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完成

 ユウキは人格テンプレート『悪魔』をルフローンにしつこく頼み込んだ。


 当初、ルフローンはそれを拒否していた。だが孫にせがまれるとつい甘いお菓子をあげてしまうおばあちゃんのように、最終的には折れた。


『悪魔』をトランスミッションされたユウキは深い眠りに落ちた。


「…………」


 しばらくしてユウキは納屋のゴザでトランスミッションの眠りから覚めた。


 ルフローンが心配そうに覗き込んでいる。


「小僧……気をつけよ。人格テンプレートの中でも『悪魔』は特に扱いに注意を要するものだ」


 ユウキはゴザから体を起こしつつ笑った。


「はっ。自称深宇宙ドラゴンのくせに、いまさら辛気臭い心配事かよ」


「べっ、別に余は小僧のことなど爪の先ほども心配してはおらぬ。ただ、この宇宙全体の光と闇のバランスのことを考えて……」


「そうさ、わかってるじゃないか、バランスが必要なんだ。オレは今まで良いものだけをリスナーに与えようとしてきた。だが良いものだけで人の心は動かない。闇も必要なんだよ」


「確かに『悪魔』は、人の心の闇に漬け込み、誘惑によって人をコントロールすることを得意とする人格ではあるが……」


「はっはっは、最高だぜ。いつも人は悪魔のせいにして自分の欲望を解放させたがっているんだ。ならばこのオレが『悪魔』になって、皆の隠れた欲望を引き出してやる!」


 ユウキがそう宣言するとルフローンは目を逸らした。


「ん……どうしたんだよ?」


 ルフローンはゴザに目を落としたまま呟いた。


「い、いいぞ……小僧。はっはっは……生き急ぐ定命の者の蛮勇……余は決して嫌いではないぞ……わ、若者はときに闇に溺れることも必要だからな」


 雄大な精神性を感じさせるセリフであるが、その声はかすれていた。


「お、おい……お前……もしかして本気でオレのこと心配してるのか?」


「…………」


 ルフローンはうつむきながらゴザのささくれを指でいじった。


 なんとなく泣き出しそうな雰囲気だ。


「…………」


 悪いことしたな。


 新しい人格テンプレートをもらって、ちょっとふざけて驚かせすぎたか。


 反省したユウキは『深呼吸』を発動し自らの中に落ち着きを生み出すと、それを『スキンシップ』や『共感』などのスキルによってルフローンに伝播させた。


「なあ、そんなに心配するなよ。オレはこう見えても常識人だからな。限度は弁えてる。……はっはっは、『悪魔になる』なんてただの冗談さ」


「……気をつけるのだ、小僧……闇を覗くとき闇もまた小僧を見つめているのだ。他者を操る者は、より大きな力に操られるのだ」


「オレのこと、心配してくれて嬉しいよ」


 ユウキは軽くルフローンの背に触れた。


 しばらく不安げな目をユウキに向けていたルフローンだったが、やがて力を抜いて夕日の差し込む納屋のゴザに体を横たえた。


 そのまま『スキンシップ』の発動を続け、ゴザの上に丸まった小さな背を軽く叩き続ける。


 やがて少女の寝息が聞こえてきたところでユウキは立ち上がった。


 *


 闇の塔で楽曲改修の最終作業が行われた。


 夜のモンスター襲撃を撃退したのち、食堂のテーブルでアトーレとラチネッタに楽曲を聴いてもらう。


 猫耳をひくひくさせて楽曲に聴き入っていたラチネッタは、やがてバチッと目を開けた。


「パーフェクトだべ! 直すところなんて何もないべ! ソーラル中央広場での慣れない現場仕事に疲れたおらの心と体に染みる名曲だべ!」


 一方、暗黒鎧を身につけたままのアトーレは怯えを見せた。


「この楽曲のもたらす快美……我には強すぎる……」


 いつの間にか暗黒鎧の背後に十二体の怨霊が浮かんでいた。見ると、いつもよりその影は薄い。もしかしたらこの楽曲のせいで成仏しかかっているのか。


「お、悪いな。ちょっと待っててくれ。今、闇成分を楽曲に足すからな」


 ユウキは人格テンプレートを『悪魔』に切り替え、楽曲にエグ味のある闇成分を足した。


 具体的には邪悪な雰囲気のワブルベースを間奏に挿入した。


 そのようにアップデートした曲を再度、再生すると怨霊はじゃっかん濃さを取り戻した。暗黒戦士はじっとりと湿った視線をユウキの肢体に投げかけつつ言った。


「なんと……快美によって心が浮き立ちつつも、我が内部に暗黒がチャージされていく……」


 どうやら光と闇のバランスが取れてきたようである。ユウキは手応えを感じた。


 ゾンゲイルが食堂のテーブルに夜食を並べながら腕まくりした。


「あとは私が歌と踊りをコピーするわ。振り付け、教えて」


「いいや、その前にシオンに相談がある。おーい、シオン」


 銀髪の年若い魔術師は食堂の隅で静かに魔導書をめくっていた。


「なんだい? 僕は芸能にはまったくなんの力もないよ」


「魔法関係の頼みだ。この曲に、『魅了』の魔法をチャージできないか?」


 シオンは鼻白んだ様子を見せた。


「い、いいのかい? そんなことして?」


「別にいいだろ。ルールで禁止されてるわけじゃないからな。倫理的には問題があるかもしれないが……」


 人格テンプレート『悪魔』を活性化している今、多少の倫理的な問題はむしろ歓迎すべきこととして感じられた。


 しかしシオンは言った。


「技術的な問題もあるよ。第一に、楽曲にどうやって魔術回路を組み込めばいいかわからない」


「魔術回路というと……オレが召喚されたときに床に浮かび上がっていた魔法陣みたいなものか。つまり画像だな」


「ええと……まあそんなところかな」


「ちょっと待ってくれ。方法がないか調べてみる」


 ユウキはスマホをいじり、楽曲に画像データを挿入する方法をGoogleで探した。


 すぐに見つかった。画像データをアプリでWavに変換し、それを楽曲のトラックに差し込めばいいのだ。


 Aphex Twinという高名なミュージシャンのWindowlickerというアルバムの曲にも、何かしらの手法によって彼の顔画像が挿入されているらしい。


 そのような先人がいることからも分かるとおり、曲に画像を挿入するのは十分に実現可能だ。


「ふふっ、すごいものだね。そんなことまで知ってるなんて、ユウキ君には恐れ入るよ」


「Googleはなんでも知ってるからな」


「だけどもう一つ、問題があるんだ」


「言ってみろ」


「僕の魔力が足りないよ。何十人というリスナーを『魅了』するには凄い量の魔力が必要になるからね」


「お前個人の魔力で足りないなら、いつものように塔の魔力を使ったらいい。かなりチャージされてるだろ」


「そうなると……闇の塔とユウキ君の楽曲を、魔力回路で結びつける必要があるよ」


「何か問題あるのか?」


「技術的には……問題ないと思う。だけど、そんな大掛かりなこと、本当にする必要があるのかい?」


「もちろん。伝説の冒険者に勝つには全力を出さなきゃな」


「……わかったよ。作業をしておく。だからユウキ君は……今夜はもう寝たらどうだい? 最近、あまり寝てないんだろ?」


「何言ってるんだ。朝まで楽曲をアップデートするさ。ゾンゲイル、魔コーヒーを持ってきてくれ!」


 シオンは不安げな顔をしつつも、魔法陣を床に描きはじめた。


「魅了のおおよその対象人数は?」


「まだわからん。この曲を聴く人、全員だ」


「わかったよ。聴く人全員に魔力が流れるようセッティングするよ。『魅了』の強さは……?」


「できる限りの最大レベルだ」


「そんなことをしたらこの塔でも魔力が足りなくなるかもしれない」


「だったら……リスナーからエネルギーを吸い取れないか? オレの曲を聞けば、きっと何かしらの感動があるはずだ。その感動のエネルギーの何割かを塔に吸収し、それを魔力に変換したらいい」


「とっ、とんでもない発想だね。だけどそんなことをしたら魔術師としての同義的責任が……」


「コンプライアンス的な問題があるってんなら、この曲を披露する前に、リスナーに説明すればいいだろ。『この曲を聴いたみんなの感動のエネルギー、私が受け取ります! いいよね?』って説明してから歌えばいい」


「そ、そうか! それならなんの問題もないね!」


 新しい魔術を試すのはシオンとしても心浮き立つことのようである。最低限の倫理的な配慮を終えると、シオンは魔術に細部の相談をユウキと詰めながら嬉々として作業を始めた。


 また、この食堂は第二クリスタルチェンバーを兼ねているそうで、それは人と人と結びつける『魅了』の魔術を実践するにふさわしい場であるとのことだった。


「ふふっ、この食堂でなら魅了の魔法陣は最大限の効果を発揮するはずだよ……それじゃあ始めるね」


「いいぞ」


 食堂に床にチョークで魔法陣を書き終えたシオンはその前に立って呪文を唱えた。


「我らの歌に耳を傾ける者よ、その快美に酔いしれよ。そして汝の心の高まりを我らに捧げよ! ……この意図に沿って、魔術回路よ、今ここに顕現されよ!」


 瞬間、謎めいた魔法陣が床に眩しく浮かび上がった。ユウキはそれをすかさずiPhoneで撮影した。


「よし、ばっちり写せた。床の魔法陣はもう消していいぞ」 


「うん」


「さてと、次はこの画像をアプリで音に変換して……」


 その音が楽曲の背景に流れるテクスチャーとなるよう、音楽制作アプリに取り込む。


 そして全体が調和するよう細部をちまちまと調整していく。


 この調整作業は時間がかかりそうだ。


「みんな、先に寝ててくれ」


 だが皆は食堂に残り、ユウキの作業を見守っていた。


 ゾンゲイルが魔コーヒーのおかわりを何杯も持ってきた。


 やがてラチネッタがテーブルに伏して寝息を立てはじめた。量産型ゾンゲイルがラチネッタを寝室に運んでいった。


 暗黒戦士はかなり遅くまでユウキの肢体にじっとりと湿った視線を投げかけていたが、やがて暗黒鎧の奥からいびきを立てはじめた。


 十二体の怨霊がアトーレを寝室に運んでいった。


 食堂の隅で静かに魔術書を読んでいたシオンは、革表紙を閉じると立ち上がった。


「ふふっ、ユウキ君の集中力には恐れ入るよ。だけどあまり根を詰めすぎたらよくない」


「ああ、わかってる。お前は早く寝ろ。寝室まで連れていってやろうか?」


「バカ」


 シオンは自分の足で食堂から出ていった。


 やがて楽曲の最終調整が終わった。


 ユウキは夜食をつまんでカロリー補給すると、ゾンゲイルへの振り付け指導を始めた。


 おそらく塔の外では空が白みつつあるころに作業は終わった。


 ユウキが楽曲に込めた全ての意図とエネルギーを、ゾンゲイルは吸収した。


 これにより今ここに楽曲は最終完成形態を迎えた。


 テーブルに崩れるように伏したユウキをゾンゲイルが寝室へと運んでいった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は来週月曜です。

明日から作者は実家の北海道から、川崎のアパートへと戻ります。またバリバリと本作を更新していきますのでぜひこの後もお読みください。

皆様からのレビュー、感想、評価、ブックマーク、引き続きお待ちしております。

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