表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/194

終わらない成長期

 超絶VIPルームの応接テーブルに置かれたiPhoneが、アトーレの暗黒チャージの模様を再生した。


 ソファに並んで座るムコア、ユウキ、ミズロフの三人は固唾を飲んでその映像に見入った。


「こ、これはやばいな……」


 映像がもたらす興奮によって、ユウキは自律神経が速やかに狂っていくのを感じた。


 そんなものが実在しているのかはわからないが、いわゆる『気』が乱れるとはこういうことなのかもしれない。


 しかも左右には美人双子がいて、彼女たちの体はユウキにぴったりとくっついている。


 興奮しすぎて体のいろいろな部分が鬱血し、痛みを感じるほどだ。


「…………」


 ビデオの中ではアトーレは撮影者の命令に従って、恥ずかしい異常行動を段階的にエスカレートさせていた。


 ユウキの両隣では、耳朶まで真っ赤に染めたムコア、ミズロフが、口元に両手を当てながら、食い入るように映像に見入っていた。


 ダメだ……このままでは頭がおかしくなる……!


 ユウキはスキル『深呼吸』を発動して全身の気の乱れを整え、今やるべきことに意識を向けた。


 そう……今やるべきこと、それは双子姉妹の暗黒チャージのお手伝いである。そのために彼女たちの興奮状態を知る必要がある。


「ど、どうだ? 興奮してるか?」


「そ、そんなこと聞かれてもわからぬ……」


「別にいやらしい気持ちで聞いてるわけじゃないぞ。あくまであんたたちの暗黒チャージのために……」


「我らは戦いより知らぬゆえ、わからぬったらわからぬ!」


「うーん。外から見た限りでは興奮しているように見えるが。顔が赤くなってるし、息も荒くなってるぞ」


「暗黒がもたらす苦に耐えられるよう、我らは内的感覚を殺す習慣を持っている。それゆえに本当によくわからぬのだ、興奮など……」


 なるほど……そうなるとオレが彼女たちの興奮をより詳しくモニタリングする必要があるのかもしれない。


「ちょっと触るぞ」


 ユウキは両隣の暗黒戦士の腰に手を回すと、スキル『共感』と『半眼』そして『集中』を発動した。


「うーむ……」


 スキル『共感』によってムコアとミズロフの内的感覚がそこはかとなく伝わってくる感がある。


「やっぱりあんたたち、かなり興奮してるっぽいぞ……」


「そ、そうなのであるか?」


「ああ。どうやらオレが何かするまでもなく、このビデオを見るだけで十分に暗黒チャージできるだけの興奮を得られそうだぞ」


「そ、それはありがたい」


 もうしばらくビデオ鑑賞を続けると、やがて双子は暗黒チャージに適切な興奮レベルに達した。


 ユウキは慌ててビデオを止めた。ムコア、ミズロフは抗議した。


「我らは最後までその映像を見ることを所望する」


「もう十分だ。これ以上ビデオを見て興奮すると、あんたたちはむしろ暗黒を失うことになる」


「なぜであるか?」


「興奮が高まり過ぎると、人は性的渇望を満たすための行動を起こす。その行動によって満足が生じれば暗黒は失われる」

 

 しかしそのような理を諭してもムコア、ミズロフの目はもはや欲望によって濁っていた。彼女らは卓上のスマホに手を伸ばした。


 ユウキは危ういところでスマホを奪うと、ムコアとミズロフを押しのけて対面のソファに移動した。


「諦めて我慢しろ」


「……承諾できぬ」


 双子らはソファから立ち上がると左右からユウキに迫ってきた。


 このままではスマホを奪われてしまう。ユウキは『暴言』を発動した。


「バカ! その程度の興奮に負けてどうするんだ。暗黒戦士なら歯を食いしばって我慢して暗黒を貯めろ!」


「我慢できぬ!」


「マスター・アトーレの我慢はこの程度じゃないぞ。アトーレみたいな立派な暗黒戦士になりたくないのか?」


「な、なれぬ! 我らには才能がないのだ……!」


「ん? というと?」


「我ら双子は昔から肝心なところで失敗してしまうのだ。前回の昇級試験でも簡単な凡ミスを犯し、念願の二等暗黒戦士への昇級を逃した!」


「ふーん。暗黒戦士もいろいろあるんだな」


 ユウキは相槌を打ちながら、さりげなくソファから立って双子と距離を取りつつ言った。


「でもさ……姫騎士の警護なんて重要案件を任されるぐらいだから、それなりに期待されてるんじゃないのか?」


 双子はユウキを追いながら言った。


「このような要人警護には、暗黒が弱い我ら双子が適していると判断されてのことである。戦士としての我らにはもう伸び代が無いのだ」


「ふむ。『伸び代が無い』……ね」


 ユウキはその言葉に心理的なリミッター……すなわち『呪い』の気配を感じとった。


(ちょうどいい。このまま呪いを解呪する練習をしてみるか)


 ユウキは人格テンプレートを『女神官』へと切り替え、直感力をブーストしながら聞いた。


「いつから自分に伸び代がないと感じるようになったんだ?」


「暗黒戦士となったのち最初の昇級試験でのことである。三日三晩続く闇の試練の中で友たちが皆、内なる暗黒を覚醒させるも我らは何も目覚めなかったのだ」


「ふーん」


「そんなことより、そのアーティファクトを我らに渡すがいい」


 双子はユウキを部屋の隅に追い詰めるとスマホを奪った。


「オレの指紋がないと起動できないぞ」


 だが双子はなんとか動画を再生しようとめちゃくちゃにスマホをいじった。


 その姿がユウキの哀れみを誘った。


「仕方ないな……わかったよ、こっちで続きを一緒に見ようぜ」


 ユウキは再度、ソファに座ると双子姉妹を手招きした。


 彼女らはおずおずとユウキの左右に腰を下ろした。


 アトーレの映像を再生すると、また両隣の双子の興奮がじわじわと高まっていくのが感じられた。


 彼女らの興奮を適切なレベルに留めるため、ユウキは先ほどの質問をリピートした。


「もっと昔にも、自分に伸び代がないと感じた経験があるんじゃないか?」


 すると双子はぽつぽつと、自分たちが伸び代にかけており適切に成長できていないことを証明するエピソードをいくつか語った。


 やはりその言葉には『呪い』の気配が濃厚に感じられた。


(確かにそのようですね)ナビ音声が答えた。


(ですが『呪い』のコアは彼女たちの心の深い部分に眠っており、今のユウキのスキルではそこにアプローチできません)


(まじかよ。となると今のオレじゃ『解呪』なんてそもそも無理ってことか?)


(そうとも言い切れません。『呪い』のコアに触れなくとも、『呪い』と正反対の性質を持つエネルギーパターンを心にインストールすれば、いずれその『呪い』は無効化されます)


(だがどうやって……オレはルフローンや姫騎士みたいな特殊スキルを持ってないぞ)


(心理的エネルギーパターンは人から人へと自然に伝播する性質を持っています。その性質を利用してはいかがでしょうか? 『伸び代がある』という感覚をユウキから彼女たちに、自然に伝えてあげたらいいのでは?)


(……無理だ。『伸び代がある』なんて感覚、オレは持ってないぞ。オレには『伸び代』なんて何もないからな。成長期はとっくの昔に終わってる)


(本当にそうでしょうか? 人間とは心の深みから湧き出る高き欲望に向かって、永遠に成長を続ける存在ではないでしょうか?)


(…………)


 超絶VIPルームで美人双子を両腕に抱くユウキは、アトーレの動画を鑑賞しながら、己の成長について振り返った。


 確かに……自分がしたいことをすると決意し、実際に行動を起こしてから、オレはそれなりに沢山の成長をしてきた気がする。


 そして今このときもオレは新たな体験によって刻一刻と成長を続けている。


 それを思うとふいに熱い感動がユウキの胸にこみ上げてきた。


 思わずユウキはスキル『感謝』を発動した。


 そしてiPhoneのラティナディスプレイ内で異常行動を続けるアトーレと、それを見て興奮を高めつつある左右の双子に感謝した。


 そして自分という存在が持つ無限の伸び代に深く感謝した。


 スキル『感謝』によって、ユウキの伸び代は彼の心の中で増幅され、存在感を増していった。


(そうだ……オレはこの先、いくらでも成長していける)


 その思いはスキル『共感』を通して自然に双子へと伝播されていき、彼女たちの中に小さな種として根を下ろした。

いつもお読みいただきありがとうございます。

限りなく成年向けに近づいてきたと思いきや、なぜか自己啓発な話になりました。

楽しんで読んでいただけたらいいのですが、どうだったでしょうか。


次回更新ですが、月曜は用事があって更新できず、水曜更新になります。ちょっと間が空いてしまってすみませんが、ぜひ続きもお読みください。


レビュー、感想、評価、ブックマーク、お待ちしています!

(すでにしてくれている方には大大大感謝です!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ