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土曜のレッスン

 今日は土曜ということでユウキはいつも通りソーラル市街地のラゾナ宅に向かうことにした。


 ラゾナにはいつもお世話になっている。


 また前回はラゾナがくれたアイテムによって文字通り命拾いした。


 というわけで何かしら、お土産を持っていきたいところである。


「…………」


 朝食後、ユウキはシオンの自室に向かった。


 本棚からあふれた本が床に積み重ねられており、その上に脱ぎ散らかされたローブや下着が放置されていた。


「おいシオン。魔術師って何をもらったら喜ぶんだ」


 朝食の席に顔を見せなかったシオンはベッドに伏せっていた。


 毛布の中から声が返ってくる。


「それは当然、魔術書だね」


「余ってる魔術書、くれないか?」


「闇の塔の蔵書はあげられないけど、この部屋にある本は僕の個人的な蔵書だから……どれでも好きなものを持っていっていいよ」


 ユウキは下着をどけるとその下の本から見栄えのいいものを抜き取ってみた。


「おっ。これは良さそうだな。『植物と魔術』もらっていくぞ」


「誰と会うんだい?」


「赤ローブの魔術師だ」


 するとシオンはのっそりと体を起こすと暗い目をして呟いた。


「ふふっ。赤ローブね。光と闇のいいとこどり。僕にはそんな器用な生き方はできないからね。さぞや会ってて楽しいだろうね」


 ユウキは顔をしかめた。


 出たよ。


 シオンの嫉妬……。


 現状、闇の塔の関係者でこの男が一番嫉妬深い。


 ゾンゲイルは情が深いが、その情は人知を超えた謎の規範によって稼働している。


 アトーレもこれまた情が深いが、嫉妬などというネガティブな感情は暗黒として喜んで取り込みそうである。


 ラチネッタはというと迫りくる発情期への恐れで頭が一杯であり、嫉妬などという微妙な心の機微には頭が回らなそうだ。


 しかしシオンは一日中この薄暗い塔の中にいるためか、嫉妬などというネチネチした感情と親和性が高い。


「別に遊んでくるわけじゃないぞ」


「嘘だね。どうせソーラルという大都会で僕にはわからない面白いことをしてるんだ。そして僕の弱さを陰で笑ってるんだ! 痛たた……」


 シオンは筋肉痛に顔をしかめた。


 哀れみをそそられたユウキは弁解めいたことを口走った。


「別に……ちょっとした魔術関係の練習に付き合ってるだけで……」


 瞬間、シオンは勢いよく食いついてきた。


「魔術の練習? それなら僕だって手伝ってほしいよ!」


「お、お前は練習なんて必要ないだろ」


「そのソーラルの友達とはできて、僕とはできないんだ……」


「そういう事じゃなくてな。シオンは最強の魔術師なんだから、練習なんて」


「ふふっ。僕にもまだまだ未熟な領域があるんだよ」


「未熟な領域?」


「うん。これまで必要ないと思ってたんだ。だけど今後、もしかしたら大事になってくるかもしれない……そんな魔法を練習したいんだ」


「わ、わかった。そういうことなら付き合うぞ」


「約束だよ」


「あ、ああ」


「よかった。僕ひとりじゃ『魅了』の魔法は効率よく練習できないからね」


 *


 魅了。


 生きた人間を相手にすることが増えそうな今後、確かに大いに役立ちそうな魔法である。


 だがそんなものの練習相手になって、オレは大丈夫なのか。


 今でさえシオンはかわいいというのに魅了の魔法までかけられたら、オレはどうなってしまうのか。


「…………」


 不安に駆られつつも、ユウキはとりあえず土産の魔術書片手にソーラルに向かった。


 そして高級住宅街にあるマンションの高層階に赴いた。


 絨毯が敷かれた廊下を通り、突き当たりのドアノッカーを叩く。


「いらっしゃい。待ってたわよ」ラゾナが顔を出した。


「今日もよろしく。あ、これお土産」


「こ、これは……長年探してたけどどこにも見つからなかった『植物と魔術』じゃない!」


 予想の十倍激しい反応が返ってきた。


 ラゾナは応接室に駆け込むとテーブルに魔術書を広げて勢いよくめくった。


「すごいわ! 植物の効果を魔法でブーストするためのヒントが満載!」


 喜んでくれて何よりである。


「じゃあ……今日はこれで」


「ちょ、ちょっと。『性魔術の奥義』の練習はどうするのよ!」


「…………」


 実はユウキはこの先に進むことに謎の抵抗を感じていた。


『抱擁』『直視』というこれまでの練習は、まだ通常のコミュニケーションの範囲内と考えられた。


 だが今回は『接吻』である。


 性的な雰囲気が濃霧の如く立ち込めている。


 性魔術の練習だから当然なのだが……本当にそんなところに踏み込んでいっていいのか。


 目に見えない謎の心理的な壁があった。


「もしかしてユウキ、緊張してるの?」


「ま、まあな」


「実は私もよ。あ、そうだ、お菓子でも食べて落ち着きましょ」


 ラゾナは台所からゴモニャのモコロンと和合茶を持ってきた。


 サクサクとした食感とあっさりした甘さが和合茶によく合う。


 だんだん落ち着いてきた。


 ラゾナはカップを応接テーブルに置いた。


「それじゃ……まずは復習から始めましょうか」


「あ、ああ」


 二人は前回までのレッスンの復習をソファの上で始めた。


 興奮が高まっていく。


 十分に復習したところでラゾナは体を離し、テーブルに広げられていた『性魔術の奥義』をめくった。


「それじゃ、今日のレッスンの説明をするわよ」


「ああ」


「今回のレッスンは『接吻』よ」


「……本格的になってきたな」


「まずは接吻の魔術的な意味合いを説明するわね」


 ユウキは説明を受けた。


 興奮のためかなかなか内容が頭に入らないが…。


 大雑把な要約としては、キスにより、これまでの抱擁や直視とは違った深さと角度で、互いの肉体のエネルギーが交換されるとのことである。


「それじゃ、やってみるわよ。準備はいい?」


「ああ、いいぞ」


「ちゅっ」


 唇が触れ合い、それから離れた。


「どうだ?」


「第一段階はいい感じにできたわ。次の段階は……」


 ラゾナは『性魔術の奥義』をパラパラとめくり、次のステップが図示されているページをユウキに見せた。


「こんな感じね。準備はいい?」


「あ、ああ、いいぞ」


「ちゅっ」


 唇が触れ合った。さらに『性魔術の奥義』に図示されていた通りに、舌先が触れ合った。


「…………」


 しばらくしてラゾナはユウキの脇をつかんでいた手を離し、接吻を終えた。


「ど、どうだ?」


「第二段階もいい感じにできたわ。さてと、次の段階は……」


 そう事務的に言いながらラゾナは『性魔術の奥義』をパラパラとめくった。


 だが顔が紅潮しており、全体的にもじもじと落ち着かない様子を見せている。


 もしかしたら接吻から何かしらの影響を得ているのかもしれない。


 一方のユウキはというと……。


「ど、どうしたの? 顔が真っ青よ!」


 ラゾナはページをめくる手を止めて目を見開いた。


「そ、そうか?」


「まさか性魔術の副作用が出たというの?」


「いや、まさかそんな」


 しかしApple Watchの心拍数計を見ると、平等院のカラテ練習でも出たことのない異様な数値が表示されていた。


 とりあえず落ち着こう。


 テーブルの和合茶のカップを手に取る。


 だが手が震えていてうまく飲めない。次第に震えは大きくなりカップから茶がこぼれ始めた。


 ラゾナはそのカップを掴んでテーブルに置いた。


 それからユウキの胸に手の平を当てたかと思うと、ユウキの瞳を『直視』してきた。


 心の奥底まで覗き込まれ観察されているのを感じる。


「これは……呪いね。ユウキにかかっている呪いが活性化しているわ」


「前にも言った通り、呪いなんてかけられた記憶はないんだが……」


 だが現に心拍数が異常なレベルに高まっており、全身が謎の恐怖と不安によって固く硬直している。


 また『呪い』と言われて腑に落ちることもあった。


 異世界に来てから何度も女性と親しく交わる機会に恵まれてきた。だがどうしても、あるポイント以上に深く交わることができない。


 もしかしたらそれは呪いのせいだったのでは?


 呪いの影響で、オレは無意識的に、女性と深く交わることを避けるようになっているのではないか?


「どうしたらいいんだ?」


「呪いを解くことは難しいわ。だけどユウキが望めば少しずつでも解除していけるはず。よかったら私も協力するけど、どうする?」


「……頼む」


 ユウキは頭を下げた。


「わかったわ。とりあえず今日はここまでにしましょう。ふう」


「すまん……」


「いいのよ。正直、私も安心したわ。これ以上進むのはまだちょっと怖いもの。呪いを解除しながら、ゆっくり時間をかけてこの先に進みましょ」


 ユウキはうなずいた。


 *

 

 ユウキの帰り際、ラゾナは土産を持たせようとした。


「何か欲しいものはある?」


「じゃあ……筋肉痛に効く薬みたいなものはないか?」


 するとラゾナは物置から小さな陶器の壺を取り出した。


「これはどうかしら? ルーニャ諸島のリジイ族は成人のイニシエーションとして三日三晩の長距離走をするの。そのとき筋肉の炎症を抑えるため全身に塗り込む軟膏よ」


「ありがたい。頂いていくぞ」


「あ、薬といえば……この前、また例の高名な冒険者がこの店に来てね」


 例の高名な冒険者というとエクシーラのことか。


「まさか偽の薬を渡したことがばれたのか?」


「ううん、その逆よ。『精神解放の秘薬』をもっとよこせって。なぜか気に入ってもらえたみたい」


「そ、そうか……」


「ただ『飲んだら眠くなったから、覚醒効果を強めてほしい。今度は最後まで起きていられるように』って注文があったわ」


「どうしたんだ?」


「魔コーヒーをブレンドしておいたわよ」


 もしかしたらその薬をいつかまたエクシーラと一緒に飲むことになるかもしれない。そんな予感を覚えつつユウキはラゾナ宅を出た。


 *


 塔に帰ると、シオンの部屋から悲鳴が聞こえてきた。


「痛い、痛いよ!」


 何事かと思い彼の部屋に入ってみると、ベッドでうつ伏せになっているシオンにラチネッタがまたがっていた。


「あ、ユウキさん。おら、ソーラルの『癒しサロン』でバイトして、効果的なマッサージを学んできただよ!」


 その施術中だったらしい。


 安心したユウキはため息をついた。


 それからちょうどいい機会なのでポケットから軟膏を取り出した。


「これ、筋肉痛に効くらしいぞ」


 さっそくシオンの下着をめくって背中に塗ってみる。


「ひゃっ」


「おらも塗るだよ」


「ひゃあ」


 ラチネッタとユウキはシオンの背中と手足に軟膏を塗り広げた。

 

「冷たいよ! くすぐったいよ!」


 シオンの悲鳴があがる中、ユウキの脳裏にはラゾナとのキスの感触や、エクシーラとの一夜の思い出がよぎっていた。


 また謎の呪いや、この先に待つかもしれぬ百人組手への不安など、さまざまな心配事が浮かんでは消えていった。


「…………」


 ユウキはスキル『集中』を発動し、シオンに軟膏を塗る作業に没頭した。


 掌の下で暴れていたシオンはやがて大人しくなり、軟膏の薬効成分が彼の筋肉に浸透していくのが感じられた。

お読みいただきありがとうございます。

今週もバリバリ更新していきます。ぜひぜひ続きもお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エクシーラはちゃんと途中までのことは覚えてたのか
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