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ユウキと美人姉妹

 ベッドに横たわる女、ユズティにのしかかり、その全身を弄っているところを彼女の妹に見られてしまった。


「…………!」


 ユウキは反射的に飛びすさりかけた。


 しかしそんなことをすれば、『初代市長の霊廟』というこの公共の場でやましい行為をしていたと白状するも同然である。


(まあ事実、やましい行為をしていたわけなのだが……)


 市長代理ユズティと喫茶店店員のモカは姉妹らしい。家でも顔を合わせるはずの彼女たちの関係が気まずくならないよう、ユウキとしてはできるかぎり配慮したかった。


 とりあえずスキルを発動して気持ちを落ち着けると、あえてベッド上でユズティにのしかかったまま振り向いた。


「店員さん……モカか。いい名前だな」

 

「ユウキさん……お姉ちゃんに何を……」


「見ればわかるだろ」


「わ、わかりますけど……ダメですよ、こんな公共の場で……」


「確かに、勝手に展示品のベッドを使ったらダメかもな。続きは立ってするか」


「なっ、何を言ってるんですか!」


 ベッドのユズティと背後のモカから同時に声が上がった。姉妹だけあって口調が似ている。


 ユウキはうなずいた。


「そうだな。せっかくだから最後までベッドでしてしまうか。モカはそこで見ててくれ」


 ユウキは再度、ユズティに覆いかぶさった。


「ダメダメダメ、ダメです!」


 再度、姉妹双方から声が上がった。


「なんでだ? この『疲労回復のマッサージ』はもう少しで終わるところだ。あと数分ぐらい、ベッドを使ってもいいだろ」


「ま、マッサージ?」


 ベッドの脇でモカが目を丸くして問いかけた。


「ああ。そうだが?」


「そうだったの? お姉ちゃん」


 ユウキに覆いかぶさられた状態のユズティは、しばらく戸惑ったのちにうなずいた。


「え、ええ。私、最近疲れてたみたいで……ユウキさんはすごくマッサージが上手で」


「で、でも、お姉ちゃんとユウキさん……どう見ても……」


「どう見ても、なんだ?」


「う、ううん」


 ユウキが振り返ると、モカは顔を赤らめてうつむいていた。


「そういうことだから、店員さんはそこで見ててくれ」


 ユウキは各種スキルを再発動してさらに気持ちを落ち着かせると、『一欠片のやましさもありませんよ』という堂々たる手つきでユズティの上半身と頭周りをマッサージしていった。


 同時に、元の世界で空奈に教えてもらった理論を専門家らしく語って説得力を高める。


「オレの国では、古来、『ツボと経絡』という概念があってな。たとえば薬指の先から肩、耳の裏、そしてこめかみへと、生命エネルギーが流れるルートがあると仮定されている。この『三焦経』の出発点である『関衝』のツボを押してみよう」


 ユウキはユズティの手を取ると薬指の爪の根元を圧した。


 さらに手の甲にある『中渚』から手首にの『陽池』というツボを経由し、前腕部へと指圧のポイントを移動していく。


「う、ううっ」ユズティがうめいた。


「お姉ちゃん!」


 モカがユズティの反対の手を握ると、抗議の視線をユウキに送った。


 ユウキは動じなかった。


「痛いのは効いてる証拠だ。あんたのお姉さんが元気になって、また市政に全力を尽くせるようになるために、心配でも黙って見てるんだ」


 そして指圧を再開する。


 ユズティは苦しげなうめき声を上げながら、ベッドの上でビクビクと痙攣した。


 あるいはモカに見られている緊張からか、ユウキが強すぎる刺激を送り込んでいるのかもしれない。


 だが二の腕から肩へと昇っていくにつれ、声に気持ちよさそうな成分が混じってきた。ユウキの手つきも滑らかになってきた。


 三焦経の終点、眉毛外端部にある『絲竹空』を刺激するころには、ユズティは催眠術にかけられた哺乳動物のようにユウキの手の内でなすがままになっていた。


『集中』によってゾーンに入ったユウキはスキル『共感』と『半眼』によってユズティの体内を直感的に感じると、よりフリースタイルに彼女の肉体の各所に調整を加えていった。


 やがてユズティは規則正しい寝息を立て始めた。


 ふと振り返ると、ベッドの脇でモカは口元に手を当て目を丸くしていた。


「す、すごい……家で私を怒ってばかりいるお姉ちゃんが、こんなにリラックスして気持ちよさそうに寝てしまうなんて……」


「そうだ、店員さん……モカも本を読みすぎて目が疲れてるんじゃないか?」


「そ、そうです! 最近、視力がどんどん落ちてきてるんです」


「だったら、モカもやってみないか?」


「いいんですか?」


「ああ」


 ユウキがうなずくと、モカは受付の裏から『準備中』という立て札を取り出して『初代市長の霊廟』の扉の外に立てかけ、さらに内側から扉に鍵をかけた。


「これでしばらくは誰も入ってこないはずです」


「お、おう。気が効くな。それじゃ、こっちに来てくれ」


 ユウキはモカをベッドの隙間に呼び寄せた。


 三人分の重さを受け止めたベッドは大きく軋んだ。


 ユズティの隣で、ユウキは時間をかけて彼女の妹の全身に触れていった。


 おそらくこの世界初の東洋医学的な手技が激烈に効いたのか、はたまた発動しておいたスキル『癒し』が功を奏したのか、『初代市長の霊廟』の展示物である質素なベッド上で姉妹は深い眠りに落ちていた。


 マッサージを終えたユウキは初代市長が使っていたとされる椅子に腰掛けると、各種スキルをさらに全力で発動して気持ちをむりやり落ち着けると、姉妹の目覚めに備えた。


 やがてユズティとモカがほぼ同時に目を覚ました。


 ユウキはユズティに可能な限りさわやかに微笑みかけた。


「どうだった? オレの故郷に伝わるマッサージは」


「そ、そうですね。とても良かったと思います」


 ユズティは今度は光の剣などを召喚することもなく、気まずそうにうつむいただけだった。


「妹さん……モカも少しは読書の疲れが取れたんじゃないか」


 ベッドから降りたモカは首や肩を回すと、ユウキが初代市長の机に積んでおいた本を手に取りパラパラとページをめくった。


「す、すごい……私の読書力が回復してます!」


「読書力?」


「教えてあげますよ。読書力を身につければ、読書スピードと理解度が何倍にも高まります。まずは目の焦点を……」


 モカはいきなり速読術のごときものをユウキに講義しようとした。


「いや、ちょっと待ってくれ。いつまでもこの部屋を閉めてるわけにもいかないだろ」


「そ、そうですね。続きは闇の塔で教えてあげます」


「闇の塔ですって……モカ、あなた、闇の塔に行くつもり? ユウキさん、あなた、私の妹をどうするつもりなんですか!」


 ユズティはユウキを睨んだ。


「いや、モカがあんたの妹とは知らなくてな。単に書庫整理のバイトを頼もうと思ったんだが……やっぱり断るよ。危険だからな」


 だがモカはきっと姉を睨んだ。


「お姉ちゃん、邪魔しないで! ユウキさんも、まずは私が図書館から選んできた本を見てください」


「どれどれ」


 ユウキは机に積んでおいた本をペラペラとめくってみた。


 すると……。


「なんだこりゃ。めちゃめちゃ面白そうじゃないか」


「小説だけじゃなく、歴史や政治の本もありますよ」


 それらの本も数ページめくってみると、まさにこれこそが今、自分にとって必要な情報であるとわかった。


「アーケロンとソーラルが直面している、歴史的、地政学的課題が手に取るようにわかる……これがあれば闇の塔が今後取るべき戦略が見えてくるぞ!」


「私のスキル『直感的本選び』があれば、闇の塔の皆さんが今読むべき本をこのように確実に選んであげられます!」


「ま、まじかよ。あんたの妹さん、とんでもない強力なスキルの持ち主だな」


 ユウキはユズティを見た。ユズティは妹を誉められてまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。


「でもモカ……闇の塔で働くなんて」


「お姉ちゃん、私の将来を邪魔しないで!」


 ここで姉妹の諍いがユウキの目の前で生じた。ユウキは各種スキルを発動して、場の雰囲気を良くしながら、二人の想いを整理する司会進行役を務めた。


 やがて二人の間に何かしらの相互理解が生じ始めた。


「わかったわモカ。たった一人の家族のあなたをあんな危険なところに送り込むのは辛いけど……」


「ありがとうお姉ちゃん!」


「ちょっと待てよ。オレはまだモカが働くことを認めてないぞ。危険すぎる」


「お姉ちゃんから聞いて知ってますよ。今、世界存亡の危機なんですよね。それなら私だってそれを防ぐために役立ちたいんです」


 ユウキは助けを求めてユズティを見た。


 ユズティは目を逸らした。


(妹が闇の塔で働くことを認めるつもりなのか? ま、まさか、妹を闇の塔に送り込むことによって、内部の動向を探ろうというのか?)


「…………」


 ユウキはしばし迷ったが、最終的にモカに向かってうなずいた。


(防衛線が始まるのは必ず夜だ。早めに家に帰せば危険も少ないだろう。妹を働かせることで、闇の塔に邪心がないことをユズティに証明することもできる)


「いつから来られる?」


「今からでも!」


「いや、今日はもう夜がが近い。明日の昼から来てくれるか?」


「はいっ!」


「それじゃ、明日の昼にスラムのはずれにある星歌亭に来てくれ」


 ユウキはスマホのリマインダーアプリに『雇用契約書を作る』というTODOを打ち込んだ。


 そして『初代市長の霊廟』の出口に向かうと姉妹に手を振った。


「じゃあまた明日。あんた……ユズティも引き続き仕事を頑張ってくれ」


「ユウキさん! この本、読んでくださいよ」


 モカは図書館から借りてきた本を指差した。


「それ、又借りしていいのか?」


「いいでしょ、お姉ちゃん」


「ええ……闇の塔の管理者であるユウキさんに、特別に市の資料の貸し出しを認めます」


「そういうことならありがたく借りていくぞ」


 もう一刻も早くこの場を離れたい。ユウキは本をどさどさと鞄に詰め込むと扉に向かった。


 だがそこでユズティに呼び止められた。


「待ってください!」


「な、なんだよ」


「迷っていました……ですが決めました。闇の塔を……その管理者を……正式に『七英雄の円卓会議』に招待します」


「七英雄の円卓会議? ずいぶん大層な名前の会議だな」


「日時は追って伝えます」


「闇の塔の関係者は信用できないんじゃないのか?」


「ええ……あなたは闇……その心に大きな闇を宿しています。それはわかっています」


「それはまあ、そうだろうな。昔から暗かったからな」


「でも光……光もあなたの中にあるんです。強く暖かな光が……」


「まあオレだっていつまでも暗いままじゃダメだとは思っている」


「とにかくですね。あなたの中の光……直に触れられて感じたあなたの光……そこに私は託したいと思ったんです。市の、アーケロンの、そしてこの世界の命運を……」


「わかったよ。要するに今度、何かの大きな会議があるってことだな? そこに出席したらいいんだろ」


 ユズティはうなずいた。


 ユウキも重々しくうなずいてみせると、今度こそ『市長代理の霊廟』を出た。


 *


 逃げるような早足で市庁舎を出て大通りの人混みに混ざり、スラムに続く裏道へと駆け込む。


(頭がおかしくなりそうだ……)


 感情と性欲のジェットコースター的アップダウンによって、ユウキの精神のキャパシティはその安全容量を五百パーセントほどもオーバーしていた。


(朝から半裸の女をナンパし、街の権力者に殺されそうになり、そのあと美人姉妹の全身をまさぐり……オレはもう限界だ……)


「そうだ、星歌亭の物置……あそこにこもってしばらく一人になろう」


 暗い裏道で膝に手をつき、しばし呼吸を整えると、ユウキは安全地帯を目指してゾンビの如き足取りで歩き始めた。


 だがそのときポケットの石板が震えた。


「もしもし、ユウキくん!」


「ん……シオンか、どうしたんだ?」


「度重なる戦闘によって進化した『叡智のクリスタル』が、未来予知の力に目覚めたんだ!」


「それはよかったな。もう切るぞ、疲れてるんだ」


「その予知によってわかったんだよ! 今夜の戦闘、僅差で僕たちは負ける!」


 塔の修繕の不備と、暗黒戦士らの暗黒不足などさまざまなファクターによって、今の塔の戦力では押し寄せる敵の波を防ぎきれないそうだ。


 結果、塔は崩壊し、三日以内にこの世界の全生命は生きながらにして闇の邪神に貪り食われる運命にあるという。


「はあ……どうすんだよ」


「街で戦力を調達してきてほしい」


「またか。わかったよ」


「大丈夫かい、ユウキ君? 声が疲れているようだけど……」


「まあなんとかなるだろ、たぶんな」


 どっと押し寄せる疲労感を堪えつつ通話を切る。


(だが……どうしたものか……)


 知り合いで戦えそうなやつを脳内検索する。

 

 市長代理の女、ユズティはかなり戦力になりそうだが、あいつは光属性ということで、闇のオーラに覆われている闇の塔周りでは大した戦力にならなそうだ。


(頼れるものなら伝説の冒険者エクシーラに助力を頼みたいところだが、あいつも忙しいんだろうな。まあ一応、冒険者ギルドに行って手が空いてないか聞いてみるか)


 ユウキは石板で場所を調べると、裏道からまた大通りに戻って冒険者ギルドに向かった。

お読みいただきありがとうございます。次回更新は5月7日の予定です。

ぜひ次回もお読みください!


漫画版異世界ナンパ、マンガワンにて公表連載中です。

https://manga-one.com/title/1581


その他各種情報は著者Twitterをご覧ください。

https://twitter.com/tatsuhikotkmt

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