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ユウキのブーメラン

「ららら……」


 ポロポロと爪弾かれる単純なアルペジオに、囁くようなエクシーラの声が重ねられただけのシンプルな歌は、悠久の時の流れを感じさせるものがあった。


 ユウキは絶句しつつ聴き入った。


 やがて歌い終えたエクシーラは竪琴を膝に置くとユウキたちを見た。


 ユウキの背筋に鳥肌が立っていた。


 見たことのない場所に、あてもない旅に出たい……そんな冒険心がユウキの中に湧き出しつつあった。


 その心震わせる感動を振り払って言う。


「そうか……その竪琴のせいだな。マジックアイテム頼りの小賢しい歌だ」


「あら、マジックアイテム頼りはあなたたちも同じでしょ」


「う……確かに」


「それにこの『モエラの竪琴』は高いスキルが求められるアーティファクトよ。生きている冒険者でこの力を引き出せるのは私だけという自負があるわ。たくさん練習したもの」


「くっ……楽器練習の時間はいくらでもあるエルフはいいよなあ」


「冒険の合間、野営の焚火の前で一人これをかき鳴らす夜を何度も過ごしたのよ」


「なんだよ、フォトジェニックじゃねえか」


「古代の遺跡から見つけた古い叙事詩や秘密の魔法の歌も、いくつも覚えているわ。声も悪くはないつもりよ」


「た、確かに、いい声してたじゃねえか……」


 若旦那は古風なジャケットの胸に手を当てて切々と訴えかけた。


「姉さんはいつもそうだ! 私が頑張って成し遂げたことを児戯と馬鹿にする!」


「そんなこと思っていないわ。あなたは自分にできる範囲で、世界の役に立つことをやってきたのよ。でもその仕事は私が引き継ぎます」


「あんたがライブを引き継ぐ……だと」


「ええ。この建物は私の基地とし、週末には選ばれた冒険者を招待して私の歌を聴かせましょう」


「ぐっ……」


 月金のライブでゾンゲイルの歌はかなりレベルアップしており、客の気持ちをアゲる力は当初の倍にまで高まっている。


 だがエクシーラの歌はさらにそのはるか上のレベルであることがひしひしと感じられた。


 勝ち目はない。


 若旦那とユウキに負け犬精神が広がっていく。


「あ、ランチ営業は引き継がないから、近くの荒屋を借りて続けたらいいわ。たまに食べにいってあげるわよ」


 若旦那はギリッと奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。だが姉への恐怖心が勝るのか、無意識的に二歩三歩、後ずさっている。


「あ、あんた、弟に対してその言い草。人の心を持ってないのかよ」


「弟は大事よ。だけどこの世界の平和の方がもっと大事。私は姉だけど、冒険者ギルド最高顧問でもあるのだから」


「いいんだ、ユウキ君……姉に何もかも奪われることに私は慣れている」


「よくないだろ! オレと若旦那とゾンゲイルで頑張って営業してきた星歌亭じゃないか!」


「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」


「馬鹿野郎、諦めるなよ……!」


 とそのとき、かたわらの仮面の女がちょいちょいとユウキの肩を突いた。


「なんだ? 見ての通り、今は立て込んでるんだ」


「んー。エルフの彼女の歌、すごくよかった。だけど本来の歌手の歌も聴いてみたい」


「そ、そうだよな。ほら、お客さんがそう言ってるぞ」


 エクシーラは腰を軽くかがめ、仮面の女に目線を合わせて諭すように言った。


「その必要はないわ。私の歌の方が明らかに上だから。歌の実力も、演奏技術も、精神賦活作用も、そのすべてがね」


「ん。エルフはこう言ってるが、本当なのか?」仮面の女が聞いた。


「そ、それは……確かにそうかもしれない」


 素直に認めざるを得ない圧倒的な力量差がある。


「で、でもな……」


 とにかくなんでもいいから反論せねば、オレたちの星歌亭がエルフ女に接収されてしまう。


 なのに若旦那はうつむいて諦めムードだ。


 仕方ない。


 気が進まないが……オレがなんとかするしかない。


(スキル『暴言』、発動!)


 内面のその声にナビ音声が答えた。


「スキル『暴言』が全力でアクティベートされました。いつでも高レベルの暴言を発声可能です」


「よし、行くぞ……!」


 そしてユウキの口からとんでもない暴言が溢れ出す……!


「恋愛経験のないヤツの歌なんて聴いたらこっちまでモテなくなるぜ」


「なっ、なんですって」エクシーラの顔が一瞬で紅潮した。


「その歳で恋愛ひとつしたことがない人間の歌なんて、どれだけうまくてもなんの説得力もないぞ」


「お、おい、ユウキ君……それはちょっと言い過ぎじゃないのか」


「いいや若旦那、あんたの姉さんは長すぎる戦いで心が荒廃してしまったんだ。そんな奴の歌は、たとえどれだけ耳触りが良くてもリスナーの心も荒廃させるだけ……」


「そっ、そんなことはない! 姉も私もエルフだ! エルフは平和を愛し、生けとし生きるすべての命を愛する種族なのだ……」


「現実を見ろ。オレはあんたの姉さんに殺されかけたことがある。あんたの姉さんが人様の首をリアルに切り落とすグロ映像をこの目で見たことすらある。あんたの姉さんはまともな人の心を……」


 ここでユウキは言葉に詰まった。


 エクシーラの目に涙が滲んでいることに気づいたからである。


 そういえばこの女は長年の戦いのストレスで情緒不安定になっているのだった。


 そんな奴にちょっと強すぎる暴言を吐いてしまったかもしれない。


 だが一度口から出たものを引っ込めるわけにはいかない。


「とっ、とにかくそんな倫理的に劣った殺人鬼の歌なんてオレたちの星歌亭にそぐわない。そう、ここはオレたちの店だ! 帰れ帰れ!」


「……いいでしょう。今日は帰るわ。その代わり……勝負よ!」


 エクシーラは一瞬、顔を背けて目尻を素早く拭うと、決然と言い放った。


「勝負?」


「ひっく……ええ……あなたの言う通り、私は私は闘うことしか知らない。戦って勝つことでしか私は自分を表現する術を知らない。そう……正義のために、私は戦い続ける! ひっく……剣でも、歌でも、私は戦って、勝つ!」


 感情的にかなりダメージを負っているのか、肩を震わせながらもエクシーラはそう宣言した。


 *


 エクシーラとの勝負の日取りは来週の金曜の夜にセッティングされた。


 勝負というからにはルールがある。


 大筋としては観客からの投票数が多かった者が勝つ。


「いけるぜ! オレたちの力を見せてやろうぜ」


 ランチ営業前でガランとしている星歌亭のフロアでユウキは叫んだ。


 すでにエクシーラも仮面の女も帰っている。


 厨房からはゾンゲイルが高速で食材を切り刻む音が響いてくる。


 若旦那は早くも諦めムードを出していた。


「無理だ……姉上はあらゆる分野に精通している。しかも姉上が持っている演奏アーティファクトはあれだけではない」


「な、なんだって」


「もっと大型で強力な演奏用アーティファクトを何台も持ってる」


「ば、馬鹿な……あの竪琴だけでも、とんでもない強烈な精神賦活作用があったぞ。あれよりも強力なアーティファクトを使われたら、オレたちに勝ち目はないじゃないか」


「新しい店舗を探した方がいいのかもしれない。せめてランチ営業を続けるために」若旦那は窓からスラムの街並みを眺めていた。


 しばらくしてゾンゲイルがエプロンで手を拭きながら客席にやってきた。


「ユウキ」


「ん?」


「作って、新しい曲。私、それを歌って勝つ!」


 どうやら若旦那との会話が、高い聴力を誇るゾンゲイルの耳に入っていたらしい。


 ゾンゲイルは闘志に燃えた瞳でユウキを見つめた。


 しかし今になり、先ほどのエクシーラへの暴言が思い出されていた。


『恋愛経験のないヤツの歌なんて聴いたらこっちまでモテなくなるぜ』


『その歳で恋愛ひとつしたことがない人間の歌なんて、どれだけうまくてもなんの説得力もないぞ』


 この暴言の全てがブーメランとなり、的確にユウキの急所を切り裂きつつあった。


「ユウキ……どうしたのユウキ……顔が真っ青!」


 この歳で恋愛経験ゼロのオレに人の心を動かす曲など作れるのだろうか。


 人間として、いいや動物として大切な経験をスルーしているオレに、人様の心を高揚させる歌など作れるのだろうか。


 無理だ……。


 ナビ音声が脳内に響いた。


「状態異常『自己疑念』が付与されています」


「しっかりして、ユウキ!」


 ガクガクとゾンゲイルに揺さぶられながらも、ユウキの意識は内に籠もっていった。


「ちょっと一人になってくる」ユウキは客席から立ち上がると星歌亭の物置に向かった。


 エレベーターのカゴでもある物置の中に入り、扉を内側から閉める。


 エレベーターの電源が入っているため、カゴの中は魔法の灯でほのかに照らされている。


「はあ……」カゴの壁に寄りかかり、床に腰を下ろして膝を抱え込んだ。


「そういえば、恋愛だけじゃない。就職も、友達付き合いも、旅行も……何もしたことないんだな、オレは……」


 そんな全方位未経験人間に、どんな曲が作れるというのだろう。


 前回作った『君のおかげ』は、まさにゾンゲイルのおかげで作れた曲であり、ほぼほぼゾンゲイル作の曲と言って過言ではない。


 オレはあまりに無力だ……。


 人に声をかけることには慣れてきたが、知人が増えるばかりである。


 呪いかなんだか知らないが、一生、異性と一線を超えた仲になれる気がしない。


「あああ……なんなんだオレは……」


 延々悩み続けていると、ふいに物置の扉が小さく空いた。


 ゾンゲイルかと思ったが、今はちょうどランチ営業が始まったばかりの時間だ。


 彼女は二体の体を使って忙しなく厨房とフロアで働いているところだろう。


 それならば一体誰が……。


 開いた扉の隙間を見つめていると、そこからそろりと一人の少女が中に滑り込んできた。


 ベタベタの髪、黒斑の皮膚、そして縦にスリットの入った特徴的な瞳……謎のストリートチルドレン・ルフローンだ。


いつもお読みいただきありがとうございます。次回更新は明日の予定です。ぜひ続きもお読みください。

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