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恋人のトランスミッション

 エクシーラの歌を聴いた翌日、ユウキの心は完全に折れていた。


 塔にいるのもいたたまれず、かと言ってナンパする気にもなれず、ユウキは朝も早くから星歌亭の薄暗い物置に体育座りしていた。


「…………」


 昨夜、寝ているうちに何かの奇跡が起こって勝手に曲がアップグレードされてはいないか。


 そんな期待を抱いて自分の曲をiPhoneで再生してみる。


 もちろんそんな都合のいい奇跡は起こっていなかった。


「何度聴いてもダメだ……こんな曲ではエクシーラの歌に勝てない……なんとしても歌バトルに勝ってこの星歌亭を守らなければいけないのに……」


 だが……。


 オレが付け焼き刃で作ったアイドルソングでは圧倒的に強度が足りない。


 歌に説得力がないのだ。


 自分が歌って踊っているビデオ……ゾンゲイルに撮影してもらったビデオを見返すごとに、『そこらにいる小娘感』が感じられてガックリ来る。


 それもそのはずオレは女体を得てまだ日が浅い。


 そのため小娘感が出てしまうのは仕方ないところがある。


 いわば小学生女子がカラオケで歌っているようなものである。それは見ていてかわいいかもしれないが、かわいいだけだ。


 こんな未成熟なかわいさだけではリスナーを真に引き付けることはできない。


 もっと成熟した女性的魅力が必要だ。


 だがそんなものをどうやって一朝一夕に身につけられるというのだろう? 


 成熟した女性的魅力を歌バトルまでに……できれば今日中に身につける方法などあるのか?


 いいや、そんな都合のいいものあるわけがない。


「ちくしょう……オレは一体どうすればいいというんだ……」


 そのように延々と悩んでいると、ふいに物置のドアが空き、隙間からルフローンが入ってきた。


 手に雑巾を持っている。


「なんだ、ルフローンか。こんな朝早くにどうした?」


「店内の拭き掃除を余に命じたのは小僧、お前ではないか」


「ああ……そういえば……」ユウキはつい先日のことを回想した。


 *


 先日、風邪が治ったルフローンは、丸めたゴザを引きずって星歌亭の納屋から去りつつあった。


 少女は見送りのユウキを振り返って言った。


「はっはっは、小僧……なかなかのホスピタリティであったぞ。余をもてなせたこと、光栄に思うがいい」


「あのさ……あんた……またあの噴水広場に戻るつもりなのか?」


「なあに、余には絶対防衛フィールドがある。そのような心配そうな顔を向けるのはやめよ。こそばゆいぞ」


「…………」


 その絶対防衛フィールドとやらのせいで、この少女は誰ともコミュニケーションをとることができないのでは?


 その結果として孤独なストリート・チルドレンとして生きる羽目に陥っているのではないのか?


「なあ……そのフィールドって解除できないのか?」


「はっはっは。それは無理というものよ」


「なんでだ? 人間社会の中で生きるなら、人を拒むフィールドは下さなきゃいけない」


 すると少女は困った顔をしてうつむいた。


「はっはっは……そんなことを聞くものではないぞ……」


 どうやら言いたくないことらしい。


 それなら無理には聞かないが……もう季節はめっきり秋らしくなり夜はかなり冷え込むようになってきた。


 そんな寒風の中に幼い命をみすみす送り出して孤独に死なせたくはない。


 ユウキは意を決して切り出した。


「あのさ……」


「なんだ小僧……なんでも申してみよ」


「よかったら……ここに住んだらどうだ?」


「この納屋を余の住まいとせよ、と? はっはっは。面白いことをいう」


「あんた、この寒空の下にいたらまた風邪ひいて死ぬぞ!」


「はっはっは……死を恐れるとはいかにも三次元に囚われた定命の者らしい考えよ。生と死は余にとって等価値だというのに」


「ば、バカな。寒風の下でのたれ死んでもいいって言うのか?」


「小僧……死を恐るな……死とは脱皮に過ぎぬ。我ら意識を持つものは皆、何度も脱皮を繰り返し、永遠に進化を続けていくのだ」


 ルフローンはゴザを引きずってスラムの路地を歩きはじめた。


 そんな彼女を夕日が照らしている。


 インド的な雄大な死生観に胸を打たれたユウキは一瞬、彼女をそのまま放っておきそうになった。


 だが気を取り直し、走って追いかけ手を掴む。


「ま、まあ、とにかくもうしばらくここにいろよ。深宇宙ドラゴンにとっては犬小屋みたいなものかもしれないが」


 するとルフローンはユウキを睨みつけた。


「小僧……余を犬猫のように飼おうというのか?」


「い、いや、そんなことは……」


 だが……。


「はっはっは! 面白い、いい発想だぞ、定命の者よ。余を犬猫のように飼い慣らそうとは」


「ひ、人聞きの悪いこと言うなよ。オレは別にそんな……」


「隠さずとも良い。太古、人と竜が親しく交わる時代があった。竜騎士とその子飼いのドラゴンは共に大空を飛び回ったものよ」


 ルフローンは遠い目をしたかと思うと、急に生気に満ちた瞳をユウキに向けた。


「それで、余は何をしたらよいのだ?」


「は?」


「深宇宙ドラゴンの化身たる余を飼い慣らし、乗りこなそうというのであろう」


「…………」


「はっはっは。その身の丈に合わぬ大いなる野望、むしろ心地よく感じられるぞ……そうだ小僧、もっと見せてみろ、その小さき脳に宿した大いなる支配欲を……その欲を持って命じてみよ、余に望むことを」


「そ、それじゃあ……体調も良くなったようだし、暇なときに星歌亭の掃除でも手伝ってくれるか?」


 納屋に戻ったユウキは、濡れ雑巾をルフローンに手渡した。


 *


 以来、連日、ルフローンは嬉々として星歌亭中を掃除してくれている。


 絶対防衛フィールドの影響か、客にも従業員にも存在を認識されていないが、日に日に星歌亭は床も壁もピカピカになりつつある。


 今朝もルフローンは物置の床を濡れ雑巾で念入りに拭いている。


 その拭き掃除の範囲から逃げながらユウキはため息をついた。


「はあ……」


 ルフローンは床をゴシゴシ擦りながらユウキを見た。

 

「悩みがあるなら話してみよ。余が無限の宇宙的叡智を貸してやろう」


 しばらく迷った末に、ユウキは悩みを打ち明けた。


「オレには……大人の女性の魅力がないんだ。だからエクシーラとの歌バトルに勝てそうにないんだ」


 そんなユウキの周りの床をルフローンはゴシゴシとこすっていく。


 物置の隅に追い詰められたユウキに少女は言った。


「ちょっと腰を浮かすがいい。その下の床も拭きたいのでな」


「お、すまん」ユウキは腰を浮かした。


 ルフローンは隙間に手を入れて床を拭きながら難しいことを言った。


「焦るな、小僧。魅力とは心に由来するものである。心は想像によって、自らが望む特質を自らのうちに作り出すのだ」


「つまり……オレが求めている女性的魅力も、『想像』によって生み出せるってことか?」


「はっはっは、わかっておるではないか。心を空虚にし、想像し、創造せよ!」


 ユウキはスキル『想像』を発動して、大人の女性的魅力に溢れている自分を想像しようとしたが不発に終わった。


「だ、ダメだ。どうしても想像できない」


「はっはっは。手のかかることよ。ならば新たな人格テンプレートを小僧に送ろう。それによって心の可動域を広げ、望みのものを想像するがいい。さあ……余の目を見るのだ」


 ルフローンは雑巾掛けの手を止めると、至近距離からユウキを見た。


 縦にスリットの入った黄金色の瞳をユウキが覗き込むと、その瞳孔の奥の深淵から精妙な情報のパッケージが流れ込んできた。


「『恋人』の人格テンプレートだ。うまく使いこなすがいい。欲ぶかき小僧よ」


 例によって凄まじい眠気に襲われ床に倒れ込みつつあったユウキの肩を、ルフローンが押した。


「よいしょ。それでは余は掃除を続ける」


 ルフローンは意識を失いつつあるユウキを壁に寄り掛からせると、雑巾をぶらぶらさせながら物置の外に出ていった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

次回更新は来週月曜です。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごい勢いでテンプレートをくれていくやん… でも恋人の女体ユウキはちょっと良いかも
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