティが円卓に手を触れると、円卓中央部に円筒状のホログラムが浮かび上がった。ユズティが説明した。
「初代市長のエグゼドスが高位次元魔法によって垣間見た未来の危機と、それを乗り越えるための助言が書かれています」
会議の出席者は身を乗り出して、ホログラムに書かれた予言を読み取ろうとした。しかしそこに書かれた文字を誰も読めない。
「予言は古代魔法語で書かれていますので、私が代わりに読み上げましょう。『闇の女神の覚醒が迫る年。二つの国と一つの市が邪神勢に立ち向かう年。円卓に七英雄の末裔を招集し、そこで生まれる新たなアイデアを尊重せよ』」
「…………」
円卓にしばし沈黙が流れる。
「それでは皆さん、会議を初めてください。そしてどうか、新しいアイデアを生み出してください」
ユズティは強引に沈黙を破り、会議を始めようとした。だが沈黙はより一層、重くなるだけだった。
かなりの重大会議のようだが、ユウキとしても、まだ会議の議題もコンセプトも自分の立ち位置もよくわからない。
皆が沈黙しているとユズティが急かした。
「この部屋……『伝説の円卓』は次元の狭間に存在しています。長過ぎる滞在は皆さんの存在を無に溶かします。手早く会議を進めましょう」
「まじかよ。そんなに危険な空間なのか、ここは?」
ユウキは反射的に口を挟みつつ、伝説の円卓なるこの空間を見渡した。
壁と床は白い薄靄に覆われている。
ユズティはうなずいた。
「ええ、危険です。同時に今、世界でもっとも安全に守られている場所でもあります。闇の女神の思念も、エグゼドスが張り巡らせたこの靄を貫くことはできませんから」
白い靄に覆われた壁には、七人の英雄が描かれたタペストリー……大穴のポータルに飾られているレリーフと同様の意匠のもの……がかかっており、部屋の中央の円卓はそれら七枚のタペストリーによってぐるりと周りを取り囲まれている。
どうやらそのタペストリーに描かれた英雄の関係者が、その前の席に座っているらしい。
岩のごときドワーフが描かれたタペストリーの前には二つの席があり、老ドワーフと、見知らぬ女子小学生のごとき子供が座っていた。
「おっ、ゴライオンじゃないか。なんでここにいるんだ?」
「おお、ユウキか……すまんのう。儂のような老いぼれがこんな場にいる資格はないんじゃが。ありがたくも市長代理から招待状を頂いたものでのう」
ユズティが老ドワーフに微笑みかけた。
「いいえ、あなたは岩の如きライタンの末裔。しかも今では数少ないミスリル武器と防具の専門家です。ですからお孫さんのミニアさまと共に招待させていただきました」
円卓にいる二十数名の視線を集めたゴライオンは、震える手でテーブルの上やチョッキの裏を探った。孫のミニアがその手を叩いた。
「おじいちゃん、お酒は無いよ」
ミニアという名の少女、そういえばゴライオンの店で何度かその姿を見かけたことがあった。
近所の子供かと思っていたが、どうやら老ドワーフのひ孫らしい。
若干の骨の太さを感じるが、ぱっと見、ミニアは小学校の教室にいそうな少女に見える。ランドセルがよく似合いそうだ。
(なるほど……この世界のドワーフの女は小学生のような見た目をしているってわけか)
かなり可愛いミニアにユウキは思わず目を引きつけられた。むろん女子小学生にそんな視線を向けていいわけは無い。
意志の力で視線を切る。
だがここでユウキは考え直した。
(待てよ……ドワーフと言えば人間より長寿じゃないか。ということは、女子小学生に見えるあのミニアも俺より年上であると思われる)
そういうことなら何の問題もないな。
完全合法だ。
あとでナンパしよう。
などと考えていると司会のユズティが手を叩いた。
「紹介! それを忘れていました。時間は惜しいですが、まずは皆さんを紹介させていただきます。ドワーフのゴライオン様のことはもう紹介したので、次は猫人の皆さんを紹介させていただきます」
ユウキは円卓のドワーフコーナーの隣、猫人コーナーに目を向けた。
伝説の盗賊ミカリオンが描かれたタペストリーの前の席に、ラチネッタが緊張した面持ちで座っているのが見えた。ユウキやシオンと同様、この会議に招かれていたらしい。
ユウキが手を振ると、その隣に座る妖艶な美女……ラチネッタに大人の魅力をプール一杯分ほど注ぎ込んで妖艶に成長させたような女性が微笑みかけてきた。その誘うような視線に射すくめられてユウキは思わず生唾を飲み込んでしまう。
ラチネッタはユウキに手を振り返しつつ、司会のユズティに聞いた。
「あのう……それで……おらたちは一体、何のアイデアを出せばいいんだべか?」
「コーデックスには『アイデア』についての詳細は書かれていません。ですが前の文や、今の時勢を鑑みるに、おそらくは『世界を救うためのアイデア』なのではないでしょうか?」
「おらもそう思うべ。やっぱり世界情勢は悪いんだべか?」
「ええ……あとでこの世界の現状をシェアします。その前に今はお集まりいただいた皆さんの紹介を続けましょう」
収容人数の関係で、各陣営は代表、副代表、護衛の三名までになっている。
猫人の代表は妖艶な魅力を持つ猫人郷村長シマリエリ。副代表はその娘、ラチネッタとのことである。円卓に着くその二人の後ろに、もうひとり護衛の猫人間がおり、野性的な魅力を放ちながら油断のない目を光らせている。
(やっぱり猫人たちは美人だ……必ずあとであいつらをナンパしなくては。しかしあんな美人に声をかけられるのか?)
特にラチネッタの母、シマリエリにナンパすることを想像すると身がすくんだ。
その恐れをスキルによって浄化していると、ユズティは次の陣営の紹介に移った。
「こちらは大オーク帝国の皆さん、初代皇帝ボズドムの血脈を受け継ぐハンズ隊長とその部下のお二人です」
オークの顔は全員同じに見えるし、そもそも男に興味はないのでユウキはスルーしようと思った。
だがハンズとやらの牙の出た厳しい顔を一瞥すると、ユウキの心拍数が一気に跳ね上がった。
「うおっ、あのオーク!」
(オレをあの祭壇で犯しまくったオーク儀仗衛兵隊の隊長じゃないか! あの野郎……洗脳されていたとは言え、あんな犯罪行為を犯しておきながら、のうのうとこんな場に出てくるなんて)
ユウキの気持ちを代弁するかのように、各陣営からオークに対する友好的とは言えないざわめきが上がる。
オークは腕を組み、顔を赤くしてそのざわめきを受け止めていたが、やがて口を開いた。洗脳が解除されている今、ハンズの口調は誠実そうである。
「ああ……私には、ここに臨席する資格はない。初代皇帝は五万人の子を成した。その血を引くオークなど私の他にいくらでもいる」
「いいえ。先日の儀式であなた方、儀杖衛兵隊は『異界の女神』の発するエネルギーを間近で浴び、心が浄化されていることが確認されています。それゆえに今、あなた方のみが闇の女神に心を操られていないオークとして信じられるのです」
全世界に自らの痴態が放映されたことを思い出して恥じているのか、またオークは顔を赤らめて腕を組みつつうなずいた。
「そういう理由なら、末席に加わらせてもらう。役には立たないと思うが……」
どうやらハンズは先日の儀式で洗脳されたことにより、社会人としての自信を失っているようである。
「次は我々の番であるな。暗黒戦士のアトーレと申す」
暗黒鎧を完全装備して円卓に座るアトーレから重々しくひび割れた声と、ガチャガチャという鎧が立てる音が響いた。
アトーレは暗黒鎧の胸当てに拳を当てて言った。
「臨時暗黒評議会の調べによれば、この暗黒鎧に宿りし悪霊のいずれかが、エグゼドスと旅せし初代暗黒戦士である可能性が高いとのこと。皆、出てくるがよい」
そのアトーレの呼びかけとともに、十二体の怨霊が暗黒鎧から溢れ出した。
一気に円卓の温度が下がり、暗黒の瘴気が円卓に広がった。
会議の出席者は口元を布で覆ったり、防御のための護符を握りしめるなどして、穢れから身を守ろうとした。
アトーレは十二体の怨霊に命じた。
「お前たちの中に七英雄に数えられる英霊がいるのなら名乗りをあげよ」
だが怨霊たちは互いに顔を見合わせると首を振った。
「ふむ。どうやら皆、記憶を失っており、当時の仔細については皆目わからぬとのことである」
「そ、それではその……怨霊の皆さんに、鎧に戻るよう頼んでいただけますか?」
「うむ。戻れ」
アトーレががそう命じると怨霊はぞろぞろと鎧に吸収されていった。だが二体、鎧に戻らず半透明の怨霊体でアトーレの脇に佇む者がいた。
「この二体は我の付き人としてこの場に留まるとのことである。他の陣営もそうしているのだ。問題なかろう?」
「え、ええ……そうですね……」
ユズティは無意識的にか、暗黒戦士コーナーから距離を取りながらも頷き、次のグループの紹介に移った。
暗黒戦士の隣には、きらめきを発する白い鎧に身を包んだ女がいた。
後光を放ちながらその女は言った。
「ん。僕は怨霊は気にならない。ゴゾムズの威光に包まれているから」
白色のオーラを発するその女にユウキは思わず声をかけた。
「お、お前は姫騎士のココネルか。しばらく見ないうちに、なんというかたくましくなったな。鎧が似合ってる」
「この格好で現場に出てるから」
前に会ったとき、ココネルは姫騎士に即位前ということで仮面を被っていた。だが今はフルオープンの美貌が白日のもとにさらされている。
(めちゃめちゃ美人じゃないか。こりゃオークの気持ちもわかるぜ)
ユウキはこのままナンパを続けることにした。
「鎧を着る現場というと、戦場に出てるってことか?」
「ハイドラを邪神の軍勢から守る戦い。僕が総大将なんだ」
「わかる! 大変だよな」
「何がかな?」
「俺もたまに戦場を指揮するんだが、一兵士とはまた別の気苦労があるんだよな。あとでそういう上に立つ者の苦労について語り合おうぜ」
姫騎士はしばし考え込む様子を見せた。
良い徴候だ。
勢いづいたユウキはさらにナンパを続けようとした。
だが姫騎士の横、『永遠の冒険者エクシーラ』コーナーに座るエルフがきつい口調で咎めてきた。
「姫にそんな気軽な口を聞くのはおやめなさい!」
「お前……エクシーラ……服が血だらけだぞ」
「大穴の深層から魔法で直行してきたからよ! 私はエクシーラ。さきほど市長代理が明かした通り、七英雄の一人よ」
円卓から驚きの声が上がる。
どうやらエクシーラが七英雄の一人であることは、公式には隠されていたらしい。そういえばユウキとしても初耳であった。
「なんで隠してたんだ? 自分が七英雄の一人だって」
「私の師、聖騎士ライフ様に比べれば私など荷物持ちに過ぎなかったからよ。それに過去の実績なんて新しい冒険の邪魔になるだけ。だから私がエグゼドスの仲間だったことは、おおっぴらには言わないようにしていたのよ」
「なるほど」
「でもこの場では隠せそうにないわ。市長代理は『エグゼドスの日記』を持ってる。そこに私の名前が書かれているはずだし、何より……」
エルフが振り向いて見上げたタペストリーには、エクシーラと瓜二つというか、明らかに同一人物の姿が描かれていた。
「ぜんぜん歳、取ってないんだな」
「そんなことないわよ。エグゼドスやライフ様と旅して早千年、ずいぶん小じわが増えたわ。新しいことへの興味も薄れてきたし……」
エルフは聖騎士が描かれたタペストリーに顔を向けると、目を閉じて千年前に思いを馳せ始めた。
「ああ……辛いことも多かったけど、楽しい冒険だったわね。ライフ様……」
「疲れてるらしいから次に進もうぜ……シオン、俺たちの自己紹介の番だぞ」
「わかったよ。僕はシオン・エグゼドス……最強の魔術師の名を受け継ぐ闇の塔のマスターだ。この男は僕の右腕、ユウキ。彼の言葉は僕の言葉だと思ってほしい」
「ええ、わかりました。それでは最後に、私達、市職員の者も紹介させていただきます」
ユズティは市職員のスタッフを幾人か紹介すると、最後に自ら名乗った。
「私は市長代理、ユズティ。私達、市職員は、初代市長に連なる者。それゆえに、私が座る席はここになります」
ユズティはユウキの隣、魔術師エグゼドス関係者のコーナーに腰を下ろした。つまりユズティも七英雄にまつわる者ということか。
「それでは……皆さんの紹介も終わったところで会議を進めましょう。世界を救うための、七英雄の円卓会議を」
円卓の全員がうなずいた。
ユウキはうなずきつつ、いかにこの会議の中でナンパを進めていくかについて戦略を立てた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、来年1月の14日くらいの予定です。ぜひ次回もお読みください!
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