試写
双子の暗黒戦士は見るからに呪われてそうな暗いオーラを放っていた。
だとしてもいきなり『解呪の練習台になってくれ』と頼むことは失礼に思われた。
「とりあえず……ここに座ってくれ。超絶VIPルームの応接セットのソファだ。きっと座り心地もいいはずだぞ」
「かたじけない」
ユウキは棚のお茶コーナーに向かった。
「お茶と魔コーヒー、どっちがいい?」
「そのようなことは隣室に控えている侍従に……いや、貴殿は明日までできるだけ誰にも会わぬ方がよいな」
「そういうことだ。仮面を被っていてもバレるかもしれないからな。普通のハーブティーでいいか?」
「では魔コーヒーを所望する」
しばらくの試行錯誤の末に魔コーヒーを抽出したユウキは、カップを応接テーブルに運んだ。
双子の暗黒戦士は兜を脱ぐとカップを手にした。
ユウキは素朴な疑問を発した。
「暗黒戦士はあれか……外見審査でもあるのか?」
「どういう意味であるか?」
「アトーレもめちゃめちゃ美人だが、あんたたちも相当だな」
「そっ、そんなことはない! き……貴殿こそ立ち振る舞いが美しく我らは感心しておる」
「お、サンキュー」
どうやら人格テンプレート『女帝』が効いているようである。
ユウキはしばし優雅にコーヒーカップを傾けつつ、今後の予定などについて話しあった。
「で、オレはこのあと何をしたらいいんだ?」
「引き続きこの部屋から出ぬよう。すでに各種の面会予定はキャンセルしてあるゆえ」
「つまり……この超絶VIPルームでひたすらゴロゴロしていればいいってことか?」
「その通りである。昼と夜には我らが食事を運んでこよう。夜には暗黒評議会よりマスター・エアレーズも警備の加勢に来てくださる」
「マスター・エアレーズ?」
「正確にはグレートマスターの位階を持つ最強の暗黒戦士である。あらゆるマスターの師であり、全ての暗黒の技を修めし恐るべき戦士である」
「まじかよ。そんな奴が警備してくれるならもう完全に安心だな。今日は一日スマホでもいじってるか」
緊張が解けると共に人格テンプレート『女帝』が外れた。
ユウキはソファでだらしなく足を開いてくつろいだ。
だが一方の暗黒戦士たちは、まだ何か用件がありそうなソワソワした様子を見せていた。
「…………」
とりあえずオレの方の用件を先に切り出してみるか。
「あの……」
「ところで」
同時に口を開いてしまった。
「そっちから喋ってくれ」
「で、では……かねがねマスター・アトーレより貴殿の噂は聞いている」
「どんな噂だ?」
「貴殿のおかげでマスター・アトーレは暗黒をチャージできていると。確かであるか?」
「あ、ああ……まあな」
かっとユウキの頬が紅潮した。
実は今もユウキは定期的にアトーレに暗黒チャージの手伝いをしていた。
そのチャージ方法はあまりに性的であり、思い返すと平常心を失ってしまう。
そのためできるだけ考えないようにしているのだが……正面のソファに座る双子は言った。
「我らにもぜひ、暗黒チャージの秘術を教えて欲しいのだ」
「うーん。アトーレから聞いたらどうだ?」
「マスター・アトーレからは『いずれ塔主代理よりその秘技を学ぶがよい』と申し渡されている」
「ま、まじかよ」
「我ら双子は今がその機会であると判断した」
「……でもなあ。アレはなあ」
「わ、我らとて察しはついている。性的な渇望を暗黒に転化するのであろう」
「お、わかってるじゃないか。その通りだ」
「しかし我らのみではどうしても暗黒に転化できるほどの性的渇望をこの身のうちにチャージできぬのだ」
「…………」
「そこで恥を忍んでお頼み申し上げる。どうか我らに暗黒チャージの秘技を施されよ!」
「こ、この場でか?」
双子の暗黒戦士はうなずいた。
「まじかよ……」
大変なことになった。
週に一回ほどアトーレに施している暗黒チャージの儀式は、思い返すだけで全身の血流がおかしくなるほどの興奮をユウキにもたらすものである。
それを今この場でこの美しい双子に施すなどということを想像すると、ユウキの自律神経は一瞬で狂った。
Apple Watchの心拍計が異常な数値を弾き出す。
だが……暗黒をチャージするならこの場がもってこいであるのは確かである。
ユウキはチラリと横目で、ラグジュアリーなキングサイズのベッドを見た。
そして……ゴクリと生唾を飲み込むと、承諾の意を表そうとした。
だが……。
「そ、そうだ。ちょっと待ってくれ……」
「我ら相手では何か問題があるというのか?」
「実はオレの方からもお願いがあるんだ」
「なんなりと申すがいい。我らにできることであれば聞き入れよう」
「あんたたち……呪われてないか? もし呪われてたら『解呪』の練習をさせて欲しいんだが」
「ふはははは! 何を申すかと思えば『呪い』とな。我らは存在そのものが呪われておる」
「そういう抽象的な漠然としたことじゃなくてだな……」
ユウキは自分が求めている呪いの症状を伝えた。
「例えば、何かの叶えたい願望があって、それに向けて努力しているのに、どうしてもそれを手に入れることができないというような……そういう超えられない壁……おそらく心理的なものが原因となっている何かの制限を、あんたたち、持ってないか?」
「ふむ。面白い……考えてみよう。どうだ、ムコア?」
ムコアは腕を組んで考え込んだ。
「いくつも思い当たる節はある。我が人生は壁ばかりであるゆえ。ミズロフは?」
「我も同様である。願望など叶った試しはない。我の人生は分厚い壁によってきつく制限されている」
「よし、いい感じだな。その壁のひとつをオレに教えてくれ。そしてオレに、その壁……その制限を解除させてくれ」
双子は顔を見合わせた。
「ふむ……そのような意味での呪いがもし解除されたら、我らの暗黒量が減るやもしれぬ。それは我らに不利をもたらすであろう」
「まあ確かに。暗黒戦士は不幸がパワーの源だもんな」
「だが貴殿がマスター・アトーレに施している儀式……それを我らに施してくれるのであれば、その不利は帳消しになるであろう」
「ということは……」
「うむ。『呪い』を解呪する……その実験台として我らを貴殿に提供しよう」
「まじかよ! 助かる!」
「だがその代わりに……入念なる暗黒チャージの儀式を、なにとぞよろしくお頼み申仕上げる」
「わ、わかった。誠心誠意、頑張らせてもらう。それじゃ……まずは儀式ではどのような行為を行うのか説明するぞ」
「うむ。聞かせてくれ」
ソファの対面に座る双子は身を乗り出した。
ユウキは再度、生唾を飲み込むと説明を始めた。
「基本的な流れとしては……あんたたちの性欲を高める行為をした上で、いきなりその行為を中断する、という形になる」
「具体的にはどのような手段によって我らの性欲を高めるというのか?」
「そこが難しいところなんだ。人によって何に性欲を抱くかは全然違うからな。あんたたち、何に興奮するんだ?」
「わ、わからぬ」
「少しヒアリングさせてもらうか。答えられる範囲でいいから答えてくれ。いいか?」
「うむ……」
「今まで誰かとエッチなことをしたことはあるか?」
「愚問である。そのようなことあるわけがなかろう。汚れたオーラを放つ我ら暗黒戦士に近寄る人間などおらぬ」
「一人でしたことは?」
「それに関しては黙秘する」
恥じらって教えてもらえそうにない。
ヒアリングはこれ以上先に進みそうになかったので、ユウキは方向転換した。
「じゃあ次は、アトーレとオレが暗黒チャージの儀式の中でどんなことをしているか、具体的に説明していくぞ。」
これにより双子の性的な興奮のトリガーを探りたい。
「う、うむ」
ユウキはアトーレに暗黒チャージをした初回の儀式の記憶をことこまかに語り始めた。
その話を聞く暗黒戦士たちの表情に性的興奮の兆候がうかがえた。
手応えを感じたユウキは、二度目の儀式の記憶を語った。
次に、三度目、四度目、五度目、六度目の儀式の内容を語った。
最後にユウキは直近の暗黒チャージの儀式の内容を語った。
「何日か前の儀式では、このiPhoneで撮影をした」
「さ、撮影、とは?」
「このアーティファクトで儀式の内容を映像的に記録した、ということだ」
「なんのために?」
「アトーレの暗黒チャージ量を高めるために……つまりアトーレの性的興奮を高めるためにだ」
「なぜ撮影されると性的興奮が高まるのだ?」
「おそらく自分が興奮しているところを客観的に記録されることにより、性的興奮のフィードバック回路が生じるんだろう」
美人双子は同じタイミングでゴクリと音を立てて生唾を飲み込むと、応接テーブルに身を乗り出した。
「その映像……我らが見ることは叶わぬであろうか?」
「うーん。プライバシーの塊だからな。いや……そういえば……」
いつだったかの暗黒チャージの儀式の際にアトーレは言った。
『ユウキさんが望むことを、私の承諾を得ずに、いつでもどこでも、なんでも好きにしてくださいね』
『い、いいのか?』
『はい。その方が興奮しますし、きっとその方が暗黒がたくさんチャージされます』
『そんなこと言われたら、ものすごく恥ずかしいことをするかもしれないぞ。いいのか?』
『ええ、お願いします』
「となると……コンプライアンス的な問題は無いな。見せてもいいかもしれない。アトーレとオレが先日やった暗黒チャージの儀式の映像を……」
「ほ、本当であるか?」
「ああ。いいぞ」ユウキは決断を下した。
「でも……秘密だからな」
「わ、わかっておる。ここで見たことは誰にも言わぬ」
「よし、そうと決まったら……ちょっと待っててくれ。何かスマホを立てるものはないか探してくる」
ソファから立ったユウキは棚から皿立てを見つけると、それを応接セットのテーブルに置いてそこにスマホを立てかけた。
そしてスマホの前、ソファの真ん中に腰を下ろす。
「よし、セッティング完了だ。あんたたち……ムコアとミズロフもこっちに来いよ」
「承知した」
対面に座っていた双子は、ユウキの右隣と左隣に移動し、紅潮した顔をスマホに向けた。
「それじゃ……再生するぞ」
ユウキは写真アプリを起動して当該ファイルを選択すると、興奮で微かに震える人差し指を再生ボタンに伸ばした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
遅くなりましたがなんとか日付が変わる前に更新できました。
次回更新は金曜です。